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名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません  作者: 南の月
第二章 霧の海

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第51話 【閑話】諦めてた男

「オルビー、欲しいものは本当に本でいいのか?」


街に出かける父さんが言う。


「うん! 勇者の本がほしい! 僕も大きくなったら、勇者みたいに強い人になりたいんだ」

「わかった。オルビーの持っていない勇者の本をお土産に買ってくるから、その間お前が家を守るんだぞ」


勇者みたいな強い人になる。

子供の無邪気な夢。大抵人は、年を重ねるにつれより現実的な夢を見始める。

勇者ではなく、道場の師範、武器屋の店主。

お姫様ではなく、ドレスデザイナー、宝石鑑定師……とかさ。

でも自分はどうしても勇者になりたかった。


「父さん、道場に通いたい。強くなりたいんだ」

「剣の道は厳しいぞ。頑張れるか?」

「はい」


毎日のように通っても、何年続けても、上手くはならなかった。

後から入ってきた子供たちにも、どんどん抜かれていく。


「オルビー、悪いことは言わん。他の道を探せ」


あまりにセンスのない自分へ師範は言った。

自分には無理、わかっていてもあきらめきれず、学校を卒業したのちに単身霧の海に渡った。

霧の海は、闇から発生している瘴気の影響が色濃い場所で、冒険者たちが絶えず魔物を狩ることで大陸中の国を守っている。

すぐに動けるよう霧の海で魔物を狩る冒険者たちが、霧の中にある島を拠点としていたのは知っていた。

自分は、弱い。

それでも勇者たちのような戦いの雰囲気を感じたい。同じ空気を吸いたい。

ただそれだけで家を出た。

母さんは行かないでと泣いて頼んだが、その要求をのむことはできなかった。


「お前みたいな弱っちぃ奴が来ても足手まといだよ」


水や食料を乗せて、島へ戻る船に直談判したら鼻で笑われた。

何が自分をここまで動かしているのかわからない。

もしかしたら後には引けなかっただけかもしれない。

とにかく霧の島に行かねばという思いだけだった。

苦し紛れに指をさす。


「自分を! 自分を連れて行ってくれたら、もう水は買わなくていい……です!」

「何を馬鹿なこと……」

「ろ過した海水の塩分を抜けばいいんす! 初期費用はかかるし、魔石代もかかる。だけど、ここは霧の海。魔石はただで手に入る、です」


どうにかここで必要とされなければならない。

学校では魔導具科に所属していた。剣をあきらめてからも、勇者の夢はあきらめきれずに、自分が勇者となって各地を回る時に使える道具ばかり作っていた。


「これ、自分が作った小型版の道具っす」


バックパックから大きな瓶状の魔導具を取り出し、中に入っていた水を捨てる。

船の偉い人らしいその男は何も言わずにじっと見ていた。

海の水を汲んで、蓋をしっかり閉める。

魔石のスイッチを押せば、シュコーと音が鳴る。

相手はまだ何も言わない。


「飲んでみて欲しいっす」


これで無理なら次は、あったかマントなんてどうだろう。

考えているうちに、目の前の男は水を飲み終え、くるりと踵を返した。


「待っ」

「待たん。さっさと乗れ」


希望や嬉しさがぐちゃぐちゃに混ざって自分の心を突き上げる。

「はい!」と、どでかい声を出して船に走った。



あれから二年。自分はもうすっかり島の住人になった。

未だに勇者のような強い男にはなれていない。全く。

島に来た最初こそ、冒険者たちに教えを請いながら、強くなろうと努力した。

だけどやっぱり強くはなれないままだ。

心のどこかではわかっていた。自分が勇者のような人になるのは無理だって。

だから、心の中で自分を慰める。


勇者なんて無理に決まってるっす。誰もがなれるようなものじゃない。ウォールディンさんやバルジスさんだって、強くてかっこいいけど、本に書いてあるような数々の勇者たちには及ばない。なれるのなんて一握りの特別な人だけ。自分がなれないのは当たり前っす。


強さにあこがれながら、強さをあきらめる。

そうすると、不思議と生きやすくなった。

自分は強くなれない。

けれど、島のみんなはもうすっかり顔なじみで、口は悪いけれど情の深い冒険者たちと過ごしているのは心地よい。


ウォールディンさんやバルジスさんはまだ闇を倒すことをあきらめていないけど、自分はもうずっとここでみんなと一緒に楽しく暮らしていきたいだけっすよ。


その心地よさにひびが入ったのは数日前。

だからふとした瞬間に昔のことを振り返ったりするんだろう。

原因はウォールディンたちが連れてきた二人の子供だった。

自分と同じように強くはなさそうな二人を見て、最初は親近感が湧いた。

胸にもやっとしたものが浮かんできたのは、突然強くなりたいと言い出したレネに、ゼルシェ婆さんが訓練をつけ始めた時だ。


自分と同じように、どう見ても鍛えていなさそうなレネ。

すぐ音を上げると思った。

けれど、その場で眠りこけるほど草むしりをして、バルジス専用の鍬で畑を耕すレネを見て認識を改めた。

レネはきっと勇者になる。なれる人だ。

自分だったらと想像してみる。想像上の自分すら、夜までひたすら草むしりすることはできなかった。

それは、根性だけの問題じゃない。

きっと自分なら、その前に手と足が動かなくなる。もしくは怪我をする。

そんな自分が見えてしまう。

自分が一番期待していないことにも、勇者なんてとっくに諦めたはずなのにもし自分だったらと想像したことにも嫌気がさした。


レネは、見た目はどこにでもいる普通の男の子。

でも誰も出てきたことがない闇の中からやってきて、普通の人以上の努力ができる人だった。

物語に出てくる勇者みたいに、何かを持っている人に見えた。

レネを見るたびに、自分にはレネが「いつか何かやり遂げるすごい人」に見えた。


あぁ、自分もレネみたいになりたかったっす。


もやもやと言葉にならない気持ちが胸と頭にぐるぐると駆け巡って、なかなか寝付けない。

どうにも目が覚めてしまって仕方がないので、朝方散歩に出かける。

まだみんな寝ているだろうと思ったが、予想に反して誰かの足音がした。

走っているのか?

島にいるのは、怪我等で冒険者をやめた人ばかりだ。朝から訓練するような人はいないはず……。

興味本位で近づくと、まさかの女の子だった。

レネと一緒に闇から出てきた女の子、ルシア。

お世辞にも速いとは言えない。流石に自分の方が速そうだ。

陰から見ていると、何本か走っただけで倒れ込みそうな位に疲れている。

それでもこけそうになりながら、足を前に出す。

そんなに必死に……何で走っているんだろう。


「おはようっす」


疲れから一歩も動けなくなっているルシアの横にしゃがんで声をかけた。

おはようと返事をするのもきつそうだ。


「ルシアちゃんはなんで走ってんすか?」


聞いたのは、ただの興味本位。

返ってきたのは、かつての自分と同じ答え。


「強くなりたいから」

「強く? でもルシアちゃん女の子だし、厳しくないっすか?」


人には向き不向きがある。自分は強くはなれない。そういうのには向いていない。

それはもう十分骨身にしみている。

だからこそ出た言葉だった。

ルシアは自分と同じ向いていない人だと思ったから。


「うん、厳しい」


きつそうにへへっと笑うルシアに「じゃあなんで?」と問いかけようとした。

けれどそれより先にルシアが口を開く。


「厳しいけど、諦めないよ。私、勇者みたいな人になりたいから」


その言葉が衝撃で何度も頭の中でこだまする。

自分と同じで強くなる才能のないルシア、自分と同じで勇者になりたいルシア。

ルシアはどんなに厳しくともあきらめず、一方の自分はあきらめてただ楽しく生きようとしている。


「って言っても、実際私には魔物は倒せないと思う。ゼルシェさんも言ってた。一人で勝てなくても、みんながいるって。一人で戦うだけが強さじゃないって。だけど、仲間の足手まといにはなりたくないから」


だから体力くらいはつけたいと言って、ルシアが再び立ち上がる。


「まだ走るんすか?」

「うん。前、練習でも限界を越えなきゃ勇者なんかになれっこないって言われたことがあってね。だからもうちょっとだけ」


その後、何本か走ったルシアが、再び座り込む。

はぁはぁと肩で息をしながら、こう言った。


「オルビー、私に文字を教えてくれない? 私、本読んでみたい。知りたいんだ。闇のこと、魔王のこと、魔物や瘴気の事を。私に何ができるかわからない。でも、何か役に立ちたいの」


こんなに頑張っている人に、こんな風に言われて断れる人なんていないと思う。


「もちろんっす!」


すぐに了承した。

了承した途端に、胸に溜まったモヤモヤがさらに重くなる。


全く、二人ともなんでそんなにまっすぐなんすか。

へらへらしている自分がちょっと馬鹿みたいじゃないっすか。

ルシアちゃんなんて向いてないんだから、諦めたらいいっす。

それが普通っす。誰だってそうするっす。

頭のいいやり方じゃないっす。正直言って馬鹿っす。

そりゃあ誰だって、勇者みたいなすごい人になりたいっす。

でもなれるのなんて一握りっす。

なれないんだから、遠くからすごい人を見て、すごいな、かっこいいな、いいな、自分もあんな風だったら、なんて言うのが凡人の生き方っす。

なのに! なんで諦めてないんすか……。


その日、レネは畑を耕し終えた。

予想以上のペースだ。

やっぱりレネは何か……言葉では上手く説明できない何かを持っているように思う。


いいな、すごくなれる人は。

レネはきっとマキレスみたいな英雄になれる。


そこまで考えた時にハッとした。

すごい人はすごい。自分とは違う。

その考えこそが、マキレスに誰一人付いて行かなかった理由だと唐突に理解した。

ただそれが分かったからと言って、弱い自分はやっぱり英雄と共に戦いに出ることはできそうにない。

常日頃ウォールディンが言っているように、自分の身も守れない奴なんて足手まといだろう。


でも、マキレスがすっごい武器を持っていたら?

そしたらマキレスだって、いや、レネだって帰ってこられるかもしれない。

ちょうどその時、自分にとっては良いタイミングなことに商船が魔導具作りの素材を持ってきた。

あぁ、研究の方向性を変更しよう。

今までは、学生時代と同じく自分が勇者となって旅をするときにあったら便利な魔導具を作っていた。

けれど、そんなことしている暇はない。

レネはすごいスピードで強くなっているんだから。

これからは勇者が使う武器を作ろう。どんな魔物も倒せるような、誰も見たことないほど強い武器だ。


「だから、自分はマキレスのような勇者にはなれないっす。勇者と共に戦う仲間にもなれないっす。けれど、マキレスをサポートする技術者にならなれるかもしれないって思ったす。あの時、マキレスがスーパーミラクル、すっごい武器を持っていたら、生きて戻れたかもしれないっす。自分は……今の自分はそんな道具を作りたいと思ってるっす」


まっすぐな二人に充てられて、レネに今の気持ちをそのままぶつける。

恥ずかしくなって「まぁ、できるかわかんないっすけど」と予防線を張りたくなったのをぎりぎり止めた。

そして。

流石に恥ずかしくて口には出せなかったけれど、心の中で呟いた。


レネ、自分はマキレスの時のようにレネを一人で行かせるつもりはないっす。

だから絶対勝手にいなくならないでほしいっす。


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