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名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません  作者: 南の月
第三章 花の都

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第54話 デルヘン

「あれは……ごめん。俺の間違いだった。だからルシアはここで待っていてほしい」


闇の討伐へ一緒に行きたいと言ったら、断られた。

待っているだけじゃつまらないって、バルケルの森姫を聞いた時にそう言っていたくせに……レネの嘘つき。

レネにだけは言われたくなかった。


レネは冒険家になるのが夢だ。

聖女が闇を晴らせなくてもいいから、冒険に行きたいと願っていたほど冒険にあこがれを抱いていた。

けれど、いつの間にかレネは強くなり、いつの間にかレネは光祭りでジジ様が語った勇者たちのように世界を背負う強者になっていた。

闇のことなんかほっといていい。レネには関係ない。私は、儀式の日に来てくれただけで救われたの。

それなのに、積極的に魔物狩りにでかけ、闇の討伐依頼だとわかっていても王都へ行くのは、きっと。私を助けたことで、闇の重荷をレネに背負わせてしまったから。

私のせいだ。


「行かないで! レネは自由に冒険すればいい!」と言いたかった。

けれど、レネはきっと行く。だって、レネは決めたらやる。そういう人だから。

冒険家の夢よりも何よりも闇の討伐を優先するとレネが決めたのなら、私が何を言おうと、状況がどれだけ不利であろうとレネは行くのだ。

本当にレネは強い。私とは大違い。


けれど、あの闇。

レネから立ち上る黒い闇。

あれを見ているとなんだか不安になる。

あれは……怖い。まるで闇と対峙したときのようなゾッとする感じがうっすらとする。

あれを放置したらダメだ。そんな気がするから、たとえ足手まといでも一緒に行きたかった。

一人で行ってしまったら、本当に何もできないじゃない。

ばか、ばかばかレネのばかと心の中でつぶやく一方で、これでよかったのだという自分もいる。

私がレネの近くにいると、レネは鈍くさい私をいつも助ける羽目になる。

だから足手まといの私とは離れた方が良い。その方がずっと安全だ。

一緒に行ったって私にできることなんかないんだから。


「すぐ帰ってくるっす」


出発した船の方角を眺めていたら、オルビーが話しかけてきた。

オルビーによれば、闇討伐の拠点がここになるはずだからレネは一度ここに戻ってくるだろうと言う。

でも……本当に?

島を出発する前日、レネは私に「闇をぶっ潰してくる」と言っていた。

帰ってくるのなら、「王都に行ってくる」と言えばよかったはずだ。

全ては私の想像で、本当のことは何一つわからないけれど、なぜだかレネは一人で行ってしまうような気がして胸がざわざわした。


「あのね」「あのさ」


オルビーと声が被る。

先を譲ってくれたので、遠慮なく先に話させてもらった。


「あのね、もっと魔王とか魔物とか、闇のことを知りたいんだけど、どうしたら良いのかな」

「え?」

「レネのように戦うことはできないけれど、何かしたくて」


未だに私に何ができるかなんてわからない。

もしかしたら闇に突入していけば、闇が私を見つけて私を飲み込み、闇が晴れるかもしれない。

けれど、あの時生きたいと願ったから、それだけはしてはならない気がしている。

まぁ、そもそも闇の周囲には強力な魔物がうじゃうじゃ居るらしいので、私では近づくことも無理そうだけど。

そんな私が今、できることはなんだろう。

分からない。分からないなら、片っ端から試してみるしかない。


「それならデルヘンに行きな」


ゼルシェに声をかけられた。

デルヘンには「影」という闇討伐を目的とした組織があり、そこにならゼルシェの口利きで入ることができると言う。

ゼルシェは以前言っていた。


――けれど戦いってのは、必ず一人でやらなきゃいけないもんでもないだろう。強くなれないなら、サポートするんだ。共に戦う仲間が最大限力を発揮できるように。


きっとこのデルヘン行きもそういう意図があってだろう。一人で戦えないなら、仲間を持てばいい。そして仲間と共に、レネをサポートする。


――それがあんたにできることだろう?


そう言われた気がした。


「ゼルシェさん、お願いします。私、デルヘンに行きたいです」


対闇の組織「影」。そこに入り、そこの仲間たちの役に立つことは、まわりまわってレネの役に立つ。

迷っている暇なんてない。

もうレネは出発してしまったのだから。

何か手掛かりを見つけてレネを助ける。

どんな手を使っても。


闇によってミュンダーの人の寿命が縮まっているかもしれないことを知った。

闇によって魔物たちが出現し、人々を苦しめていることを知った。

それは本当に申し訳ないと思う。

私があの時死ななかったために……といつも思っている。

でも今この時私が助けたいのは、私を助けたことで鎖に繋がってしまったレネだけだった。


闇から出て、冒険者の島で暮らすようになっても、習慣になっている朝と晩の祈りは欠かしたことがなかった。

もう何年も休みなくやっているから、やらないと気持ちが悪い。

最近の祈りはいつも同じで、必死で、切実だ。


レネ、お願いだから。

一人で行かないで。



「ルシアちゃん、船酔い大丈夫なんすか~」

「うん平気。オルビーは大丈夫?」


ゼルシェに紹介の手紙を書いてもらったあと、いつも物資を届けてくれる商船に乗って、冒険者の島を出た。

なんと、この船はちょうどいいことにデルヘンからやってきているという。

島の人たち、みんないい人だった。

レネはペイダルに行き、チリーは島に残った。旅の仲間もばらばらになっちゃったな。

青ざめた顔したオルビーの横に座って、どことなく霧を見ながらそう思った。


島を出港した翌日、青い海が見えてきた。

甲板に出て目を細めて空を見上げると、白かった霧は夜のうちに晴れたようで、青い空が見える。

これがまぶしいっていうことだったんだ。これが、ジジ様と約束した景色。本当に、なんて綺麗。

空にはたくさんの白と灰色の鳥がキューと甲高く鳴きながら飛んでいる。

彼らが降下するのと共に視線を海へ移せば、海は今までのような暗い藍色の海ではなく、青く、そして所々が煌めいていた。


「ルシちゃん大丈夫か?」


そう言ってハンカチを差し出す恰幅の良いおじいさんはこの商船の船主であり、ゼルシェの夫ルードだ。

差し出されたハンカチの意味が分からずぼんやりしていると、ルードは自身の目元をトントンと叩いた。

慌てて、目元に手をやり涙が出ていたことに気が付く。

ハンカチを借り、涙をぬぐう。

これが私たちの望んでいた景色なんだと思うと余計に涙が出そうになった。


「ルシちゃん、ほらカモメが飛んでいるだろ? デルヘンが近い証拠だ」


ルードがカモメという鳥のむこう側を指さす。

目を凝らせば、カモメのずっとずっと向こうの水平線に何かが見えた。


「あれが?」

「あぁ、あれがデルヘンだ」


闇の中を出港したときは、少し陸地を離れるとミュンダーはあっという間に見えなくなった。

冒険者の島に着いたときは、白い霧の中から突然岩が見えた。

デルヘンはまだあんなにも遠い。

遠いのに、そこに存在しているのが見える。


デルヘンにつくとさらに驚いた。

街が鮮やかな紫色に埋め尽くされていたからだ。

道という道に木が植えられ、その木からは紫色の花がこれでもかと咲き誇り、その木の下には紫色の花びらで紫のじゅうたんが敷き詰められているようだった。

こんな鮮やかなもの見たことがない。


「オルビー、ルシちゃんようこそ。花の都、デルヘンに」


ルードがデルヘンの街を背に両手を広げて言った。

ルードの笑顔も両手を広げたちょっと大げさな仕草も、なにもかもが息を呑むほど美しいこの町に合っていて、死ぬまでこの景色を忘れることはないだろうと思った。


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