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第85話:吹き飛ぶ理性

 


 帯刀は凪からバスケ部を引き剥がし、彼女に声をかけようとしたところで動きが止まった。

 服が切り裂かれ露出した肌は縛られた手で隠しているが、その手には血が滲み、割れた額からは今も血が流れ落ち、そこから床へと滴り落ちている。

 それを見た瞬間、帯刀は理性が吹き飛んだ。

 そして、鬼のような形相でバスケ部の前に立ちはだかり、彼の腹に蹴りを喰らわした。

 更に崩れ落ちそうになったバスケ部の髪を掴んで倒れないようにし、今度は膝蹴りを彼の口に目掛けて喰らわした。



 “ゴキッ”



 鈍い音と共に複数の歯が飛び散り、返り血が凪の頬まで飛んできた。



「おい!恭介止めろ!!」



 慌てて後ろから浩樹が帯刀を羽交い締めにしたが、自分より10cmも身長が高い浩樹をあっさり背負い投げで投げ飛ばした。

 浩樹は受け身を取り、そのまま転がるようにしてバスケ部と帯刀の間に入り、帯刀の腰にタックルするように押さえ込んだ。

 紫藤と越智は凪の元に駆け寄り、越智が自分のブレザーを凪に掛けて肌を隠し、紫藤はハンカチで凪の額を圧迫するように押さえた。



「凪、大丈夫か!?」


「は、はい。それよりも帯刀先輩を止めてください!このままじゃっ!」



 凪は初めて見る帯刀の怒りと周囲を染める血飛沫という惨状に、身体を震わせながらも帯刀を止めるよう越智達に訴えた。



「ああ、大丈夫だ。判っている。

 馨、凪の傍にいてくれ。あたしは帯刀を止めてくる」



 越智はそう答えながら、腕を捲り始めた。



「静香。危険です。今の帯刀さんは理性が完全に吹き飛んでます」



 紫藤は空いてる方の手で凪のロープをほどきながら越智を止めたが、彼女は首を左右に振った。



「浩樹だって段持ちだというのに、力付くで制してもあいつを止められない。今、帯刀を止められるのはあたしだけだ。それに、約束したしね」



 越智はニッと笑うと、帯刀の前に躍り出た。



「よっ、帯刀。止めに来たぞ」


「て、越智!!『止める』はNGワードだ!」



 浩樹がそう叫んだが一歩間に合わず、浩樹の制する力が僅かに弛んだ隙に帯刀は浩樹を蹴り崩し、次いで回し蹴りが越智に向けられた。

 だが、彼女はそれを半身になって避けながら彼の懐に入り、蹴り足の下から腕を挿し込み、片手でその足を抑えつつ反対の腕で肘鉄を喰らわせた。

 その勢いに帯刀はバランスを崩し、後方に倒れこんだ。



「力付く過ぎるね。いつものお前なら簡単にかわせただろうに」



 呆れたようにそう言いながら、越智は間合いを取って攻撃に備えた。

 今の帯刀は自分を止める者全てを敵だと認識しているようだ。

 帯刀は越智を睨み付けると、今度は殴りかかってきた。

 越智はそれを手背で弾き、そのまま腕を掴みながら帯刀の後方に回り、その腕を捻り上げた。



「帯刀!今は怒ってる場合じゃないだろ!?」



 もがく帯刀の腕を更に捻り上げ、帯刀は苦しそうに喘ぎながら正面にいる凪の姿を見た。

 凪はどうしたらいいか判らず、紫藤の袖を握り締めている。



「あのクソを殺したい気持ちも解るが、そんな事して傷付くのは誰だ!?

 言ったはずだ!!凪を傷付けるような事をしたら蹴りを喰らわしてでもあたしは止めるって!!」


 帯刀の身体が1度跳ね上がり、その後身体の力が抜けていくのを感じた越智は、帯刀を解放した。

 帯刀はそのままヨロヨロと凪の傍に行き、思いきり彼女を抱き締めた。



「……っ、痛っ痛いです」



 凪の訴えに帯刀は腕の力を抜いて、彼女の様子を伺った。

 至近距離で凪を改めて見ると、額だけではなく口からも血を流していて目を背けたくなるような酷い状態だった。



「すまない。遅くなって……」


「帯刀先輩は悪くないです。あたしが軽率だったから…っ」



 安心したら急に脇腹が痛み、凪は痛みのあまり顔を歪めた。

 帯刀は心配そうに震える腕で彼女の身体を支えた。



「理事長経由であいつらは病院に送るよう手続きをとった。凪、お前も病院に行ってこい。治療しないとだからな」



 流石は生徒会長。あのゴタゴタの間によく手を回せたものだ。

 こういうところは頼りになると思いつつも、愚痴を言うのを越智は忘れない。



「人が戦ってる間にいなくなったと思っていたら……」


「越智ならいけると思ったからだが、ダメだったか?」



 あっさりそう言う浩樹に苦笑して帯刀を見ると、凪に痛いと言われてからは抱き付いてはいないものの、手を繋いだまま離れようとしない。



「帯刀。凪は大丈夫だから彼女の手を放せ」


「……嫌だ」



 およそ帯刀とは思えないセリフに、全員が固まった。



「た、帯刀先輩?」



 凪の声にピクリと反応し、心配そうに覗き込む。



「あたしはもう大丈夫ですから手を放して貰えませんか?」


「……嫌だ」


「治療しないといけませんし、それにもう一人で絶対動き回りません。えと、……傍にいますから」



 帯刀はそれでも心配そうにしていたが、漸く渋々ながらも手を放した。

 だが、ぴったりとくっついて至近距離を保っている。



(誰だ!?コイツ……)



 凪以外の全員が気持ち悪そうな表情を浮かべているのに、帯刀は凪しか目に入ってないらしい。



「ま、まあ、帯刀の事はデカイ犬と思う事にして、あたしは凪の着替えを持ってくるから先に病院に行っていてくれ」


「俺はここで理事長を待つ。

 バスケ部の奴、恐らく顎を割ってるだろうから放っておくわけにもいかんしな」



 となると、非常に相性の悪いメンツが残されるわけだが、帯刀の今のモードなら大丈夫だろうと踏んで、病院へ向かう事にした。




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