第67話 メレント出港
「急げ! ルシアが使えそうなもんは船に持っていけ! 研究結果や図面は全部燃やせ! 何よりも優先すべきはルシアの出発。最悪は、お前たちや研究結果がペイダルに渡ってしまうこと。ぐずぐずするな、急げ!」
影の副リーダーレストルが叫ぶ。
今、工房の中は大騒ぎだ。というのも、ついさっき工房近くのもう一つの影の拠点が爆発したからだ。ルエリアと一緒に新聞を書き写したり、料理や洗濯をしたりしたあの建物だ。
爆発した今日もルエリアはきっとあそこで仕事をしていたはずだ。
レストルは、ルエリアの安否を確かめに出ようとする何人もの人をとめて、言った。
「みんな知っているはずだろう。あっちもここもペイダルに攻め入られた時のために全部燃やす準備をしている。あっちが燃えたってことは、あっちの拠点がペイダルにバレたんだ。ここも時間の問題だ。今俺らができるのは、ルエリアが知らせてくれた危機に対応することだ。医者でもねぇ俺たちがあっちに行って何ができる。火消しとルエリアの救助は国がやってるはずだ。俺らは俺らのしなければならないことをするぞ」
そう言って、工房の片付けと私の出発準備が急ピッチで始まった。
私はみんなが準備をしている間、まだ浄化できていない魔石を次から次へと浄化して、さらに空になっている物には再充填する。私が力を込めているこれらの魔石も闇討伐に持っていくものだ。
ルエリア……お願い、無事でいて。
祈りながら浄化する私の傍にレストルが来た。
「それで最後にしろ。お前は一番ペイダルに捕まっちゃいけない。わかるな?」
「はい」
「お前は、ルードと行くんだ。俺たちはルエリアの保護とサイリャの奪回だ」
レストルの言葉にハッと頭を上げた。
泣きそうになっているのがばれたのだろうか。レストルが座っている私に合わせるように、かがんだ。私の目をまっすぐ見て、レストルが言う。
「心配すんな。二人のことは俺らに任せろ。お前は、自分のことだけを考えるんだ」
「はい」
「俺の言ったこと覚えてるか?」
もちろん覚えている。レストルに聖女であることを告白したときのことだ。
レストルはこう言った。
――細かいことはこっちに任せろ。ただお前はぱっと行って、ぱっと闇を晴らして、元気に戻ってこい
「覚えています」と返事した私にレストルがポケットからリンゴを出した。
「慌ただしい出発だが、船でこれでも食って、落ち着け」
「はい!」
レストルの気遣いにさっきよりも幾分心が和らいだ。
ルードが来たという知らせに、レストルが「じゃあお前はもう出発だ。さっさと戻って来いよ」と私の背中を叩いた。
ルードと共に工房から道へ出る。
ルエリアがいるはずの建物はまだ燃えている。
泣きそうになるのを、ぐっとこらえて野次馬の中を進んだ。
街を歩いて、工房からもルエリアからも離れていく。
来たとき同様に、空は青く、街には紫色のデリランが咲き誇っている。
あまりに綺麗で、ルエリアが爆発に巻き込まれたことも、サイリャがペイダルに連れていかれたのも、闇のことも全部夢なんじゃないかと思えてくる。
ルエリアの火事に人が集まっているからか、港周辺はがらんとしていた。
私が船に乗り込むとともに、船が岸を離れた。
レストルにもらったリンゴを取り出して、眺める。
ルエリアのことも、サイリャのことも心配だ。でも、今は私自身のことを考えなくちゃ。
パチンと両手で頬を叩く。
闇を討伐するための武器はある。魔石もたくさん用意した。
後は今も残っている大きな問題。私の移動手段だ。
やはり、冒険者の島に行ってウォールディンたちにお願いするしかないだろう。
船の上を飛んでいたカモメももうずいぶん後ろになり、メレントの国も遠くなった頃、ルードが来た。
「ちょっと来てくれる?」
ルードに連れていかれたのは、以前冒険者の島からメレントへ来る時にも借りた部屋だった。
「今回も寝泊りはここで。うちの女性スタッフがあれこれ着替えとか準備しているはずだから、確認しといて。で、この箱はオルビーから。最強の防具だそうだよ」
狭い船室にボンと置かれた木箱の中から一番上にあるものを取り出す。
白っぽく、光が当たるとキラキラと虹色に輝いた。
「ほぉ、それはボーラの鱗か」
ボーラは、知っている。海上を飛ぶ魚、ボーラペスのことだ。冒険者の島に行くときに群れにあって、何匹も何匹も捕まえた。
「あれの鱗は、硬くて丈夫。剥ぐのはそれほど大変ではないんだが、鱗が付いたまま切ったり、刺したりは結構大変だ。知っているかい? 海の冒険者たちは棍棒みたいなので叩いて倒すんだけど、叩かれた個所の鱗も割れていないんだ」
確かに、ウォールディン以外はみんな叩いて仕留めていた。
ルードが言うには、金属製の鎧よりは防御力が落ちるらしいが、ボーラペスの鱗で作られた鎧もそこそこ守ってくれるそうだ。
金属製のものは重くて動きにくいらしいので、力のない私の為にオルビーはボーラペスの鎧を作ってくれたようだ。
「それにしてもざらついてるな。オルビーの奴、なにか塗っているらしい」
ルードが首をかしげる。
ルードがボーラの鎧を見ている間、私は再び木箱の中を覗き込む。
そこには懐かしいものがあった。
「あったかマントじゃない」
ひらりとオルビーのメモが落ちてくる。
――闇との戦いでは闇の中に入ることもあるかと思って、魔石の粉を塗り込んで、持続時間二十分になったあったかマントも入れとくっす。魔石も浄化済みの魔石に変えてあるから、ルシアちゃんが再充填してくれればずっと温かいっす。闇の中は寒いって聞いたから。
「魔石の粉を塗り込んでるんだ」
メモをよんでこぼした私の言葉にルードが納得する。
「じゃあこれも魔石の粉か? こりゃあもしかすると金属製の鎧より強いのかもしれないね。とりあえずルシちゃん。最近は結構こっちの海域にも魔物が出るから、そのオルビーの防具はもう身に着けておいて」
ルードが部屋から出ていったので、オルビーの防具を身に着ける。ついでにワンピースを着ていたので、ルードの所のスタッフが用意してくれたズボンタイプの服にも着替えた。
わぁぁという雄叫びが聞こえて、慌てて甲板に出ると船員たちが魔物と交戦中だった。闇から出てきてすぐにウォールディンたちが倒していた魔物よりは小さい魔物だったが、それでも大きい。
私は驚いた。
だって、メレントへ行くときには魔物になんか合わなかったし、ルードの船の船員たちは冒険者じゃない。
小型とはいえ、こんなところにまで魔物が出るなんて。瘴気がふえているからだ。
「ルシちゃん、中に入っていなさい」
後ろから声をかけられ振り返る。
中から出てきたのは、ルードだった。恰幅の良いおじいちゃんだと思っていたルードは、大きな剣を背中に背負い、鎧もしっかりつけていた。
かなり……雰囲気が違う。
「ルードさん!?」
剣が人を強くするわけではない。強い人が剣を持つから強いのだ。
だから、急に剣など持ったところでルードが急に強くなるはずはない。
むしろ、使い慣れない武器なんて、危ないだけなんじゃないだろうか……。
「心配しないで。ルシちゃん、私だって、昔はゼルシェと一緒に冒険者をしていたんだ。ルエリアやルシちゃん、オルビーにレネ、若者たちが頑張っているというのに、休んでいられないさ」
そう言って、ルードはタタッと甲板を走り、魔物の方へ跳躍すると、真一文字に魔物の首を切り落とした。
嘘でしょ、ルードさん……すごく強い。
私がそう思ったのと同時に、「ルードさんつぇぇぇ!」と船の上が一気に沸いた。




