第64話 浄化の実験
「ルシアちゃん、これをチリーにしたときみたいに浄化してみてほしいっす」
魔物化していたチリーの闇を晴らして、魔物化を防いだ。
そのことを影ナンバーツーのレストルは、浄化と呼ぶことにしたらしい。
オルビーから小さな魔石を受け取り、チリーを浄化した時と同じように力を込める。
私の手から光が出てきて、真っ黒な魔石の黒い色素を押し出すように光が魔石の中へと入っていく。
少しずつ、少しずつ押しては押し返され、押しては、押し返され。
最後にぐっと力を籠めることでようやく黒い瘴気を押し出すことができた。
「おぉ」
「すげ」
周りで静かな歓声が起きる。
魔石は魔物化していたチリーに比べてとても小さかったはずなのに、かなり疲れた。
肩で息をしながら、オルビーとレストルに魔石を返す。
「すごいっす。綺麗っす!」
オルビーが歓声を上げる一方でレストルは静かに魔石を見つめていた。
「白金。なんて美しいんだ。なるほど、魔石は瘴気を取り込んだ魔物の核。瘴気がこびりついて黒かったというところか。ルシア、チリーの時と同じように時間がかかっていたと思うが、同じように浄化が大変だったのではないか」
「そうなんです。魔石は小さいのに、意外でした」
「魔石は瘴気濃度が高いんだろう。だから、瘴気が見えるわけじゃない俺たちにも黒く見える」
「濃度?」と首を傾げた私を見て、レストルはおもむろに間食用のオレンジを潰して果汁を器に出した。
そこから一滴水の中にいれる。オレンジは混ざり合って、私たちの目にはオレンジの果汁が入っているかどうかわからなくなった。
だが、果汁をたくさんいれると話は違う。
少しずつ水が透明から濁ったようになり、目で見てもはっきりと何かが混ざっているのが分かる。
レストルは、おもむろに「こういうことだ」と告げた。
えっと、それはつまり……。
「つまり魔石は小さいけれど、小さな石の中にたくさんの瘴気が込められてるってことっす! だからたくさんオレンジが入った水のように、瘴気がいっぱい入っている魔石は自分たちにも瘴気の色が見えていたとレストルさんは考えたんす。それで、オレンジ一滴のようなほんのちょっとの瘴気もルシアちゃんは見えてるんす」
オルビーの話は分かりやすい。
うんうんと頷いて、だから魔石を浄化するのは大変だったのかと納得する。
その一方で、レストルは何人かの研究者に指示をして何かの魔導具を改良させる。
「じゃあ、次の実験だ」
指示が出し終わったらしいレストルが私に向き直る。
子供が闇の討伐を担うなんてとレストルは私が闇を晴らすのを戸惑っていたけれど、彼もまた研究好き。実験が楽しいようで、朝、工房に来た時いくつもの実験計画を説明してくれた。
レストルの目の下は黒い。おそらく実験計画を練るために昨日は寝ていないのだろう。
うきうき気分で、オルビーの小さな瘴気測定器のようなものを私に手渡した。
「瘴気測定器?」
「お前用に、改良した。ここに向かって力を放ってくれないか?」
レストルが魔導具上部を指さす。
私は、言われた通り上部の漏斗のように上が広がっている部分に手をかざして力を放った。
キラキラした光が渦巻きながら、下部へと落ちていく。
「これは俺たちには見えんな。濃度が上がったら見えるのだろうが……」
「ルシアちゃん、光がここまで溜まったら力を放出するの止めてくださいっす」
レストルが横でぶつぶつ独り言を言い、オルビーが横で力を込めすぎないよう注意する。
こくりと頷き、私は溜まっている光が溢れないように注意して、力を放つのを止めた。
「魔石準備!」
私の様子を見て、光がたまったと判断したレストルが魔石を準備させる。
それから私から魔導具を受け取り、オルビーに渡す。
オルビーは「はい!」と頷き、魔石の上で魔導具をさかさまにするとスイッチを押して、魔石の上に光を振りかけ始めた。
光が魔石の上に振り注ぎ、消える。降り注いでは消える。
それが繰り返されているうちに、魔石の一部の表面が削れたように、白く輝いた。
周囲で見ていた影のメンバーが「やっぱり」と声を上げた。
「ルシアちゃん、この中まだ入ってるすか?」
オルビーに言われて、慌てて魔導具をみると満タンに入っていた光が空になっていた。
私が首を振り、オルビーが振りかけるのをやめた。
「では次は」とレストルが口を開いたとき、工房の中に明るい声が響いた。
「レストルさーん! だ、め、です! ルシアちゃんは目覚めたばっかりなんだから! 休憩が必要です。ルシアちゃん倒れちゃったら、困るでしょー、もうー」
ルエリアがレストルと私の間に仁王立ちしていた。ちょうど料理を運んできたところのようだった。レストルがルエリアの言葉にしまったという顔をして、一時休憩になった。
私とルエリアは、二人で部屋の隅に椅子を持って行って、ルエリアの作ったホットドックを食べた。
「リアちゃん、ごめんね。掃除とか洗濯とかできなくなっちゃって」
「だいじょーぶ! ルシアちゃん来る前、私一人だったんだし。それより、ルシアちゃんは自分の体をいたわって! レストルさんは前、対魔研究所に勤めていた研究馬鹿だから、ルシアちゃんが言わないと次々思いついた実験に付き合わされちゃうよ!」
レストルは研究所のトップと影のトップの二足の草鞋を履くサイリャを補佐するために、研究所を辞めて影に入ったらしい。
わざわざ辞めてまで! と驚いているとルエリアが「だよね」と相槌を打った。
「レストルさん、サイリャさんの事大好きだからー。それに研究所の方はもう一人しっかりした人がいたんだって。だからレストルさんは影の方を補おうと研究所を辞めたって聞いた。すごいよねー、愛だよねー」
ルエリアの話にびっくりして、ついつい視線がレストルにむく。
レストルは、腰に手を当ててテーブルの上で何やら書きなぐっているオルビーの姿をじっと見ていた。書き終わったらしいオルビーが、顔をあげる。
すると、今度はレストルがペンを片手にすごいスピードで何かを書いている。
時折、手を止めることなく、オルビーに声をかけている。
オルビーが目をキラキラと輝かせているところを見ると、すごい発想、すごい知識だと思っていそうだ。
二人は、その後も書いては熱心に議論しあい、また何かを書きなぐっては議論していた。
「あの二人、ご飯食べてないなー」
ルエリアがやれやれと言った様子で、ホットドックを二つ持って二人に近づいた。
そして、白熱議論中の二人の口にホットドックを詰め込む。
「議論は、あ、と、で、す!」
レストルとオルビーは一瞬驚いたようだが、ルエリアの言葉にうんうんと頷いていた。
口にパンが挟まっているから話せないのだ。
その様子がおかしくて、私も周りにいた影のメンバーも笑った。
昼休憩後、レストルの元にみんなが集まる。
「今から班分けをする。まず、実験班。お前たちはルシアが一度の放出でどれくらいの量を浄化できるのか、また浄化できる範囲を実験、記録、分析。それをもとに、一度の浄化量、浄化範囲の増加の可能性を探ってほしい。当然、ルシアもこの班だ」
レストルに選ばれた三人と私は力を込めて頷く。
レネは、冒険者の島でパワー、スピード、スタミナをつける訓練をしていた。この班はつまり、私の能力向上を目指した班ということか。
「次は、制作班。設計班から回された設計図を片っ端から作っていくのがこの班だ。浄化は初めて知る力だ。きちんとした分析結果なんかない。理論なんかない。けれど、悠長に研究している時間もない。だから、片っ端から作って、試すんだ。使えねぇ魔導具もたくさん作ることになるだろう。でも、それでいい。くよくよせずとにかく手を動かして一つでも多く作ってくれ」
レストルが制作班にはいるメンバーの名を呼ぶ。ほとんどの人の名前が呼ばれていた。
「そして最後に設計班。あり得ないとか使用するエネルギー量が大きすぎるとかそういうことはまずは考えなくていい。ルシアの能力、ルシアの闇討伐に使えそうな魔導具を設計しろ。要望を出すものもある。それをこなしつつ、自由な発想で作ってくれ」
設計班は、オルビーと二人の人が名前を呼ばれた。
「よっしゃ! やってやるっす!」とオルビーが右手をぐっと握りしめた。




