第49話 一人前認定テスト
マルグレホを討伐したその夜。ゴンドゥに乗ってウォールディンが帰ってきた。
ゴンドゥが島のある方角に魔物が出たと言ったために、船より速く帰れるゴンドゥとウォールディンが一足先に帰ってきたのだ。
「レネが?」
島のおっちゃんたちが、俺の戦いを身振り手振りで大げさに伝えているのを聞いて、ウォールディンはかなり驚いている。
そうだよなぁ。
俺も闇の力がなかったら、ただちょっとだけ速く走れる男だもんなぁ。
普通こんな急に強くなるとは思わねぇよ。
「レネ、俺と勝負しねぇか。もちろん死ぬまではしない。まぁ、海へ連れていけるかどうかのテストみたいなもんだ」
翌日ウォールディンの提案で、俺とウォールディンは戦うことになった。
こりゃ面白いと島のおっちゃんたちが俺らの戦いを見に来る。
野次馬のおっちゃんが、お玉で鍋を思い切り叩く。
その音が試合開始のゴングになった。
開始早々俺は、ウォールディンに向かって一直線に走った。
走って、そのまま斧を振りかぶる。
その瞬間ウォールディンの剣が動いた。
すっげー速い動きのはずだが、俺にはよく見える。
振り上げてがら空きになった腹を狙うつもりだとわかった俺は、無理やり後ろに飛んだ。
けど、この体勢からじゃ大して飛べない。
腹切られる!
後ろに少しだけ飛び、振り上げてしまった斧を振り下ろしながらも、不格好に体を折り曲げる。
ただただウォールディンの剣から逃げるために。
お腹すれすれの場所をウォールディンの剣が通るのが見え、それに遅れて俺の斧が地面に刺さる。
体勢が崩れて力はあまり入らなかったはずだけど、それでも俺の斧は地面にめり込み、亀裂を作っていた。
「それ、当たったらやべーな」
ウォールディンが笑って言う。
今、俺の武器である斧は地面に刺さり、体を無理やり曲げてウォールディンの剣を躱したことで頭は下向いている。
とてもじゃないけど、すぐにウォールディンに攻撃できる体勢じゃないし、むしろとどめを刺してくださいと頭を下げているようなものだ。
それでもテストだからかウォールディンは俺にとどめを刺さなかった。
どうする? どうしたらいい?
戦いなんて、昨日のマルグレホが初めてだ。
婆さんが教えてくれたのは、パワー、スタミナ、スピードだけだ。
そんな俺が、魔物狩りを生業とするウォールディンと戦う。
どうすればいい?
考えた結果、島にある緊急時用の剣に持ち替えた。
バルジスの斧は先端が重い分、スピードが乗りやすい。
さっきみたいに攻撃の途中で狙われれば、どうしても斧の動きを止めるのに少し遅れが出る。
きっとその遅れが俺の致命傷になる。
「レネ、お前ほどのパワーがあんなら、バルジスの斧の方が良かったんじゃねーか」
ウォールディンが言う。
そうだ、そうだ! と野次馬おっちゃんたちも騒ぐ。
くそっ。
「これでいいんだよ!」
根拠はない。ただの強がりだ。
斧より、軽い剣の方がウォールディンの剣について行けるような気がした。それだけだ。
「はぁぁぁ」
剣を構えて、ウォールディンに切りかかる。
おっちゃん連中、ウォールディン、みんなが笑った。
「はーはっはっ! なんだ、その構えは!」
ウォールディンはさっきと同じように、腹をめがけて剣をふるう。
そうなるのは分かっていたから、後ろに飛んで避けてみる。
ウォールディンが剣を俺に向けて構え直す。
俺もウォールディンの真似をして、剣をウォールディンに向ける。
ウォールディンも、野次馬も静かになった。
俺の頭も冷えている。
俺の目はただ一点。ウォールディンの剣先だけを見ていた。
そして剣が少し動いたその時、横に少しだけずれて、横から思いっきりウォールディンの剣をはじく。
ウォールディンの剣は、俺が使っている緊急時用の剣と比べようがないほどでかい。
だから、その広い面を思いっきり打ってやった。
俺はスピードとパワーとスタミナなんだろ?
なら、力勝負。
上から力いっぱい振り下ろせないなら、横から剣を思いっきり打てばいい。
ウォールディンの剣が外に逸れる。
その隙に足の力を使って横へと移動し、ウォールディンの真横からウォールディンの喉元に剣を向けた。
「これは勝ち?」
ウォールディンに聞く。
「あぁ、テストは合格だ」
ウォールディンがそう言って、手をひらひらと振った。
野次馬おっちゃんの一部が雄たけびを上げる。
「よっしゃーー! よくやったレネ! 酒はもらった!」
あ、賭けてたな。
同時に、ゼルシェ婆さんの声も飛んでくる。
「誰が剣を壊して良いって言ったんだい!」
その言葉にハッとして、手元の剣を見る。
げ! 曲がってる!
咄嗟に曲がった向きと反対向きに地面に打ち付けてみた。
曲がり具合が少し良くなった。
「よし、直った」
「そんなんで直るか! 馬鹿者!」
「ごめんってば!」
婆さんがいつもの道具で木の実を乱射してくる。
蜘蛛の子を散らすように俺も、ウォールディンも、野次馬も逃げた。
「婆さん、悪かったって! その分俺、戦うよ! 狩って、狩って狩りまくったら、霧も晴れるだろ?」
木の実が当たらぬところまで逃げて、大声を出した。
強くなりたかった理由はあの闇をぶち壊したかったからだ。
正直言えば闇の倒し方なんてわかんない。
でも、俺気づいたんだ。
もし本当に俺が闇を取り込んでいて、オルビーの機械が示すようにその闇の力を垂れ流してんなら、魔物を発生させる瘴気ってやつは力だ。エネルギーだ。
だったら、新たな魔物が発生しない位、その力を消費させればいいんじゃないか?
ほら、誰だっていつかは疲れるだろ。
それと一緒で、魔物を狩って狩って、狩りまくって、発生スピードより狩るスピードの方が速くなったなら、いつかはなくなるんじゃねーの?
それに……もしそれができなかった時は奥の手だってある。
今の俺なら、ルシアがいなくても闇を倒せるはずだ。いや、倒せる。倒すしかない。
それにもう俺はこの島にいない方がいい。
「マルグレホ一匹倒したくらいで、調子に乗るんじゃないよ!」
ゼルシェ婆さんの声が響き渡る。
かくして剣一本を犠牲にして、俺は海に出る権利を手にした。
ウォールディンとの戦いが終わってすぐ、船も戻ってきた。
ルシアと二人、ギルドのお偉いさんと話す。
話したのは、何度も話したことだった。
光苔などの光る植物のこと、魔物がいないこと、闇に包まれている為ここよりは随分寒いこと、あと寿命についても。
お偉いさんだと聞いていたから偉そうなやつかと思っていたら、お偉いさん自身も以前はここらへんで魔物を狩っていた冒険者らしい。
当然闇も見たことがある。
だからお偉いさんは目を輝かせて、偉そうっていうよりも知りたい、知りたいとせがむ子供のような眼をしていた。
そしていつものように宴をして、その翌日には出港だ。
今回は初めて俺も行く。
「レネ、本当に行くの?」
婆さんもオルビーも、島のおっちゃんたちも、ウォールディンでさえ、強くなったと言ってくれるが、未だにルシアだけが半信半疑なのか心配そうな顔をする。
「大丈夫だって。俺も強くなったんだ」
バルジスの斧を肩に担いで言う。
ルシアは何か言いたげに口を開いて、閉じた。
でもそれに対して「何が言いたいんだ」と詰め寄ることはない。
俺にも言いたいけど言えないことがあるから。
ルシアは、未だに走っている。
もう勇者なんて目指さなくていいはずなのに、走っている。
それは多分、今も闇をどうこうしようと思っているからだと思う。
面と向かって聞いたわけじゃないから、違うかもしれない。けど、多分そうだ。
でもさ、ルシアが闇を晴らそうとするってことはさ、それってルシアが死ぬことじゃんか。
あの時、儀式の時。ルシアは死にたくないって言っていたけど、闇の外の世界がこんな危険だらけで、それが闇のせいだっていうのなら、今ルシアはどう思っているんだろう。
自分のせいって思ってねーかな。
不安が晴れないルシアの顔を見て、もう一度言う。
「大丈夫。何の心配もないって」
強くなったし、本当に約束も守れる。
守ってやれるし、俺ならきっと闇をどうにかできる。
だからさ、もう俺に任せて、ここで待っていてよ。
言えない言葉を今日も飲み込んで、「じゃあな!」と手を振って船に乗り込んだ。




