第39話 ボーラペス
翌朝、ハンモックから落ちて起きた俺はダッチと共に甲板の掃除をする。
ルシアは調理場の手伝いをしているらしい。
包丁も持てないのに、出来ることなんてあんのかな?
掃除をしていると甲板の先端に、俺らを助けてくれた黒い鳥がいた。
改めて見ると、鳥は俺よりもでかい。
そりゃああのウォールディンが上に乗れるんだから、でかいのは分かってたんだけど、本当にでかい。
「アレはゴンドゥ。俺らの仲間だが、ウォールディンさんしか乗せねぇから勝手に乗ったりすんなよ」
「わかった。こっちにはすげぇデカい鳥がいんだな」
「いや、ゴンドゥは特別。あんなでかい鳥なんて、俺はゴンドゥ以外見たことねぇよ」
挨拶くらいなら大丈夫というので、ゴンドゥに近づき「ありがとな」とその背をなでる。
チリリ、チリリと声がして、ゴンドゥの後ろからチリーが出てきた。
チリーいないと思ったらこんなところにいたのか。
チリーはゴンドゥの言うことが分かるようで、「良いってことよ。って言ってる!」とゴンドゥの言葉を教えてくれた。
「な!」
俺の後ろでダッチが驚く。
「そ、そ、その鳥しゃべんのか!?」
「あ」
「あ」
ダッチの声に、俺もチリーもしまったと口を閉ざす。
「いや、もう無理じゃね? しゃべってたよなぁ? な!」
チリーの方をちらりと見る。
絶対バレているんだけど、俺が勝手にばらすのも違うかな。
「ダッチ、何言ってんだ? お前疲れてんじゃないか。うん、そうだろ。俺、ここの掃除しといてやるよ」
一応知らんふりしておけと言う意味も込めて、俺はダッチを追い払い始める。
するとその時、ゴンドゥが「ギエー」と鳴いた。
チリーが声を張り上げる。
「魔物接近! 方角あっち! 昨日より小さい。でもいっぱい!」
「なに!?」
ダッチがチリーの声を聞いて、船内に走り出す。
「レネ! お前は見張りに見えるか聞いて来い」
ダッチの指示に従って、見張り台まで登る。
「おっさん、あっちの方角に魔物いない? あっちに魔物がいる、小さいけどたくさんいるってゴンドゥが」
「おっさん言うなよ」と言いながら、見張りのおっさんが双眼鏡を覗き込む。
俺の目では見えない。
おっさんも見えないのか、うーんと唸っている。
「見えねぇな。ん? いや、待て。ありゃボーラじゃねぇか? そうだ、ボーラだ。お前、先に降りろ!」
見張りの男がカンカンカンと鐘を鳴らす。
「十時の方向! ボーラペス! 数は五十以上! 繰り返す。 十時の方向! ボーラペス、五十以上!」
甲板に降りると「邪魔だから中入っとけ!」と言われ、船内に入る。
ルシアは大丈夫かと厨房に行った。
厨房に行くと、ルシアが一人窓から外を見ていた。
「カッシーさんも今出て行ったとこ。レネ、何があったの?」
カッシーさんというのはこの厨房で料理をしているおっさんだが、彼もまた冒険者だというから、きっと見張りが出した音を聞いて暴れに行ったんだろう。
「チリーとゴンドゥが言うには、魔物が出たらしい」
「魔物……。チリーはもしかして、まだ外?」
あ、忘れてた。
慌てて外へ出ようとするルシアを引き留める。
「あいつは飛べるから大丈夫だって! 逃げるくらいできるから」
昨日の怪物……じゃなかった魔物の討伐を見る限り俺たちにできることはない。
俺らにできるのは、邪魔にならないように引っ込んでいるだけだ。
今出て行けば勝手に空を飛んで逃げられるチリーよりも、俺たちの方が冒険者たちの邪魔になるだろう。
それをルシアも感じているからか、俺が引き止めたらあっさり行くのを辞めた。
外からバチバチという音が聞こえてくる。
急いで窓の外を見れば、遠くから小さな黒い影が飛んできた。
その黒い影はあっという間にこちらに姿を現す。
それは魚だった。
魚のはずだった。
けれど、その魚は空を飛んでいる。
何だあれ。一匹がぐんぐんこっちへ近づいてくる。え? このままぶつかるぞ。
そう思った時ゴンドゥに乗ったウォールディンが、窓の近くを飛行してボーラペスを一突きした。
おぉ!
ウォールディンは昨日の怪物に使っていた大剣ではなく、細長い槍のような剣を使っていて、その剣にはもう何匹もボーラペスが突き刺さっている。
その姿を見て、ルシアは何を思ったのか窓から離れて包丁を持ち出した。
その姿を見て、俺は昨日ルシアが言っていた言葉を思い出す。
「待った待った! それやっぱり人殺す感じの持ち方!」
急いでルシアを止めると、ルシアが唇をかむ。
「でもみんなきっとお腹を空かせて帰ってくるわ。カッシーさんがスープ作るって言ってたから、私が下ごしらえだけでもと思って」
なるほどルシアの前には大量のじゃがいもがある。
この芋の皮をむこうと思っていたのか。
「俺が芋を剥く。ルシアは玉ねぎの皮むきして」
ルシアが持つでかい包丁をそっと取り上げて、玉ねぎを一個剥いてみる。
っていうか、この包丁は絶対じゃがいも用じゃない。
「ほら、こうやって白くなるまで剥くだけ」
「わかった」
それから俺らはただただ黙々と皮を剝いた。
まだ皮を剥いているだけだというのに、ルシアはもうボロボロ涙を流している。
俺も小さいナイフを拝借して、ひたすら芋を剥きまくる。
どれくらい経ったのだろうか。
いつの間にか外のバチバチといった音は止んで、がやがやとみんなが厨房に戻ってくる声がした。
厨房の扉が開かれる。
あ、今まずいかも……そう思った時には遅かった。
「ルシアちゃん!?」
「レネか? レネの野郎か?」
「え? な、なにが?」
この船は男所帯だからか、皆ルシアに甘い。
甘い……というか、昨日俺がルシアと同じ部屋に泊まると思い込んでいたことを知った酔っ払いたちから、俺はデリカシーがない奴、気遣いのできない奴という烙印を押されている。
昨日はおっさんたちに随分と「女の子には優しくしろ」と言い含められた。
そして、そのルシアは今ボロボロに涙を流して、目も真っ赤だ。
昨日の酔っぱらいおっさんの低い声が響く。
「レ~ネ~! 女の子には優しくって言っただろうが!」
「待って! 勘違い!」
ずんずんと近づくおっさんに、玉ねぎを一つ投げつける。
問答無用で叩き潰される玉ねぎ。
物騒! おっさんが持つこん棒に当たった瞬間、玉ねぎは形を失った。あのおっさんも強いのか。
あぁ、そんなこと考えている場合じゃなかった。
急いで口を開く。
「そいつが犯人だって!」
俺の叫びが届いたのか、自分でつぶした玉ねぎにやられたのかおっさんは涙ながらに「勘違いなら早く言えよ、ばかやろぉぉ」と言った。
そんなことをしているうちに、厨房のドン、カッシーも戻ってきた。
「大漁、大漁」
カッシーやおっさんたちがどんどんボーラペスを運び込む。
次から次へと。
見張りは五十以上と言っていたけど、もう五十は優に超えている。
それよりも驚いたのは、ボーラペスの大きさだ。
ボーラペスを持ち上げると、俺の腰位まである。
窓からのぞいていた時は、これほど大きいとは思わなかった。
「こっちの魚って空飛ぶんだ」
「なんだ坊主、ボーラペス見たことないんか。こいつらは空を飛んでいるんじゃない。海から勢いよく飛び出して、ジャンプしとるだけ。ただ小さい島なんかだと島ごと飛び越えるくらい飛距離が長い」
「そんなんどうやって倒したの?」
「聞きたいか?」
にやりとおっさんが笑う。
そんなの聞きたいに決まってる。
「こいつらは空を飛んでんじゃねぇ、ただ海から飛び出してきてるだけだ。方向転換もできやしない。だから飛んできたところをこいつでパコーンだ」
右手に持っていた棍棒を振り回す。
うぉっ、あぶねぇ。
でも、すげぇ、すげぇよ、みんな。
こんなでかい魚一発でのしちゃうんだから。
「カッシー、これも頼む」
今度はウォールディンがボーラペスを何匹も突き刺した剣を持って、厨房に来た。
「ウォールディンさんは剣なんだ」
ふと疑問に思って、つぶやいたらおっさんが教えてくれた。
海の上をゴンドゥに乗って飛び回るウォールディンが叩き落したら、ボーラペスも海に落ちてもったいないだろと。
お、おぉ。ちゃっかりしている。いやちがう、余裕なんだ。
余裕があるっていうことは、このボーラペスって見た目によらず弱い?
「おっさん、ボーラペスだったら俺でも倒せる?」
おっさんが俺の腕をちらりと見る。
「あーなんだ。えー、坊主もいつかは、な!」
なんだ、無理なんか。




