第33話 脱出2
「早く逃げるぞ!」
すぐそばで聞き慣れた声が聞こえると同時にふわりと体が浮いた。
「ジジ様!?」
「間に合ってよかった。聖女様、逃げますよ!」
レネとジジ様がジグザグに走りながら闇を避ける。
大人のジジ様は私を軽々抱えて走っているが、私を抱えてもなお私よりジジ様の方が速く走れていた。
どうにか闇を撒いて、祭壇外壁に辿り着く。
「ジジ様! どうしてここに?」
「聖女様を逃すためです」
「でも、それでは儀式が……」
「その話はあとにしましょう。それで、君は聖女様を守り切る覚悟があるか?」
ジジ様がレネに向き合い、静かに語りかけた。
「セイは、俺が助けると約束した」
ジジ様はレネの言葉に一つ頷いて、抱えていた私をそっと下ろした。
ジジ様がレネに闇が見えるか問う。
さっきまでは見えていたはずなのに、レネは再び闇が見えなくなっていた。
ジジ様が言うには、きっと私と触れていないせいだろうとのことだった。
確認の為レネと手をつなぐ。
どうやらレネも再び見えるようになったようだ。
「よし、では少年と聖女様は常に手をつなぐようにして、私が別で動きましょう。二人ともあそこの床が少し光っているのが見えますか?」
ジジ様が祭壇中央を指さす。
先ほどまではなかったはずだが、ジジ様の言う通り確かに祭壇中央に光る場所があった。
「あそこに抜け道があります。二人は何があってもまっすぐあの光を目指して走りなさい。私も後から向かいますから。聖女様は、あそこまで走れますか?」
疲れ切っていたけれど、先ほどまでジジ様に抱えられていたし、今も話し合いながら、少し休憩ができている。
きっとあそこまでなら大丈夫だろう。
できますとジジ様に答えると、ふわりと私を抱きしめた。
「闇が私に気が付いたら抜け道まで一気に走ってください! いいですね?」
ジジ様が離れて、そのまますぐ走り出す。
「ジジ様!?」
「俺たちも行くぞ!」
ジジ様が囮になってくれたとわかったのは、ジジ様が走り出してからだった。
呆然として一瞬動けなかった私を、レネが手を引き走らせる。
走って、走って、前だけを見て走って。
ようやく光の下までこれた。
床が勢いよく開く。
「聖女様! 早く!」
「トマス!」
床の下から灯りを掲げ、私に手を伸ばしたトマスの手を取り、床の中にもぐりこむ。
すぐにレネももぐりこんできた。背後でトマスがジジ様に私たちの到着を叫んでいる。
走り終わって一息つけば、だんだん頭がクリアになってくる。
この抜け道は祭壇中央に位置しているから、囮がなければスムーズにここまで来られなかっただろう。だからこそジジ様は囮になってくれた。
でもジジ様は?
ジジ様がここに来るのはどうするの?
両手を組んで額につける。
どうか、どうかジジ様が無事でありますように。
私の祈りに何の意味もないことは分かっていたが、そうせずにはいられなかった。
こんな時に何もできない私が嫌になる。
外の様子が見えずハラハラして待っていると、しばらくしてジジ様が滑り込んできた。
よかったとほっと安堵の息を吐く。
ジジ様が少し息を整えて、私の頭に手を載せた。
「聖女様、遅くなりましたね。大丈夫ですか?」
「はいっ!」
それから、ジジ様を先頭に、私、レネ、トマスと続いて抜け道を歩く。
ただ穴を掘っただけという通路は、急な坂もあり、地面が濡れて滑りやすくもあった。
前を歩くジジ様に手を貸してもらいながら、転ばぬよう慎重に進む。
ザ、ザ、ザと四人が歩く音だけが響いている。
さっきまでの闇の猛攻を潜り抜け、全員が無事であることにほっとすると同時に、闇に襲われなくなったことで、私もだいぶ冷静になってきた。
私は聖女。この金色の髪がある限り、誰もが私を聖女だと思うだろう。
実際は祈りに力はなく、生贄の儀式も怖くなって逃げ出した。
当然だけど、これでは闇は晴れない。
そして、私はもうここにはいられない。
――セイ、俺がセイを助ける。勝つぞ。勝ってこんな闇、ぶっ壊してやろう
レネの言葉を思い出す。
そうか、そうだよ。
私は勇者を目指している。生贄になる勇気が欲しくて目指していたのもあるけれど、私はやっぱり人を助けたい、闇を晴らしたいのだ。
勇者が勇者になれるのは、勝利を勝ち取るまであきらめないからだ。
考え事をしながら歩いていると、ザザーン、ザパーンと波の音が聞こえてきた。
「もうすぐです」
ジジ様が言う。
その言葉から少しして、ランタンの光が遠くまで広がった。
ランタンの光、そして奥の海への入り口に光苔の光があったことで、ぼんやりとここが少し広い空間であることが分かる。
ジジ様が予め用意していたのか、こんな地下に薪があり、それを使ってトマスがテキパキと火をおこした。
ランタンより大きな光が辺りを照らす。
「あれは?」
レネが海の方を指さす。
私もつられてそちらに振り向く。
さっきまでは、壁の一部のようにしか見えていなかったが、そこには大きな女神像があった。
あぁ、これが……これがジジ様が祈りの丘にあると言っていた女神さまの像か。
私とジジ様はこの人に向かって毎日祈っていたのだ。
「海の女神さまです。ここミュンダーは島国ですから、訪れるには必ず船が必要でした。闇に包まれてから国と国の行き来はありませんが、昔はいろんな国と交易があったのです。そんな海の向こうの友人たちが事故に会わぬよう、迷わずここまで辿り着けるよう作られたと言われています」
皆で女神さまを見上げる。
突然、何かを思い出したようにレネが「やっべ!」と声を上げた。
「俺、舟とってこないと」
そう言って、海の方を覗き込む。
「よかった! まだある。セイ! 俺、ちょっととってくる」
レネが海の方へ飛んでいく。ん? 飛んでいく?
三人で慌てて海の方へ向かうと、レネは岸の近くにある岩の上を器用に飛び、途中からは崖伝いに進んでいる。
それを見ている間にトマスが女神様像にも灯りをつけた。
途端に周囲の海が明るくなる。
「この灯りがあれば、日か沈んでからも迷わなかったと言います。道標になる女神さまなので、私は導きの女神だと思っているのです」
ジジ様が女神様を見上げて口を開く。
「聖女様を予言の通り生贄にしても良いのか、私は毎日女神様に問いかけていました。闇が晴れないのは問題です。けれどそのために、赤子の時から見てきた聖女様を闇に捧げることは果たして正しい事なのかと」
聖女が生贄であることを知るのは、私と前神殿の長のゲイル様、ジジ様、そして国王陛下だけ。
私が生贄であると知ったのは一年ちょっと前だ。
予言は、私が生まれた時からある。
ジジ様は、十二年も前から知っていたのだろうか。
「聖女様が神殿から逃げ出してくれたらいいのにと何度思ったでしょう。何度、もう聖女なんて嫌だ、もうやめたい! と言ってくれたらいいと思ったでしょう。聖女様が嫌だと言ったら、すぐにでもどこかへ連れて行こうと思っていました」
「ジジ様……」
「でも聖女様は祈りを休むことはなく、生贄であることを知っても必ず帰ってきました」
ジジ様の帰ってきたという言葉にもしかしたら……とトマスを振り返る。
「えぇ知っていました。人にはそれぞれ光があるんです。私はオーラと呼んでいますがね、私の能力はそのオーラが見えるんですよ」
「じゃあトマスは、最初から……?」
「はい。最初は本当に驚きました。聖女様が薄いローブにブーツもなく、ランタンもなく、出て行こうとされていましたから。長から聖女様が出て行こうとしている時は邪魔をするなと言われていたので、ランタンを渡してすぐに長に報告に行きましたよ」
ランタンを手に入れ、ローブやブーツも後からアスラが持ってきた。
そうか、ジジ様はそのまま私が逃げたらいいのにと思っていたのか。
「聖女様、これからどうしたいか考えていますか」
「それなんだけどね。ジジ様、私レネと一緒に行ってもいいかな。今取りに行っている舟でレネは冒険に行く。私はもうここにはいられないだろうし、レネと一緒に外の世界に出て行くつもり」
「レネとは彼ですね。しかし聖女様、知っていますか? 闇に包まれてから国を離れ、帰ってこれた人は誰もいません。とても危ないです。死ぬかもしれないほどに」
「うん、知っている。ジジ様、でも私やっぱり闇を晴らしたい。ここで祈っていても、闇は晴らせないし、死ぬのも嫌。生きて闇を晴らすのをあきらめたくない。ダメでもともと。でも少しでも可能性があるならそれにかけたいんだ」
ジジ様が困ったような顔をした。
やっぱり反対だろうか。
ジジ様が女神さまをちらりと振り返る。
「先ほど私は聖女様が嫌だと言ったら、連れて逃げたと言いましたが、それは行動を起こさなかった私の言い訳です。私自身が決めきれなかったのです。闇を晴らすという国全体を巻き込むことと聖女様の命のどちらを選ぶかを。そんな私に最後だけ反対する権利はありません。聖女様の御心のままに」
「ありがとう。ジジ様……いままで、本当にありがとう」
おずおずとジジ様に抱きつく。
ジジ様も私を包み込み、別れの挨拶をした。
「あ! でもまだレネが良いというかはわかりませんけど」
私が思い出したように言えば、ジジ様が朗らかに笑った。




