第61話 覚悟
「ルシアちゃん!? 起きたー!」
目を開けると、ルエリアが私の顔を覗き込んでいた。
「もー心配したんだよー。ルシアちゃん三日も寝てたんだから。お医者さんに診てもらっても、問題ないって言われちゃうし」
「三日? リアちゃん、ごめんね。それで、チリーは?」
「大丈夫、大丈夫。もう飛び回ってる。チリーくんよりルシアちゃんだよー。みんな心配してたから。私、ルシアちゃん起きたこと伝えてくるね! お水ももらってくるから、ベッドで待っててね。あ、ダメだよ。まだ歩き回っちゃ。安静ね!」
しばらくして、部屋の外からドタドタと足音が聞こえてきた。
勢いよく、扉が開き、少し大きくて白い鳥になったチリーと、オルビーが飛び込んできた。
「ルシア、よかったー。俺様のせいで、ごめんー」
チリーが私に飛びついてくる。
以前とは違う大きな体に、起こしていた体が再びベッドに沈む。
「チリー! もう何ともない?」
「ない!」
「会わないうちに、ずいぶん大きくなったのね」
「さすが俺様」
私とチリーが話している間、ベッドの傍で静かに立っていたオルビーが口を開いた。
「ルシアちゃん……。ルシアちゃん、何者っすか」
「何者って、どういう……」
俯いていたオルビーが顔を上げ、目と目が合う。
目があって、いつものように返事しかけた言葉が止まった。
あまりにも、オルビーの顔が真剣だったからだ。
「チリーは……」
ようやくオルビーが口を開いた。
「チリーは、どう見ても魔物化してたっす。ルシアちゃんが来る前瘴気測定器の値が大幅に増えたのも見てるっす。なのに、ルシアちゃんが檻に手を入れたら、値は変わってないのに、チリーはおとなしくなって、ルシアちゃんは倒れて、チリーの禍々しさも消えて……。自分みたいな凡人にはわけわかんないっす。何をしたんすか? なんすか、そのすごい能力。なんで……。なんで、そんなすごい力があるのに黙ってたんすか……」
その声色が真剣で、何も言えなくなった。
チリーも静かにしている。
私が聖女であることは、話していなかった。
オルビーだけではない。ゼルシェやルード、サイリャにも、誰にも。
それは、騙そうとしていたわけじゃない。
私は闇を晴らすと予言された聖女であり、予言を無視して生きることにした聖女だったから。
予言については半信半疑だった。けれど、たとえ予言が本当でも死なないと役に立てないとは思っていた。
だから、生きることにした私にそんな力があるなんて思いもよらなかった。
「その話、僕たちも聞きたいな」
レストルとルードが戸口に立っていた。
こくりと頷くと、二人は部屋に入り、扉をしっかり閉めた。
オルビーは再び俯き、じっと立っている。
もう、本当のことを……話すしかないな。
ごめんね、レネ。きっとレネは私が聖女であることを隠していた。私を守るために。
だからごめんなさいと心の中でレネに謝る。でも私に力があるのなら、行動したいんだ。私がレネの為に。
「昔、ミュンダーの予言者は言いました。金の髪を持つ聖女が闇を晴らすと」
それから私は自分の知っていることを話し始めた。
金の髪を持っていた自分が赤子の時から神殿で暮らしていたこと。神殿から出たことはなく、自分が聖女であると知った六歳から毎日闇が晴れるよう祈っていたこと。
十一歳の時、予言を現実にするためには私が生贄になる必要があると知ったこと。
一度は受け入れ、生贄の祭壇に上ったものの、最後の最後で生きたいと願ってしまったこと。
レネとチリーが祭壇まで助けに来てくれて、一緒にミュンダーを出たこと。
「騙していたわけじゃないんです。あの時死ななかった私にできることなんてないと思っていました。闇の外に出て、闇があるために魔物がいることを知りました。戦って命を落とす人がいることも知りました。そして、今ここにきて戦争の火種になることも知りました。あの時私が死んでいたら、生きていた命があります。それについては、本当にごめんなさい」
「な……。なんすか、それ。謝る必要ないっす。ルシアちゃん悪くないじゃないっすか」
オルビーは淡々と返事をして、くるりと背を向け、力任せに扉を開けた。そのまま何も言わずに出て行ったオルビーを見て、訳もなく泣きたくなった。
「あー、気にするな。いろいろ混乱してんだろ。実際、俺も混乱しているしな」
ルードが私の肩に手をのせて、言った。
レストルは冷静だ。
「話をまとめよう。予言の話と先日、君がチリーにしたことを合わせて考えると、君に対闇の力があるのは明らかだ。ただ、疑問も残る。一つはチリーの体の大きさ、もう一つは、さっきオルビーも言っていたが瘴気測定器の値が上昇したまま変わらなかったことだ」
影で働いていたと言っても、ルエリアと掃除や洗濯などの雑事と新聞を書き写す作業しかしていなかった私には、レストルの言葉は難しくてよくわからなかった。
首をかしげる私に、レストルが言葉を変えて話してくれる。
「私たちの研究で、瘴気によって動物が魔物化すること、魔物化するとその体が大きくなることがあることは分かっている。だから、チリーは魔物化の影響で体が大きくなったと考えられる。けれど、君が瘴気を消してもチリーは大きいまま、瘴気の値も大きなままだ。君は瘴気を消したわけじゃないのか?」
今度の説明は分かった。けれど、その質問の答えは分からない。
だから私はありのまま話した。
瘴気と思われるものが、私には黒い靄のように見え、あの時私は手から光を出してその靄を消し去ったと。
「消滅というよりは、変換、いや……純化か」
レストルがぶつぶつとつぶやき始める。私はぼんやりと、倒れる前のことを考えていた。
チリーの靄とぶつかり合う光。
この力があれば、闇を晴らせるだろうか。これならレネを救えるだろうか。
闇に手を触れるイメージをしてみる……。そこで私は、自分という者について過大評価していることに気がついた。
今まで願っても願っても発現しなかった能力が使うことができて、自分ならできるかもしれないと簡単に考えてしまっていた。
私は、魔物化していたチリーに手をかざしてチリーを救ったけれど、それはチリーが暴れぬよう檻に入っていたからだし、私の目の前にいたからだ。
だが現実問題として、闇にたどり着くには、大量の魔物のいる海を渡らなければならない。
屈強なウォールディンたちも最近は闇に近づくことさえできないと言っていた。
闇に近づく方法がない。
それに、レネだって……。レネの元に行っても、レネはきっと私を遠ざける。私に島で待っていろと言ったあのとき同様に、レネは私に危険が迫らぬよう私から逃げるだろう。
あの速さで逃げられたら私は絶対追いつけない。
だめだ。闇を晴らす前に、闇にもレネにも近づくことが出来そうにない。
「レストルさん」
「なんだ」
「影は闇を晴らすためにできた組織ですよね」
「そうだが」
「私が闇を晴らせるように、協力してくれませんか」
レストルがはぁーっと息を吐く。
闇を晴らすことができる力。
レストルも実際に見ているし、協力してくれると思っていた。
だが、予想に反してレストルは渋る。
「ちなみに! お前のいう協力っていうのはどんなだ」
「私を闇まで連れて行ってほしいんです!」
「やっぱりか! そう言いだすんじゃねぇかと思ったんだ!」
がっくり肩を落とし、次に頭をガシガシと搔き始めるレストル。あーとかうーとかしばらく唸った後、「あぶねぇんだぞ」と低い声で聞くので、「もともと死んでいた身です」と応える。
視線と視線がぶつかり合って、両者一歩も引かない。
ここで逸らしたら負けだぞと私の中の誰かが言う。
結局負けたのはレストルだった。
「仕方ない。はぁー。もうこういう目の奴は、何言っても無駄なんだ。くそっ。でも覚えとけよ。俺もサイリャさんも嫌いなんだよ! お前みたいなガキがなんかを背負ってんのは。だから細かいことはこっちに任せろ。ただお前はぱっと行って、ぱっと闇を晴らして、元気に戻ってこい」
ビシッと私を指さして、「わかったな!」と念を押すレストルは、再び肩をがっくり落として「サイリャさんが帰ってきたら、俺嫌われるわ。つーか、殺される? はぁ」とぶつぶつ言いながら部屋を出て行った。




