第20話 街歩き
輝教を知って、勇者と聖女の間を揺らぐ日々。
相変わらず私は毎日欠かさず闇が晴れるように天に祈り、毎日欠かさずトマス特製の訓練道具を身につけ走った。
聖女なんてやめちゃえばいい! と決意して行動してきたはずなのに、未だ何も変わらない状況。私は何をしたいんだろう。
少し変わったこともある。
時折お忍びで神殿を抜け出ていることだ。
私が勝手に抜け出しているわけではなく、アスラや護衛を連れて街に出ている。
つまり神殿公認だ。
「お嬢様。あちらに列ができているのは、今大流行しているチュロスという食べ物を売る屋台ですよ」
アスラが指差す方にはランタンの灯りが点々と列をなしている。
近くに来てみると甘い香り。
あぁ、この香りだけでわかる。
これはきっと美味しい。
「お嬢様、試してみますか?」
お忍びの間アスラは私のことをお嬢様と呼ぶ。
神殿の時には何も不思議には思わなかった。
ずっとずっと聖女様と呼ばれていたから、そんなものだと思っていた。
でも、街に出てきたら違和感がすごい。
いつも勝手に抜け出している時はセイと呼ばれているからかもしれない。
私、名前がないなぁ。
「お嬢様?」
返事もせず、黙り込んでしまった私に気がついてアスラが私を覗き込む。
「ごめん、考えごとしちゃってた。チュロス、食べてみたいな」
今日の私は、アスラが新たに作ってくれたローブの下にさらに黒いニットな帽子をかぶっている。これなら万が一フードが脱げても私が聖女だとわからないだろう。
ランタンを持つ人たちがたくさんいる列にだって心配なく並べる。
バルケル様の歌を聴きにいくときも、ニット帽とフードの二重にすればよかったな。
並んでいる間はアスラが色々と教えてくれる。
銅貨が百枚で銀貨一枚分だとか、銀貨や金貨はほとんどのお店では使えないこととか。
仕事を斡旋するギルドというところがあるとか。
そういえば最近アスラは私に色んなことを教えてくれる。
縫い物の基礎や足し算、引き算。マナーについても。
アスラが独断で教えると決めたわけじゃないだろう。絶対ジジ様の了承があったはず。
ジジ様は私にそれらの技能が必要ないと知っているのに、反対しなかったんだろうか。
並んでいた列が進み、私たちの番になる。
「チュロスを三つ下さい」
「三つね! ジャムの味はどうする? おすすめはこれ。チュロス一つ銅貨四枚、ジャムのトッピングはプラス銅貨一枚だよ」
アスラがジャムを選ぶ。私も選んだ。
護衛のサムは自分の分も含まれていることに驚きつつ、ジャムなしのそのままの味がいいと言った。
つまり……銅貨四枚のチュロスは三本、銅貨一枚のジャムが二人分。
右手と左手を使いながら、1、2、3……と数えていく。
「えっと、これでお願いします」
十四枚の銅貨をお店の女性に渡す。女性が銅貨を数え、ニコッと笑った。
「毎度あり!」
「はい、チュロス三本、ジャム二つだ。嬢ちゃんチュロス初めてか? 食べると幸せになるチュロスだ。気に入ってくれたらまたおいで」
もう一人の男性店員がチュロスを渡しながら言う。
「幸せになるチュロス?」
「あぁ、美味しいは幸せさ!」
男性の言葉に大きく頷く。
美味しいは幸せ。その通りだ。ジジ様から聖女の本当の役目を聞いたあの日、絶望から立ち直ったのは美味しい美味しいスコーンだった。
美味しいは幸せ、間違いない!
自分で買ったチュロスは本当に美味しくて、幸せな気持ちになった。
「ん〜! ジジ様の分も買えばよかった。ねぇアスラ、もう一回ならんでいい? 持って帰りたい!」
「では、帰りにもう一度寄りましょうね」
美味しい。本当に美味しいは幸せだ。なんかどこかで聞いたことのある言葉な気がするけれど、どこで聞いたんだっけ。
ニコニコ顔で、次に向かうのは洋服屋だ。
「どんなものをお探しで?」
お店の人が言う。
お店の中央には大きなテーブルと鏡があるが、洋服は一枚もない。ここ、洋服屋じゃなかった?
「お嬢様にあうワンピースを」
そうアスラが言うと、お店の人が奥へ入りワンピースを数着持ってきた。
大きなテーブルに並べられたワンピースは、ろうそくの光に照らされてよく見えた。
どれも白っぽいワンピースで、違いはスカート丈の長さとゆったりしているか、体のラインに沿う形をしているかくらいだ。
「他にも欲しい商品は私に言ってくださいね。ここでないとよく商品が見えないでしょうから」
そう言って店員は奥へ下がる。
私が神殿で着ている服も白っぽいワンピースだが、胸元や手首に刺繍が施してある。
ここの服は違うんだなぁと思っていたら、店員が奥に下がっている間にアスラが小声で教えてくれた。
ミュンダーは闇に包まれた暗い国だ。灯りは背が高く、頭上から道を照らしてくれる蓮灯の下か室内のろうそくの灯りくらいだ。
だから、刺繍なんてあっても見えない。
刺繍が付いていたのは、私が曲がりなりにも聖女だからだったらしい。
アスラと二人で鏡の前でワンピースを体に当ててみて、ゆったりした形のワンピースを買うことにした。
神殿から逃げ出すときは、このワンピースを着ることにしよう。
「小物も見ますか?」
そうアスラが声をかけてくれた時、ある一つのアイデアが思い浮かんだ。
いつもお世話になっているジジ様とアスラにプレゼントを贈ろうと思ったのだ。
まぁ、お金は自分で稼いだお金ではないけれど、それは仕方ない。
私はいつかこの神殿から逃げ出すのだ。
だから、その前に良くしてくれた二人には感謝の気持ちを込めて何かを贈るのはとてもいいことだと思った。
お店の人が再び奥へ入り、ハンカチやポーチ、マフラーや手袋など小物をたくさん持ってテーブルに並べてくれた。
所狭しと並ぶ小物を見て、このポーチはアスラに、ジジ様はハンカチがいいかなとウキウキした気持ちで選んでいた時だった。
不意にジジ様の言葉が頭によみがえる。
――……もう名前を付けていたのですか。それは……寂しいですね。
それはチリーが出て行った時にジジ様が言ったことだ。
なんでこのタイミングで思い出したんだろう。
思い出した途端に泣きたくなった。
ジジ様がこの言葉を言った意味が唐突にわかったからだ。
この言葉を言われた時は、チリーがいなくなって傷心の私を気遣った言葉としか思っていなかった。
「お嬢様? 何か欲しいものはありました?」
アスラの言葉に思考が途切れる。
ダメだ。形に残るものをあげるのは止めにしよう。
「ううん、また今度にする」
泣きたくなる気持ちを何とかなだめて、そう言った。




