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名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません  作者: 南の月
第三章 花の都

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第63話 第二王女エルミラの懇願

レネ様に一度二人で話しませんか? と招待状を出した。

今日は、レネ様と結婚について話すつもりだ。

周りは私とレネ様の結婚を噂するし、新聞でも結婚について言及されている。

けれど、レネ様とそのことについて話すのは今日が初めてだ。

それどころか、彼との直接の接点は、魔物騒動の時に助けてもらって、「大丈夫かー?」と声をかけてもらった一度だけだった。

侍女たちに、念入りに肌を磨いてもらう、念入りに髪を梳いてもらう。

けれど、こんな小細工……何の意味もないかもしれない。

侍女たちに気づかれないよう、そっと息を吐いた。

思い出すのは、秘密裏に会ったメレントの対魔研究所所長サイリャとの話。


「貴女は、これからわが父の要請によって、魔導武器を作ることになるでしょう。魔石を使った銃というもの……作ることはできるのでしょう?」

「作りません」

「いえ、ここはペイダル。貴女は自由も奪われて、貴女の暮らし、命、そして祖国を握られている。いつかは作らざるを得ないと思いますわ」

「何が言いたいの?」


サイリャは私を睨んだ。

私にはわかっていた。政治的な権力は無くても、ずっと城で暮らしているのだから。

父はサイリャに魔導武器を作らせて、その圧倒的な強さであらゆる人を掌握するつもりだ。

英雄レネさえも。

ここペイダルの王である父が命じれば、サイリャは魔導武器を作らざるを得ない。

多少抵抗しても、いつかは必ず作ることになる。

そして私にそれを止めるほどの力はない。

だから。


「これは交渉ですわ。いつか貴女は武器を作る。ただその時に、先に私たちに武器を渡してほしいんですの。武器は正しく英雄に渡しますわ。英雄が意のままに操られないよう、正しく闇討伐のために使うのです。これなら、貴女の意にも沿いますでしょ?」


私にはわかっていた。サイリャが武器づくりを拒むのは、それを闇討伐に使うのではなく、戦争に使われることを危惧しているからだと。

だから、これは彼女にとっても逃げ道だ。いずれ作ってしまう武器が、悲惨な未来を引き起こさぬよう正しく英雄に渡し、それを持って闇を討伐してもらう。

闇が無くなれば、魔石もなくなる。サイリャが武器を作っても、闇討伐後はもう使われることはない。だから、彼女にとってもとてもいい提案だと思っていた。


「お断りします。確かに、英雄が闇討伐に使い、その結果闇が無くなったなら、私の不安はなくなります。でも、万が一英雄が闇を討伐できなかったら? 英雄不在、魔物の活発化、ペイダルもメレントもきっと、荒れるわ」


サイリャの言うことは、よくわかった。

荒れた国々が次にすることは、自分より被害のない地からの略奪、蹂躙。おとぎ話のように手と手を取って、脅威に立ち向かうなんてことは現実にはない。

少なくとも、ペイダル王の中にないことは重々承知していた。


「殿下は英雄と仲がよろしいのですか。たしか、結婚間近とか」

「私から話すことはありませんわ!」


突然サイリャが切り出した。

話すことはないと言ったけれど、わざわざ危険を冒してサイリャに会いに来ていることから私の恋心はバレバレだったのかもしれない。

サイリャがふっと息を吐いた。


「私個人的には、英雄には早く闇を討伐してほしい。でも、まぁ、彼は少年だと言うし、私はあまりあなたが悪い人には見えないし、いろいろ思うところはある。だから、一つ教えてあげる。闇は……無くならないかもしれない」

「どういうことですの?」


それからサイリャが私に語ってくれたのは、昔々の英雄譚としか思っていなかったマキレスと闇の関係だった。

父が英雄を思いのまま動かせないように、英雄の闇討伐の手助けの為に、私はサイリャに武器を頼みに来た。けれど、サイリャの話を聞いて、随分考えが浅かったのだと突き付けられた。


時間になり、レネ様がやってきた。

魔物を退治したあの時とは違って、パリッとした服に身を包んだレネ様は、本当に素敵だった。

やっぱり私は彼を行かせたくないとそう思った。

その一方で、まっすぐ前を見る彼を私は説得できるのだろうかと不安にも思った。



霧の中の島を出て、ペイダルの王都に来た。英雄だともてはやされているからか俺たちの待遇は悪くない。むしろ良すぎるくらいだ。

貴族の屋敷かと思うような大きな屋敷に泊まり、屋敷の使用人があれこれと世話をしてくれる。

着るもの、食べるもの全て王家が用意してくれた。

王都に魔物が出た。その報を聞いたときは一番に屋敷を飛び出して、魔物を退治した。

それは王家に世話になっているからというよりも、自分のせいで魔物が出たと思ったからだ。

それがこんなことになるなんて。

今、ペイダル王は俺と第二姫を結婚させたがっている。

お姫様だって、ただ強いというだけで貴族でもないよく知らない俺と結婚するのは嫌だろうに。

そう思ったけれど、貴族の結婚というのはそういうものだと一蹴された。ましてや相手はお姫様。お姫様に決定権はないそうだ。

可哀想だなぁと思った。ルシアのことを思い出す。ルシアと聞いたバルケルの歌を思い出す。

なんだって女の子は誰かに人生を決められなきゃいけないんだろうな。


今日はお姫様からの招待を受けて、お姫様の元に行く。

俺の着ている服は品の良いもので、お姫様が指定した場所は門から玄関までも遠く、馬車に乗って向かう。

長い廊下を歩いて、通された部屋は目もくらむ豪華な調度品が並べてあった。


「お座りになって」


自分と大して年の変わらない女の子が、何もかも承知していますといった大人の顔をして話しかけてきた。言われた通り席に着くと、使用人たちが俺たちから距離をとる。

話の内容を聞いてしまわないようにという配慮らしい。


「貴方は貴族ではないんですものね。だから直球に言いますわ。私と結婚なさい。貴方、父に勧められても首を縦に振らないそうじゃない。それじゃ、貴方の地位や信頼が揺らぎますわ。私と結婚すれば……いえ、私と結婚でもしないと貴方、貴族社会では生きていけなくてよ」

「え?」


俺は貴族になるなんてこれっぽちも考えていなかったから、間抜けな声が漏れた。


「俺は、いえ、私は結婚するつもりも貴族になるつもりもありません」

「どうして?」


どうしてって、闇を倒しに行くのだ。それに貴族や結婚は関係ないじゃないか。

考えていたことが顔に出ていたのか、お姫様がすぐさま「闇の討伐のことなら気にしなくて結構ですわ」と答えた。

それで俺はさらに訳が分からなくなる。

気にしなくて結構? どういうことだろうか。


「ここだけの話ですが、王は闇の討伐などしてほしくないのです」

「はぁ?」

「さすがに不敬ですわよ」


笑っておられたが、お姫様に言われて口をつぐむ。そこからお姫様が話してくれたのは、魔導具のことだった。闇が魔物を生み、魔物が魔石を、魔石が魔導具を生む。だから闇を討伐されては困るのだと。


「ですから、王は貴方をここに留めおこうとしているのですよ。ここにいるなら、権力があった方がいいと思いませんこと? 私は貴方を守る盾になれますわ」

「それは困るな、あ、じゃなくて、困ります」

「どうして?」


お姫様の声が少し暗く、固くなった。

どうしてと聞かれても、難しい話じゃない。あまりにも当たり前のことでどう返答しようか迷う。

俺は闇をつぶしに行くから、貴族になれない。ただそれだけだ。

王の思惑とか関係ない。俺が闇を倒しに行くと決めたんだ。


「お姫様、すみません。俺は闇をぶっ潰すって決めてるんです。たとえ王様がそれを望まなくても関係ない。潰すといったら潰します」

「口を閉じるのです! そんなこと言っていると、牢屋にでも繋がれてしまいますわよ。ここでは冤罪をでっちあげるなんて簡単なんですから」

「いいんです。それにお姫様も学も品も金もない俺と結婚しなくてよくなります。いろいろと教えてくれてありがとうございました。でも俺は、結婚しません」

「後悔しませんの?」


お姫様が俺を見ながらそう言った。

優しい方なのだと思う。王の思惑なんて話さなければ、俺は何もわからずもう少し王都にとどまっていたかもしれない。

ちゃんとすべてを話して、俺に判断できるようにしてくれた。

チクリと胸が痛んだ。俺は……ルシアに判断させなかったな。ついて行きたいと言ったルシアを島においてきた。今、あの時に戻ったとしてもやっぱり俺はルシアを連れてはこなかったと思う。守りたい俺のわがままだとわかっていても。


「しないです。どうか、お姫様も……ご自分を大切になさってください」


失礼なのかもしれないけれど、これで話は終わりだろうと席を立った。その瞬間「待って!」とお姫様も立って、俺の袖をつかんだ。これまでゆったりと優雅に話していたのに、一転彼女はとても焦っていた。


「闇を潰すとおっしゃるけれど、どうやって潰すというの」


声が震えていた。

俺には一応考えていることがあったけれど、流石に言うことを躊躇って「まぁ、その……」と口を濁していると、お姫様は一層泣きそうになって言った。


「マキレスの最期を知っていますの。どうやってマキレスが魔王と戦ったのか知っていますの?」

「知りません。ですが……」

「マキレスは! マキレスはその身に魔王から出た闇を引き受けたのですわ。貴方が闇を倒すというのなら、今度は貴方がっ! お願いしますわ。行かないでください。行ったら、貴方は戻って来れない。だからお願い……。行かないと言ってください。レネ様、行かないでください」


あぁ、この人は本当に優しい人だなと思う。


「やっぱり、そうかぁ。お姫様、俺、薄々そうかなって思ってたんです。心配してくれてありがとうございます。でも、それでも、俺は行きます」

「どうしても?」

「もう決めたんです」


お姫様の手をそっと放す。

最後にもう一度感謝の気持ちを伝えたくて、泣きそうになっているお姫様に言葉をかける。


「お姫様、ありがとうございます。お元気で」

「お姫様じゃないわ……」


お姫様が答えた。けれど、意味が分からなかった。

お姫様は、ペイダル王家の第二王女だ。

まぎれもなくお姫様だろう。

少しして、お姫様がもう一度口を開いた。


「私にだってエルミラという名前があります」

「え? ですが、名前を呼ぶのは不敬と習ったのですが」

「だからと言ってお姫様と呼ぶのは貴方ぐらいです。私がエルミラと呼ぶことを許します。私の名前です。大事に呼びなさい」


目の前のエルミラがピンと背を伸ばした。少しも取り乱したことがなかったかのように堂々と俺の顔を見て言う。


「レネ、結婚のことは忘れてください。こちらは私が請け負いますわ。冒険者の島でも、王都に出た魔物も、今までよく守ってくれました。これから貴方が対峙するのはもっと強敵です。それでも貴方の、いえ、レネの無事をここで祈っております」

「エルミラ様。ありがとうございます」


深々と頭を下げて、お城を出た。ペイダルもこれで最後だ。



やっぱり。行ってしまわれたわ。

あの方と結婚出来たらどんなに良かったでしょう。

そんなことを考えていると、すっと背後にイサークが立った。


「振られてしまいましたわ」

「その割には、最初から彼が断わるのが分かっていたかのようでしたが」

「えぇ、お父様もわかっていませんわね。あの方は太陽。うんと遠くでも煌めく私たちの希望なのですわ。どうして、ただ人が太陽を思い通りにできましょう」



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