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名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません  作者: 南の月
第一章 闇の国

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第5話 神殿の外

「へっくちゅん」


くしゃみが出た。おかしいな。

ローブを着ているのに、こんなにも寒い。

神殿の中ではあちらこちらに火が焚いてあったから外がこんなにも寒いなんて知らなかった。でもそんな寒さもなんだか嬉しい。

だって……だって町に出たのだ!

私にとってはもう既に大冒険だ。

寒い、寒いと思いながら当てもなく歩いているとスープ屋の呼び声が聞こえてきた。


「いらっしゃい、いらっしゃい。今日はミルクのスープだよ。温まるよ~!」


寒い。スープ、飲みたい。


「スープください!」


大きな鍋を載せた引き車の前でにこやかな顔をした年配の女の人が答える。


「あいよ。一杯、銅貨三枚だよ」

「銅貨?」


その言葉一つで女性の顔が変わった。あれほどにこやかな顔だったのに、急に目が鋭くなり、じろりと私の格好を見た。


「あんた……お金はあるんだろうね?」


お金? 私だってお金くらい知っている。

時折貴族たちから寄付金をもらったとかで、ジジ様が袋いっぱいの金ぴかな物をもらっている。それがお金だ。

ただあれは、すごく貴重だってジジ様が言っていたんだけど、スープ一杯にも必要なんだろうか。


「ジ……じゃなくて、兄様がお金は貴重だって言ってた。だから私は持ってない」


とっさにジジ様と言おうとして、思い出す。

そうだ、私、今逃亡中だった!


「はぁぁぁー」


目の前から聞こえた特大のため息に肩がびくりと震える。


「あんたねぇ、どこの箱入り娘か知らないけどこの世はお金がいるの。何かが欲しかったら、お金を払う。私たちはもらったお金で私たちの食べる物を買う。そうやってみんなで暮らしてんのさ。だからあんたも飲みたいならお金持ってきな」


スープ売りの女性が親切心で教えてくれているのは、わかった。

でも決心して神殿を出てきたというのに、闇を晴らす力どころか、スープをもらうのにお金がいること、外はこんなにも寒いことすら知らなくて。

それが彼女の態度、口ぶりで普通なら知っていることなのが分かってしまって。

あまりにも惨めで、不甲斐なくて涙が出そうになった。


今まで浮かれていた心臓の音までも急にしぼんで、一人ぼっちなのが心細くなってくる。

ジジ様……アスラ……。

涙を止めるのに必死で、声が出ない。

何も言わないままくるりとスープ屋に背を向けた。

私の逃亡生活、たった数メートルで挫折。


「ちょっ、ちょっとお待ち!」


肩をガシッと掴まれた。

え? 力、つよい!


「飲んできなって! うちのスープ飲んだら、元気出るから。で、元気出てから今後のこと考えな。元気じゃない時に考えたってロクなことがないからね!」


いつの間にか手渡されていた木のカップからふんわり優しいスープの香りがした。

フードを被っていてよかった。

今度こそ涙が出た。

こくり。温かいスープがのどを通る。

体の中からじんわり温かい。


「おばさん、ありがとう」

「考えられるようになったかい?」


正直すごく残念だけれど、帰るしかないと思う。

スープを飲んでいる間におばさんと話して知ったんだけど、宿に泊まるのにもお金がいるらしい。

仕事をしたらお金をもらえるようだが、裁縫、掃除、料理に給仕……おばさんが例を挙げてくれた仕事の何一つやったことがなかった。


「うん。とりあえず今日は家に帰るね。いつか私がお金を持ったら、払いに来るから」

「いいよ。今日の分は私のおまけさ」

「でも、それじゃおばさんがご飯食べられなくなっちゃわない?」

「大丈夫、これはえーっと、なんて言ったっけね。あ、そうそう。先行投資ってやつだから大丈夫」


せんこうとうし?

今まで聞いたことない言葉に首をかしげると、おばさんは笑って言った。


「あんたがうちのスープが美味しい、美味しいって言えばあんたの兄さんや、道行く人が買いに来てくれるかもしれないだろう? そしたらあんた一人からもらうよりもっとお金がもらえて、おばさんはもっと美味しいご飯が食べられるようになるってことさ」


ふーん、なるほど。

神殿に戻る前に、神殿前広場を見渡す。

あー私、何も知らなかったなぁ。

お金のこと、仕事のこと、外がこんな寒い事さえ。

神殿から抜け出す。そう決めたけれど、出来るんだろうか。こんな私に。


はぁー。

あれ? 今のため息、かぶった?

そう思ったら、近くにお兄さんが座っていた。

パンをただひたすらちぎるお兄さん。

向こうも私に気が付いたようで、お互いどうもと挨拶をする。


「お兄さん、元気ない?」

「まぁね。嫌なことがあってね。お嬢ちゃんもかい?」

「私? うん、自分のダメさ加減にがっかりしているところ」


ふーんと言ったお兄さんは、またパンをちぎる。


「あ! 私、お兄さんに必要なもの知っているかも」


さっき飲んだスープを思い出した。

「幸せな気持ちになれるからちょっと来て」とお兄さんの手を引いて歩き出す。

「え? 行く? え?」とお兄さんは戸惑っていたけれど、なんだかんだ私についてきてくれた。

スープ屋向かっている途中、スープにはお金がいることを思い出す。


「お兄さん。銅貨って持っている? 三枚いるんだけど」

「銅貨三枚? それくらいあるけど」


よかった。

おばさんにご飯をあげられるとほっと胸をなでおろす。


「よかった! お兄さんお金持ちね。それなら大丈夫」


お兄さんが困ったように首をかしげる。


「どこにいくつもりだい?」

「あのね。今日私、嫌なことがあって大泣きしたんだけど、美味しいもの食べるとその気持ちどっかに飛んで行ったんだよね。だから、美味しいは幸せだよ」


はぁと気のない返事をしつつお兄さんは私の後を付いてくる。


「おばさーん!」


スープ屋の近くで、おばさんに呼び掛ける。


「あんた! また来たのかい?」

「うん、このお兄さんにスープをあげてほしいの」


そう言って、ちょこちょことおばさんに近づく。

さっきは気が付かなかったけれど、おばさんは黒い石のネックレスをしていた。

こんな暗闇の国で黒い石。変なの。


「あのね、おばさん。私ここのスープ飲んで幸せな気持ちになったの。だからあのお兄さんも幸せにしてあげて。美味しいもの食べると幸せだから」


そう言えば、おばさんが大きな声で笑った。

なぜだか後ろでお兄さんも笑っている。

まだスープも飲んでないのに。


「はい兄ちゃん。何があったかは知らないけど、とにかくうちのスープ飲んで元気だしな!」


お兄さんは、さっきよりもずいぶん元気になって美味しい、美味しいって言ってスープを飲んでいた。


「それじゃあ、今度こそ帰るね! さよーならっ!」

「送っていこうか?」


お兄さんが言った。

おばさんも「近いのかい?」と心配している。だけど。


「ううん。大丈夫! こっそり出てきたからお兄さんと帰るとバレちゃう。ありがとう! ばいばーい!」


ふふん。スキップしながら神殿に帰る。

なんだかすっごくいい気持ちだ。

スープを飲んでお兄さんも幸せ、お金をもらっておばさんも美味しいものが食べられる。

お金って幸せなものかもしれない。


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