第75話 陸からの援護
設計図を書き、部分的な試作だけをし、必要な素材をいくつかの荷馬車にのせて、ゴトゴトと馬車を進める。
向かう先はペイダル王国で最も魔物被害の多いカルン。
海沿いのルートは、魔物と出合う可能性もあるが、そのおかげでいるのは専ら冒険者だけ。
ペイダル軍の目はかいくぐれる。
荷馬車で進んでいる間も、レストルと改善案を出しあい、その横で実験班の二人は瘴気ゴーグルを着用しながら、データをとっている。
「ドーム状にミュンダーを包んでいる闇の瘴気エネルギーは均一。また現在溜まっている魔石は五つ、ここから撃っても闇には到達しない」
「冒険者の島を確認。島を守る岩場が思いのほか高く、ここから撃てば、岩場が障壁となって光りエネルギーが雲散してしまう可能性あり」
ゴトゴト揺れる馬車では、何もかもがやりにくいが、時間がないので仕方ない。
べつの荷馬車の中では、瘴気測定器を改造して、集めた瘴気を魔石に充填する魔導具を用いて、仲間が一つ一つ白銀の魔石をセットし、魔石にエネルギーを充填してくれている。
忙しく手を動かしていないと、不安が頭を支配してしまう。
「オルビー、少し寝とけ」
レストルが言う。
いつの間にか荷馬車の中のランプがつき、外には星が出ていた。
「眠れないなら目を瞑るだけでいい。オルビー、気づいていないと思うが、お前の作ってるそのどでかいバズーカ……お前が撃つんだぞ。寝不足でふらふらの頭じゃ狙えないだろ。今のうちにしっかり寝とけ」
レストルに毛布を渡される。
考えていなかった。作ることしか考えていなかった。
まだ起きている実験班の一人もうんうんと頷く。
「わかったっす」
それだけ答えて、毛布にくるまった。
次に目を開けた時は、真っ暗だった外が少し白んでいた。
夜通し進んだおかげで、荷馬車はもうペイダル王国に入っていた。
魔物が本格的に出没するゾーンを前に、馬を止めて小休止する。
「ここから先は魔物に襲われる可能性が高くなるから、一気に駆け抜けろ。俺らは途中で進路が分かれる。止まって別れを告げるのも危ない。だからこれからは俺らのことは気にせず、まっすぐ進め」
「レストルさんは……」
質問しかけた口を途中で止める。聞かなくてもわかる。
きっとサイリャの所に行くのだろう。
「あぁ、好きな女を迎えに行ってくる」
レストルがニヤリと笑い、別の荷馬車で魔石の充填作業をしてくれていたメンバーたちが「サイリャさんは俺らに任せとけ!」と声を張り上げる。
「ルエリアも一命をとりとめた。他のメンバーも逃げ出した。ルシアにはルードがいる。オルビーお前も。だから俺の今の目標は誰一人欠けさせないことだ。無事が確認できないのはあと一人。こっちは任せろ」
「レストルさんも……気を付けるっす」
「オルビーもな」
荷物を整理し、カルンを目指す荷馬車とペイダルの王都を目指す荷馬車に分かれた。
馬車の中に先ほどまでいたレストルはいない。自分を含めて三人だけ。
再び出発して少し、御者をしていた実験班の一人から声がかかった。
「オルビー! 左側、魔物だ!」
馬車から顔を出し、魔物を確認。
体はでかいが、足が短く、ゆっくりとしか動かないトルトゥスだった。
「トルトゥスは足が遅いっす。このまま振り切れるっす!」
そう言った時、どこからか地鳴りのような音が聞こえてきた。
「なんだこの音は!」
まだ近くにいるもう一つの馬車からも困惑した声が聞こえる。
音のする方に目をやる。
一人の熊のような男が獣にまたがり、すごい勢いでこちらに走ってきていた。
その男は背に背負っていた剣を取り出すと、獣から飛びあがり、トルトゥスの脳天に強烈な一打を叩き込んだ。
ドォンと地鳴りがして、トルトゥスはピクリとも動かない。
「バルジスさん、すごいっす」
自然と声に出していた。
「オルビー! いた、いた!」
空からも声がする。
チリーが降下してくるところだった。
だだだだだだと最初に聞こえていた地鳴りがどんどん近づいてくる。
もうわかる。この音は、陸の冒険者たちの音だ。
止まらずカルンを目指す予定だったが、陸の冒険者がこれだけいれば問題ないだろうと馬車を降りる。
少し先行していたレストルたちの荷馬車も止まり、レストルが出てきた。
「ここで会えてよかった、バルジス。オルビーたちをお願いしていいか」
「今チリーから新聞が途絶えたと聞いたところだ。何があった?」
「え? レストルさんとバルジスさん知り合いっすか⁉」
影は表立って活動していない組織だ。バルジスは影の存在も知らないと思っていた。
「レネに続いて、ルシアとオルビーもいなくなったんだ。心配するに決まっているだろう」
「そうだ、そうだ!」「おい、ルシアちゃんはどうした?」とバルジスの後ろから陸の冒険者たちも口を挟む。
どうやら彼らは自分やルシアちゃんが影に身を寄せていることは知っていても、ルシアちゃんの能力についてはまだ知らないようだ。
「ルシアは闇を浄化するためにもう出発した」
レストルが端的な言葉で返すと、再び冒険者たちが「はぁぁぁぁ!?」とどよめく。
「なんでだよ」「ルシアちゃん女の子なんだぜ」「この野郎!」と続く野次をバルジスが止め、自分とレストル、そしてバルジスの三人で近況報告をしあう。
バルジスは影の基地がペイダルに攻め入られたこと、ルシアがレネを助けに行ったことに驚き、レストルと自分はレネが一緒に行動していた冒険者さえ振り切って一人で闇に向かったことにこぶしを握り締めた。
「じゃあチリーは海に戻ってウォールディンにこのことを伝えてくれ。きっとウォールディンがルシアの方を助けてくれるだろう。で、ここから先陸のことは俺たちに任せろ。レストルとそれについていくやつは、サイリャさんの奪還。サイリャさんはゼルシェ婆さんの娘だ。しっかり取り返してきてくれ。残りはオルビーを全力補佐するぞ」
簡単に互いの状況を確認しあうと、バルジスが冒険者たちに指示を出す。おぉぉぉと頼もしい声が響き渡り、陸の冒険者も二手に分かれ、チリーは海へと飛んで行く。
そこから先は、自分たちの乗っている荷馬車の周りを冒険者たちが取り囲みながら走った。
魔物が出ても、彼らが見事な連携で仕留めていく。故に、立ち止まることがない。
バルジスがカルン近くに細長くせり出した岬があると言うので、岬を目指して走り続ける。
岬が見えてきた頃、ずっと外を観測しデータを取っていた実験班が叫んだ。
「闇の西側! 瘴気エネルギー値が上がっています!」
急いでオルビーも眼鏡をかけて外を見る。
まるで闇の西側にいる敵に襲い掛からんとでもしているように、闇の西側が膨れ上がっていた。
「見ろ。闇の分身か?」
膨れ上がった西側の闇に呼応するように、ポツンと小さな闇が近づいては離れ、近づいては離れる。
なんだ、これは。
もし分裂できるとしたら、大変なことだ。
今まで霧の海とカルン周辺を押さえておけば、内陸部はそれほど魔物による被害はなかった。
けれど、分裂できるのだとしたら……移動できるのだとしたら……もう安全な場所なんてどこにもなくなってしまう。
岬について、急いで、魔導具を組み立て、設置を始める。
一人で黙々と組み立てていると、ふとした瞬間に頭の中で昔の記憶がよみがえった。
そう、レネがマキレスのようなすごい奴になりそうだと思った時のことだ。
一緒に戦えないのなら、スーパーミラクルすっごい武器を作れるようになろうと思った。
最初に作ったのは、サイリャさんの瘴気測定器だった。
そういえば、あれは失敗作でなかったなら、どうしてあの時瘴気の値が跳ねあがったんすかね。
たしかあの時は部屋にいて、ちょうどレネが部屋に入ってきたときに、瘴気の値が……。
「レネ?」
手を止めて、再び闇に呼応するように近づいたり離れたりする点を見た。
思い出すっす。
レネが海に出たのはいつだったっすか。島にカングレホが出たすぐ後じゃなかったっすか。
そうっす。
それに、ダッチが言ってたっす。レネの初陣なのに魔物が多すぎて、ちゃんとフォローできなかったって。
ペイダル王都にも魔物が出たっす。レネが一発で倒したのだとルシアちゃんが言ってたっす。
じゃあ、じゃああの小さな闇はレネで、レネが闇と戦っているとでも言うのだろうか。
たった一人で?
そこまで考えると腹が立ってきた。
レネ、島にいた時から自分の身に闇が取り込まれているって知ってたんすか。
だから島から出て行ったんすか、だからペイダルに行ったんすか。
自分たちを守るために!
だから一緒に行動していた冒険者も置いて、一人で闇へ行ったんすか?
「オルビー、大丈夫か?」
バルジスが肩に手を置く。
いつの間にか握りしめていた掌からジワリと血がにじむ。
「一人で行くなんて、レネは大馬鹿っすよね」
「あぁ、俺たちみんな一緒に行くと言ったのにな。次会ったらみんなで怒らんとな」
「何にもできないかもしれないけれど、話して……頼ってほしかったっす」
バルジスと話して自分が何に怒っていたのか気がついた。自分にとってレネは大事な友人なのだ。
助けてもらうばかりではなく、助けたかったっすよ。
これからもあれこれ他愛ない話をして、レネすげーって馬鹿みたいに言いたかったっすよ。
頭がスーッと冷えて、バルジスの言葉が染み渡る。
そう、次会ったら。いや、次会えるようルシアちゃんは行ったんす。そして自分も。二人に会えるようここにいる。だから、怒るのは後。早く組み立てて、ルシアちゃんに教えないと。
レネはここにいるぞって。
「なぁ、オルビー」
バルジスがオルビーに語り掛ける。
「魔石がいっぱいあれば、ここからでもレネやルシアを援護できるのか?」
「そうっす!」
「野郎ども! ここの警護の担当以外は魔物を狩って、狩って狩りまくれ! オルビーと一緒にレネとルシアを助けるぞ!」




