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名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません  作者: 南の月
第一章 闇の国

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第16話 聖騎士からの逃亡

それから何軒か家を回り、レネは売り上げをパン屋に届け、ジェーダの所に着いた。今日は私の他にも何人かの人が集まっている。

ジェーダが箱を叩き始める。

徐々に速く、激しく。普通に座っていたジェーダもスピードが上がるにつれ、前かがみになり顔も苦しそうだ。

まだだ。まだ続くの? もっと速く⁉

私だけではない。

他に集まった人たちも瞬きする間も、息する間も忘れてしまう位ジェーダを見つめる。

ジェーダがしているのは、リズムをつけて箱を叩く。ただそれだけだ。

けれど、スピードが上がるにつれ、激しさを増すにつれ、なんだか心が震えた。

ただ箱を叩いているだけなのだけど、私にはジェーダが叫んでいるように見えた。

そしてまた……ゆったりとしたペースに戻り、ようやく歌い始める。


ジェーダの演奏を聞くまで頭に渦巻いていたレネの言葉や憤りも激しい叫びを聞いてどこかへ行ってしまった。

心に残ったのは、なんだかすごいことが始まるぞというただの気持ちの高ぶりだ。

歌が終わる。

あぁ、今日もジェーダの歌は私の気持ちを前へ進ませる。

よし! 決めた。

限界超えられる勇者になってやる。

私は何も知らない。それは事実。でもいい。ここからだ。ここから、今から知ればそれでいい。まずは、かえって走り込みだ。

そう決意を新たにしている時。


「聖騎士がくるぞ!」


先に帰っていった観客の人がそう言いながら、走って戻ってきた。


「皆、解散だ!」


ジェーダや他の観客がバラバラになって走っていく。


「セイ、こっちだ」


レネの声が聞こえると同時に、レネが手を引いて走り始める。


「ねぇっ! 待って、待ってよレネ。なんで私たち逃げているの?」

「しっ! 話はあと」


レネは手をつないだまま、路地に入り、右へ左へと曲がりながら早足でかけていく。

そうして一つの大きな建物の前できょろきょろと辺りを見渡し、鍵を開け、中に入る。


「ねぇ、ここどこなの?」


静かにと言われたので、小さな声で問いかける。


「ここは俺の家。もう大丈夫。今灯りを付けるからちょっと待ってて」


レネが答える。

家? ここが? 私はまだ町に出て日は浅いけれど、ここは家に見えなかった。

家と言うよりは倉庫のような……。

レネが火を灯し、室内を明るくする。


「え? なにこれ?」


そこには中が少しくり抜かれた一本の大きな木が横たわっていた。レネは木の前で手を広げて言う。


「そっ。これは俺の宝、そして俺の夢。俺は冒険家になりたいんだ。少ない稼ぎを貯めてさ。木を買って、やっとここまでできた俺の舟。すげぇだろ」


舟に手をつき、レネは目をキラキラさせて話す。

すごいな、レネ。夢に向かって進んでいる。

その姿は確かに、ジェーダの歌に出てくる勇者や冒険家のようだった。


「レネ、冒険家ってジェーダの歌に出てくるあの冒険家? でもあの冒険家は闇時前の話で、今は……」

「あぁ、今は誰もいない。でも、ちょっと前はいたんだぜ。数は少ないけれど、この闇の外に出ようっていう冒険家が」

「でも、なんで今はいないの?」

「ほら、聖女様が生まれちゃっただろ?」


突然聖女の話題になり、心臓が跳ねる。

私が生まれたことと冒険家がいなくなったこと何が関係しているの?


「冒険はさ、命がけ。特に闇に包まれた後に出て行った冒険家たちは、誰一人として戻ってきていない。だからさ。聖女様が闇を晴らすんなら今わざわざ無謀な冒険しなくてもいいってこと」


ドキドキ、ドキドキ心臓の音が聞こえる。

ということは、レネも闇のなくなった後に冒険しようと準備しているのだろう。

私は、私は聖女をやめる。

闇を晴らせなくても、勇者のように強くなって人々を助けよう、それでいいだろうと思っていた。

でも、私が聖女を辞めたら、レネの夢はつぶれるんだ。


「で、でもさ。それなら冒険家って難しいんじゃない。聖女様ってずっと闇を晴らせてないじゃない? レネ、冒険できるのいつになるかわからないわよ」


若干震えた声でレネに言う。

私が聖女だと名乗りもせず、聖女は闇を晴らす気がないと言いもせず、保身のようにレネの夢をあきらめさせようとするなんて、私、最悪だ。


「セイ、それは違う。俺の夢に聖女様は関係ない。闇の中だろうと外だろうと俺は行くんだ。もう決めたんだ」


そう言うと、レネは舟に入り、「セイも乗ってみろよ!」と叫ぶ。

言われた通り、レネと一緒に舟に乗る。一本の木をくり抜いて作ったこの舟は、私とレネが乗るともうあと一人くらいしか乗れない小さな舟だ。


――闇の中だろうと外だろうと俺は行くんだ。もう決めたんだ


「まだこの辺のくり抜きができてない」などというレネの説明を聞いていると、再びレネの言葉が頭の中を駆け巡った。

あぁ、すごいな。レネ、勇者みたいだ。


「なんで」


私の口から言葉が漏れる。


「え?」

「ううん、なんでもない」


なんで……なんで、レネも勇者も、冒険家もみんなそんな風に言えるのだろう。

できるかどうかわからないのに、どうしてそんな自信たっぷりに言えるの?

私は、勇者になりたい。

別に歴史に名を残すとかそういうのはどうでもいいけれど、聖女として役に立てないのなら、勇者のように人を助ける人でありたいと思う。

それでも、どうしても私は困った人を助けるのにも迷ってしまう。

声をかけたら邪魔ではないだろうか、私なんかに助けることができるだろうかと悩んで、なかなか声をかけられない。


でも勇者も冒険家も、そしてレネも違う。

勇者は助けると言ったら助けるし、冒険家は行くと言ったら行くのだ。

そして、レネも。


――俺の夢に聖女様は関係ない。闇の中だろうと外だろうと俺は行くんだ。


なんでそんな風に言い切れるんだろう。


「レネ、セイ。逃げきれましたね」


背後から声が聞こえた。

振り返れば、入り口からちょうどジェーダが入ってくるところだった。

その言葉で思い出す。


「ねぇ、なんで聖騎士から逃げたの? まさか、ジェーダの歌を聞くのって悪い事なの?」

「悪いってわけじゃないんですけどね。せっかくの歌の後にお小言もらったら嫌でしょう」

「お小言?」


よくわからず首をかしげると、レネがたまらず横から口を挟む。


「歌を聞いて、セイや俺みたいに勇者や冒険家に憧れてほしくないんだろ」


目指してほしくない? なんで? 勇者って目指してはダメなことなのだろうか。

勇者になろうと決心したことを咎められた気がして、眉間にしわが寄る。


「仕方ないんですよ。闇に覆われてから出て行った冒険家たちは、皆腕に自信がある者たちでした。希少な能力の者もいたようです。それでも、未だにこの国は闇に包まれているし、皆帰ってこなかった」


怪物のいない平和な国だからこそ、勇者を目指す人もまた闇を切り裂き、光を取り戻そうと海に乗り出したそうだ。俺が闇を取っ払ってやると言って。

そして誰も戻ってはこなかった。


「いつか聖女様が闇を晴らしてくれるはずですから、これ以上闇の外へ行く人を出したくないんだと思います。私もそれは分かるんですけど、このまま勇者や冒険家の歌が廃れるのも嫌ですから、ひっそり歌っているというわけです」


ジェーダが悲しそうに言う。

私が聖女の役目をはたしていないから……。

なんだか胸が重苦しい。


「そうだ。セイ、今度私とバルケルの歌を聞きに行ってくれませんか」

「バルケルより、ジェーダの歌の方が絶対いいぞ」


ジェーダはレネの言葉に首を横に振る。


「いえ、今まで勇気がなくて聞きにいけませんでしたが、今一番の詩人はバルケルです。私も勉強のために聞いてみなくては。女性ばかりと聞いたので、付いてきてくれると嬉しいのですが」


こくりと頷く。

それからレネの舟のくり抜き作業を少し手伝って、レネと二人でミトさんのところへ戻った。

胸に重苦しいものがのしかかったまま。

私が聖女の役目を果たせていたら、二人の夢はもっと叶うものなのに、私は聖女を無責任にもやめようとしている。

ごめんね。レネ、ジェーダ。


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