第86話:中止にはしない
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病院に到着する頃には、帯刀は通常モードに戻り紫藤は安堵の吐息を洩らした。
「いつものふてぶてしい方がマシでした。気持ちが悪くて仕方ありませんでしたよ」
と、後日凪にこっそり打ち明けた事は置いておいて、帯刀と紫藤、越智の3人は難しい表情で処置室前にいた。
「明日は中止して凪が落ち着いてからにするしかないな」
「いや、それでは教頭にチャンスを与えてしまう」
「とはいえ、左足首捻挫に浮遊肋骨2本が折れ、他の肋骨にもヒビが入っている事ですし安静にしなければ……」
「それに額も縫ってるんだぞ?明日になれば痣だって目立ってくるだろうし、水着は無理なんじゃないのか?」
3人がそう口々に言い溜息を漏らすと処置室の扉が開き、そこから処置を終えて着替えも済ませた凪が姿を現した。
「明日は出ますよ」
勝手に延期にしようとしないで欲しいとばかりに凪はそう言った。
「だけど、元々右膝痛めてるのに左足首も捻挫してるんだぞ?歩くのも辛いだろ?」
包帯やガーゼタイプの絆創膏だらけの凪の姿は、あまりにも痛々しくて越智は表情を曇らせながらそう心配そうに言った。
「上半身を動かすだけで、肋骨が痛むのでは?」
「額もだ。それに、痣だって隠すのは困難だぞ」
いつもなら応援してくれる帯刀と紫藤も反対する。
かなり酷い状態なのだろう。だが、凪は首を振って答えた。
「ここで逃げるわけには行きません。
顔はアイシングを徹底して腫らせないようにします。額は幸い髪の毛で隠せますし、痣はメイクで隠して下さい。足と肋骨は気合いで乗りきります!」
凪の頑固節炸裂である。こうなると凪は引かない。
「あたしはあんな暴力で絶対に屈したくないんです!」
だからお願いだからやらせて欲しいと、凪は頼み込んだ。
「……凪。分かった。言う通りにするよ」
越智が仕方ないと言ったふうにそう言うと、凪は満面の笑みを浮かべた。
それを見て100%無理をすると感じた越智は、矢継ぎ早に条件を付けた。
「でもだ!
今夜はあたしが凪の傍にいて徹夜でアイシングをする。もし、舞台で倒れたら即幕を閉じる。更に舞台で苦痛な表情をしたらその場合も幕を閉じる。その条件を飲むなら明日は予定通り実行する。
どう?条件、飲めるかい?」
「飲みます!やらせて下さい!」
即答する凪に苦笑しながら、越智は二人の肩を叩いた。
「だそうな。二人ともそんなわけだから明日はよろしく」
「凪さん。無理だとは思いますが、絶対に無理なさらないで下さいね」
『無理だとは思う』と付け加えるのはいかにも紫藤らしくて、凪は微笑みながら頷いた。
「……メイクにかなり時間がかかる。明日は休講して、生徒会室に来い。
午前いっぱいはアイシング、午後からはメイクだ」
思いきり渋面を浮かべながらそう言う帯刀に、凪は強く頷いた。
そして、その場にいた全員は凪に根負けする形で明日の為に各々動き始めるのであった。
☆
寮に戻ると、越智は凪をベッドに寝かせて氷嚢を頬に当てた。
「ごめんなさい」
ベッドの中から凪は、申し訳なさそうに謝る。
越智はそんな凪の頭を撫でながら、自分も頭を下げた。
「いや、一人にさせたあたしらが悪い。辛い思いさせてゴメンな。痛かったろ?」
「途中から性的なものに変わったから大丈夫。
あのまま殴られ続けたら流石にマズかったかな、と」
「性的って……!」
言葉を続けようとしたが、それを飲み込んだ。
凪が震えていたからだ。
重傷になるよりは『マシ』と言い聞かせているように見えて、越智は顔を歪ませた。
あの時、帯刀を止めた越智だったが、もし先に入っていたら自分がバスケ部に襲いかかっていた。
(好きでもない奴にあんな事されて平気なわけがない)
徹夜で越智が看病すると言えば、いつもの凪なら拒否して折衷案を出したに違いない。
だが、凪はそれを受け入れた。
それは、一人になりたくないと彼女自身が思っていたからだろう。
最後まで犯されなかったとはいえ、どれほど怖かったか?
同性の越智には痛いほどよく解った。
「今夜はずっとこうしてるから何かあったら言うんだぞ」
「ありがとう。静香さん」
凪は嬉しそうに微笑むと、そっと目を閉じた。




