第60話 思いがけない来客
二国間協議から数日。
私たちの思いもよらぬ来客が冒険者の島よりやってきた。
「洗濯物も終わったしー、みんなのご飯も届けたし! あとは書類仕事やっちゃいますか!」
ルエリアと一緒に資料室へ向かう。
影の活動方針にはまだ納得できないけれど、未だ自分にできることがわからずルエリアと影の活動を手伝っていた。
新聞では、ますます英雄のすごさが褒めたたえられ、英雄と第二王女の結婚はいつだと紙面を賑わしている。
あぁ、本当にこんな風に情報を追っているだけでレネの役に立つんだろうか。
バタバタと誰かが走ってくる音がする。
顔をあげてルエリアを見る。ルエリアも私を見て頷く。
何も音をたてないように魔導具の新聞を消して、たくさん並んだ木箱の中に忍び込ませる。
二国間協議が締結され、サイリャが帰ってこなくなって、影の副リーダーレストルはペイダルに影の拠点がバレることを恐れた。
サイリャからバレるとは思っていないが、今まで以上にペイダルがメレントに干渉しやすくなったからだ。
研究所の方には、二国間協議中に締結された「ペイダル・メレント対闇協力条約」を理由に何人ものペイダルの軍人、研究員が出入りしている。
メレント側は、研究の開示及び、ペイダルの研究補助を約束し、ペイダル側は、メレントが単独で大規模魔物侵攻を受ける際、英雄派遣を約束している。
一見対等に見えるその条約は、全く平等ではなかった。
メレントはそもそも闇が進出している方向から少しずれている為、魔物は出ても自国で対処できる程度であるし、それを越えて魔物被害が出る際はきっとペイダルも魔物被害が尋常ではないはずだ。
この英雄派遣は一つ条件が付いている。メレントが単独で被害を受けている時に英雄を派遣するという点だ。
闇より少し離れたこの地が単独で被害を受けるというのは、ほとんどないというのが対魔研究所の見立てであり、だからこそこの条約はただただメレント側が知識をペイダルに引き渡すことだけが目的だ。
到着当初、色とりどりの花が咲き乱れ、笑い声や歌声が響き、これが平和、これが光のある暮らし、これが幸せなのかと思ったこの町も最近は少し暗い。
相変わらず、太陽から光が降り注ぎ、花はきれいだけれど、道にはペイダルの兵士が歩いていて、住人はなるべく家に閉じこもっている。
戦争。
その二文字が頭をよぎる。
「ルシアちゃん!」
バタバタと慌てた様子で入ってきたのは、オルビーだった。
「チリーがルシアちゃんを呼んでるっす」という何とも要領の得ない説明で工房へ向かう。
オルビーの余裕のない顔を見て、不安が募る。
チリーが来ただけなら、こんな顔しないわよね。
通りには、ペイダルの兵士が歩いている。
ぎこちない笑顔でオルビーが取り留めのない話をする。ルードの作ったシチューがとても美味しいのだとか、昨日は幸運の猫に会ったのだとか。そんなことを。
ようやく、工房についてオルビーが口を閉じ、笑顔を消した。
「ルードさんの商船で来たみたいっす。資材と一緒に工房に運び込まれたチリーは……自分、
チリーに見えなかったっす」
隠し扉を開いて中に入る。大型の瘴気測定器が置いてある部屋だ。
その部屋の中央に大きな箱型の物が置いてあった。
布をかぶされたその箱から時折「ぎぇー」といった弱弱しい鳴き声が聞こえる。
「ルシちゃん……」
いつもはいないルードさんが心配そうな顔で私を見る。
「チリーは?」
レストルが手招きをして部屋中央にある箱の近くへ行った。
箱にかかった布を取り払う。布の下は大型の檻で、中には黒く、大きな鳥が入っていた。
「ぎぇー!」
中の鳥が鳴く。黒い鳥……ゴンドゥ? いや、ちょっと顔つきが違うか。
鳥と目があった。血走った目に私が映るとぐったり横たわっていた鳥が私に向かってきた。
檻に阻まれて、私の所まで来られなかったが、頑丈で重そうな檻が少し動いた。
「る、しあ」
鳥がしゃべった。
え? しゃべる鳥なんて、チリーしかいない。
「お前、できる。たす、けて」
チリーは小さくて白い鳥だ。目の前にいる鳥は真っ黒で、ゴンドゥほど大きい。
チリーなはずがない。
けれど、あの偉そうなしゃべり方はチリーで、檻にぶつかった時にちらりと赤い帽子が見えた。
「チリーなの?」
「チリ、チリ……チリー」
「チリー! どうして! どうしてこんな真っ黒に」
その掛け合いを聞いて、レストルが私に近づいてきた。
「お前には、どう見えるんだ」
普段話すことのない影のナンバー2、レストルの低い声にビクつきながら、苦しんでいるように見えること、大きくなっていること、こんなにも黒い姿ではなく、以前は真っ白な小鳥だったことを説明した。
「どう助ける?」
「どうって……。私にはわかりません。皆さんの魔導具で助けてあげることはできませんか」
「この鳥はお前なら助けられると言っているぞ」
レストルがもう一歩近づき、私に言う。
チリーが何をもって、私なら助けられると言ったかはわからない。
でも、私にはできないよ。
「で、どうやるんだ」
レストルに詰められるも、私にできることはない。「わかりません」というのが、悔しくて、不甲斐なくて、不安で唇をかんで押し黙った。
「黙っていてもわからない。どうすんだ!」
「わかりません! 私だってチリーを助けたい! けれど、できない! どうしたらいいのかわからないもの! 私はみんなのように魔導具なんて作れない! 料理や掃除だってルエリアに教えてもらわないとできなかった。何にもできないの! 助けたくても、私は、何も、出来ない!」
また一歩こちらに詰め寄ってきたレストルを目一杯睨みつけて叫んだ。
私だって、助けたい。役に立ちたい。
でも、ミュンダーではいつまで経っても闇を晴らすことはできなくて、冒険者の島でも、影でも、私は何にもできない。
何もできない自分が不甲斐なくて、情けなくて、涙が出てくる。
止まれ、止まれ、何もできない役立たずのくせに、泣くんじゃない。
そう言い聞かせるのに、涙は全く止まってくれない。
「レストル……。言葉足らずだよ」
私が泣き声とチリーの唸り声だけが響く部屋で、ルードが口を開いた。
そして、私の肩にポンと手を載せる。
「ルシちゃん、落ち着いて聞いてほしいんだけどね。僕たちはこの鳥、ちゃんと白く見えるよ」
「え?」
「これは想像なんだけどね。レネは、およそ人間とは思えないほど力がある、速さがある。僕はチリーのようにしゃべる鳥なんて見たことも聞いたこともない。だから、ミュンダーに住む人たちは何か私たちとは違う能力があるんじゃないか? そして、ルシちゃん。ルシちゃんもレネと一緒にミュンダーから出てきた。ルシちゃんも、何かあるんじゃないか? 例えば、瘴気が見える……とか」
ルードの声で少し冷静になった。
チリーがちゃんと白く見えるとルードは言っていた。だとしたら、本当に瘴気が見えるの? 私だけ?
改めてチリーを見る。
真っ黒なチリー。でもよく見たら、白い羽毛が見えた。
黒い瘴気に包まれているだけ、なのかも。
私、瘴気が見える能力だったのか。どこもかしこも真っ暗なミュンダーではわからなかった。
だとしても、瘴気が見えるだけでどうすればいいのか……。
――あんたは自分を見失っとる。正しく自分を見つめれば、縛りも解けよう
ルエリアの祖母から言われた言葉を不意に思い出した。
違う、私の力は瘴気が見える力じゃない。私は……聖女だ。
そうだ、私は闇を晴らす聖女だった。
いつの間にか涙は止まった。
チリーの前に立ち、チリーの周りの靄を見る。
あぁ、これを綺麗にしたらいいんだ。
辛かったね、チリー。もう大丈夫だよ。
私、勇者を目指しているんだもんね。困っている人助けないと勇者じゃないよね。
大丈夫だよ。
私がチリーを助けるからね。
檻の中のチリーに手を伸ばす。
「ルシアちゃん、あぶないよ!」
オルビーが声を上げた。ギェーとチリーも鳴き声を上げた。
見える。
私の手に光が集まっている。闇を払って、暗い闇を消し去って。
心の中で願いながら手に集まっている光を見つめた。
私の手から出る光とチリーの体から立ち上る闇が押し合う。
「ルシアちゃん!」と駆け寄ろうとするオルビーを、首を振って押し留める。
そう、きっと大丈夫。
私は闇を晴らす聖女でしょ。これくらいの小さな闇、大丈夫に決まっている!
ぐぐぐーっと光が闇を押し始め、黒い靄が小さくなっていった。
靄が小さくなるにつれて、白い鳥が見えてきた。
あぁ、チリー。こんなにも辛そう。もう少しだからね。
ぐっと力を込めて、最後の靄を消し飛ばす。
「ルシアちゃん!?」
全力疾走したときのように、いや、それ以上に疲れた。息が切れ、目がチカチカする。
ふらふらする私を誰かが支えてくれた。
「仮眠室あけろ! 誰か、ルエリア呼んで来い」
焦った低い声が頭上から聞こえて、支えてくれたのはレストルだとわかった。
「レス、トル……さん。私に、闇を……晴らさせて」
何とかそれだけ伝えて、目を閉じた。
闇を晴らすのはレネじゃない、私。
だって私は、闇を晴らす聖女だから。




