第40話 チリー隊長
甲板にまだボーラペスが残っているから運べと言われて、甲板に出る。
ちょうどダッチが甲板でビチビチ跳ねている最後のボーラペスにとどめを刺したところだった。
ダッチと二人右手に一匹、左手に一匹持って運ぶ。
「レネは見かけによらず、力持ちだよな」
ダッチが俺の腕を見ながら言う。
確かに、俺の腰くらいまである魚だ。結構重いはず。
でもあんまり重く感じないな。
なんだかんだといろいろあったから、俺も少しは強くなっているんだろうか。
それにしても……みんな俺の腕を見て、残念なものを見るような顔をするのはやめてほしい。
ミュンダーは平和な国なんだ。鍛える必要性がなかった。
怪物と日常的に戦っている自分たちと比べるのが間違いだ。
さっき厨房に来たおっさんは十匹くらい入った袋担いでたし、ウォールディンの剣にも十匹くらいは刺さってた。
それを片手で振り回すんだから、本当に俺とは次元が違う。
もしかして腕の力なんだろうか。
ダッチと二往復してボーラペスを運び終わる。
そのあとは、また甲板掃除だ。
掃除道具を持って、甲板に出るとゴンドゥの近くに人だかりができていた。
「なぁ、ミュンダーではチリーみたいにしゃべる鳥いっぱいいるのか?」
あぁ、人だかりはチリーか。
ダッチの話だと、チリーはあのままボーラペスの討伐に加わっていたらしい。
海の生き物を動員して、海面ぎりぎりを飛んでいるボーラペスを倒したという。
え? チリー、魚とも意思疎通とれるの? すげぇじゃん。
「心は誰よりも勇ましい! チリー! チリー! チリチリチリー!」
男たちがチリーを囲んで騒ぐ。
チリーもまんざらじゃないようで、「海の奴らになんて言ったんです?」と男が聞くと、「俺様はその時タイミングを計ってたんだ。だってせっかく攻撃しても、当たらないと意味がない。早く、早くという魚たちを待たせて、ようやく今だ! と号令を出したんだ! そしたら」
男たちが口をそろえて「一発命中!」と言った。
それで、また男たちとチリーは「チリチリチリー!」と盛り上がる。
あれ、なんか……チリーしゃべりが上手くなってない?
「ゴンドゥの言っていることもチリーがいればわかるし、ウォールディンさんも気に入ってた。チリー隊長なんて呼ばれてたぜ」
いいのか? とダッチは心配してくれるが、元々チリーはチリーの意思で俺らについてきている。
多分ルシアもチリーが別れたいと言ったら、送り出すと思うんだよな。
夕方、陸地が見えてきた。
「あれが島?」とダッチに聞くと、そうではないらしい。
段々陸地が近づいてくると、海辺で火を焚いているのが見える。
さらに近づくと、その火の周りに男たちが集まっているのも見えてきた。
「あいつらは陸の冒険者たちだ。あいつらを拾って島に帰るんだが、遅くなっちまったからな。今日は多分ここで一泊だ」
ダッチによれば、陸地側にも魔物が出るらしく、それらを陸の冒険者たちが間引いているらしい。
船が陸地に着くと、ウォールディンが船から声をかけた。
「すまん、遅くなった!」
「大丈夫か?」
陸地にいる熊みたいな男がウォールディンに答える。
「被害はない。遅くなったのはこいつのせいだ」
ウォールディンがボーラペスを一匹陸地に投げた。
陸地の男たちが、「ボーラじゃん!」と騒ぎだす。
「ボーラペスは集団でやってくる厄介な奴だけど、めっちゃ美味いんだ」
ウォールディンたちのやり取りを見ていた俺にダッチが教えてくれる。
今日の夕飯はボーラペス祭りのはずだとも。
陸地の奴らが大きな枝を拾ってきて、鱗を剝いだボーラペスに突き刺した。
そのまま火の傍の地面に突き刺す。
船の厨房からは鍋が運び出され、運び出された瞬間に長蛇の列ができた。
何が配られているかわからないが、無くなる前に俺もと列に並ぶ。
「坊主にゃまだ早い」
前に並んでたおっさんが言う。
「いいじゃねぇか。これも勉強、勉強!」
俺の後ろに並んだおっさんも言う。
飯……の話だよな?
どんどんどんどん列が進む。
列が進むにつれ、なんだか「女の子だ」「女の子がいる」というざわめきも聞こえてきた。
その言葉で、ルシアが鍋の前にいたなと思い出す。
「レネも?」
鍋からコップに移しながら、ルシアが怪訝な顔をする。
手渡されたコップは、湯気と共にふわりといい香りがした。
具はないが、温かいスープのようだ。
「ほら坊主、ぐっと飲んじまいな。暖まるぜ」
後ろのおっさんがスープをもらって、すぐに口をつけた。
周りを見たら、まだボーラペスも焼き上がっていないってのに、みんなスープだけ先に飲み始めている。
借りている服は薄っぺらで、昼間は良いんだが、夜は少し冷える。
俺も暖をとろうと、勢いよくグビッとスープを飲んだ。
そして。
「ぐぇほっ、げほ、げほ」
盛大にむせた。
なんだこれ。
体、熱い。喉、焼ける。
「坊主にゃまだ早いって言ったろ。お前はこっち」
おっさんから水を受け取り、急いで飲み干す。
あれ、酒か! 少しすっきりした頭でようやく気が付いた。
ボーラペスが焼けたら、争奪戦になった。
酒をもらうのにはお利巧に並んでいた男たちが、我先にとボーラペスに手を伸ばす。
なんなら人がかぶりつこうとしている傍から、横取りしてかぶりつく。
おっさん衆は、若者のボーラペスを巡った戦いを横目に酒ばっかり飲んでいる。
やべぇ、出遅れた!
急いで争奪戦の中に入っていく。
だがやっぱり、行ったのが遅かった。
骨の近くの血合いの部分しか食えなかった。まぁ、そこも美味しかったけども。
ひとしきり食べた後は、歌ったり踊ったり、酔っ払いたちが大騒ぎだ。
俺はもうすっかり普通に戻っていたけれど、馬鹿なことしてるのを見てるだけですっげー楽しかった。
そのまま俺は酔っ払いでもないというのに、酔っ払いたちと一緒に船の横で眠りこけ、翌朝ガンガンという騒音で目が覚めた。
急いで音の方を見上げると、ルシアが鍋とお玉を持って叩いている。
だが、その音でも起きない奴らはたくさんいて、それを見たウォールディンが、ルシアから鍋とお玉を奪い取り、目いっぱい叩く。
「お前ら! さっさと起きないと置いてくぞ!」
さっきの何倍もの騒音とそれに負けないくらいでかいウォールディンの声に寝ていた奴もみんな跳ね起きた。
「たらたらすんな!」
ウォールディンの追加の号令で、皆が走って船に戻る。
押し合いへし合いしながら、戻ればすぐに船が動き始めた。
船の上は、陸の冒険者も乗っているため凄い人数だ。
「お前ら、ボーラペス以外はやっぱり一匹かよ」
「なんだとお前らもちっせい魔物ばっかりちんたら狩ってんじゃねーよ」
猿野郎、犬っころと暴言を吐きながら、海の冒険者と陸の冒険者が喧嘩をしている。
あれ? 昨日この二人は肩組んで歌ってなかったっけ? なんでこんな険悪なんだよ。
俺の隣にいたダッチによれば、これはいつものことらしい。
二人の間にビュルマという動物がするりと割って入る。
ビュルマは、あの熊のような冒険者の言うことしか聞かないという聖獣だ。
だから聖獣ゴンドゥ使いのウォールディンが海の冒険者のリーダー的な存在で、聖獣ビュルマ使いの熊男バルジスが陸の冒険者のリーダー的存在なのだという。
「毎度毎度うるさいわね! あんまりうるさいとお前らの喉掻っ切るわよ! だって!」
突然チリーの声が聞こえる。
チリーがしゃべる鳥だとわかっている海の冒険者は、それがビュルマの言葉だとわかり戦慄した。
「お。おぉ。勘弁してくだせぇ。ビュルマさん」
「だったら大人しくしてるのね! だって」
「ははぁー」
ビュルマに頭を下げる海の冒険者を見て、バルジスがチリーに近づいた。
「分かるのか?」
「わかる!」
驚きながら、チリーに近づくバルジス。
「あの鳥しゃべってるぜ」とざわめく陸の冒険者たち。
「バルジース! チリー隊長を先に見つけたのは俺だよ」
ウォールディンがバルジスに割って入ってくる。
海と陸でチリーの取り合いだ。
チリー、お前もか。
なんだ、ここにはすごい奴しかいないのかよ。




