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ユノの冒険 ― 魔獣を倒さず癒す、精霊と薬師の旅 ―  作者: あめとおと


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第3話:瘴気という病



 黒い霧は、生きているみたいだった。


 じわじわと、傷口から広がっていく。


「……やっぱり、ただの怪我じゃない」


 ユノは、そっと手を離す。


 薬を当てた場所だけ、わずかに黒が薄くなっていた。


 でも、それだけだ。


「これ……“治す”んじゃない」


 目を細める。


「……抜くしかない」


 口に出して、はっきりと理解する。


 これは、体の中に入り込んだ“なにか”だ。


 傷をふさぐだけじゃ、意味がない。


 取り除かないと、また広がる。


 ユノは袋を開き、中身を確かめる。


「……足りない」


 正直な感想だった。


 持ってきた薬は、どれも応急処置用。


 こんなものを相手にするには、弱すぎる。


 それでも——


「やるしかない」


 逃げる選択肢は、なかった。


 ユノは、小さなすり鉢を取り出す。


 薬草をいくつか選び、入れていく。


「これと……これ。あと、少しだけ」


 手は迷わない。


 何度も試してきた感覚が、自然と動かす。


 ごり、ごり、と。


 すり潰す音が、静かな森に響く。


 その間も、狼の呼吸は荒いままだった。


 黒い霧が、まるで抵抗するみたいに揺れている。


「……待ってて」


 ぽつりとつぶやく。


「すぐ、やるから」


 混ぜた薬を、小さな瓶に移す。


 液体は、淡い緑色。


 まだ未完成。


 でも——


「これで、道は作れる」


 完全に消すことはできなくても、

 “引きずり出す”ことならできるかもしれない。


 ユノは、顔を上げる。


「……お願い」


 精霊たちに向かって、手を伸ばす。


「さっきみたいに……力、貸して」


 光たちが、ゆっくりと集まってくる。


 迷っているようにも見えた。


 怖いのだ。


 この黒い霧を。


「……だいじょうぶ」


 ユノは、小さく笑う。


「いっしょにやろ」


 その言葉に、ひとつの光が強く瞬いた。


 それをきっかけに、ほかの精霊たちも近づいてくる。


 ふわり、と。


 ユノの手の上に、光が集まった。


「ありがとう」


 そのまま、薬の瓶に手を添える。


 精霊の光が、溶けるように混ざっていく。


 淡い緑が、少しだけ強く輝いた。


「……いける」


 深く息を吸う。


 そして——


 狼の傷口へ、ゆっくりと薬を流し込む。


 じゅっ、と。


 さっきよりもはっきりとした音がした。


 同時に——


 黒い霧が、大きく揺れる。


 まるで、嫌がるみたいに。


「……やっぱり」


 ユノの目が、わずかに強くなる。


「これ、出たがってる」


 手をかざす。


 精霊たちの光が、その上に集まる。


「……ここに、来て」


 引き寄せるように、意識を向ける。


 すると——


 傷口から、細い黒い糸のようなものが、すうっと浮かび上がった。


「……っ」


 思わず息をのむ。


 本当に、“抜ける”。


 でも。


 その瞬間、狼の体がびくりと震えた。


「……痛いよね」


 ユノは、そっと声をかける。


「でも、これ、出さないと」


 手を止めない。


 逃がさないように、慎重に引く。


 黒い糸は、抵抗するように揺れる。


 精霊の光が、それを押さえつける。


「……あと、少し」


 指先が、震える。


 集中しないと、途切れる。


 途切れたら、また中に戻るかもしれない。


「……お願い、もうちょっと」


 自分に言い聞かせるように、つぶやく。


 そのとき。


 狼の視線が、ユノを捉えた。


 苦しそうなまま、でも——


 逸らさない。


「……だいじょうぶ」


 小さく、うなずく。


「終わらせる」


 ぐっ、と。


 最後に力を込める。


 するり、と。


 黒い糸が、完全に引き抜かれた。


 同時に——


 ふっ、と。


 それは霧のように消えた。


「……はぁ……」


 大きく息を吐く。


 その場に、少しだけ力が抜けた。


 傷口を見る。


 さっきまでの黒は、かなり薄くなっていた。


 まだ残っているけど——


「……さっきより、いい」


 確実に、前に進んでいる。


 狼の呼吸も、少しだけ落ち着いていた。


 荒さが、ほんのわずかに減っている。


「……よかった」


 ぽつりとつぶやく。


 精霊たちが、ゆっくりと揺れる。


 さっきよりも、近い。


 怖さが、少しだけ薄れたみたいに。


「……まだ、終わってないけど」


 ユノは、もう一度袋に手を入れる。


「続き、やろ」


 そのとき——


 狼の尾が、ゆっくりと地面を打った。


 とん、と。


 弱い音。


 でも、それは確かに——


 “生きている”音だった。





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