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名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません  作者: 南の月
第二章 霧の海

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第35話 プロローグ

真っ白な霧の中を一隻の船が進む。

船の上は大層騒がしく、既に酒をあおったかのような盛り上がりだった。


「野郎ども、気を抜くんじゃねぇ!」

「でもよ! こんなでかい魔物倒せたんだぜ」

「ゴンドゥ、お前も頑張ったなぁ」


一人の冒険者が船尾を独占している真っ黒な翼の大型の鳥に触れると、ゴンドゥと呼ばれた鳥は嬉しそうに冒険者をつつき返す。


「いてぇ、いてぇよ!」

「いいぞゴンドゥ! やれやれー!」


痛がる冒険者を見て、また船員たちは盛り上がる。

この船に乗るのは、皆腕に自信のある冒険者ばかり。

彼らは今までで一番の獲物をしとめた後で、興奮していた。


「もうすぐ陸の奴らを回収する。浮かれんのは良いが、喧嘩すんじゃねーぞ!」


肩まであるシルバーグレイの髪を一つにくくり、ゴンドゥの近くで一人座っていた男が声を上げる。

誇り高きゴンドゥの使い手であり、この船の船長でもあるウォールディンの言葉に、船に乗る全員がきびきびと動き始めた。


「やれやれ。今日は陸の奴らとひと悶着がありそうだな」


しばらく船が進むと陸地が見えてきた。

いつもと同じように上陸指示を出し、陸の冒険者たちを回収する。


「なんだ? 海の奴らは今日はたったの一匹かぁ?」


陸の冒険者が船の後ろで引っ張っている獲物を見て大声を出す。


「あぁん? お前の目は節穴か? お前らが狩ってくる魔物全部合わせたってこんな大きさにはならねぇだろうが」


大声を出して笑う陸の冒険者の前に、腕を組んだ海の冒険者たちが立ちはだかる。

海の魔物は大抵大型で、陸地の魔物は小型だ。

その代わり発生率は陸地の魔物の方が格段に多い。

そのためいつも陸の冒険者は数を自慢し、海の冒険者は大きさを自慢した。


「やんのか!」

「望むところだ! 今日こそお前らをぶちのめしてやる」


陸、海の冒険者たちがにらみ合い、一挙触発と言うところで一匹の獣が両者の間に割って入った。


「その辺にしておけ」


熊のように大きな男が陸、海の冒険者たちをにらみながら、ぼそりと言う。

彼の名前は、バルジス。

大地の守り神ビュルマと共に、魔物をせん滅する陸の冒険者たちのリーダーだった。


「命拾いしたな。猿野郎」

「命拾いしたのはお前らだろ。犬っころ」

「なんだと?」


バルジスの言葉に一度は引いた陸の冒険者も犬と言われて再び睨みを利かす。

陸の冒険者が海の冒険者を猿と呼ぶのは、彼らが足場のない海で大型の獲物に飛び移って戦うからだ。

海の冒険者が陸の冒険者を犬と呼ぶのは、群れでいることの多い陸の魔物を、陸の冒険者たちが一か所に追い詰め、一網打尽にするからだ。

その様が木々を飛び移る猿のようだと、羊を囲う犬のようだと言っているのである。


「お前らまだまだ元気ありあまってんなら、島着いたらゼルシェ婆さんとこ行ってこい。バルジスもそれでいいか」

「あぁ」


ウォールディンの言葉に今度は陸と海の冒険者双方が青ざめた。

デッキの上が静かになった頃、見張りをしていた冒険者が叫ぶ。


「島が見えたぞー!」


その言葉を聞いてウォールディンが立ち上がる。


「野郎ども! 聞こえたか、上陸準備だ」

「よっしゃ。酒だー!」


ウォールディンの号令を聞いて、陸の冒険者も海の冒険者も喜びの声をあげた。

例え獲物のでかさ、多さで競い合っていたとしても、酒の前には些事である。

今までの言い争いがなかったように、一致団結して上陸準備を始めた。


島に船をつけ、冒険者たちが縄梯子を下ろす。

一人の眼鏡をかけた小柄な少年が、走って船に近づいてきた。

少年は舟の後ろに引いてきた魔物を見て、感嘆の声を上げる。


「ウォールディンさーん! なんですか、あの魔物。あの大きさの魔物を仕留めるなんてすごいっす! どうやって仕留めたんすか! あとでお話聞きたいっす!」

「オルビー、話ぐらいいくらでもしてやる。留守の間何もなかったか?」

「問題なしっす!」


ゴンドゥに乗って一足先に上陸していたウォールディンが、親指を立てて笑うオルビーの頭に手を載せ、「じゃあ宴の時な」と笑って先を行く。


「ウォールディンさん、やっぱかっけぇー」


オルビーが独り言をつぶやきながら、ウォールディンの背中を見つめていると、「オルビー、どけ」と冒険者から声をかけられる。

声に気づいて振り向くと、ちょうど大量の魔物が船から降ろされるところだった。


「えぇぇぇー! なんすか、この量! バルジスさん、すごいっす! あとでお話聞かせてもらいたいっす!」

「今日はいっぱいいただけだ。そんなことより島は?」

「それでもすごいっすー! 島は大丈夫っす。魔物も出ていないっす!」


いつも通りバルジスは自分の雄姿を話さない。オルビーはあとで陸の冒険者にたっぷり話を聞こうと決めて、バルジスとビュルマと共に歩き始める。

バルジスの質問に答えながら、オルビーはバルジスたちが魔物狩りに行っていた三日間の間の出来事を話した。

オルビーが誰よりも早く船の場所に行くには訳がある。

もちろん倒した魔物を見たいのもあるし、それを倒した時の話を聞くのが好きだからだが、ウォールディンもバルジスも不在の間の島を心の底から心配しているからだ。

だからオルビーは船が戻ってくると、真っ先に異常がなかったことを知らせるようにしている。


「よくわかった。留守の間ありがとな」


そう言ってバルジスが肩に手を載せる。

大きな手だ。

オルビーとは似ても似つかない。


「バルジスさん、渋いっす」


バルジスと別れたオルビーがつぶやいた。


ここは闇の海域にほど近い名もない島だ。

闇と大陸沿岸部はいつも霧が立ち込め、凶暴な魔物たちがうじゃうじゃいる。

ここで発生した魔物が過去には内陸へと侵攻し、人類に重大な被害をもたらした。

だからウォールディン率いる海の冒険者が海の魔物を、バルジス率いる陸の冒険者が陸の魔物を間引いている。


そして、この島は霧の中にあって唯一魔物がほとんど出ない陸地だ。

それはただ単純に島の周りが険しい岩場に囲まれ、船が出入りしている入江以外が天然の要塞になっているからだ。

もともと島にいた魔物は先人の冒険者たちが狩りつくし、今はそこに居住エリアを作っている。

最初は冒険者たちが少し休憩するためだった島が、今や冒険者を辞めた人たちも住み込み、家を作り、皆で料理を食べ、まるで一つの村……いや、大きな家族のように暮らしていた。

狩りの後は獲物の量を競い合っている冒険者たちも、本気で対立しているわけではない。

それはまるで兄弟げんかでもしているようなもので、島に戻れば皆、酒を飲んで笑いあっている。


今日もまた、宴の時間になるとあれだけいがみ合っていた陸と海の冒険者たちが肩を組んで歌っている。


小さな舟を浮かばせて

漕ぎだす大海 守るため

闇に向かうその男

ただ一人で戦った


待っていろ マキレスよ

もう一人で 行かせはしない

魔物も 闇も ぶちやぶって

みんなで 酒盛りをしよう


肉に 酒に 歌に 話だ

星がかすむほど 火を焚いて

空が白んでくるまで 踊りあかそう

みんなで 酒盛りしよう 


「カンパーイ!」


酒を飲み、料理を食い、魔物との戦いを自慢し、踊り、笑い、冒険者たちの夜が更けていった。




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