第41話 冒険者の島
冒険者たちの争いも、ウォールディンとバルジスのチリーの取り合いも終わり、島が見えてきた。
ウォールディンはゴンドゥに乗って、一足先に船を降り、俺らは陸の奴らが狩った魔物を降ろす。
「ウォールディンさーん、バルジスさーん! おかえりっす! こっちは問題なしっす」
島から走ってきた少年の声があたりに響き渡る。
あ、同じくらいの年かも。
すごいっす、すごいっすと言いながら、ウォールディンたちと話している少年は、屈強な男たちの中でひときわひ弱に見えた。
いや、俺も多分あれくらいなんだろうし、俺やあの少年が普通なんだろうけれど、なんせこの船には筋肉隆々のでかい野郎ばっかりだから、どうしても俺やこの少年はひ弱に見えてしまう。
ひ弱……ってことはないはずだ。普通だ普通。
それに、勇者や冒険家はみんな旅に出て、己を鍛え、さらに強くなるんだ。
俺だって、鍛えたらウォールディンたちみたいになるさ。
「レネー、そっちの魔物降ろしたらこっち手伝ってくれー」
ダッチが船にくくりつけていた海の魔物をほどきながら言う。
「わかったー」
ダッチに返事をして、船尾の方に向かう。
「レネ? え? 誰っすか!?」
「あー、俺はレネ。よろしくな」
すごいっす、すごいっすと言っていた少年が俺の名前を聞いてやってきた。
知らない奴がいたから気になったんだろう。
そう言えば、昨日陸の奴らにもお前誰だ? と聞かれたな。
ウォールディンが「海で拾った」って言ったら、「そうなんか」で終わったけど。
「自分はオルビーっす。レネも冒険者っすか?」
冒険者というのは、ウォールディンやバルジスたちのように魔物を狩って生計を立てているものをいうらしい。ギルドってところに属して、倒した魔物の実績に応じてランク付けもあるそうだ。
同じ「冒険」と名がつく職業だというのに、俺の思う冒険家とはずいぶん違う。
魔物ばっかり倒して、冒険してないじゃん。
冒険者っていうか、狩人って呼んだ方がしっくりくるくらいだ。
「俺は違うよ。俺は冒険家」
「冒険家っすか? 今時珍しいっすね」
「冒険家知ってんの?」
船で話した時は、誰もかれもが「冒険家? なんだそれ?」って感じだった。
だからオルビーが冒険家を知っていると知って驚いた。
「古い文献に載ってるっす。冒険者の元になった職業っすよ。まだこの辺りが霧に包まれてなくて、あの闇もなかった頃、人々は海や山やいろんなところへ冒険に行ったっす。それが魔物や悪魔が出てくると、冒険家たちは冒険している最中に出会うそいつらと戦わなくちゃいけなくなって、最終的に今の冒険者のように魔物を倒す存在に変わったんす」
冒険家から冒険者に変わっていったということは、俺もやっぱり強さがいるんじゃないか。
それにしても文献か……。
一文字でも残そうと俺らに物語を語る長老の姿を思い出した。
「オルビーって、もしかして……」メモリーなのかと聞きかけた時、再びダッチから声がかかる。
「レーネー! 早くしろってー」
「わりぃ!」
オルビーにまたなと声をかけて、ダッチの所に急いだ。
後ろでオルビーの「お、女の子! 女の子がいるっす! 女の子がいるっす!」という騒がしい声が聞こえた。
もしかして島にも女の子はいないのか?
魔物をあらかた降ろし終わると、オルビーが呼びに来た。
この島を取り仕切っている人を紹介してくれるという。
「ルシアちゃ~ん! ルシアちゃんもちょっと来てほしいっす〜」
オルビーの呼びかけにルシアもパタパタとやってくる。
三人でやってきた家の中には、既にウォールディンとバルジスがいた。
「あぁ来たか。ゼルシェ婆さん、こいつらが今回海で拾ったレネとルシアだ」
ウォールディンが話しかけた人を見て、俺はとっさに口を滑らせた。
「化け物!?」
「だぁれが化け物だって、このくそ坊主!」
ゼルシェ婆さんと呼ばれた化け物が俺の言葉を聞いて、すぐさま手近にあったコップを投げつける。
いてぇ!
ルシアもそう思うよなという意味を込めて、ちらりとルシアを窺うと、ルシアも目を見開いて固まっていた。
俺の視線に気づいたのか、ルシアがはっとなって口を開く。
「す、すみません。ミュンダーでは、えっと、あの、えっとお年を召した方を見なかったもので。座っていてお身体は大丈夫なのですか」
「勝手に年寄り扱いするんじゃないよ。まだまだぴちぴちの六十八歳だわ!」
六十超えてる!? やっぱ化け物じゃん!
ルシアと俺が驚愕の事実に言葉を失っているとずっと黙っていたバルジスが口を開いた。
「ミュンダーは、年寄りがいないのか?」
「ミュンダーでは、五十を超えたら長命と言われるくらいです。大抵は三十代、四十代で亡くなります」
ルシアの言葉に深く深くうなずく。
だから、六十を過ぎてるなんて本当化け物なんだよ!
「そういうことか。まだ二十代の奴らがレネにおっさん呼ばわりされて、傷ついてたぞ。ゼルシェ婆さんは、確かに婆さんだがこっちじゃ六十過ぎの婆さんなんていくらでもいる。ミュンダーとこれほど寿命が違うとはな」
「闇の効果だろうねぇ」
ウォールディンが「まだ二十代の奴らにおっさん呼びは可哀そうだぜ」と言いながら肩をすくめる。
ゼルシェ婆さんは常識の違いとは言いつつ、「次化け物呼びしたら、わかっているだろうね!」と殺気を飛ばしてきた。
それから俺とルシアは再びミュンダーのことを根掘り葉掘り聞かれることになった。
どうやって出てきたのか、闇の中はどんな暮らしをしているのか。
ダッチが知らなかったから、婆さんたちも驚くだろうと話した光苔などの光る植物には、やっぱり婆さんたちも驚いていたし、魔物のような危険な生物がいないことにもすごく驚いていた。
「俺らはあの闇を無くしたいと思っている」
口数の少ないバルジスが言った。俺はちらりとルシアを見る。
ルシアは何も言わない。
「レネお前の話では、お前の国からも誰も出てこられなかったんだろう?」
「こっちに出てきた人を知らないってことは、そうだと思う」
「昔、闇を討伐しようと攻撃した人がいる。その攻撃全てが弾き返された。最近では、闇の近くの魔物は強くなりすぎて近寄ることすらできない」
バルジス、ウォールディンに詰められ、二人の言いたいことを必死に考える。
「つまり、レネとルシアは人類で初めて闇を通り抜けたことになる。何か他の奴らと違う特別な条件があるはずだ。心当たり、ないか?」
バルジスに言われて初めて気が付いた。
多分、いや絶対、俺らが闇から出られたのは、ルシアがいたからだ。
闇を晴らすという予言の聖女ルシア。
これを今言ったらどうなるだろう。
また生贄……なんてことないだろうな。
「んーわかんない。さっきの寿命の話みたいに俺らが普通だと思っていることが普通じゃないのかもしれないし」
「そうか」
「あの」と隣から小さな声が聞こえた。
「ミュンダーは暗くて、皆が光を求めていました。けれど、ここには光がある。それなのになんで闇を晴らしたいんですか?」
「この霧はあの闇のせいなんだ」
そう語り始めたウォールディンの話にルシアはどんどん顔を曇らせた。
ウォールディンの話は途中までは天地創造と同じような話だった。
昔、空から星が落ちてくる。
落ちてきた場所には薄墨色の靄だけが残った。
それから各地で突然動物が狂暴になったりして、それらを後に勇者と呼ばれる人が討伐していく。
そして最後は魔王とマキレスが戦う。
「凶暴になった動物たちは、今考えると魔物だったのだと思う。薄墨色の靄のことを最近では瘴気と呼んでいるが、その瘴気が凝り固まったのが魔王だと考えられている」
「それで、マキレスが戦った後あの闇ができた。それからここら一帯はどんどん霧に包まれていき、どんどん魔物は強く、多くなった。この霧には瘴気が多く含まれているって話さね」
ゼルシェ婆さんがウォールディンの話を引き継ぎ、バルジスも口を開いた。
「霧の範囲はどんどん広がっている。以前は海だけだった霧の領域がもう陸地を浸食しているほどに。魔物との戦いを終わらせるには、あの闇を叩くしかない」
ルシアの顔は真っ白だった。
あの綺麗な緑色の瞳は、死んでしまったみたいに光を失っていた。
「何でもいい。何か知っていたら教えてくれ」
そう言われて家を出る。
助けてもらってからまだ数日しか経っていなかったけど、俺はウォールディンやバルジス、海や陸の冒険者が好きになっていた。
助けてもらった恩もある。
だから正直言えば、ルシアのことを黙っているのは心苦しい。
けれど、俺は守るって言ったから。ルシアが聖女だとは話せない。
黙り込んでいるルシアの方に目を向ける。
白を通り越して、青い顔のルシアを見てようやく俺は気が付いた。
俺は闇からルシアを救い出せたと思っていた。
ルシアが聖女だと知る前は、ジェーダの歌を聞き、勇者を目指すと言っていたルシアは楽しく暮らしていたと思っていた。
でも違うんだ。
生きている限り、闇がある限り。
ルシアは罪悪感を抱いて生きている。
自分が生きているばっかりにと。
誰だよ、あんな予言をしたやつは。
今更ながら腹が立ってきた。
「ルシア」
ルシアが振り向く。何か言いたそうに口を開いたルシアを制して言う。
「ルシアは、ルシアだ。ただのルシアだ」
それだけで、ルシアは俺の言いたいことが伝わったのかこくりと頷いた。
やっぱりあの闇をぶっ潰さないと。
よし、決めた。
誰よりも強くなって、俺があの闇をぶっ潰そう。




