第15話 甘い考え
翌日も私は、神殿を抜け出そうと部屋を出る。
重い足を引きずりながら。
昨日おじいちゃんが聖騎士に詰め寄っている場面を見たからか少し気が重い。
「はぁ~」
「どうした?」
「わぁっ! トマスさん⁉」
いつの間にか裏口についていたようで裏口の見張り番トマスが声をかけてきた。
トマスとは最近随分慣れてきて、「お、やっと暖かそうな服装になったな」と言われれば「そうなの。いいでしょ!」などと何気ない会話をするようになっていた。
あの時トマスは、新しいブーツやローブを見て「あぁ、これで安心だな」と笑っていた。
「悩み事か?」
そんなトマスが心配そうな顔で聞いてくる。
何か話さなければと思うものの、今の私は聖女とはわからないようフードを深くかぶっているから、正直に町で見た光景を話すわけにはいかない。
「うん、強くなりたくて」
「なんで?」
「私が……弱虫だから」
町での光景を説明せずに話そうとしたら、すごくシンプルな答えになってしまった。でも、強くなりたいのは本当だ。
ジェーダの歌を聞いて、実際に人助けをして気づいたことがある。
人を助ける勇者になるには強さが必要だって。
それは、重いものを持てるから。
それは、道案内をするにも長く歩ける体力がいるから。
それは、怪物を倒せるから。
それに何より、強いから手を差し伸べる勇気が出る。
もしかしたら強さだけではないかもしれないけれど、手を差し伸べる勇気を出すには余裕がいるのだと思う。
自分より強い怪物を前にした時、人々を背に戦おうと思えるのは、守りたいという気持ちもあるだろうが、やっぱり強いからだと思う。
手も足も出ないとわかっている相手なら、きっと足がすくむ。
私は、勇者のそんな勇気を持てるようになりたかった。
「それなら、まずは走り込みだな。何事も体力だ。体力がなければ、剣を振り続けることもできんからな」
走り込み……。
それなら一人でできるかも。
それに、走るのにいい場所も知っている。
「ありがとう!」
トマスに礼を言った後、そのまま踵を返し、朝行ったばかりの祈りの間へ行く。
祈りの間へ行くまでの長い廊下は一本道だ。
その廊下を使うのはジジ様と私だけ。
しかも朝と夜の祈りの時間だけだ。
つまり、ここは走るにちょうどいい。
祈りの間へ向かう廊下へのドアを閉め、息を深く吸う。
よし、まずは一本! 祈りの間の廊下の端から端まで全速力で走り抜けた。
肩に乗っていたチリーが驚いて飛び立つ。
「急に走るの危ない! 俺様落ちるところだった」
廊下の端まで走った私の許へチリーが飛んできた。
私はというとたった一回走っただけなのに、息ははぁはぁと荒く、とても疲れた。
「勇者の為に、鍛えてる?」
「そう、チリーも応援してくれる?」
「確かに。お前力ない、体力ない。勇者らしくない。鍛えるの必要! 俺様がビシバシ鍛えてやる。チリーに任せて!」
チリーと話しながら少し休んでも一本。
そして少しがくがくする足を励まし、もう一本。
三本走ったところで、私は廊下に座り込んだ。
息が、すえない。頭もいたい。
たった三本走っただけなのに、本当にきつい。
「まだ三回しか走っていない! だいじょぶ! お前、まだやれる!」
さっきの私のお願いを聞いて、チリーが応援してくれるけれど……いや、今日はもう無理!
少し経ってようやく息が整ってから、今日はもう無理だとチリーには言ったけれど、チリーは「いや、まだまだこれから! 勇者ならもうちょっとがんばれ!」などと言ってくる。
なかなか厳しい。結局、フラフラになりながらもう一本走って、よろよろと部屋に戻った。
それから私の日課が一つ加わった。
朝少し早く起きて、祈りの間への廊下を三本走って朝のお祈りをする。
帰りも同様に三本走る。
夜もまた祈りの時間より早く行き、走る。
ジジ様とアスラは急に走り始めた私に目を丸くしている。
アスラには祈っているだけで闇は晴れないから、体を鍛えたら力も発現するようになるかもしれないと説明した。
アスラはその理由を聞いて、感激していたけれど、少し心が痛い。
祈りなど必要ないことだと知っているジジ様には何と言われるだろうかと内心ドキドキしていたけれど、予想に反してジジ様はそれについて何も触れなかった。
「おはよう、トマス!」
「おぉ、おはよう。今日も走ったんか?」
「ばっちり! それに、今日はなんと四本走れたの‼」
トマスと話すことも増えた。
走ったかどうかという点しか話さないけれど、一人トレーニングを応援してくれているトマスと話すと明日も頑張ろうとやる気になる。
誰かが自分の頑張りを知っているというのは、すごく励みなんだなぁとしみじみ思う。
バルケル様の歌に出てくる女の子たちは、最初辛い状況の中たった一人で頑張っている。
でもあの状況で、誰かが「いつも頑張ってえらいな」とその頑張りを見ていてくれたら、彼女たちにとってどんなに励みになったことだろう。
「いい感じだな。毎日続けているだけですごいことだと思うぞ」
トマスと別れて外へ出たら、次はスープ屋のミトさんの所だ。
「ミトさーん!」
駆け寄っていったスープ屋には、今日はちょうどレネが来ていた。
「セイじゃん! 久しぶり」
それからレネは、行く? と親指で道のむこうを指し示す。
「行く!」
「配達もしなきゃなんねぇけどな!」
そう言って私たちは歩き出す。レネはパンとスープが入った籠を背負って。
「セイ、なんかいいことあった?」
レネがそんなことを言うので、実はと切り出す。
「レネ、あの日ジェーダの所に連れて行ってくれてありがとう。なんか、こんなこと言うのは何だけどさ、私もジェーダの歌に出てくるような勇者みたいになりたいって思って……」
「えー! いいじゃん、いいじゃん。それで?」
私の言葉を遮って、レネがハイテンションで返事する。
「勇者って、人を助けるでしょ? でも、私には力も何もない。だから、走ることにした。とりあえず体力つけようと思ってさ」
「やるねー。一歩踏み出したじゃん! で、どんだけ走ってんの?」
「長い廊下を四往復!」
「すっくな! まぁ徐々に、だな。で、今日も走ったのか?」
まあねと頷くと、レネは笑顔でやる気あるじゃんと笑った。
「でも、まだ足りないな」
ニヤッと笑ってレネがこっちを向く。
「わかってるって、少ないのは。これから体力上げていくんだもの。今はこれで限界」
「チッチッチッ。分かってないな、セイ。このままいけば、セイの体力はつくと思う。もしかしたらそれで他の人も助けられるかもしれない。けど、勇者は無理だ」
人差し指を左右に振って、レネが私の頑張りを否定する。
その言葉にちょっとカチンときて、スピードを上げてレネの前に回り込む。
「勇者が無理ってどういうことよ?」
「セイはさ、走った後どうした? 少し休んだら動けるようになって、だから今ここにいるんじゃないか?」
言われた通りだった。
走ってへとへとになった。息もあがって、足も痛くて、辛くて、限界だった。
でも、あの廊下から部屋へは自分の足で帰ったし、こうして抜け出す元気はある。
「ジェーダの歌に出てくる勇者はさ、みんなを助ける人で、誰もが敵わない怪物を倒せるすごい奴だろ? そういう奴はすごい奴なんだ。特別さ。で、俺らの周りにも優しい人はいるよな、強い人だっているよな。そういう人たちと特別は何が違うかっていうと、限界を突き抜けられるところなんだよ。普通の人が、これくらいでいいだろうと言うところを全力で、これ以上は無理ってところだって、まだまだぁ! と挑む」
特別と普通の違い……。
レネが言うことはよくわかった。
でも、それと私の訓練にどう関係があるの? 少ないって言いたいのだったら、それは仕方ない。
だって最初は誰にだってあるでしょ?
「俺が思うに勇者が限界を突破できるのは、いつも限界まで出し切っているからだと思う。これくらいでいいかと思ったら、いつだってそれくらいなんだよ。だからセイ、勇者を目指すと決めたなら、練習だろうと出し切れ! へっとへとで足がもつれて倒れ込むくらい限界まで走ってみろよ。いつも限界近くまで出し切ってないと、いざという時に限界を越えるなんて無理だぜ」
配達する家に着いたらしく、レネはそう言い残して家のドアをノックする。
私はレネには付いて行かずに、家の前で待つ。
――いつも限界近くまで出し切ってないと、いざという時に限界を越えるなんて無理だぜ
レネの言葉が頭の中をぐるぐる回っていく。
悔しい。むかつく。すっごくムカムカする!
レネに言われた言葉にも、少し走り始めたからって調子に乗っていた自分にも。
あー、やっぱり私って考え甘いんだろうなぁ。何も知らなすぎる。




