第18話 輝教
ドス、ドス、ドス。
今日も祈りの間を走っている。
「遅いぞ! トマスに負けるな! まだまだやれる! 背中曲がってる! 目指せ勇者! 負けるな勇者!」
チリーの激励が飛ぶが、私の足は一向に速くならない。
それは、昨日見張り番トマスにもらったトマス特製の訓練道具のせいだ。
レネから限界を越えろと言われて、奮闘していた最近はなんとか八本走ることができるようになったのだが、今日は四本を走り終わったところで足が止まりかけ、それでも意地で五本目を走り始めた直後にすっころんだ。
ごろりと転がり仰向けになる。
「はぁっ、はぁっ。む、無理~」
「まだ! まだたったの五本! これじゃ勇者なれない!」
そうチリーが言うが私の体は一向に動かない。
チリーもこれは無理だと思ったのか、タオルを咥えて私の傍に舞い降りてきた。
「ありがと」
タオルを受け取ろうと手を伸ばす。手が……重い。
今日私の手首と足首には見慣れぬ革の輪が付いている。
結構太い輪っかの中には石がたくさん入っていて、全身がなかなかに重い。
強くなりたいと言った私にトマスはまずは体力づくりと言って、走ることを勧めたのだが、毎日毎日走り続けていることを知り、この重い輪っかをプレゼントしてくれた。
これをつけて走れば、体力と筋力が付いて一石二鳥だぞと言って。
レネに限界を越えろと言われ、ジェーダとバルケル様の歌を聞きにいって、私はより覚悟を決めた。
勇者を目指すと決めた。あとは勇者になるために頑張るだけだと。
と言っても現状は走るくらいしか思いつかなくて、毎日朝も昼も夜も走り続けている。
ジェーダとバルケル様の歌を聞きに行ったあの日からもう三か月が経っていた。
人助けも継続している。
毎日毎日困っている人がいるわけではないけれど、朝走って朝食を食べた後に、昼までぶらりと町を散歩して、困っている人を見つけたら手を貸すようにしている。
まぁ、勇者のように誰かが襲われているところを助ける……なんて大きな出来事はない。
落とした果物を一緒に拾ってあげるとか、そんな程度のことだけれど、困っていたら助けると決めたから、助ける。
声をかけるのは、初めより抵抗がなくなったとは言え、まだまだ勇気がいる。
だけど決めたら、やる。それだけだ。と言い聞かせて「大丈夫ですか」と声をかける。
何にもない日もある。
というか何にもない日の方が多い。
今日も朝食を食べてから、神殿を抜け出してきた。
困っている人がいないかときょろきょろしながら街を歩く。ただ今日はトマス特製の重りをつけて歩いているので、散歩もすごくきつい。
だけど、これも勇者になるため。
私はずっと神殿の祈ることしかしてなかったから、体力も筋力もない。
人一倍頑張らなくては勇者になんてなれない。
勇者……でなくても、人助けの先輩がいればなぁ。
弟子入りして、勇者の極意を教えてもらいたい。
「闇の中にいるあなた。もう大丈夫です。私たち輝教が、光を見せましょう」
困っている人はいないかなとキョロキョロしながら歩いていると雑踏の中からそんな声が聞こえた。
え? 光?
私にできないことをしてくれている人がいる!
この人こそ私の人助けの師匠にぴったりなのではないだろうか。
声の主に一歩踏み出そうとした時。
トンと肩を叩かれた。
後ろを向くと、久しぶりに会ったレネが眉間に皺を寄せている。
「ちょっと来い」
普段からジェーダのような丁寧な言葉遣いではないものの、今日のレネはなんだかいつもより強引だ。
レネに手を引かれ、レネの家に来た。
二人で家に入り、カチリ鍵をかける。
「輝教にはかかわらない方がいい」
「え?」
「絶対にだぞ」
レネが私の両手を掴みながら、静かに、けれども強い言葉で言う。
驚きのあまり、「わ、わかったわよ」と言ったところでレネの緊迫した空気がほぐれた。
光を見せるってあの人は言っていた。
本当は聖女である私は闇を晴らして光を取り戻すのが役目だ。
闇を晴らして光を取り戻すことこそ、みんなの望みだと思っていたのに、レネの話ぶりだとまるで悪いことのようだ。
「ねぇ、輝教って何なの?」
「光を見せるって言ってるけど、それは死んだ後の話。輝教が崇める光の神を信じて徳を積めば、死後は光の国で過ごせるってさ。さらに徳を積むために必要なお金がバカ高い」
レネははぁっとため息をつきながら、家の端に積み上がったりんごを手に取り、一つを私に投げてよこす。
それから自分はくたびれたソファにごろりと横になり、つぶやいた。
「聖女様だってまだ生きているんだから、信じて待てばいいのにな」
結局、輝教ができたのも私が聖女の役目を果たせていないから。
お金を巻き上げる悪い集団なのか、純粋に光を求めて信仰しているのかはわからない。
けれど信じている人がいるってことは、それだけ光を求めているってことだ。
聖女をやめて、勇者になると決めたけど、本当にいいのだろうか。
「だいたい闇が晴らせなくても、光がないってだけじゃん? 闇の中だろうとみんな平和で幸せに暮らしているってのにさ」
「そうだね」
レネに形だけ相槌を打つけれど私の心は沈んでいる。
やっぱり、光は欲しいよね……。




