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名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません  作者: 南の月
第一章 闇の国

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第7話 バルケルの姫物語

翌朝アスラが部屋に明かりを入れたことで目が覚める。


「行ってしまいましたね」


アスラの言葉に飛び起きてサイドボードを見る。

昨日チリーが確かに眠っていたはずのサイドボードには何もなく、辺りを見回してもチリーの影も形もなかった。

そっか。出て行ったんだ。

いつものようにカーテンを開け、少し空いた窓から外をのぞく。

もちろん外は闇の中で、目を凝らしてもチリーの姿が見えるわけがない。

それでもなんだかまた声が聞こえてくるような気がして、外を見続けた。

アスラは明らかに落胆した様子で私の身支度を手伝ってくれた。


祈りの間へ向かうと、今日もジジ様は先に来て熱心に祈っている。

ジジ様とずっと一緒に祈ってきた。

ジジ様はこの祈りが無意味だと知っているのになぜこんなにも祈っているんだろう。そんなことを考えながら今日も声をかけぬまま、ジジ様の隣で祈り始める。

ジジ様にチリーが出て行ったことを報告すれば、ジジ様は「それはよかったですね」と言った。

わかっている。

チリーにとっては、私の部屋に閉じ込められているより外の世界でのびのび暮らした方が良いことくらい。

でも……寂しいな。

たった一日。いや、たったの半日。

チリーがいたのはそれくらい短い時間だったけれど、私はぽっかり胸に穴が開いてしまったような気がした。

なんでだろう……。


「寂しいですか?」


隣に座るジジ様が目を細める。


「別れは必ずやってきます。誰にでも」


ジジ様の言う通りだ。いつかはみんなとも別れなければならない。

特に私は聖女を辞めようと、ここから逃げ出そうと思っているのだから、もうすぐお別れも言わぬままお別れになる。


「チリーは寂しくないかな」

「……もう名前を付けていたのですか。それは……寂しいですね」


少しジジ様は辛そうに言った。


「はい! チリリと鳴いていたので、チリーです」


チリーと出会ったときのことを思い出して答える。ジジ様は少し俯いて「そうですか」とだけ答えた。

なんかジジ様、変。もしかして……。


「ジジ様も寂しい?」

「え? いいえ。私は別の人との別れについて考えていました」


やっぱり。きっと病に臥せっているジジ様のお父様だ。私に父はいないけれど、きっとすごく寂しいんだろうな。


「お別れした後は、ジジ様も寂しくなる?」

「えぇ。確実に」

「そういう時、ジジ様はどうするの?」

「わかりません」


そう言ったジジ様は、しばらく祈りの間から見えるルシフェイラの丘のむこうをぼんやりと見つめていた。


「ジジ様?」

「子供のように大泣きして、大酒飲んで暴れて」

「ジジ様が⁉」

「それか、別れがつらいなら別れそのものを阻止して、私も後を追いますか」


ジジ様がじっと私の目を見つめる。

お父様の後を追う? それって、お父様が死んだらジジ様も死ぬってことでは……。

妙に本気の光を宿したジジ様の瞳を前に、笑い飛ばせないでいると、ふっとジジ様が笑った。


「冗談ですよ」


だよね! よかった。なんでそんな本気のように言うかな。もうっ。


「おそらく私は……別れた後も決して忘れず、ずっと胸に抱きながら生きます」

「それは……辛くないの?」

「辛くもあり、支えでもあるのかもしれません。私はそういう別れをした方を一人知っています。本当に強い生き方だと思います」


尊敬する誰かを思い出しているかのようにジジ様はどこか遠くを見ていた。


部屋に戻って朝食を食べる。

隣で食後の紅茶を準備しながら、アスラが聞いた。


「チリーはいませんが、帽子づくりしてみますか?」

「うん。やってみたい。もしも今度会えたら、渡せるように」

「そう言っていただけると嬉しいです」


嬉しい……? アスラの言葉の意図が分からずぽかんとしていると、アスラが裁縫道具を用意しながらくすっと笑った。


「こうやって聖女様と何気ない会話をしたかったんですよ」


そんなのいつだってできると言いかけたけれど、やっぱりそれは無理だっただろうなと思いなおす。

他のことをしようという気持ちになったのは、聖女を辞めると決めたから。

まだ聖女のままだったなら、きっと今日も思い悩んでいたと思う。今日も闇の中だと。

私、何も知らないな。

外の世界のことだけじゃなく、裁縫の仕方も、お世話をしてくれるアスラのことも。

十一年間何をしてきたんだろう。

アスラに習いながら、赤い生地を切る。あらかじめ引いた線に沿って切るだけなのに、針に糸を通すだけなのに時間がかかる。

む、むずかし! 


「いたっ!」


やっと縫い始めたと思ったら、今度は針を指に刺す。指の腹からはぷっくりと血が出てきていた。


「へたっぴだね」


そうやってできたチリーの帽子は、よく頑張ったけれど、ガタガタな縫い目が目立つ帽子だった。


「初めてですから。それでも出来上がったではありませんか! 私が子供の時は、ただただまっすぐ縫う練習ばかり。何か作品を作れるようになったのは、何か月もしてからでした」

「何を作ったの?」

「最初はハンカチを、次にポーチですかね」

「すごい!」


チリーの帽子はとっても小さかったし、アスラがつきっきりで教えてくれたから初心者の私でも作れた。

もっと練習したら、アスラみたいにいろいろと作れるようになるのかな?

ここを逃げだしたら、アスラはいないのだ。ちゃんとできるようにならなくちゃ。

帽子を作り終えた私に、アスラが紅茶を用意してくれる。美味しい。


「ん~! 集中したら疲れちゃった。この後は一人にしてくれる? ゆっくり一人で考えたいんだ」


アスラは一瞬何か言いたそうにしたけれど、「わかりました」と言ってくれた。

アスラが言葉を飲み込んだのは、きっと昨日私がクッションを投げつけ怒ったからだろうと思い至って、心がずきりと痛む。ごめんね、アスラ。

いや……違う。この顔は、チリーが出て行って傷心だと思っているのだ!

良いのか悪いのか、私もアスラもチリーの一件で、昨日私が泣いてアスラに八つ当たりしたことがどこか忘却の彼方へ飛んで行ってしまった。ちょっと複雑だ。


アスラが部屋から出て行った。よし、急いで準備だ。

ローブを羽織って、ドアからそっと廊下を窺う。ちょうど誰もいないので足早に裏口へ向かった。

そう、ちょっとお出かけだ。

昨日はスープ屋さんまでだったから、今日はもう少し色々見て回りたい。

一度抜け出したことで、神殿を抜け出すことの抵抗がなくなったみたいだ。

スープ屋のおばさんと話したことでわかったけれど、私は神殿の外の世界のことを知らなすぎる。

だから、いつか逃げ出すときの為に、外の世界のことをよくわかっておかなくちゃならない。

つまり、私は外に出る必要がある!


一度目よりもスムーズに抜け出して、神殿前広場からまっすぐ歩いていく。

当てがあるわけではない。なんとなく、一番広い通りを歩いているだけだ。

しばらく行くと神殿前広場以上に開けた場所があった。

真ん中にあるのは……時計塔だ。

これは知っている。一の鐘から八の鐘まで毎日休むことなく動いている。

アスラ曰く、この国が闇に包まれる前から動いているらしい。

時計塔を見上げていると時計塔の裏からひときわ大きな声が聞こえた。


「さぁ! 始まるよ、始まるよ。今話題の詩人バルケルの姫物語、最新作『森姫』だよ~」


その声を合図にたくさんのランタンの光が、時計塔に集まってくる。

明るい! 髪がフードから出たらバレてしまうと少し時計塔から離れた。

それでもこんなに多くの人を引き付けるのは何なのだろうと興味をひかれ、バルケルの話を聞きに集まった集団の一番後ろにつく。

「バルケル様~!」と黄色い歓声があちらこちらから飛んでいる。

どうやら、ファンがいるようだ。


バロン、ボロロン。

楽器の音が鳴り響くと、さっきまで黄色い歓声を飛ばしていた人たちもすっかり静まり返った。少し前のめりで待つ姿は、誰もが一言一句聞き漏らすまいとしているようだ。

驚いたことに集団の一番後ろにいたというのに、私からもバルケルの姿がはっきり見えた。

手足の長い巻き毛の男性で、手には弦楽器を持っている。

バルケル目当てに周囲に人がたくさん集まり、そのランタンの光でここら辺だけがとても明るいのだ。闇に包まれたこの国で初めて見た明るさだった。


――闇時前のミュンダーの 都の外れ、森の奥 娘が一人住んでいた。女神とまごう美しき 娘を疎んだ継母が 森の奥へと捨てたのだ。


そんな始まりだったバルケルの歌に息をするのも忘れそうになる位、いつの間にか引き込まれていた。

歌の中で語られたのは美しすぎて疎まれ、虐げられていた娘。どんどん美しく育つ娘にますます嫉妬を募らせる継母たちに、ついには森に捨てられる。それでも娘は継母を恨むこともなく、森の奥でひっそりと生きていく。

ある日、娘は狩りで森に出かけた王子と偶然出会うのだが、捨てられてなお心優しく美しい娘に王子は惹かれ、求婚。

彼の妃となって娘は幸せな一生を送ることになる。

バルケル様が歌い終わると、バルケル様の歌を聞きに集まった聴衆はうっとりとため息をついた。もちろん私も。

神殿の中では、こんな歌聞いたこともなかった。なんだか胸がいっぱいで幸せな気分だ。


「へっくちゅん」


歌も終わり、人も疎らになってくると思い出したように寒くなってきた。


「帰ろう」


うっとり夢見心地で神殿に足を進める。

出てきたときには気が付かなかったが、神殿入り口の階段の下にはたくさんの人が膝をついていた。

あの人たちは何をしているんだろうと思いながら、裏に回り、裏口を通り部屋に戻った。ぽすり。ベッドに倒れ込む。あぁ温かい。

神殿から逃げると決めた。だからいつかここから出ていくし、今抜け出しているのだって逃げ出した後に困らないよう神殿の外の世界を知るためだ。

それなのに、戻ってくるとほっとする。

帰ってきてほっとするというのは、暖かい部屋に安心したということもあるけれど、きっとそれ以上にまだ皆を裏切っていないことに対して安堵しているのだと思う。

要するに、怖いのだ。聖女などやりたくないと思っていながら、聖女の仕事を放りだした時のことを考えると怖かった。

ジジ様、アスラ、神殿で働く神官や聖騎士、ミュンダーの民みんなの夢を壊すことになるのが怖かった。

良かった。私はまだ聖女だ。まだ誰も裏切っていない。

私の周りはとても優しい。だからこそここから逃げることを申し訳なく思う。

いっそジジ様やアスラがとんでもない悪人だったなら、何の後悔もなく、罪悪感もなく逃げられるのに。


「バルケル様の歌のように私も誰かがここから救い出してくれないかな……」



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