第31話 出発
海に小舟を浮かべて、ゆらゆら揺れていたら、ジェーダが陸から小舟に飛んできた。
「うぉ! あぶねぇ。転覆する!」
着地の振動で揺れる小舟。
ジェーダは笑って俺の抗議を受け流し、横に座った。
ここ最近仕事が終わると小舟に乗って、ただ揺れている俺を気にかけて来たらしい。
「心配事か?」
「変だよな。会って一年くらいだってのに、何か心配なんだ。セイの事何も知らないのに、顔だってちゃんと見たことないのに、変だよな」
「そうだな」
ジェーダが、苦笑交じりに答えた。
「明日、闇晴らしの儀式だろ? なんかさ……麦売りのおっちゃんが言うんだよ。セイが聖女様だって」
「は?」
「信じられるか、ジェーダ」
「わからない。だけど、セイが聖女様なら、フードを脱がないのは納得だな」
「ここ数日探し回ってるけど、全然セイに会えない。そういえば、どこに住んでるかも、家族が誰かも知らなかった」
セイが聖女様なら、神殿に住んでいるはずだ。そして、それを言えなかったのもわかる。けど……。
「本当に何も知らなかったなー、俺」
「そうだな」
翌日、神殿前広場は闇晴らしの儀式を見に来た人で、ごった返していた。
太鼓の音が鳴り響き、中から王と神殿の長、そして聖女様が出てくる。
人が多すぎて、広場に立つ場所はなく、足の力を使って屋根に登る。
だが、屋根の上からでは距離があってやっぱり聖女様の顔は見えない。
同じく足の力で登ってきている屋根の上の人たちをひょいひょいとかき分けて、屋根から屋根へ、そして神殿横に生えている蓮灯に飛び移る。
さすがに建物の屋根よりは近いから、聖女様の顔も見えた。
「わからん。セイに似てると言われれば似てる……か?」
セイと出会ったのは、一年位前。
バルケルの歌を聞き、ジェーダの歌を教えた。
時折パンの配達を一緒にやって、舟を見せた。
セイはいつも同じローブを着て、フードを目深にかぶっている。
声から女の子だってわかった。
口元とフードの下からちらっと見える目で、笑ってるいるのか、困っているのか、怒っているのかもわかった。
ただ、顔全体を見たことはない。
正直俺がセイを見つけられるのは、セイのそばにはいつも赤い帽子をかぶった白い鳥がいるからだ。
あの鳥がいない今、顔を曝した聖女様がセイだって確証は持てなかった。
王が聖女様が闇晴らしの儀式に入ることを宣言する。
これから儀式が終わるまで、誰も祈りの丘には入れない。
人々は熱心に神殿の中へと消えていく聖女様を見つめていたが、聖女様の姿が見えなくなり、その後王も退場すると、少しずつ人々は日常へと戻っていった。
蓮灯から降り、俺も舟に戻る。
結局セイが聖女様なのかはわからない。
そうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
だが、もう考えるのはやめだ。
聖女様だったとしても、そうでなくても、セイはセイだろ。
舟を浮かべてその中で横になる。
頭を空っぽにしてゆらゆら、波に揺れる。
どれだけ時間が経ったかわからない。
突然キーキーと高い声がした。
「見つけた! お前、勇者。お前、友達! 早く起きろ!」
「なんだ?」
起き上がり、足元に置いていたランタンを持ち上げる。
その瞬間ぶわっと白い何かが近づいてきた。
「おわっ!」
「お前、早く、早く!」
「セイの鳥じゃん。え? しゃべれんの!?」
すげぇ、この鳥しゃべれるのか! と感動していると、白い鳥が羽でバサバサと俺を叩いてきた。
「ばかお前、早く行く!」
「行くってセイのところか? なぁ鳥、よく聞け。セイは聖女様なんだろ? それなら今頃、儀式の真っ最中。国中の人がセイの儀式を待ってる。それに祈りの丘は誰も入れない」
「儀式、ダメ! お前、見えないのか? あれ、恐ろしい、黒い! あいつ死ぬ!」
鳥が空に向かって翼を指す。空が恐ろしいと、黒いと。
そう言われて空をじっと見る。
「わからん。いつもと一緒じゃね?」
「お前なら助けてくれると思ったのに! 俺様、俺様……もういい! 俺様だけ行く!」
「待てよ、鳥。俺も行く。恐ろしい、黒いは、よくわかんねーけど、出発前にセイとも話したかったし」
「鳥、言うなぁ! 俺様、チリー様だからぁぁぁ!」
「わかった、チリー行くぞ! 冒険の時間だ!」
チリーをポケットに入れ、岸とつないでいたロープをほどく。
ほどなく出港準備をしていたところにジェーダがやってきた。
「おーい、レネ! 何してる! 黙っていくつもりか!」
「ジェーダ! 悪いけど、その持っているランタン掲げて、祈りの丘まで海岸沿いに走ってくんない?」
「はぁぁ?」
「俺、セイに会いに行ってくる!」
ジェーダの持つランタンの光を見ながら、光から離れないよう舟をこぐ。
進水式で舟を浮かべてから、毎日のように浮かべた舟に乗っていたが、漕ぐのは初めてだ。
「ははっ! ちゃんと進んでる!」
陸地では仲間たちが合流したのか、ランタンの光が一つ、二つと増えていた。
「当たって砕けろー」とか「男見せろー」「攫っちゃ駄目よー」と全力で走っているくせに冗談ばかり聞こえる。
「何言ってんだ。あいつら」
ランタンの光が止まる。
あそこがきっと、祈りの丘のふもとだ。
そこから登れそうなところを探しながら、進んだ。
「あそこ! この上!」
ぶるぶると震えながら、ポケットの中からチリーが叫ぶので、速度を下げる。
「あの岩に括り付けられるか」
岩と陸地の間に舟を止め、先の尖った岩にロープを括り付ける。
舟は波にさらわれあっち、こっちに揺れているが、とりあえずロープはほどけなさそうだし、岩の隙間からも出られなさそうだ。
「うん、舟の停泊の仕方をもっと考えた方がいいかもしれない。こんな岩がある場所ばかりだとは限らないし」
暗闇の中、上るべき崖を見上げる。
幸い光苔が繁殖しているので、ランタンがなくともなんとなくぼんやりは崖の形が見える。
あそこ、手をかけられそうだな。
手ごろなとっかかりを見つけて、そこに向かってジャンプをする。
突然ビュンと上に飛び上がったからか、ポケットの中で「ぐわぁぁ」と声がした。
右手で掴み、左足で崖を蹴る。
ボロボロと崖の一部が落ち、ちょうど足が入るくらいの穴ができた。
よし、第一関門突破。
それから、右足でもう一度穴をあけ、少しずつ上に上る。
「なぁ、チリー。なんだかワクワクすんなっ!」
「ワクワク? お前、あれ見えてないからぁぁ。ワクワクしない! してる場合じゃない!」
崖を上って忍び込むとか、ちょっと面白い。
そう思ったが、チリーはポケットから少しだけ頭を出して、そんな場合じゃないと俺を恨めしそうに見た。
やっと崖を上り終わる。
「うわぁ。すっげぇ」
登り切った先には一面に光る花があった。
「これか、ルシフェイラ。俺の舟と同じ名前の花」
チリーがポケットの中でぶるぶる震えながら、「早く!」というので、丘の上にただ一つある建物に向かう。
扉には鍵がかかっていて開けられない。
中から悲鳴が聞こえた。
急いで足に力を込めて建物の上へ飛んだ。
建物には屋根があると思っていたが、ここは四方を高い塀で囲んだだけようだった。
聖女様はどこだろうと中を覗き込む。
すぐに見つかった。
ちょうどすぐ下で、何かを恐れるように腰を抜かし、足をバタバタさせている。
何してるんだ?
何に怖がってるんだ?
っていうか、聖女様はやっぱりセイなんだろうか。
儀式するって言ってたけど、これは儀式じゃないよな。
疑問が次から次へと湧いてくる。
その時。
「誰か……助けて」
下から今にも消え入りそうな声が聞こえた。
セイの声だ。
聞きたいことは山ほどあったはずなのに、それら全部忘れて反射的にセイの目の前に飛び降りる。
「わかった。俺に、任せろ」




