第6話:信じるということ
村の空気は、まだ少しだけぎこちなかった。
でも——
さっきまでとは、違う。
「……あの子、大丈夫か?」
「さっきより、顔色いいよな」
小さな声が、あちこちから聞こえる。
ユノは、その輪の少し外に立っていた。
人に囲まれるのは、やっぱり慣れない。
「……」
視線が来るたび、少しだけ落ち着かなくなる。
逃げたい、わけじゃない。
でも、どうしていいかわからない。
そのとき。
「おい、薬師」
声をかけられる。
さっきの男の人だった。
腕の中の子どもは、すやすやと眠っている。
「……熱、下がってきた」
「……うん」
ユノは、小さくうなずく。
「まだ、寝てれば大丈夫」
男の人は、しばらく黙っていた。
それから——
「……助けてくれて、ありがとう」
深く、頭を下げた。
「……」
ユノは、一瞬固まる。
それから、少しだけ視線を逸らした。
「……やれること、やっただけ」
ぽつりと返す。
うまく言えない。
こういうとき、何を言えばいいのか。
「それでもだ」
男の人は顔を上げる。
「誰も、できなかった」
その言葉に、周りの空気が静かになる。
「……」
ユノは、何も言わない。
ただ、小さく息を吸う。
胸の奥が、少しだけあたたかくなる。
でも同時に——
少しだけ、怖い。
期待されるのが。
「……あの」
別の声がする。
振り向くと、おばあさんが立っていた。
「足が、ずっと痛くてね」
少し遠慮がちな声。
「……診る?」
ユノが聞くと、おばあさんはうなずいた。
「お願いできるかい」
その言い方は、“疑い”じゃなかった。
ちゃんと、“頼る”言い方だった。
「……うん」
ユノはしゃがみこむ。
足に触れる。
少し腫れている。
「……これ、冷やしたほうがいい」
薬草を取り出して、すり潰す。
手は、いつも通り動く。
でも——
さっきと違う。
見られているのに、前より怖くない。
「……はい」
薬を渡す。
「これ、つけて」
「ありがとうねぇ」
おばあさんは、優しく笑った。
その笑顔を見て——
ユノは、少しだけ目を丸くした。
こんなふうに、向けられたことがあまりない。
だから、少し戸惑う。
でも——
「……うん」
小さく、うなずいた。
そのあとも。
ぽつり、ぽつりと。
「こっちも診てもらえるか?」
「この咳、ずっと続いてて……」
声が増えていく。
最初は遠慮がちだったのに、
少しずつ、自然になっていく。
ユノは、一つずつ応える。
全部はできない。
時間も、薬も足りない。
「……これは、あとで」
「これは、大丈夫」
ちゃんと選ぶ。
無理をしすぎないように。
それでも——
気づけば、夕方になっていた。
「……ふぅ」
大きく息を吐く。
足も、手も、少し重い。
でも。
「……」
顔を上げると、何人かがこちらを見ていた。
さっきまでとは違う目。
怖がるでも、疑うでもない。
ちゃんと、“いるもの”として見る目。
「……ありがとうな」
「助かったよ」
ぽつり、ぽつりと声がかかる。
ユノは、少しだけ戸惑いながら——
「……うん」
それでも、ちゃんとうなずいた。
そして。
くるりと、森の方を見る。
「……帰る」
小さくつぶやく。
もう、やることはやった。
これ以上は、無理をする。
「もう行くのか?」
誰かが聞く。
「……うん」
「また、来てくれるか?」
少しだけ期待の混じった声。
ユノは、一瞬だけ考える。
それから——
「……たぶん」
小さく答えた。
約束は、しない。
でも、嘘もつかない。
それがユノだった。
村を出る。
夕方の空気は、少しやわらかい。
森へ続く道を歩く。
そして——
見えた。
木の影の下。
大きな体。
じっと動かず、待っている影。
「……いた」
ほっと息が漏れる。
近づくと、狼はゆっくりと顔を上げた。
目が合う。
その瞬間——
少しだけ、空気がやわらぐ。
「……ただいま」
思わず、口から出た。
言ったあとで、自分でも少し驚く。
でも——
狼は、何も言わない。
ただ、立ち上がる。
そして。
いつもの距離で、隣に並ぶ。
「……待ってたの?」
聞いてみる。
答えはない。
でも——
その沈黙は、嫌じゃなかった。
「……そっか」
ユノは、少しだけ笑う。
精霊たちが、ふわりと舞う。
その中で。
小さな薬師と、大きな魔獣は、また歩き出す。
今度は——
ほんの少しだけ、“一緒にいる”ことが当たり前になったまま。




