第53話 プロローグ
――闇から来たりし少年レネ。マキレスを超える英雄となるか
朝、対魔研究所の所長サイリャはコーヒーを片手に新聞の一面に目を通す。
「英雄ねぇ」
本当にペイダル王国は昔から変わらない。
英雄マキレスを魔王にぶつけた時から。
あそこの国は、いつだって誰か一人の突出した天才が大好きだ。
勇者、英雄、賢者……あらゆる分野で優れた人に称号を授ける。
それは、幼い子供向けの絵本のようにドラマティックではあるけれど、サイリャはそんなドラマを好きにはなれなかった。
「あ、所長おはようございます。今朝の新聞見ました?」
「見た」
研究所の職員がサイリャを見て話しかけてきた。
手にはサイリャと同じコーヒーを持ち、二人とも目の下に隈をつくっている。
「今度の英雄は、闇から出てきたって言うじゃないですか! 私たちに話を聞かせてくれたら、何か研究の一助になったかもしれないのに。あの国はまた英雄だとかなんだとか言って、優秀な人材を使い潰すんですよ」
「仕方ない。ペイダルとメレントじゃ国力が違いすぎる。要望は出していたが、あっちにとられたんだろう」
対魔研究所は、ペイダル王国の隣の小国メレントの端デルヘンにある。
ペイダル王国は闇の南から東側に位置し、メレントはペイダル王国の西端に隣接していた。
メレント国は一言でいえばラッキーだった。
闇が現れ、今は瘴気と呼ばれる霧が出始めた時、霧は闇の東側にしか発生していなかった。
故に最初に魔物の被害にあったのは闇の東側に位置するペイダル王国の東部の町カルンだけ。
それ以前にも凶暴化した家畜などを勇者が倒したりしていたが、カルンを襲った魔物は比べようがないほど強かった。
メレントはそのカルンの悲劇を、他人事ととらえず、いつかメレントにも起こりうる事象だと受け止めた。
武器や防具の性能を高めることを奨励し、冒険家たちに魔物の情報を流す。
そんな地道な努力が実って、メレントに魔物が出現したときの被害はカルンの三分の一程度だった。
霧や魔物の研究もいち早く始めたおかげで、メレントは魔物、瘴気、魔石、そしてその魔石を使った魔導具など、現在対魔に対する知識は大陸一とも言われている。
もしも最初に霧が発生したのが、闇の東ではなく南側だったなら、吹けば飛ぶような小国メレントはあっという間に滅びていただろう。
一方、全く未知の魔物に襲われ、一番被害を出しているペイダル王国は甚大な被害を出したものの未だに大陸一の超大国を維持している。
全くペイダルは強い。
あ~闇の中の暮らしがどんなものなのか、どうやって闇から出てきたのか……聞き取り調査したかった。
所長のサイリャと研究員が同じことを考え、同時にため息をつく。
「どうにもならないことを嘆いても仕方ない。闇から来た少年のことはいったん忘れ、仕事だ、仕事」
「はーい」
コーヒーを飲んでもお互い眠気が抜けきらず、のろのろと己の研究室へ歩き出した。
サイリャは決裁などの書類仕事だけを片付け、身なりを整えて馬車に乗る。
城に着くと、メレントの王が「すまん、ダメだった」と手を合わせた。
メレントは如何せん国の規模が小さいため、身分はあってもその距離がとても近い。
「仕方ないです。もともとペイダルに勝てるわけがないですしね。ペイダルが我が国の研究を評価していたら万が一って思ったんですが、こちらこそ無理な相談をしてすみませんでした」
「まぁ、そうなんだが。サイリャ、母親からは……」
「何もありません」
失礼とは思ったが、王の言い淀む様子を見て言葉を途中で遮った。
サイリャの母は元冒険者だ。
サイリャを産む前は船に乗り霧の海で魔物を倒し、サイリャを産んでしばらくすると幼いサイリャを父に任せ、単身霧の海に戻っていった。
怪我をするか年をとったら戻ってくるかと思ったが、母はそのまま霧の海の中にある島に留まり、後輩の冒険者たちの世話を焼いている。
だからきっと母は闇から出てきた少年のことを知っていたはずだ。
教えてくれたってよかったのに。
そしたらペイダルに先んじて、少年を迎えに行けたのに。
「まぁ、しばらく新たな英雄レネはペイダルの王都に留まるだろうから、また何度か頼んでみるよ」
「王都に留まるのですか?」
闇から出てきた少年レネは英雄になると言われている少年だ。
ペイダル王から王命拝受の後にすぐさま闇の討伐に繰り出すと思っていたが……。
「何を不思議な顔をしているんだ? 君のお母さんや霧の海で戦っている冒険者たちには悪いけど、本当に闇を討伐されちゃ困ると思うよ。闇が無くなっちゃったら、ホラ……君が発展させている魔導具ももう作れないでしょ」
王の言葉にあぁと納得した。
闇が出現して、海は年中霧に包まれ、魔物が出てきた。
それは世界の危機ではあるものの、その反面狩った魔物からでてくる魔石は人々の生活を急上昇させた。
最初は火をおこす家庭用コンロができた。光をつけることもできた。それから一気に多くの魔導具ができていった。
魔石は高価だから、全ての国民が使っているわけじゃない。
けれど、貴族たちは違う。
高価なものほど、希少なものほど欲しがる。
あっという間に貴族たちに魔導具が浸透した。
一度手にした豊かさを手放すのは、なかなか難しいもの。
じゃあレネは……闇の討伐をさせるためではなく、させないために王都へ呼んだのか。
王との謁見の終わり、王の前を辞して帰ろうとした。
「あ、そうだ。ペイダルからの依頼はどう?」
「大量の魔石が必要ですが、できないことはないかと」
「魔石があればできるんだ」
分かったと王が言い、今度こそこれで話は終わりかと扉に向かって歩き始める。
「ねぇサイリャ、この国丸ごと守るくらいのすごい魔導具ってないかな」
王が後ろから声をかけてくる。
「実現するならあの闇と同じくらい大きな魔石が必要ですよ」
「あーやだやだ。もっと親身になって考えてくれたっていいじゃないか。王様っていうのは大変なんだから」
子供の様にぷりぷりと怒りながら、帰っていいというように手を振った。
サイリャが部屋を出てから、王がつぶやく。
「本当に大変なんだよ。王ってのは全く嫌な仕事だ」
所長室で本日二杯目のコーヒーを飲みながら、研究資料を読んでいたサイリャの元に手紙が来たのは、もうすぐ昼休憩という時間だった。
持ってきたのは、恰幅の良い商人。サイリャの父親だ。
「サイリャ、母さんから手紙だよ」
「母さん!?」
珍しい。母からの手紙だ。
闇から出てきたレネについて教えてくれなかったことを少し根に持ちつつ、このタイミングでの手紙なら何か少年についての情報かもしれないと手紙を開ける。
久しぶりの手紙だというのに、中身はたったの一枚だった。
――サイリャ 久しぶりだねぇ。
ちょっと頼まれてほしいことがあるのさ。
うちの若いのを面倒見てほしいんだ。
男の方はオルビー。魔導具を作れる。
女の子の方はルシア。
悪い奴らじゃない。やる気があって、まじめな働き者だ。使ってやって。
もしかしたらあんたの研究の役にも立つかもしれない。頼んだよ。
少年レネのことは一言も書いていなかった。
久しぶりの手紙の内容は頼み事だけ。
研究所に入れられないことくらい母さんは知っている。
それなら「使ってやって」って、もしかして影で?
影は、闇を討ち取るために組織だ。でも表立って活動しているわけじゃない。
「母さんがよこした人って、もう来てるの?」
「あぁ、とりあえず俺の家にいる」
「父さん、ありがと。で、ここがどんなところか知ってて来てるのよね? 遊び半分なら申し訳ないけど帰ってほしい」
「ゼルシェに聞いているんだろう。なんか思いつめた顔してたぞ」
近いうちに会う約束をして、父さんが帰る。
扉が閉まった途端、再び開いた。
「サイリャ、お前もたまには普通に帰ってこい。ろくなもん食べてないんだろ。母さんに似て美人な顔が台無しだぞ」
「父さんはいっつも子ども扱いするけど、私もう四十近いんだからね」
「俺にとってサイリャはいつまで経っても自慢の子供さ」
今度こそ扉が閉まる。
なんだか仕事モードが切れて、椅子に寄りかかり、天井を見上げた。
――君のお母さんや霧の海で戦っている冒険者たちには悪いけど、本当に闇を討伐されちゃ困ると思うよ。
頭の中で王の言葉がこだまする。
私の仕事。生涯をかけた仕事。時間も体力も情熱も全てこの仕事にかけてきた。だからこそ許せない。魔導具を殺人武器にしようとするペイダルが。
魔導具っていうのは、その存在が血塗られたものだ。
魔石を得るということは、魔物との戦うということ。冒険者たちは時に負傷し、時に命を落としている。
そうした人の犠牲の上に成り立っている魔導具は、せめて人を救う、人の役に立つ物でなくてはならないというのが、サイリャの持論だ。
ペイダルは違う。武器を作れ。それが大国ペイダルからの指示。
強い武器を作ることで、魔物たちとの戦いで犠牲になる冒険者も減るだろうと言うが、本当に正しく魔物に使われるのだろうか。
サイリャは懐疑的だった。
そこでサイリャが作ったのが影だ。闇がなければ、魔物もおらず、冒険者たちの危険もなくなる。魔導武器を作る必要も、ない。
そこに現れた少年レネ。もっとずっと先だと思っていた闇討伐がぐんと現実として迫ってきた。
今全力を尽くさず、いつ尽くす。
きっと今が時代の転換期。
闇のない時代の幕開けはもう、すぐだ。
今日から最終章ー花の都始まります!




