第二十四話 雪降
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一同が落ち着きを取り戻すと、ビエコフはアイバン自身に直接事情を伺った。
「……あのさ、なんで突然喋る様になったの?」
ビエコフは変貌を遂げた自分のAIに、動揺の色を隠せない。
――それはですね……――
初期支給機、取り分けトレーラーの様な運搬車両は、元来主力ではなく補助としての役割を負っていた。
鋼鉄の新世界はロボット対戦を売りとしている為、殆どのプレイヤーはARPSを支給機として選択している。そして、その殆どのプレイヤー達が行き当たるのが、移動手段と言う問題だ。元々その様に設定されているので当然ではあるが、ARPSによる自走だけではどうしても行動範囲に限界が生じて来る。以前にも少し触れたが自走の場合、長時間のローラーダッシュによる燃料の消費、パーツの損耗及びメンテと言った問題が発生する。キース達もディートリンデの加入で自走を余儀なくしていたが、ローテーションを決める事で負担を分散させていた。
それらの問題を解消する手段として提示されているのが、初期支給機としても選択肢にあった運搬車両の存在である。
その為、多くのプレイヤー達に行き渡るべく、価格設定を抑えるには当然性能も下げざるを得ない。
更にプレイヤーにはAIカードは一枚しか支給されない。チーム構成には非パイロット枠が二名設定されているが、現状ARPSを所持していないプレイヤーは全体の僅か6%程しかいない。つまりトレーラを所持している多くのプレイヤー達は、ARPSも同時に所持しているのだ。
当然、その様な事態は想定されている。その為、初期支給機の運搬車両にはAIが不要な程、簡易なシステムしか積まれていない。勿論、AIも使用可能にはなっているが、多少の性能や操作性に対して補助が受けられる程度で、性能の上昇などは殆ど得られない。
開始当初の様々な模索がなされていた頃には、使用の度にAIカードを入れ替えると言う手段も試されてはいたが、起動処理やシステムチェックなどに時間が掛かり、襲撃時に瞬時の起動が果たせず、デスペナルティーのリスクを負う程の価値は無いと判断されて、今は使われなくなった。
「と言う事は、今までの全ては無駄だったのか……」
愕然と落ち込むビエコフに、アイバンは説明を続ける。
――いえ、ビエコフの場合はちょっと違います。運搬車両にAIを使用していた人達は、主機としていた訳です。確かに性能的には違いは出ませんが、私達AIの経験値や育成といった面では天と地程の差がありますよ――
開始前のキャラ作成時にも説明したが、初期のAIに個体差は無い。プレイヤーの言動や体験によって、初めて成長に差が生まれ、その結果として性能差へと至るのである。全ては自身の反映であり、どの様な経験でも決して無駄にはならないのだ。
「ねーねー、それって凄い事が出来るってこと?」
ビエコフを心配そうに眺めながら、エレノアが質問をしてくる。
――そうですね。この車両ですと、操縦はかなりの部分をアシスト出来ます。ただ、初めてとなるシステムは、今は無理です。ARPSの修復などに関しては、機器の性能も上がっていますし、以前よりも所要時間二割減って所でしょうか――
この言葉を聞き、ようやくビエコフの瞳にも活力が戻って来た。
「良かったねー」
エレノアは後部座席から身を乗り出して、ビエコフの肩を叩いている。
「う、うん。姉ちゃん、ありがと」
少し照れくさそうに笑うと、ビエコフは早速装甲ARPS輸送車を動かす。
ギアを入れ、ゆっくりとアクセルを踏む込む。装甲ARPS輸送車はその車体を、歩く様な速度でのっそりと動き出した。
倉庫の外は朝から降る雪が路面に1cm程積もり、白一色に覆われている。ゆっくりと車体を外気に晒した装甲ARPS輸送車は、敷地を出るとギルドへと進路を向ける。
そしてこの一連の出来事を経て、装甲ARPS輸送車の事は、これ以降"アイバン"と誰しもがAIの名で呼ぶ様になった。
ギルドへと到着すると、車両の把握をしたいと言うビエコフを車内に残し、四人は早速レニンスキへの依頼を探し始める。
来る時とは一転、依頼の数は激減しており、恐らくその半分にも満たない。その数少ない依頼の中から、ようやく条件に合う配達依頼を見付け出すと、早速受注手続きを済ませ、依頼主の元で配達物を受け取ると街の外へ走り出した。
冬に入り、雪が降り出した事で、街の間での移動は激減するのであろう。
時刻は昼を回っているが、街道には街中よりも雪が積もっており、轍の跡などは見受けられない。
はらはらと舞い降りる雪を、ワイパーで掻きながら一行は街道を一路南へと進んで行く。
半日ほど進むと、時刻も夕方近くになり、夜を迎える前に野営の準備を始める。
まだそれ程降り積っていない雪を脚で踏みしめて均すと、急ぎシェルターを設置する。
ここでシュネイック共和国の特徴とも言える、冬季に於ける追加設定を紹介しよう。
まず最初に死亡条件が増える。気温がマイナスになると、外気に晒されるだけで徐々にHPが減少していき、ゼロになる事で凍死が発生する。気温は下がる程、その減少率は高くなっていく。目安としては、防寒装備を着た状態で-15℃の外気に40時間晒されると凍死に至る。服装や装備などで効果は増減されるが、外部にいる限り回避する事は不可能となる。
回避をするには、テントや車内などの外気と隔離した居住空間に入らなければならない。ARPS内でも当然良く、搭乗席は冷暖房完備の快適空間となっている。尚、運搬車両の荷台に幌を掛けた状態は、居住空間とは見なされていない。
HPの回復は居住空間に入り、一定時間経過による自然回復を待つか、温かい食事や飲料などを消費する事で可能となる。但し、注意しなければならないのが、HP減少の原因を明確にすると言う事だ。身体に負傷をしてもHPは減少される為、間違った判断を下した結果、回復せずに死亡する事も十分に起こり得る。
因みに、冬季のテントで起こす人がいる一酸化炭素中毒による死亡は、仕様として排除されている。
次に、蓋をされた容器内の水は凍結しない。これは単純に、毎朝水を作るといった手間を省くための仕様となっている。当然、コップなどに入った状態など、外気に晒されているものには適応されない。鍋一杯に作られたスープなども蓋をしてあれば、一晩経ち中身が冷めはしても凍結する事はない。
これだけ聞くとシュネイックだけ厳しいと思われるかもしれないが、決してそうでは無い。
ニュートリアスには河川があるので、当然水死と言う設定が存在する。ラサーラには砂漠による乾燥から、一日に必要な水の量が通常の2ℓから3.5ℓへと増やされている。
三ヵ国それぞれに、その特徴にあった設定が存在し、バランスが取られている。
キースは女性陣のシェルターを設置し終えると、空を仰ぎ、何とは無しに降り続く雪を眺めていた。
初めての体験であり、珍しい事も手伝って今は綺麗に思える雪も、いずれはうっとうしく感じる日が来るのかと思い漫然としていると、グレンのシェルターから騒がしい声が漏れて来る。
キースが入口を捲り中へと入ると、そこではグレンが何やら銀色に光る金属の板を組み立てていた。
「何ですか、それ?」
グレンは手を止め、顔をこちらに向けると、悪戯でも企んでいる子供の様な表情を見せる。
「楽しみに待っとけ」
そう言うと、すぐに組み立てへと戻っていく。
「なんだろーねー」
盛んに周りをうろちょろしているエレノアを、コットに座りながらディートリンデはにこやかに見守っている。
キースが空いているコットに腰を下ろすと、グレンは薄く長い金属板を巻いて筒を作り出した。
しばらく作業をすると、「完成だ」と告げる。
それは幅25cm、長さ50cm、高さ20cm程のSUSの箱に四本の脚が付いている。その短辺側には扉が付き、脚の底には雪に埋まらないよう箱と同サイズの板が敷かれていた。その脇には先程丸めていた、長さが3mにもなるSUS製の筒が置かれている。
「それで、これは一体何ですか?」
「こいつは折り畳み式の薪ストーブだ」
グレンは筒を持つと立ち上がり、シェルター上部に布で蓋をされている円形の穴に差し込み、筒の先を外に押し出すと、筒の下の部分を箱へと取り付けた。
「おおー」
エレノアの目が期待からキラキラと輝いている。
「これで、箱の中で薪を焚いても煙は外へ排出される。暖房と調理にも使えて一石二鳥って訳だ」
「こんな物、よく見つけましたね」
堪らずに触り出したエレノアを見ながら、キースは感心して聞くと、
「レニンスキに居た時に、ちょっとな」
グレンはそう笑うと、早速薪を取り出して火を入れ始めた。
鉈で細く裂かれた薪は、着火剤によりすぐに火が点く。徐々に大きくなった所で、太い薪を二本ほど入れて扉を閉めた。
これで、暫くの間は持つだろう。
「一応、薪一本で一時間は持つらしい。ここに置くから、消えそうになったら補充してくれ」
ストーブの脇に八本ほどの薪を積んでいる。
「暖かいねー」
「ええ、そうね」
女性二人は早速コットを移動させ、暖を取り始めたようだ。
ストーブの上に大型のクッカーを置き、シチューを作っていると、ようやくビエコフがこちらへとやって来た。
暖房効果でシェルター内は20度近くまで温められている。入って来たビエコフは、外部との気温差に驚き、すぐに雪を被った防寒着を脱ぎ出した。
「そこにあるハンガーに掛けて置くと、すぐに乾くぞ」
グレンはシェルターの上部に、外壁に沿って張られたロープに掛かっているハンガーを指差す。
ビエコフが防寒着を掛け、全員が席に着いた所で、夕食を摂ると共にアイバンの話を伺う。
「新車の具合はどうだった?」
キースはパンを千切りながら、ビエコフに感想を聞く。
「そうですね。大きく変わった点では、走行中でも修復が可能となった事でしょうか。これには、グレンさんに運転を頼まないといけませんが」
これには全員が驚いた表情を見せた。
ビエコフは購入時に説明を受けていたが、他のメンバーはその場に居らず、各自好き勝手に行動をしていた為、聞いていなかったのだ。
「そんな事が出来るのかっ」
「はい。降着状態での作業では、外装などの簡単な修復しか行えませんが、一機を自走に回して寝かせた状態にすれば、十分可能みたいです」
これは今までの野晒しな状態から、コンテナと言う密閉された空間へと変わった為に、可能となった手段だ。
雨や雪、土埃などの中で弄れない箇所でも、コンテナ内なら問題は無い。今後の唯一の懸念は、走行中の振動となって来るだろう。
「ですので、三機共レンズ凍結防止用ヒーター付ゴーグル、関節部の凍結防止用インサレーションカバー、吸気口などの目詰まり防止用ヒートカバーは取り付けが終了しました」
「「「ありがとう」」」
「それと、そろそろ外装を冬季仕様にした方がいいと思いますが、何色にしますか?」
雪が降り始めた事で、シュネイック全域では春になるまで迷彩指定色は白系統の色となる。
ビエコフはタブレット端末を取り出すと、塗装の色見本を表示して、操縦者である三人に見せて来る。
「これが現時点での色見本となります」
キース達が現状会得している冬季仕様色は三つ。開始時からある白の単色、白とグレーの縞模様となる二色迷彩。それとアバスで見付けた、白地にリアルツリーモデルの迷彩だ。
三人は食事を摂りながら、それぞれ意見を出して検討する。
「この縞模様の奴はダサいから、やだなー」
「じゃあ、こっちの木のはどう?」
「うーん……、この絵柄で走ってもなー」
「まあ、リアルツリーモデルはどちらかと言うと、隠密性を高める為のものだろうからな」
散々悩んだ結果、エレノアが白の単色、キースとディートリンデがリアルツリー迷彩を選んだ。
ここでもエレノアが左肩を赤く塗ると拘ったが、ビエコフと(主に)ディートリンデの説得により、今回は回避された。
深夜にもなると、降り続く雪により不思議な光景が見られる様になる。
現実では積もった雪によりテントが潰されて圧死と言う事もあるが、この世界ではテントなどは一旦設置すると倒壊はしない様に設定されている。なので、強風吹き荒ぶ吹雪の中でも、現実ではあり得ない程簡単に設営が出来、安全に過ごせる様になっている。
これは安全な休息地の確保位は、容易にしてあげようと言う製作側の配慮から来ている。
その為、注意深く観察していると、設置されたシェルターに積もる雪が一定量以上に増えないと言う、おかしな現象が起こっているのを見る事が出来る。
朝を迎える頃には、積雪も20cmを超える量となっていた。
ストーブで残り物のシチューを温めると、手早く朝食を済ませて移動を開始する。
空には薄暗い雲が立ち込めて、依然変わりなく雪が舞い散っている。
新しくなった車両は降り積もった雪の路面を物ともせず、行程が遅れる事無く、快調に街道を進んで行く。
復路は右手側に見える大森林地帯の木々にも、薄らと雪化粧が施され始めた様だ。恐らくこのまま一週間も経てば、立派な樹氷になるだろう。
相変わらずセンサーの効かない場所は存在するものの、今までに何度か受けた襲撃は、いずれも他所から現れている。
一行は慣れぬ雪の中で悪戦苦闘しつつ、なんとかレニンスキまで後一日の地点に辿り着く事が出来た。
残す所も最終日となる今日一日のみ。夕方近くにもなれば、大森林地帯からも抜けられる。
初日から止む事のない雪は、積雪も膝が埋もれる程の量にまで増え、時折強く吹き付ける風と雪に視界が遮られる時もある。
昼食を終えると、街道を挟む様にしていた左手側の森が消え、雪が降り積もっている茂みや岩が幾つも転がる場所が現れた。
空腹も満たされ、暖房の効いた車内で弛緩していた一行に、突如冷や水を浴びせるかの様な警告音が響いた。
――Alert!! アデリナより報告。方位2-6-8、距離18.2kmに所属不明機感知――
アイバンの声に、一同の表情に緊張が走る。
ビエコフがすぐにアイバンを停めると、キースが急ぎ後方のコンテナへと移って行く。
「お前達も急いでARPSを起動させろよ」
「外寒いんだよねー」
「エリーちゃん、ほら急いで」
グレンの指摘を受け、急停車したアイバンから、ディートリンデに手を引かれる形でエレノアが出て行く。
一足先に飛び出していたキースはコンテナに入ると、スリープ状態であるアデリナを急ぎ起こし、不明機の調査を開始する。
外からはバタバタと、エレノア達の搭乗する足音が聞こえて来る頃、アデリナからの報告が入った。
――マスター、アンノウン判明。レーシィ・セーミが二機、いずれもアサルトライフル装備。それと82式ベースのARRTが三台、対ARPS砲とシールド装備が一台、機銃換装タイプが二台です――
「ARPSが二機にARRTが三台もか……」
セーミはレーシィ・シリーズの現行機体となる。元々レーシィ・シリーズは、冬季の戦闘を目的として設計された機体だ。アイカメラのレンズ凍結防止用ヒーター付ゴーグル、関節部の凍結防止用インサレーションカバー、吸気及び排気口の目詰まり防止用ヒートカバーなどは当然の様に備わっている。現状の様な環境下でも、性能が下がる事は無い。
初登場となるARRTとは、全領域用再生戦車(All Round Reincarnation Tank)の略で、ARPSと戦車が足された感じの非人型機体である。
キースが判明した情報をメンバーに報告している間に、車両後方に位置するコンテナの背面が外へと倒される。
降着状態のままの機体が、一機ずつ外へと排出されていく。
三機のARPSは雪が降り積もる地面へと降り立つと、まずその感触を確かめる。
20cm程積もった雪は、普通に移動する分には問題となる事はなさそうだ。
コンテナが閉じていく中、キース達は検討を開始する。
「五機って、今までで一番多いねー」
「機体数から言うと、乱戦な展開にはしたくないな」
そう言うと、グレンは少し考え込む。
機体比で言うと三対五であるが、実際は前衛職が一人の為、機体比以上に不利な状況となっている。
すると、アデリナが躊躇する様に声を掛けて来た。
――……あの、マスター――
「ん、何?」
――敵は僅かですが進行速度に差が生じています。このままですと、敵は二機と三機に分断されると予想します――
雪が依然として降り積もっているという状況の中、冬季仕様機と非人型機で速度差が生まれるのは当然と言える。
それに対して、敵は特に対処をする事無く、真直ぐにこちらへと向かって来ている様だ。
「ナイス、アデリナ。これなら乱戦にせず対応が出来る」
――い、いえ、お役に立てれば光栄です……――
アデリナの声からは、喜びと共に少し照れた様子が窺える。
早速アデリナの提案を元に、対処案を全員で練り上げていく。
カグツチは街道の左手にある、茂みや岩が幾つも転がる場所にシュヴァルディアを約100m後方に従える形で、敵を待ち受けていた。
今回は先行している現行機のレーシィ・セーミ二機を担当する。
エレノアは初めてとなるディートリンデとのコンビ戦に、緊張よりも嬉しさといった興奮を抑えるのに苦労していた。
「早く来ないかなー、まだ来ないかなー♪」
――少しは落ち着けっ。ようやくこちらのセンサーでも捉えた。残り1.8km程だ――
「まだかな、まだかなー♪」
エレノアは落ち着きなく、首を左右に振りながら、楽しそうに歌っている。
――ちゃんと打ち合わせ通りに、射線には入らない様に注意しろよ――
「おっけー、任しといてー」
GARPはエレノアの浮かれた様子から、少し不安を覚える。
――……はあ、ほんと頼むぞ。後一分で視界に入るぞっ――
暫くすると、街道の向こう岸にある大森林地帯の森の中に、白い機体が一機浮かび上がる。
手足の関節部は凍結保護用の鈍い銀色の布に包まれ、内部には化繊の保温材が入っているので僅かに膨らんでいる。
頭部にはレンズ凍結防止用の為に、アイカメラより二回り程大きく、角張った形状のゴーグルを装着している。
ゆったりとこちらへ踏み出す脚にも、雪原での浮力を増す為のスノーシューを履いており、爪の付いたフレームはしっかりと雪面を捉えている。
――どうやらこちらの予測通り、敵はローラーダッシュが出来ない様だな――
冬季用移動補助装備の一つであるスノーシュータイプは、フレームに付いた爪が雪面や氷上に食い込む形で転倒防止や登攀力を確保している。その為、滑る様に進む事になるローラーダッシュの使用には構造的に無理があり、ローラー走行そのものが出来ない様になっている。
アデリナのデータを基に、キース達は敵の進行速度から推測を立てていた。
最初に現れた機体が街道へと姿を現す頃には、その左後方20m程の位置に二機目の姿も確認する。
相対距離が500mを切ると、敵ARPSからの銃撃が開始された。
カグツチは左腕に装着している、パイルバンカーの付いた小型の盾を翳し、【フェイント】スキルを駆使しながら巧みに銃弾をやり過ごす。
――現在損傷率8%。右手30m先からは射線軸だぞ。うっかりと入り込むなよ――
「おっけー、ふん、ふーん♪、おっと」
敵とは違い、移動用装備を装着していないエレノアはローラーダッシュを使用しているが、やはり雪原ではいつもと勝手が違う様だ。
僅か20cmとは言え積もった雪は、スタート時の空転や曲がる際に外側へと滑り、バランスを崩すなど様々な支障を来たしている。
だがエレノアは、それらの全てを持ち前の身体能力で瞬時に立て直し、徐々に特性を理解して回避行動に取り入れていく。
敵ARPSは度重なるチャンスを逃した事から、執拗にカグツチを追い掛け、僚機との距離が徐々に開き始めた。
その距離が60mを超えそうになった時、突然破壊音と共に敵機体の挙動が狂った。
カグツチに釣られ、突出した敵ARPSに対し、シュヴァルディアが右の腰付近に銃弾を撃ち込んだのだ。
「ちゃーんす!」
敵ARPSが銃を所持している右側へと傾く形で動きを止めると、カグツチは一気にローラーダッシュでの接近を試みる。
脚部のローラーはいきなり増した動力で、空転を招き雪を四方へと撒き散らし、暴れる様に左右に挙動を乱す。徐々に足下の雪が消え、掘り当てた路面によりグリップ力が得られると、一気にその力を加速へと注ぎ、機体を前方へと押し出した。
円を描く様に時計回りに進路を取り、敵ARPSの右手側へと進む。時折脚が滑り、外側となる左へと流れそうになる機体の挙動を無理矢理修正する。
敵の僅かな隙を突き、一気に至近距離へと肉薄すると、右上腕部へと立て続けに二度ナックルを撃ち込む。
敵ARPSは二度目の打撃で、内部ユニットが潰れる音と共に、衝撃で機体正面をこちらへと向けた。
「おーしまいっ」
エレノアは止めを刺そうと右手を引いた時、敵は機体の動きを利用して、突然左拳で殴り掛かって来た。
だが、いくら奇襲を掛けようと、格闘戦でエレノアが遅れを取る事はない。
あっさりと頭を下げ、相手の拳を潜り懐に入り込むと、そのまま敵の胴体中央部に左手のパイルバンカーを押し付け、機体を一気に刺し貫いた。
金属が擦れる音共に引き抜かれると、アイカメラの光も徐々に薄れ、カグツチにもたれる様に倒れると、敵ARPSの機関が停止した。
ディートリンデは岩陰より敵ARPSに一撃を与えると、すぐにもう一機へとその対象を移す。
今回の役割は狙撃では無く、後方に位置して僚機への支援攻撃となる。
ラサーラ時代とは異なり、周辺の環境が大きく変わった所為で狙撃の機会は減少傾向にある。
シュネイックは、この国特有の環境である木が多く生い茂っており、中々障害無く、クリアな状況で標的を狙う機会が非常に少ない。
もっともチームの助力があれば、多くの機会が作れるだろう。しかし毎回人の手を借りて条件を満たし、狙撃により敵を倒す事が、全員にとって楽しいと言えるのかは甚だ疑問である。
それにディートリンデは自身の狙撃に依存し過ぎる事は、このチームに於いてメリットよりもデメリットの方が大きいとも感じている。
ディートリンデはラサーラ時代、攻略上位チームに所属していた事もあり、幾つものチームを見て来ている。
その経験を踏まえても、今のチームは大きな可能性を秘めていると、幾つかの戦闘を経て実感している。
近接による格闘戦、センサー機による電子戦、トラップを利用した生身でのゲリラ戦、それに自身が行う遠距離からの狙撃と言う、多くの手段と希有な方法を持ち得ている。
多種多様な状況に直面し、対応が可能となる戦術幅の広さと言うのは、そのままチームの強さへと繋がってくる。
この事を正しく認識しているのは、今の所チーム内ではクエスト経験者であるディートリンデ唯一人だろう。
実際クエストを開始すると、まず多くのプレイヤー達が戸惑うのは周辺環境の変化だ。
ラサーラの場合、国土の多くが砂漠と言う事もあり、砂漠戦の経験は誰しもが得ていた。
ところが、クエストでは峡谷や洞窟といった全くの未経験な状況での戦闘を強いられるのだ。
当然、ここシュネイックでも同様の事が予測される。
この様な理由もあり、ディートリンデとしてはチームの個性を潰さぬ様、まず各個人の能力の育成。更には他のメンバーと組んでの対応を、優先して鍛えるべきと判断をした。
逃げる様に移籍をして来たディートリンデには、今のこの状況は嬉しい誤算とも言え、先を見据えると浮き立つ気分を抑えるのが非常に難しくなる。
もっとも他のメンバーは全く自身の特殊さを認識しておらず、多少他所とは違い個性的なメンツが集ったチーム程度にしか思ってはいない。
――ふーん、あの子の反応は悪くないわね――
視界の端には狙撃を受け、動作に支障を来たした隙を突き、敵ARPSへと近づいて攻撃を仕掛けているカグツチが僅かに映っている。
ディートリンデはダイアナの言葉に反応もせず、残る機体へと目を向ける。
僚機がやられ、残された敵ARPSは射程内にいるカグツチへと攻撃を仕掛けたいが、僚機の機体が盾となり邪魔をしていて上手く狙う事が出来ない様子だ。
その隙に、ディートリンデはすかさず狙いを定める。
狙撃時とは違い、攻撃を受けた際にすぐに移動が可能な様に、今回スタビライザーは展開しない。
こちらの敵ARPSも先程同様に、腰部へと十字照準線が合った瞬間、銃弾を放つ。
轟音と同時に、反動で機体が後ろへと引っ張られる。
反動を吸収する物も無く、薄らと積もった雪で滑る様に後方へと流れる機体を必死に立て直す。
――ディー、こちらを標的にしたみたいよ――
ダイアナの警告の最中に、岩陰より飛び出したシュヴァルディアへと銃弾が幾つも飛んでくる。
その殆どが外れるも、避ける事も儘ならず、何発かは機体に喰らってしまう。
暴れる機体を何とか抑え込み、転倒を回避してようやく体勢を立て直すと、目の前には15mにも及ぶ機体が引き摺られた跡が残っていた。
――被弾したけど、まだ損傷は軽微よ――
敵も盛んに銃撃をしているが損傷の影響を受け、銃弾はシュヴァルディアの右手方向へと流れている。
ディートリンデはすぐさま銃弾とは反対となる、左側へとローラーダッシュで移動する。
案の定、有効な追撃も受けず、楽々と敵の側面を取ると再度攻撃を仕掛ける。
――ディー、どうやらあの子止めを狙っているらしいから、攻撃力を削いであげなさいよ――
敵は左足を引き摺り、機体も僅かに左へと傾いている。
今度はその対角線上の右肩へと十字照準線を合わせると、轟音が響いた。
再び、暴れる機体を何とか立て直すと、丁度敵のARPSへとカグツチが攻撃を仕掛けている所だった。
右肩を破損した機体は、まともに銃を扱えず、カグツチに一方的に殴られている。
甲高い音共に、左右の拳が機体の胸部へと打ち込まれると、敵ARPSはゆっくりと膝を突く様に沈んでいった。
「……ふう、こっちの担当は終わった様ね」
ディートリンデは息を吐くと、背もたれへと倒れ込み、力んだ身体を解し始めた。
「それで、エリーちゃんはどうだった?」
チームに加入以来、ディートリンデが折に触れ話題にしていた所為で、ダイアナはエレノアの事をずっと気にしていた。
――……そうね。操縦に関しては、あいつらなんかよりずっと有望そうね――
ダイアナが比較として挙げたのは、ラサーラ時代のメンバーだった。
「そうなのよっ。格闘装備であの思いっきりの良さは、敵にすればかなり脅威に感じるでしょう」
――でも、まだ動きが荒いわ。それにちょっと突撃癖があるみたいだし……――
「その辺は経験を積めば直っていくわよ。それで、新しいチームはダイアナ的にはどう?」
一瞬間が開くと、照れくさそうな声を出す。
――……ま、まあ、悪くはないかしら――
AIと言えど、ダイアナは人格を持ち、他のAIとも交流をしている。そしてその交流には、持ち主同士の関係性が大きく関わってくる。ラサーラでの失敗の影響を、まともに受けた形となるダイアナをディートリンデは憂慮していた。
しかし話をする限りでは、今度のチームを気に入って貰えたようで、ディートリンデは内心ホッと安堵をする。
――わ、私、アデリナの方の様子を聞いて来るわ――
慌てて消えるダイアナに、ディートリンデは思わずクスリと笑うと、キース達へと思考が切り替わる。
「キース君は兎も角、グレンは大丈夫かしらね」
降り頻る雪の中、雪上での戦いは勝利まで、ようやく折り返しを超えた所だ。




