第39章 ズルい人間
「もういいかい?まぁただよ…
いつになったら目を覚ますんだい…?
小僧…」
『ん…此処は…』
恭裕は何も無い暗闇の中で
老婆の声で意識を取り戻した。
彼はそっと起き上がり左手を地面につけ
身体を支える。
右手は痛む額を覆う。
「やっと起きたかい。人間とは
軟弱な生き物だ。溜息が出る。
どうだい?こちらの世界へ来ないかい?」
『いっ…いや、悪いが
そちら側へ行く気は無い。頼むから
俺を元の世界へ戻してくれ!
でないと仕事仲間の人達や
タケシや勇に心配をかけてしまう!
お前が欲しいのは
俺の力だろう?
俺自身では無いだろう!』
「何を寝言言っている?
お前全てだよ、お前の全てを
手に入れれば自由になれる。いや、
人間が作った結界なぞ、
恐れる事など無い…」
『俺自身…ふざけるな!
絶対に俺はお前に飲まれるわけに
いかないんだ!俺には大切な仲間が居る!
両親や友達、親友に今まで知り合った人達!』
ピク…
タケシの背に身を預ける
恭裕の指が反射的なのか動いた。
勇とタケシはそれを見逃しなかった。
『恭裕?!どうした?!』
『お兄ちゃん?!こっちピヨ!
負けちゃダメピヨ!』
『悪いな、老婆。
俺はお前に負ける気がしない』
恭裕がそういうと
老婆は自身が若かれし頃の
姿に見る見る変化していく。
黒艶のある腰まである
長髪。
色白で細くくびれのある身体。
夜の男共は放っておかないだろう。
そんな女性だ…。
「何故お前は私の思惑通りにならない?」
『大切な人達が居るからだ。俺には
沢山大切な人達が居る』
「私にはそんな者達なぞ…」
『居るはずだろう?
俺にだって居る。居ないのは
自分で気づいていないか
自分で遠ざけているか、どちらかだ』
「うるさい」
女は恭裕の首へ手を伸ばす。
『俺を殺して何になる?
何か得るのか?
それともただの満足感か?
俺をお前のものにしたただの満足感か?』
「っ?!」
恭裕は利手で
女の手首を優しく掴む。
『俺はお前が思う程
強く無い。けど、弱くも無い
矛盾しているだろうけど、俺はただの恭裕だ。俺はお前が思う程強く無い…』
「小僧…あんたは…ズルい人間だ」
『そうかもしれないな』
「なんで…何故お前なんだ…
どうして思惑通りにならない!
そんなに仲間がお前の差支えなのか!」
『そうだ。宝と言っていいだろう。
…冷たいな?』
恭裕は掴んでいる手首に
力を込めた。
「やめろ…そんなに
強く…掴むな…」
『それじゃ…どうして泣いているんだ?』
女は気づいた。
自分が涙を流している事に。
通りで視界が歪む訳だ。
「接吻、した事はあるか?」
『まぁな』
「しても、良いか?」
『っ!何を言い出すんだ‥
「…冗談だ」
『全く、ん?』
突然白い光が彼を包みだし
彼女の姿は消されていく。
処置室
『…?!』
恭裕はベットの上で
目を覚ました。
辺りを見る限り周りを覆うカーテン以外
何も無く誰も居ないようだった。
『あ、そうだ…俺…また当てられたんだ』
独り言を言っていると
閉ざされたカーテンが
ゆっくりと動き白衣を着た女が
顔を覗かせた。
色白で細く二重な目に
少しふっくらとした唇
そしてチークをしているのか
頬が薄ピンクに染められていた。
『気がついたんですね、宮澤さん』
『あ、…はい…まだ少し気だるいですけど』
『余り無理なさらないで?
所で先程゛当てられたんだ゛って
言ってましたけど…?』
『聞かれてましたか…恥ずかしいです』
『いえ、まだ暫く
横になっていて下さいね?
脈の方が普通より早かったので』
『いえ、もう大丈夫です』
そう言うと恭裕は
止めに入る彼女のいう事をきかず
ベットから降りる。
『おっと…』
フラつきが酷く上手く歩けない。
貧血でも有るのか?
そう思う程だった。
『だから言ったんです!はい!
ベットへ戻ってください!』
まるで叱られた子供だった。
しかし、あの夢は何だったのか?
老婆は恭裕に何を訴えたかったのだろう?
ベットへ戻され横になりながら
考えた。
しかし、その考えは消え
タケシと勇の事が気になった。
此処に姿が無いとなると
二人の事だ。
もしかしたら老婆がいた所に
行っているのかもしれない。
不安でならなかった。
(そう言えば結界って?
俺の全てが欲しいとか、言っていたな。
そうだ…)
恭裕はゆっくりと目を閉じ
勇へ意識を集中させた。
(…勇!聞こえるか!勇!)
その時二人は
谷村が倒れていた
現場で、老婆と向かい合っていた。




