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名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません  作者: 南の月
第一章 闇の国

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第11話 そうだ、勇者になろう

「お、いたいた! ジェーダ! 観客連れてきたぞー」


レネがかがり火に向かって話をする。

二人でかがり火の方へ向かうと、一人の男性が木の箱に座っていた。

男性は、私を見ると座っている箱を叩き始める。


タカタタッカタ、タランタ、タカタタッカタ、タランタ、タカタタカタタカタ……。

段々早くなっていく手の動きに目が離せない。

スピードが上がるにつれて、男性もだんだん前かがみになってきて、最後の音を聞いた時には、自然と拍手をしていた。

すると、彼はにこりと笑い、まるでここに多くの人がいるようにぐるりと周囲を見渡した。


「初めましてのお客様も、そうでないお客様も。初めましてジェーダでございます。本日私が歌いますのは、このミュンダーの国から旅立った冒険家たちの話。荒波を越え、空飛ぶ魚を捕まえ、巨大な……おっと、ここから先を話すのは止めておきましょう。それではいきましょう。いざ、冒険の世界へ」


立ったままジェーダを見つめていた私の肩をトントンとレネが叩いた。

見ればどこからかジェーダと同じ木の箱を持ってきている。

二人でその箱に座り、ジェーダが歌うのを待った。

タン、タン、タン。タン、タン、タン。

挨拶前に叩いていたリズムとは打って変わって、ジェーダがゆっくりと箱を叩き始める。


―――闇が覆う前の事 新たな世界見てみんと 船に乗った男たち 嘆き悲しむ親置いて 未知なる旅に出立つは 抑えきれぬ心故。


ジェーダの叩く箱の音とジェーダの声がザザーン、ザパーンという音と混じっていく。

ジェーダが歌った歌は、勇者の歌ではなかったけれど、少しレネが言っていたことがわかった気がした。

海へと繰り出した冒険家たちは、冒険したいという、新しい世界を見てみたいと自分の意志で旅立つことを決め、己の力を高め、進んでいく。

時には困難にぶつかるけれど、その時持てるものすべてを使って、対処する。

その度に彼らは強くなり、成長していく。

彼らの船が助けを待つことはない。

進んでいく。少しでも先へ。

歌が終わり、レネがピィっと指笛を鳴らした。

「最高だぜ、ジェーダ! あー俺も早く冒険してぇなー!」と叫んだところで、レネは私がいたことを思い出したようで、突然こちらに期待一杯の顔を近づけた。


「セイ! どうだった? ってか、ごめん。今日勇者じゃなかったな。でも良かっただろ? な? な!」

「初めてのお客様に詰め寄るんじゃない。だいたいレネ、無理やり連れて来てないだろうね?」


いつの間にかジェーダが私たちの方にやってきて、レネの頭をはたく。

レネの頭がガクンと下がった。

結構強い力だったのではないかとぎょっとしながら、レネの心配をしていると、ジェーダが流れるように私の手を取った。


「レネがすみません。でも、聞きに来てくれてありがとうございます。今話題のバルケルと違って、ここはこんな感じですから。お嬢さんが聞いてくれてとても嬉しかったです。これに懲りず、是非聞きに来てくださいね」


ニコリと笑うジェーダと「いってぇな」と頭をさするレネ。

あぁ、本当に仲が良いんだな。


「あの、面白かったです。レネが言っていましたけど、なんだか私も……私なんかが冒険できるわけないんですけど、それでも『よし、私も行こう!』って謎の勇気が出てくるっていうかなんというか……」

「本当に⁉」


二人の声が被った。


「ほらな! ジェーダ、俺言ったじゃん。こんな時代でもお前の歌を好きな人だっているって」

「あぁ。そうだ! 時間は大丈夫ですか? 気に入ったならぜひもう一曲聞いて行ってください。さっきのレネの口ぶりだと勇者の歌を聞きに来てくれたんでしょう?」


そう言ってジェーダはさっさとかがり火の下に戻っていった。

早速タン、タン、タンと木の箱を鳴らし始める。

何度も歌った歌のようで、今回は興奮冷めやらぬレネも一緒だ。

チリーも楽しそうに二人の周りを飛び回っている。

勇者が旅の途中で出合う怪物を倒すと、ジェーダの歌は途切れ、そのまま二人の奏でるリズムは激しくなった。

時折ピィッと指笛を鳴らしたり、タカタカタカタカとリズムが変わったり。

口の端を上げながら、箱を叩く二人は随分楽しそうだ。

それを眺めながらふと思う。友達ってこういう感じなのかな。


「セイも一緒に!」


突然レネに振られた。


「え! 私も?」


レネは視線でよく見とけよと言ってくる。

タカタカとレネが叩き、私をびっと指さす。

やってみなということかと思い、恐る恐る真似をして叩く。

すると次はジェーダがタカタカタン、だから私も一緒にタカタカタン。

そうやって真似しているうちに、レネとジェーダ、私の音が合わさっていく。

最後の方は三人で同じリズムを刻み、皆笑顔で演奏が終わった。

何だろう、なんだかすごく……楽しい!


高揚した気分で神殿に戻る。

行きは足が棒のようだったというのに、帰りは足に羽が生えたように軽かった。

帰り道が分からないので、行き同様レネに送ってもらうが、帰りはずっとしゃべりっぱなしだった。


「あの怪物は俺とジェーダで昔考えたんだぜ。行きに話した長老の話で英雄の話があってさ。それを聞いた日には、俺とジェーダはずっと俺ならこう倒す! と倒し方を議論したり、俺が考えた最強の敵っていうのを二人で真剣に語り合ったりしたんだ」


長老から聞いたたくさんの歴史、物語、知識で二人は遊び、そうしていくうちにジェーダは詩人を目指すようになったそうだ。


「レネ、連れてきてくれてありがとう」

「いいって。俺がジェーダをもっとみんなに知ってもらいたいだけだし」


きっとレネは分かってない。今日この勇者の歌との出会いが、私の希望になったことを。

いつものように裏口から部屋に戻る。

部屋の扉に手をかけたところで「聖女様?」と声をかけられた。

アスラだった。

無言で私の手を握り、小さく息を吐いた。

やばい。やばいやばいやばい! きっと抜け出しているのがバレたんだ。

一応お茶は要らないって言っていたけれど、何か用があって部屋に来たのかもしれない。

最近抜け出すのに慣れてきて、何も考えていなかった。

しまったなと怒られることも覚悟し始めた時、私の手をぎゅっと握って沈黙していたアスラが口を開いた。


「こんなに冷え切って。さぁ、入ってください」


促されて部屋に入る。

アスラはてきぱきと私のひざにブランケットをかけ、温かいお茶の準備に行った。

お茶を入れてもらって一息つく。冷たかった掌がじんわりと温まってきた。


「聖女様、チリーのお散歩に裏庭に行きましたね! ダメですよ。聖女様のその靴は室内用ですから、外の寒さには耐えられません。今からはどんどん寒くなるのですから、その靴では足が凍ります」


そう言って、真新しいブーツを出してきた。


「え? これ、ブーツ? いいの?」

「裏庭に出られたと聞いて、急ぎ作ってもらったんです。いかがですか?」


アスラはブーツだけではなく、耳あてのついた帽子や厚手のローブ、手袋なども用意してくれていた。嬉しくて、全部を身に着けてみると今までの寒さが嘘のように暖かかった。至る所で火を焚いている神殿内では暑いくらいだ。


「アスラ、ありがとうっ!」 


そのまま夕食を食べ、夜のお祈りをする。

ジジ様と私の関係はいったん落ち着いている。聖女の役割について聞いたときはショックでジジ様の手を振り払ってしまったけれど、泣いて泣いて逃げると決めてからは私の心も凪いでいる。

ジジ様も何も言ってこない。

ジジ様は、今日も私より熱心に祈っている。

本当にジジ様は何でこんなに真剣に祈れるのだろうか。

祈っても無駄だと知っているのに。

私はというと両の手を組んで形だけは祈りのポーズをとっているけれど、頭の中はジェーダの歌、レネと話した勇者の話でいっぱいだった。


――俺は勇者の歌の方が好き。自分の意志で道を進んでいるっていうか、なんていうか生きているって感じがあってさ。


レネの言葉が頭の中で繰り返される。

自分の意志かぁ。私は今まで自分で何かを決めたことがあっただろうか。

今日着るもの、食べるもの、聖女になったのだって私の髪の色ゆえに決まったこと。私が自分でなりたいと思ったわけじゃない。

神殿から逃げること。

これが初めて自分で決めたことかもしれない。

今日聞いたジェーダの歌に出てきた冒険家や勇者とは大違い。


祈りのポーズをとったまま、再びジェーダの歌に思いを馳せる。

ジェーダの歌は不思議だ。

私はジェーダの歌に出てくる冒険家や勇者みたいに強くなんかない。

新しい世界を見たいとか、人を助けたいという意思もない。

それでも、そんな私でも何かやってやるぞ! という気になってくる。

不思議だなぁ。

ジェーダの歌を聞いてからふつふつと湧いてくる力に押され、祈りが終わるころには私の中で一つの結論が出ていた。


私も勇者を目指そう。

神殿から逃げると決めてずっと心のどこかで責めていた。

闇を晴らすことなく、逃げ出そうとしている自分に。

かといって神殿に居続けることもできない。

そんなどっちつかずな気持ちに揺れて、考えるのを後回しにして心地よいバルケル様の歌に浸っていた。

でも決めた。

私は勇者になろう。勇者となって、みんなを助けるんだ。

聖女として皆を闇から助けられなくても、せめて勇者のように皆の役に立ちたい。

自己満足かもしれないけれど、私の意思でみんなを助けるんだ。

どこを向いても闇の中でどちらに歩けばいいのかわからぬ私の目の前に、道ができた気がした。


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