第25話 密談1
「いつ闇は晴れるんだろうな」
「陛下が近いとおっしゃったのだ。もうすぐだ」
息抜きに行った城外の公園から帰ると、二人の文官が空を見上げてそう話していた。光祭りが終わり、城の中の話題は聖女様一色だ。
誰もがふとした瞬間に外を眺め、闇が晴れる瞬間を待ち望む。
聖女様の評判はもう何年も前から良くなかった。
特にここ数年はひどいものだった。
その理由はもちろんこの晴れることのない闇だ。
実際に聖女様にお会いしたことがなくても、この国を包み込む闇をみればわかる。
今日も聖女様は闇を晴らしてくれなかったのだと。
神殿によれば、聖女様はまだ能力を発現できていないらしいが、城に勤めているものたちは、いや国民は、その見解を半分信じて、半分本当かと訝しんだ。
そしてその疑念は年々深まるばかり。
――聖女様は闇を晴らせないのではなく、闇を晴らす気がないのではないか?
そういう疑惑が人々の中に浸透してきた。
能力が発現するのは大抵六歳ごろ。今、聖女様は十二歳になられた。
六年も能力が発現しないなんて本当にあるだろうか。
闇を晴らしてしまえば、聖女の役割が無くなってしまうから、能力の出し惜しみをしているんじゃないだろうか。
今でも聖女様を無条件に信望している人たちもいるが、その割合は徐々に減ってきていた。
そんな時に行われた光祭り。
初めて知った天地創造の続きの話に、王の「悲願の時は近い」という言葉。
民はもう一度、聖女様を信じようと思い始めていた。
「アーロン王子戻られて早々ですが、授業を再開します」
「はい」
ほんのひと時の公園での休息を終えると、すぐに勉強が始まる。
僕は第一王子。しかも聖女の予言が正しければ、闇が晴れた後の国を治めることになる。
闇の中では自国内を移動することすら大変で、外交なんてものはなかった。
けれどこれからは違う。
聖女様が闇を晴らしたのなら、昔は交易があったという周辺国との関係も再開するだろう。
だから僕は人一倍努力しなければならない。
国が闇に包まれた時、多くの書物は失われた。ほんの少し明かりを灯すために、暖を取るために、生きて行く為に。
あの混乱の時期に、一部の人々は、自分の記憶を使って、書物を残そうと奮闘したという。
何度も何度も声に出し、すっかり暗記するまで読み続けた。
全ての本が無くなってしまう前に、一冊でも多く残すのだと。
人々が闇の生活に慣れ、能力が使えるようになり始めると、その役割はメモリーに引き継がれた。
一度読んだもの、見たもの、聞いたものは忘れない、記憶の力が増幅した彼らは先人が口伝えで必死に残してきた書物の記憶、それからこの国の記憶を、全て引き継いだ。
そんなメモリーの能力持ちが、僕の先生だ。
過去の書物の内容、過去の歴史はもうすっかり勉強し終え、今は王である父上や臣下たちが話し合う議題を、先生と話し合うのが勉強だ。
僕はまだ十歳だから、勉強という形をとっているが、あと二年もすれば今していることの延長が仕事になる。
メモリーである先生は言う。
「知識を知っているのは重要なことです。けれどもそれは、考えるための道具ができたに過ぎません。貴方は新時代の王となる方。大事なのはこの知識を使って、自らの考えを作りだすこと。つまり今、あるいは未来に直面する問題をこの知識を使ってどう解決するかが大事なのです」
今ミュンダーの国での大きな問題と言ったら一つしかない。
皆の寿命だ。
闇に包まれる前、人々は七十近くまで生きていた。
だが、今は五十も生きたら大往生と言われるくらいだ。
「やはり、原因は闇……。聖女様は本当に闇を晴らすことができないのだろうか。噂のように闇を晴らす能力があるというのに、隠しているとしたら許せない。なぜ父上たちは、聖女様にこの件を伝えないのだろうか」
闇のせいで寿命が縮んでいるという仮説は、城内でも一部のものしか知らない。
民の暴動が起きぬよう情報統制をとっているのは分かるが、実際に闇を晴らす聖女には話してもいいのではないかと先生と僕は思っていた。
夜になるまで先生と様々な議題で話し合う。
新時代の王と期待されている僕は、本当に人一倍忙しい。
夕食後聖女様と会った時のことを思い出す。
光祭りの後の食事会で聖女様は言っていた。
――毎朝、毎晩ずっとお祈りしております
これを聞いて、父上はなぜかショックを受けたような顔をしていたが、僕が感じたのはもっと単純なことだ。
朝と晩だけ?
僕は朝から晩まで勉強漬けだ。
国民の寿命がどんどん短くなっていっているというのに、なんてのんきなんだろう。
そう思った。
そして、今日。
公園で出会った。
少しの休憩時間に公園で寝転んですごしていると、倒れていると思ったのか「大丈夫ですか」と声をかけてきた。
おそらく顔色を見ようと思ったのだろう。
フードを被っていて傍からはよく見えなかったが、覗き込まれた顔は先日お会いした聖女様の顔そのもので、よくよく見れば、ランタンの光に当たってフードの奥に金色の髪が見えた。
何を呑気に遊んでいるんだと思った。
聖女様は眼鏡をかけて変装した僕が王子アーロンだとはわからなかったらしい。
分かっていないのならと、こちらもわかっていないふりをして聞いて見た。
仕事は良いのか、そう聞くと、彼女は少しして、仕事はまだないと答えた。
その言葉の意味を僕は必死に考える。
先日言っていた祈りは仕事ではないのだろうか。
いや、もし噂が本当で闇を晴らす方法がありながら、闇を晴らさずにいるとしたら、祈りはフェイク。何の意味もないことになる。
まさかそんな……。寿命の件を知らないとしても、この国の人がどれだけ光を切望しているか知っているだろうに。
聖女様について考えれば考えるほど、どうにかしなくてはならないという思いが湧き上がる。
だが、僕はまだ十歳。
仕事ができる年ではない。だからまずは父上に。
父上に話を聞いてもらおう。もしかしたら、僕が思いもつかないような背景があるのかもしれない。




