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名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません  作者: 南の月
第三章 花の都

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第68話 もう一つの闇

「勝手なことはするなとのことです」


諜報部の男はそう言って、部屋に鍵をかけた。

いつもと変わらぬほど広い部屋、ふかふかのベッド。いつも通りの食事もついている。

身分だって、王女のままだ。

軟禁されたからと言って、私の暮らしはあまり変わらない。

ただ部屋に鍵がかけられているだけ。


諜報部の言っていた勝手なことというのは、きっとサイリャに会ったこと。

けれど私は王女。父にとっては格好の駒。だから父の考えとしては、まだ利用価値があるが、面倒は起こさないでほしいってところでしょう。

政には何も関わっていないし、民の声を聞きに行くのだって私でなければならないということはない。

軟禁でも衣食住は保証されるから、問題ないといえば問題ない。


一日が経ち、二日経ち、三日経っても、私の毎日はあまり変わらなかった。

専属騎士だったイサークに会えていないのが、唯一の違いだが、それだけで心にぽっかり穴が開いたようだった。

部屋にずっと閉じこもっていても、何もやることはないし、訪れる人もいない。イサークのように話しかけてくれる人もいない。

だからずっと取り留めのない事ばかり考え続けている。

中でも何度も思い出し考えているのは、レネ様の言葉。


――どうか、お姫様も……ご自分を大切になさってください


自分を大切に……それはいったいどういう意図があったのだろう。

考えながら視線を落とすと、目に入ってきたのはきらびやかな服。

こんなきらびやかな服を着ることができるのは、恵まれている。

明るい大通りにはいなくても、薄暗い路地には服とも呼べない、ぼろきれのような服を着ている子供がいることを私は知っている。

王族なのだから当たり前だが、私はやっぱり大切にされているのだと思う。

周りを見渡せば、本棚が目に入る。

半ば王族の義務のようにして学んだ知識やマナーはあって損はない。

満足に字も書けない人だっているのだから、私はやはり恵まれている。

ふかふかのベッドもある、美味しい食事も食べられる。

私は恵まれているし、大切にされている。


なぜ、レネ様はあんなことを言ったのだろう? と再び首を傾げかけて、ふと思う。

私は、私を大切にしただろうか。

この服は、王族が着用するのにふさわしい物をと、侍女がオーダーしているものだ。マナーや学んできた科目も家庭教師が言うままに、学んできた。

私は、本当にこの服を着たかったのだろうか。本当に今まで学んできたものを学びたかったのだろうか。もっとやりたいことがあったのではないだろうか。

考え始めたら、あれも、これもと思い当たる。全てのことに自分の意志など何にもなかった。

毎日食べている物、着ている服、香油の香りといった小さなことも、何を学び、誰と交流し、そして……誰に嫁ぎ、誰と共に生きるのかという人生の大事な部分も。

私はただ国の意思、王女という枠組みに沿って生きてきただけだった。

例外は……、勝手にサイリャに会いに行ったこと、レネ様を引き留めようとしたことくらいかもしれない。

その結果が今だ。


イサークは、殺されていないだろうか。

再び意識がイサークに移ろっていく。誰と話しているわけでもないのに、女の子たちのおしゃべりのように私の意識はあっちこっちに考えが移ろっていく。

私が軟禁されたということは、専属騎士だったイサークも罰を受けているはずだ。

どうか、命だけは無事でありますようにと毎日祈ることしかできない。

イサーク……。


それからまた何日か経った。

やはり私の日常は変わらず、毎日本を読んだり、刺繍をしたり、いろんなことを考えたりしている。

朝が来て、昼が来て、夜が来る。

家もなく道で暮らす貧しい者も、豪華な部屋で軟禁されている王女も時間は同じように過ぎていく。仕事で忙しくしている人にも、闇の討伐に向かった勇ましい人にも、同じように夜が来る。

そんな取り留めのないことを考えながら、ベッドから天井を見上げる。

私は、私の人生で何がしたかったんだろうか。

今となっては、もう何もできない身だけれど、もしも今外に出られたら……私は何をするだろうか。


――お姫様、すみません。俺は闇をぶっ潰すって決めてるんです。たとえ王様がそれを望まなくても関係ない。潰すといったら潰します


またレネ様の言葉を思い出した。

そして、魔物に襲われた時のことも。

怖かった。話し合いもできない圧倒的な脅威だった。

今まで知識としては知っていた。霧の海に近い町では、魔物による被害が甚大だと。

彼らが留まって町として機能しているからこそ、そこに冒険者や兵士を派遣し、それ以上被害が広がらないようにできている。

こちらは有志だが、さらに危険な霧の海にある島を拠点にしている冒険者の人もいる。

彼らのおかげで、今まで安全だったが、それは裏を返せば彼らが犠牲になっていたということ。

彼らの一人がもしもイサークだったら?

今まで遠い町のお話にしか思っていなかった魔物の脅威が、突然自分事として感じられた。

闇はここにもあったのかもしれない……。


扉の外で、物音がしたような気がした。

扉の方を見ると、カチャンと鍵が開く音がして、音もなく扉が開いた。

おかしい、こんな夜更けに侍女は来ない。

暗い室内では誰が入ってきたのかわからない。

ベッドの上で身を固くする。カチコチに固まった体とは反対に、頭の中はパニックだ。

パニックでうまくものを考えられない。こういう時は、どうすれば……。


「エルミラ殿下、一緒に来ていただけますか」


侵入者の声を聞いて、弾けるように顔を上げた。


「イサーク!」

「しっ! どうかお声を落として」


イサークが扉の方を向きながら、耳を澄ませる。

外は物音ひとつしない。どうやら誰にも気がつかれていないようだ。


「イサーク、貴方大丈夫だった?」

「サイリャが。対魔研究所所長のサイリャが助けてくれました」


ただただイサークが無事なことにほっとした。


「サイリャさんはよく逃げ出せましたわね」

「彼女は自身のグループを持っているようです。協力者がいました。おそらく……噂でしか聞いたことがありませんでしたが、影というグループでしょう」


イサークが説明してくれたことによると、影というグループは闇を討伐することを目的とした地下組織らしい。

ドキン。胸が跳ねた。

自分が何をしたいのか、ここに閉じ込められてからずっとずっと考えていた。それを実行できるかもしれない。


「ふ、ふふっ」

「エルミラ殿下?」


突然笑い出した私をイサークが驚いている。

私も逃げると言ったら、彼はどうするかしら?


「イサーク、私も連れて行ってくださいまし。サイリャさんの所でやりたいことがあるのです」

「エルミラ殿下、もちろんです」


さっとイサークが膝をつく。


「この剣に誓いを立てた時より、いつ、いかなる時も私は、エルミラ殿下、貴女の剣。もうすぐここの状況も知られます。私がここに残って時間を稼ぐ間に、エルミラ殿下は」

「イサーク」


イサークの言葉を遮った。


「私の剣というのなら、いつ、いかなる時も傍で守ってほしいですわ。それが嫌であれば、今この場で私の剣をやめなさい。そして、好きに生きるのです」


イサークがふっと息をつく。


「承知しました。では私イサークは、いつ、いかなる時も、たとえそこが地獄であっても、貴女の傍で、生涯貴女をお守りいたしましょう」

「イサーク、ありがとう存じます!」

「それで、エルミラ殿下サイリャとしたいこととは?」

「私はレネ様と出会って気がついたのです。レネ様が倒す闇よりももっと厄介な闇がある事に。だから私は、人々の心の闇を潰しますわ。彼の勇気にケチがつかぬよう、レネ様の行く先を阻むものが現れぬよう」


ペイダル王国の端の、そのまた先の、海の向こう。

闇があるのは、ここペイダル王都からとても遠い場所。

ここには霧はないし、最近まで魔物も出現することはなかった。

だから私たちは安心していたのかもしれない。

でも、そんな自分のことしか考えない私たちの心に、少しずつ霧が立ち込め、いつしか曇ってしまったのではないだろうか。

レネのまっすぐな考えに触れて、そう思った。

闇は魔物という恐ろしいものを生み出して、霧の海に近いカルンでは被害もたくさん出ているのに、私たちはどうにかしようと思うよりも、いつしかそういうものだと思うようになった。

霧の範囲は少しずつ広がっているというのに、それでも私たちは見ないふりをした。

瘴気が動物を魔物化させるのではないかと言われても、魔石エネルギーに目がくらんで、そうなんだと受け流した。

それに何より、あの闇の中には一つの国が……そこに生きている人たちがいたはずなのに、彼らの生存を信じて救出しようともしなかった。

レネ様が闇に閉じられた国ミュンダーから出てきてもなお、ミュンダーを救おうという動きはない。

レネ様から直接聞いたわけではないが、ギルドからの報告によるとミュンダーの民は寿命が短いと言う。彼らと我らは同じ人間。違いがあるとすれば、闇の中か、外かだ。

闇は動物の魔物化にも、人間の寿命にも影響を及ぼすと少なくとも国の中枢ではわかっているのに、何も動かない。

きっと。

何も動かぬ私たちの心にこそ、闇は巣食っているのでしょう。


「承知しました。ではまずは……」

「えぇ、ここから出ましょうか」


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