第42話 草むしり
その日の夜は、宴だった。
前日陸海の冒険者たちと共にした宴とは比べ物にならないほどの大きな宴だ。
同じようにボーラペスの料理があって、同じようにみんなが我先に手を伸ばしたが、今回は次から次へと料理が出てきたので、俺も食べることができた。
ボーラペス美味い! いくらでも食える。
酒も前日より多かったようで、酔っ払いたちの酔っ払い度がひどかった。
俺も勧められて一口だけ飲んだ。
「レネです! ミュンダーから来ました! 夢は世界のあちこちを冒険すること!」
そう言って、ぐびっと飲んだ後から記憶があいまいだ。
おかしい。弱い酒だと島のおっさんが言っていたはずなのに。
もう飲まん。
翌日ガンガン鳴る頭を抱えて起きると、船が出港する直前だった。
これまたおかしいことに、冒険者たちは俺の何倍も飲んでいるはずなのに、誰も彼もがけろっとした顔で出港の準備をしている。
「ウォールディンさん」
「レネ、起きたか! 留守を頼むぞ」
「いや、俺も行っていいですか」
いつの間にか後ろにいたバルジスが首を振った。
バルジスがダメでもウォールディンが了承してくれれば行けるんじゃないかと思い、ウォールディンの方を見る。
俺は、強くなりたい。
強くなるには、強い奴の近くにいるのが一番だ。
「俺の答えもダメだな。最初に俺が言ったこと忘れたか? 遊びで来るところじゃねーんだ。自分の身も守れねぇ奴を連れて行く気はない」
ウォールディンの言葉は正しく、何の反論もできない。
けれど……俺はあの闇をぶっ潰したい。
強くなりたいんだ。誰よりも。
「俺もあんた達みたいに強くなりたい」
ウォールディンとバルジスをじっと見つめ、頭を下げた。
相手からの返事はない。
「強くなるのに、最初から戦いに出る必要はない」
バルジスが低い声で言い、船の方へと立ち去った。
立ち去られて、そんなわけないだろという思いが行き場のないまま俺の胸に溜まっていく。
「あー、あいつ言葉足りねぇんだよ。レネ、俺はさっき言った通りお前がどんだけ頼んでも連れていく気はねぇ」
ウォールディンの言葉がぐさりと胸を突き刺す。
だったらどうすればいいんだよ。
「それでも強くなりたいなら、ゼルシェ婆さんに頼んでみな」
「え? あの婆さんに?」
「婆さんなめんな。海と陸の屈強な冒険者たちが恐れる最恐の婆さんだ」
それだけ言い残して、ウォールディンも船も出発していった。
船着き場でぼーっと出発した船を見送る。
「大丈夫っす。自分も何回も断られてるっす。戦いはいつも命懸けだからって。戦えない奴を連れて行ったら、そいつもそいつを助けようとした奴も命を落とすからって。だから……諦めるっす」
いつの間にか来ていたオルビーが隣に座る。
諦めるって、簡単に言うなよ。
俺は強くならなきゃいけねぇんだよ。
ジェーダが歌う勇者や冒険家は決してあきらめないんだ。
俺だって、ここで諦めるわけにはいかない。
だけど、オルビーが俺を慰めているのはわかったから、そんな言葉をぐっと飲みこんで「そうか」と答えた。
「すごいっすよね。ウォールディンさんやバルジスさんみたいに自分もなりたかったっす」
俺に向けて言ったのか、自分に言い聞かせているのかオルビーがぽつりとつぶやいた。
早速ゼルシェ婆さんの所に行ってみた。
この島には、ウォールディンに足手まとい認定されている俺、ルシア、オルビーとここを取り仕切るゼルシェ婆さん、そして、かつては強い冒険者だったという人たちが十人ほど住んでいる。
彼らはウォールディンたちが海に出た後、島の一角で作物を育て、ウォールディンやバルジスの狩ってきた大量の魔物の皮をはいだり、牙を抜いたりして暮らしている。
ゼルシェ婆さんは家にいるというので、畑仕事をするお爺さん……じゃなかったおっさん連中に手を振って、家に行く。
「あぁ、やっと起きたね」
入るなり、ゼルシェ婆さんが言う。
意外にも「酒が弱い奴なんて今までここにはいなかったから、悪かったね」と謝られた。
家の中には、婆さんだけではなくルシアもいた。
何やらすごい真剣な顔つきで、手元をにらんでいる。
俺が来たのにも気づいていなさそうだ。
「ゼルシェ婆さんちょっと話したいことがあるんだけど」
「話したきゃ、勝手に話しな」という婆さんの前にすわって、話した。
「俺、強くなりたいんだ。どうやったら強くなれる?」
ゼルシェ婆さんがじっと俺を見つめてくる。
ウォールディンやバルジスに戦いにつれて行ってもらえなかったこと、強くなりたいのだと尚もあきらめずに頼んだら婆さんを紹介されたことを淡々と話していく。
「何のために強くなる」
「守るため」
婆さんの眉が少し上がる。
ルシアのことは話せない。ルシアの事情を抜きにゼルシェ婆さんを説得しなければならない。
「俺は冒険家だ。自由に行きたいところへ行くつもりだ。そのためには力がいる。自分や自分の大切なものを守るための力が」
ミュンダーにだって、いつかは帰りたい。
ジェーダたちに外の世界のことを話してやりたい。
だからやっぱり、俺は闇をぶっ潰す。
闇をぶっ潰したら……そしたら今度は救えるだろうか。
本当の意味で、聖女から解放することができるだろうか。
ルシアも心の底から笑って暮らせるようになるんじゃねーかな。
「頼む」と頭を下げた。
勢い余って、床にゴツンと頭を打つ。
痛い、けど気にならない。
「ちょっと来な」
ゼルシェ婆さんが立ち上がり、家を出る。
連れていかれたのは、さっきおっさんたちが働いていた畑のさらに奥。
「ここの草、ぜんぶ抜きな。それが稽古をつける条件だよ」
ゼルシェ婆さんはそれだけ言って家へ戻っていく。
こ、これ、全部かよ!
とりあえずしゃがんで手近な草を抜く。
ぶち。
背の低い草が辺り一面に生えている。所々に背の高いのもある。
一掴み抜いたけど、先はまだまだ長い。
ぶちぶち。
抜いた草を横にポイっと投げて、再び草を抜く。
背の低い草はあっという間に抜ける。背の高い草はなかなか根が深かったが、立ち上がって一気に上に引き抜いたら、案外あっさりと抜けた。
抜くのにあまり力は要らない。
けれど、何度も草を掴んで引き抜いてとやっていると手が痛くなってくる。
ぶちぶちぶち。
俺、いいように使われてんじゃねぇかな。
これ終わったら、婆さん本当に稽古つけてくれるのかなぁ。
そんなことを考えながら、目の前にある草を抜き続けた。
そのうち俺が座れるくらいの面積の地面が見えだし、寝転がれるくらいの地面が見え始めた。
一度立って、伸びをする。
草むしり、きっつ。
「そんなところで何やってんだー」
畑からおっちゃんが声をかけてくる。
「草むしりー。ゼルシェ婆さんに頼まれた」
おっちゃんに手を振りながら答え、再びぶちぶちと草を抜いていく。
草、草、草。
抜いても抜いても草だらけだ。
草を抜くこと自体は楽でも、この量は全然楽じゃない。
「ほれ、使え」
畑のおっちゃんが手袋をくれた。
手袋があるのとないのとでは手の痛みがずいぶん違う。
有難く使わせてもらって、また草を抜きはじめる。
しばらくしてぎゅるるると腹の音が鳴った。
まだ四分の一ほどしか草抜きは終わっていない。
「まだまだあるじゃん」
若干げんなりしながら辺りを見渡すと、バスケットが一つ置いてあった。
中身を見てみると、膨らんでいないぺったんこのパンに肉が挟んであった。
さっきのおっさんが持ってきてくれたんだろうか。
一緒に入っていた水と肉の挟んだパンを食べる。
「うま~」
食べ終わり、ごくりと水を飲む。
「よしっ! もうひと踏ん張り」
ゼルシェ婆さんが本当に稽古をつけてくれるかはわからない。
けれど、今の俺は信じてやるしかない。
くっそ、さっさと終わらせて、すっげー強くなってやる。
結局その日、俺は半分まで草抜きを終えた。
「あーもう無理!」
地面に手足を投げだし、寝転がる。
たかが草を抜いただけ。それでもものすごい疲れた。
夕飯を食べに戻る前に、少し休憩だ。
疲れすぎて、動けない。
「あーなんてこと頼みやがるあの婆さん。一人でやる量じゃねーよ」




