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名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません  作者: 南の月
第三章 花の都

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第59話 第二王女エルミラの結婚

「バラ姫様と名高いエルミラ殿下にご挨拶でき、誠に嬉しく思います。して、エルミラ殿下はもう英雄様とお会いになられましたか?」


ペイダル王国第二王女、エルミラ。それが私の名前だ。真っ赤な髪だからかいつしかバラ姫なんて呼ばれている。最近私の周囲は騒がしい。

今だって、英雄との結婚の噂を確かめようとパーティもそろそろ終わりだというのにそこかしこで聞き耳を立てている。


「いいえ、まだですわ」


無難な答えを返して、広間から出た。

広間から出ると、専属近衛騎士のイサークが私の一歩後ろについた。口も開かず歩き続け、王族の私室区域になってイサークが溜息を吐く。


「次代の英雄と言っても、平民。エルミラ殿下に相応しいわけがない」

「イサーク、王族区域で人が少ないとはいえ誰が聞いているかわかりませんわよ」

「ですが……。エルミラ殿下はどう思われているのですか? ここは魔窟。事実が何であれ、権力者の言葉が真となる場所です。最初はただの噂だったのに……なんてことは、いくらでもあるではありませんか」


闇の中から出てきた英雄。大きな斧で魔物を一振り。それが彼の戦闘スタイル。彼について知っているのはそれだけだ。

それなのに彼との結婚の話が噂されているのは、きっと貴族たちが闇討伐の邪魔をしようと、英雄を王都に引き留めようということだろう。

私はこの大陸一の国ペイダル王国の王女。王女であるからには、国の為に嫁ぐことは当然。どんなに欲深い人でも、どんなに女にだらしがなくても、年が離れていても、容姿が気に入らなくても構わない。ペイダルの為、言われた通りに嫁ぐだけだ。


「私の気持ちなど関係ないわ。平民だろうと何だろうと国に益があれば嫁ぐ。ただそれだけよ」


ちょうどいいタイミングで私室にたどり着く。これで話は終わりだと部屋の中に入る。

イサークが腰を折る。彼が何か言いたそうなのは分かっていた。長いこと私の専属をしている彼はきっと、真に私の幸せを祈ってのことだろう。

平民と王女。身分の違いは、暮らしの違い、価値観、常識の違い、その他私の想像もできぬような細かい違いがある事を指す。多すぎる違いが結婚生活を困難にすることは、まだ一度も結婚をしていない自分にだってわかることだった。

だからといって、父である王が嫁げと言ったら嫁ぐしかないのだ。ここで嫌だ、嫌だと噂に対して文句を言っても無駄ではないか。


翌日の天気は快晴。

軽いワンピースに身を包み、晴れ晴れとした気持ちで城下町に降りた。

宮中は私と英雄との結婚の噂でいっぱい。噂の真偽を確かめたくて話しかけてくる人も、面白いものを見つけたように私を見る人の目もうんざりだった。

最初に行ったのは孤児院、次は学校、そして市場。

民にとって、王族は天上の人。私たち王族にとっても、民はあまりにも遠い。

けれど、その距離をそのままにしている国はうまくいかない、というのが私の持論だ。

国を導く私たちは、正しく民の姿を見なければどうこの国をかじ取りすればよいかわからず、民もまた王族というだけで手放しに信じ、ついて行くことができないからだ。

だから、市井に降りて王族が民と交流を図るのは、双方にとって重要なこと。


もちろん、王族の私に何かあっては一大事。たくさんの護衛はついている。

護衛をぞろぞろつけた王族相手に文句は言えないので、彼らの言葉の全てが本当ではないだろう。本当は、石でも投げつけたいと思っている人だっているかもしれない。

それでも誰かを介して報告を聞くだけでなく、実際に顔と顔を合わせて話を聞くことで生まれる何かがあるはずだ。

王族であっても女の私にできることは、結婚することと交流を図ることくらい。だから、これは重要なことだと思い込みたいだけかもしれないけれど。

八百屋の店主の野菜が年々とれなくなってきているという訴えを聞き、最後に王都の警備を担う警ら隊に顔を出した。

彼らに王都の治安を聞き、彼らの労をねぎらう。


「魔物だー!」


突然聞こえた大声の後、あちらこちらから悲鳴や怒号が聞こえてきた。

護衛の一人が状況確認に走り、告げることには、魔物は一匹ではないらしい。そういえば、陸の魔物は一匹いればその周囲に何匹もいるんだったか。知識としては知っていても、王都に魔物など出たことがないから、それを今の今まで忘れていた。

ぴったりと私を守る護衛たちの隙間から、あっちこっちへ逃げ惑う民の姿が見える。


「イサークを残して、他の護衛騎士たちは警ら隊と一緒に避難誘導を命じます」

「しかし、殿下! 殿下の御身が」

「イサーク一人で十分です。一人でも多くの人を非難させるのです」


王族だからと彼らは私の身を優先的に守ってくれる。けれど、民から話を聞くだけしかできない、王が決めた人と結婚するだけしか価値のない私を守って、一体何になるのだろう。

私が死んだところで、何も問題ないに違いない。


「エルミラ殿下、走りますよ」


剣を構えたイサークの言葉で、緊急事態であることを思い出した。頷き、イサークの案内で走り始める。王都はもうめちゃくちゃだった。

昼間に視察した市場は、あれだけ綺麗に並んでいた果物が見るも無残に道でつぶれ、その上を人々は右へ左へとパニックになりながら走った。

イサークがぴったり私の真横を走ってくれなければ、あっという間に引き離され、迷子になったことだろう。


「きゃっ」


普段走り慣れていないせいで、石畳の隙間に足をとられた。あっと思う間もなく、眼前に石畳が迫り、目をつぶる。

転ぶのももちろん慣れていない。


「殿下!」


イサークの言葉で、目を開ける。少し先行した彼が戻って手を差し出す。

手を握って立ち上がると同時に、イサークが指さす。


「あちらへ走ってください!」


そう言った彼は指をさした方とは反対側へと歩き出した。それでようやく、私は魔物に追いつかれたことを知った。初めて目にする魔物。彼らの目を見た瞬間、恐ろしくて足が震えた。

あれは、根本的に何かが違う。絶対に意思の疎通などできない全くの別種であることを突き付けられたようだった。

怖い、動けない、怖い。

ここで死ぬと私にはわかった。

それがたまらなく怖いはずなのに、それ以上に自分を生かすためにイサークが死ぬのも怖かった。

あんな化け物、イサーク一人で敵うわけがない。


突然、ものすごい音が鳴った。

そして何が起こっているか理解する間もなく、目の前の魔物が倒れた。

魔物の上には斧を持った少年が一人。


「英雄様だ」


近くにいた民が呟く。

それほど大きくない呟きは、一瞬静まったあたりによく聞こえた。


「おーい、大丈夫かー」


少年が私たちに手を振る。なんてことないように。

大丈夫だと答えると、それならよかったと笑う少年。

その太陽のような笑顔を見てほっとしたのか、今更になって、心臓がバクバクと音を立て始めた。

その後、城下に降りていた私を助けたこともあって、私と英雄レネの結婚の噂はさらに大きくなった。

その噂を私はこれまで通り、放置した。


「エルミラ殿下は、どう思われているのですか?」


イサークがいつかと同じ質問をする。


「国を守ってくれる英雄ですもの。彼が必要とあれば、私は嫁ぎますわ」


そう答えた私を、イサークは「そうですか」と言って笑った。


そして噂を放置しているのは、私だけではなかった。王である父も放置している。

新聞も連日私と英雄の結婚を声高に叫んでいるが、王宮から抗議をしたことはない。

となると、きっと王自身もまた英雄レネを王都に引き留めておきたいということだろう。

確かに、彼がいたから王都は、私たちは助かった。

私の心にもあの日助けてくれた彼の姿がしっかり残っている。

けれどそれで本当にいいのだろうかという疑問が、私の浮ついた心をおし留めた。


英雄レネが王都の町を救って少し。

メレント国との二国間協議の話が耳に入ってきた。

二国間協議……とは名ばかり。メレントの対闇知識の掌握、国土拡大を狙ったもの。

そうであることは、私にもすぐわかった。

女の私が政治の世界に関わることはない。けれど、私はここで生まれてここで育った。

漏れ聞こえる情報から父《王》が何をしたいかくらいわかる。


「イサーク、貴方の情報は?」

「第二部隊がメレント国境沿いで軍事演習をしていますが、近いうちにその一部が帰還するそうです」

「対魔研究所所長サイリャさん……ね」


イサークが私の推測に頷く。彼女は研究所所長というだけでなく、魔導具を一歩も二歩も前進させた魔導具界のレジェンド。

父は彼女に魔導武器を作らせたがっている。


やっぱり。

お父様、英雄をチラつかせてメレントを脅し、次はメレントの知識で作られた魔導武器で英雄を意のままに操るつもりね。


「イサーク。私、彼女に会いたいわ。誰よりも先にね」

「かしこまりました」



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