第40話:凪には勝てない
話が終わったなら出ていけとばかりに仕事に戻ろうとする理事長に納得できないまま睨んでいると、理事長室のドアがノックされて帯刀が入ってきた。
「理事長室に用事があるならこの書類ぐらい持っていけ」
目が会うなりそう言う帯刀に浩樹は文句を言おうとしたが、理事長の視線を感じ、何も言わずに立ち去った。
それを視線だけで見送った帯刀は、無表情のまま理事長に書類を渡した。
「冬休みの帰省希望者リストです。承認願います」
理事長はそれを受け取り、中身をチェックするとデスクに置いた。
「確かに。御苦労様」
「失礼しました」
帯刀が踵を返して退室しようとすると、理事長は彼を呼び止めた。
「勝負してるんだってね?」
「……」
唐突にそんな言葉を発せられ、帯刀は無言のまま理事長を睨んだ。
だが、理事長は気にした様子もなく話し続けた。
「その勝負、間違いなく帯刀君が負けるよ。俺も昔、それで負けたからね」
帯刀の身体がピクリと揺れる。
「何故ならその勝負は開始した時点でもう彼女に囚われてるから。
でも……君の場合は俺の時とは違うかな?」
帯刀の睨みをものともせず、理事長は探るような視線を浴びせた。
「君は女性経験は豊富だろうけど、『恋』は初めてだろう?」
「……っ」
「自分の気持ちばかり先走って思い通りに動けない。相手の行動によって喜んだり苦しんだりする。
恋愛経験値が低い君なら苦しみは倍増だろうなぁ。きっとこうしてる今も、誰にも彼女を見せずに閉じ込めたいという衝動に支配されているんだろうね」
「……何が言いたいんですか?」
「俺は浩樹が相手なら反対だが、君ならいいと思ってる。だから自分に正直になって彼女に告白すればいい」
「おっしゃる意味が解りかねます。失礼します」
帯刀は話を打ち切って理事長室を立ち去った。
「なんで自分じゃダメだと思うんだろうね、彼は」
いつも凪を支え、凪が自分で歩く道を決めさせているのは帯刀だという事に気付いていない。
どうやら浩樹の光に凪が引っ張られて輝いていると錯覚しているらしい。
「やれやれ……遠回りしてる暇はないんだ。帯刀君」
理事長はパソコンの届きたての秘書からのメールを見ながら理事長は辛そうに呟いた。
「あの時誓ったように彼女と別れるべきだったんだ、俺は……凪は凪だけは、もう『春宮』に巻き込みたくなかったのに……」
『晃』の感情によりそのきっかけを作ってしまった自分の浅はかさに後悔しながら、理事長はメールを返信するために椅子に腰掛けた。
☆
理事長室から出てきた帯刀を見た生徒がいたら、恐らく悪夢に悩まされる日々を送っていたに違いない。
そう思われる程の形相だった。
どんな宝石も色を失う程の美貌に落ちる怒りの色。
もし、この世に悪魔がいるとしたら彼のようなのかもしれない。
近寄る者全てを破壊する気配は寧ろ神々しい程で、自らの魂を生け贄として捧げずにはいられない。
そんな幸福な悪夢を見続けるだろう。
「おい。帯刀、どうしたのさ?」
そんな帯刀の魔力に動じない稀少な異性である越智は、すれ違い様に出会った彼の尋常ではない気配にそう声をかけたが、帯刀は返答する事もなく寮の方へと去って行った。
そして、運悪く彼を間近で見てしまった生徒が、恐怖と恍惚の入り交じった表情で崩れ落ちた。
その様子を眺めながら越智は眉を寄せて唸った。
「あいつが感情を露にしたままで歩いているなんて尋常じゃないな。素を見せる危険性を充分解っているあいつがあんな表情でいるなんて……これは、そのままにしてはおけないな」
越智はそう結論付けて、帯刀の後を追う事にした。




