第8話 おしゃべり小鳥
ツン。
何かが私の背中に乗った。
「ひぁっ!」
何、この感触? ツツツと背中を駆けあがってくる。
そして。
「ばばーん! 俺様、もらいに来てやったぞ!」
私の頭を通り越し、目の前にひらりと飛んできたのは白い小鳥。
え? しゃべっ、しゃべった? 小鳥が?
嘘でしょ。
「まさか、いつも独り言を言っているからついに幻聴が!」
「幻聴じゃない! お前、俺様のこと助けてくれたから特別に話してやってんだ」
動物の声が聞こえるとかやばい、やばい奴だよ。
「チリーよね?」
「まぁ、その呼び方も特別に許可してやる。さ、俺様のをくれ」
チリーがエッヘンとでも言うように胸を張りながら、待っている。
くれって何を? チリーが欲しがるものが分からず、首をかしげる。
少し考えて、ようやく昨日食べた種ではないかと思いついた。
「チリーって食いしん坊だね」
そう言って、今日チリーがいたらあげようと思っていた種をあげる。
「お、これはうまかった。お前、なかなかいいセンスしてる」
チリーが夢中で、種をついばむ。チリーは本当に可愛い。しゃべり方がちょっと……変だけど。
「うまかった。腹ごしらえも済んだし、本題のものをもらおうか」
「今あげたじゃない」
「これじゃない。赤い帽子をくれると言ってただろ! 俺様は確かに可愛いからな。俺様に貢ぎたくなるのはよくわかる。だからもらいに来てやったのだ。俺様を助けてくれたお前だから特別にだぞ!」
あぁ、赤い帽子のこと……。私、似合うって言ったっけ。
「ねぇ、本当に幻聴じゃないわよね?」
「お前、しつこい」
じろりとチリーは私を見た後、何を思ったか「そうか、鳥は普通、話せないもんな。お前が信じられないのもよくわかる。でも俺様ってすごい鳥だから」などと話し始めた。
「はいはい。赤い帽子ね」
半ば思考を放棄して、出来上がったばかりの赤い帽子をチリーの頭に載せる。
縫い目のガタガタしたもので、お世辞にも上手とは言えない。
「うん、やっぱり俺様に似合う。さすが俺様! お前もやっぱりなかなかセンスがいい」
ガラスに映る自分の姿を見てチリーは喜んでチョンチョン飛んだ。
喜んでいるからまぁいいか。
それから私は毎日のように神殿を抜け出すようになり、当然のようにチリーもそれについてくるようになった。
裏口からこっそり出て行った後は、スープ屋のおばさんに話をしに行き、バルケル様の歌を聞いて帰る。
スープ屋のおばさんに渡すお金はまだない。
だから前日のお茶の時間に出たお菓子を取っておいてそれを渡している。
おばさんはとても喜んでくれて、それから私とおばさんは菓子とスープを交換し、食べながら、他愛ない話をするようになった。
「あんたブーツ持ってないなら、靴下を二重に履く位しなさいよ」
私の事を家出予定の少女だと思っているおばさんは、私の家がどこなのかなどは一切詮索しないでくれているが、私の服装にだけはやたら厳しい。
おばさん曰く私の服装は玄関先で立ち話レベルの防寒らしい。
今は夏の終わりだからまだいいが、冬になれば凍死すると心配しているのだ。
特におばさんが気にしているのは足元。
確かに私は靴下に革靴しか履いていない。
革靴と言っても、固くしっかり作り込まれているものではなく、甲を覆う部分も靴底も柔らかいリラックスシューズ。おばさん曰くこれは通常家の中、玄関先で立ち話レベルでしか使わない靴らしい。外出となればブーツ。それが常識だと力説していた。
「ブーツは持ってないの?」と聞かれた時に、「持っていない」と答えた時の驚きようといったら。
でも、仕方ないと思う。今まで神殿から出たことなかったんだから……。
祈りのこと、闇を払う力のことばかり考えていて、出ようと思ったことすらなかったかも。
「靴下二枚。なるほど、それならできそう!」
「冬までにブーツを手に入れられなかったら、外に出るんじゃないよ。足が凍るから」
「わかった。ご馳走様でした。そろそろバルケル様の所に行くね」
おばさんとの会話はいつもこんな具合だ。
次に向かうは時計塔。バルケル様の歌を聞きにいく。
「またバルケル~? 俺様、あのスープ屋の方が好きなのに」
ぶーぶーと文句を言うチリーは、文句を言う割に毎回私についてバルケル様の歌を聞いている。
今日もたくさんの灯りが時計塔に集まっていた。
「俺様やっぱり行かない。俺様の歌の方が上手だし、終わった頃にまた来てやる」
人混みにうげっと言いながら、チリーは時計塔の上へと飛んで行った。私は、その集団の一番後ろにつく。バルケル様の歌を今か今かと待ちながら。
バラン、ボロロン。
今日もバルケル様の楽器の音で辺り一帯が静寂に包まれた。
――都の遠く、山の中 金の髪持つ娘あり。人ではあり得ぬ輝きに 神の嫁だと噂した。
今日のバルケル様の歌『神の嫁』は心臓がぎゅっと掴まれて辛かった。
主人公は金色の髪を持つ女の子。
あまりに綺麗な髪に、村人たちは彼女の事を神様の物だ、神様の嫁に違いないと噂する。
いずれ神の許に行く女の子に親しくする人はいない。
女の子の機嫌を損ねて天罰が下ることを恐れているからだ。
理不尽なことをされるわけでもないが、彼女はいつも孤独だった。
不作続きのある年、村人たちは思いつく。
「そうだ、お嫁さんを神様にお返ししよう」と。
彼女はそれが村のみんなの為になるのならと一人村の外れの滝つぼに身を投げる。
その瞬間、この世の者とも思えぬ美男子がどこからともなくやってきて、彼女を抱きとめ、そのまま天へと連れ帰った。
「あなたが神様?」と戸惑う女の子を神様は愛し、大切にした。
やがて女の子も神様のことが好きになり、愛し、愛され、二人は天上で永久の時をいつまでも幸せに暮らすという歌だ。
歌い終わると同時に、今日も周囲の聴衆たちはうっとりとしたため息を漏らした。
私はドキドキを抱えたままいつもの通りこっそり神殿に帰り、ベッドに横になる。
バルケル様の今日の歌……女の子は神様に愛されてよかったけれど、村の人たちはどうなったんだろう。
ちゃんと畑は実ったのだろうか。
あの子は金の髪を持っていたせいで孤独だった。
でもそのおかげで神様から愛されて幸せになった。
あの子は思うかな? 「こんな髪さえなければ!」って。
普通にみんなと笑いあい、普通にみんなと畑を耕したかったのにって思うんだろうか。
ついこの間、自分の髪を引きちぎったことを思い出す。
私はこの髪を今でも「こんな髪さえなければ!」と思っている。
あの子はどうだったんだろう……。
「おーい、おーい。俺様の歌も聞かせてやるぞ。バルケルなんかよりずっといい。すごい歌だ」
チリーが私の周りを飛びながら騒ぐ。
――美しき羽 輝く瞳 すごい鳥だと噂した。その名もチリー! チリ、チリ、チリー!
最後の名前を連呼するところのリズムが気に入ったようで、チリーは何度もチリ、チリ、チリー!と叫んでいる。
私はチリーの歌を華麗に無視して、問いかける。
「チリーはバルケル様の歌のあの子みたいに特別な鳥だったら嫌?」
「お前、俺様の歌には何も言ってくれないのに。バルケル、バルケルって……俺様ちょっと悲しい」
チリーがガーンというような顔をして私を見る。
赤い帽子を取りに来た時からチリーはずっとここにいる。
だから私もチリーのことはよくわかってきた。
これは、感想を言うまで私の問いかけには答えてくれないな。再びちらりとチリーの方を見れば、うるうると目を潤ませ、まだじっと私を見続けている。
「わかった。最後のチリ、チリ、チリーのリズムが良いよね……」
「やっぱり! お前、よくわかってる! そこ一番いいと思っていたとこ」
あっという間にご機嫌になるチリーに、再びバルケル様の話を振る。
「特別な鳥だったらという質問が間違ってる。俺様は特別に決まってる! 嫌じゃない。わからないけどあの子は何で滝に落ちた? 特別が死ぬことは、えーっと、なんて言うんだったかな。えーっと、そう! そう、損失! 俺様死ぬの損失! 世界の大損失!」
損失かぁ。そう思えるチリーのメンタル強すぎる。
全然参考にならないチリーの言葉を脇に置き、私の思考はバルケル様の歌へと戻っていく。
チリーとは理由は違うけど、あの子も「こんな髪さえなければ!」って思わなかったかもしれないな。
神様のことが大好きだから。
この髪のおかげで出会えたんだから感謝しなきゃって思うのかも。
それにしても……神様カッコよかったぁ。
身投げした女の子を颯爽と助けちゃうんだから。
その後もずっとずっと女の子のことを大切にしていて……あ~カッコいい。いいなぁ~。
そんなことを考えながら、だんだん私の瞼は重くなっていった。
部屋と祈りの間の往復しかしてない生活から考えると、最近の私は本当によく動いている。
薄れゆく意識の中で、チリ、チリ、チリー! と言う言葉が何度も何度も聞こえた。




