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名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません  作者: 南の月
第三章 花の都

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第62話 私たちくらい

人目についてペイダルの兵士に影の拠点がバレてはいけないと、私はずっと拠点で寝かされていたようで、その日私はルエリアに付き添われながら三日ぶりにルードの家に帰った。

ルードは張り切ってご飯を作ってくれて、机にはたくさんの料理が並んでいた。

三日間ご飯を食べていなかったので、少ししか食べられなかったが、どれも暖かく体に優しい味でとても美味しかった。もしかしたらルードは、三日間寝ていた私が何を食べられるかわからないから、いろいろと作ってくれたのかもしれない。そんな気持ちが嬉しかった。

食事中、オルビーとの会話は一切なかった。

寝支度を済ませ、寝ようとするけれど、三日間寝ていた体はもうすっかり元気で、眠れない。

窓をそっと開けて空を見上げる。

真ん丸な月が暗い夜空を照らしていた。

闇の外は夜すら明るいんだなぁと今更ながらに思う。

コンコンとノックの音がして、「ルシアちゃん起きてるっすか」とオルビーの声がした。


「どうしたの?」

「いや……あの、昼間はひどい態度をとったっす。ごめんなさい! ルシアちゃん、何も悪くないのに、当たってしまったっす。そ、それだけっす。音が聞こえたから起きてるかなって思ったら、謝らなくちゃと思って」

「当たったって何に?」


確かに昼のオルビーの態度は変だった。でも私にはそれがなぜなのかさっぱりわからなかった。

お茶でも飲みながら話そうということになって、二人で一階に降りる。

お茶を用意して、中庭に出た。ただぼんやりと月を見る。

「で、なんで怒っていたの?」と聞けないまま、静かに時間が過ぎ、やっとオルビーが口を開いた。


「自分は、英雄に憧れがあったっす。でも、剣術を習っても強くなんてなれなくて、いつしか英雄になれるのは特別な人間だけだと思うようになったっす」


オルビーが一度口を閉じる。

同じだ。私も走っても速くならないし、訓練しても男の人以上に強くなれないとゼルシェに言われたんだったな。

でも、その話が怒っていることとどうつながってくるのだろう。


「それで、英雄にはなれないと諦めてから、自分は思ったんす。いいよな、特別になれる人間はって。努力したら強くなれるなんて、いいよなって。自分にもそんな才能があったらって思ってたっす」


レネに対して私も思ったことがある。鍬を持ち、土を掘り返しているレネを見て、レネと同じような方法で強くなれない自分が嫌だった。

でも、それはレネも同じかもしれない。

人は誰だって、何もかも自分の思い通りになんてできないんだから。


「レネは冒険家になりたかったんだ。英雄じゃなくて」


私を助けたことで、レネも思うように生きられないことを知っている私はそうこぼした。


「知ってるっす。でも強いから行かざるを得ない。そこで初めて特別な人はすごいな、才能っていいなって思うだけじゃダメだって思ったんす。いいな、すごいなと全部才能のせいにして、勝手にいじけてるから、才能あるレネは一人で戦わなくちゃいけなくなったんす」


オルビーの話を聞いて、マキレスの話を思い出す。

影にいる間、与えられた新聞の仕事や雑事の合間にマキレスの本を読んだ。

けれど途中から本を読むのが辛くなった。

最初はマキレスの人となりが分かって面白いと思っていたが、マキレスの旅のエピソードが多すぎたからだ。本を読めば、マキレスの朝から晩までの行動が手に取るように分かった。

何時に起きて、どこへ行って、何を食べ、誰と何の話をし、どこの宿屋に泊まったのか。

そこにはありとあらゆる情報が残っていた。

王都でお披露目をしてから魔王を追ってミュンダーへ向かうまでの全ての町で。


こんなの……こんなのってない。

マキレスは英雄だ。きっとジェーダの歌に出てくる勇者たちのように、弱いものを助けようと魔王討伐をしたのだと思っていた。

いや、本に載っている全ての証言がマキレス以外の証言だから、マキレスは本当に民を助けようと思っていたのかもしれない。けれど、自分だったらと思うと泣きたくなった。

こんなに善意の監視の目があれば、逃げたくても逃げられない。

弱音をこぼしたくてもこぼせない。

頑張れ、頼んだよ、あんたにかかってんだからね! などと言われる度に思うかもしれない。

私は? 私が魔王との戦いで死んでもどうだっていいの?

週末に美味しいご飯を食べて、語り合う。そんな幸せを私は求めてはならないの? 

そんな風に心の中で嘆いてしまいそうだ。

それでもマキレスは行った。たった一人で行った。

彼はどんな気持ちだったんだろうとマキレスの本を読むたびに私はマキレスの気持ちを想像して辛くなっていた。


――きっと俺はそのために生まれてきたんだろう。魔王を倒す。それが俺の役目だった。ただそれだけだ。


そして勝手に想像したマキレスの気持ちがストンと心の奥底に落ちて、泣きたくなった。

生贄という役目だった自分と重ね合わせたからかもしれない。


「マキレスの本を読んで思ったんだけど、マキレスもきっと魔王と対峙したくなんてなかったのかも。でも、そうせざる得ない。それが……世界が彼に求めた役目だから」

「うん。そうかもしれないっす。だから……ごめんなさい! 今日ルシアちゃんから聖女の話を聞いて、生贄なんて絶対嫌なはずなのに、そんな嫌な部分を見もせずにチリーを救ったルシアちゃんを、ルシアちゃんも特別な人だったんだと勝手にすねてたんす」


特別な才能を持っているか、持っていないのか。貧乏な家に生まれるか、裕福な家に生まれるのか。どんな顔で生まれ、どんな色の髪で生まれるのか。都会に生まれるのか、田舎なのか。魔物がうじゃうじゃいる危険な場所で生まれるのか、闇の中で生まれるのか。

私たちは、生まれてくる場所も、生まれてくる姿も選ぶことができない。

だからこそ、自分の持っていないものを持っている人に憧れたり、嫉妬したりするのは当たり前だ。

私は聖女なんていう特別な地位にありながら、何も持っていなかったから……なんかわかるな。


「私ね、チリーの時に初めて自分の力を使えたの。だからミュンダーでは、力もなく、生贄の予定だったから勉強もしたことなくて、神殿から出たこともなかったから常識も知らなくて、初めて神殿から出た時、自分のことをなんて何もできないダメな奴なんだろうって思った」


オルビーの顔がくしゃっと歪んだ。

特別な人に憧れるオルビーの気持ちを私は正確に理解しているのかな。

もしかしたら全然わかっていないのかもしれない。

だって、私は特別な人だけでなくて、普通の人にも憧れていたから。

聖女という肩書だけは特別だったミュンダーにいた頃の私。でも、普通の人が六歳で発現する能力が十一になっても十二になっても発現しなかった。

聖女を辞めようと思って神殿から飛び出した。神殿の外にいる人々は当然のように働いて、当然のように生活をしていた。

けれど、私は稼ぐことも、一人で暮らすこともできなかった。

闇から出たら、魔物と戦う冒険者たちに会った。

私は戦う力がなかった。弱かったから。

島に行くと、そんな冒険者たちを支えている人たちがいた。

そこでも私は、役に立たなかった。今まで何もしたことがなかったからだ。

ここでもそうだ。

影のメンバーは、魔導具を作ったり、闇について研究したり。

私にはできない。だって、オルビーに教えてもらってやっと文字が読めるようになったくらいの私に何ができる?

炊事洗濯の雑事だってルエリアがいるから、何とか出来ているだけ。

本当に自分は何にも役に立たない。


「だから……強くなれるレネも、すごい魔導具を作れるオルビーもすごいな、いいなって思ってた。私にもレネみたいな力が、オルビーみたいな知識があったらなって……ずっと思ってた」


ふふふと笑って、「だからお互い様だね」と言うと、オルビーは「ありがとうっす」と言って、袖で目元を拭った。


「まぁ、レネが特別っていうのはすごくわかるけどね」

「レネっすからね」


私がぽつりとつぶやくと、すぐにオルビーが頷きながら答えた。


「レネって訓練する前から、なんか強いんだ。力っていうか存在? 考え方っていうのかな」

「あぁ、わかるっす。諦めないし」

「そう、やり遂げるし」

「前ばっか見てるし。まっすぐなんすよね」


レネについてお互いに言い合う。

多分、続けようと思えばもっともっと続いていたと思う。

やっぱり、レネはすごいなぁ。


「本当に、レネって英雄になるべくしてなったのかもしれない」

「ルシアちゃん……」

「ここまで来てるくせにこんなこと言うのはなんだけど、私たちの手助けなんかなくても、レネなら闇をどうにかできそうな気がするんだ」

「うっ、それはそうっす……」


レネは何年も前から、働いて、お金を貯めて、自分で小舟を作って、海に出ようとしていた。レネは夢を夢で終わらせない。願うだけで言い訳するような人じゃない。

夢見て、決めて、行動して、諦めない人だから。

そんなレネが闇をぶっ潰すと言ったからには、ぶっ潰せるんじゃないかと思う。


「でもさ、いいよね」

「なにがっすか?」

「世界中の人がレネをすごい英雄だと思っていて、レネに闇を討伐してほしいと思ってる。でも私たちくらい、いいよね。私たちくらい、そんな英雄を助けたいと思っていてもさ」


横に並んでいたオルビーに改めて向き直る。


「私、レネを助けたい。レネは本来自由気ままに世界を冒険したかったの。でも私を助けたことで、本来関係なかった闇討伐の重荷を負っちゃった。オルビー、私は常識もないし、勉強もできないし、力もない。だからレネみたいに一人で闇の討伐なんてできない。お願い、私が闇を晴らすのを協力してほしいの。レネの為に」

「もちろんっす。自分はレネにマキレスみたいに一人で行ってほしくなくてここにいるんすから。けど、ルシアちゃんは良いんすか? 闇を晴らすってことは、ルシアちゃんがマキレス役になるってことっすよ」

「うん。生贄って知った時ね、逃げようと思ったの。その次に、ちゃんと役目を果たせるように勇気ある人になろうって努力した。けどね、今は違う。ここが私の役どころだなって思う。嫌々するのでもなくて、努力してなろうとするのでもなくて、自然にそう思えるの。私が闇を晴らそうって」


その後、オルビーと二人であれこれ話しあった。魔物の瘴気を消せるなら、魔石にも何か影響があるのかとか、遠距離から私の力を使えないかとか、あれやこれや。

肌寒くなって部屋に戻る。

ベッドに横になるとすぐに眠りについた。


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