第二十五話 要撃
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時間はエレノア達が接敵する前まで遡る。
キースとグレンの二人は先行するARPS二機に対して、遅れる形で付いてくる三台のARRTを倒すべく、大森林地帯へと脚を踏み入れていた。
全領域用再生戦車(All Round Reincarnation Tank)、通称ARRT。
通常破損を負ったARPSは、戦闘終了後に大半の機体は回収され、修復を施されたのちに再利用される。
そんな中、上層部の頭を悩ませているのが、一、二世代前の旧型機の扱いだ。未だ現役として多くの機体が運用されているが、現行機との入れ替えも逐次進められている。破損を負った旧型機は軽微な物は修理されるが、腕や脚といったパーツが大破した機体などは費用対効果の面から多くの場合破棄される。
そこに目を付け、生み出されたのが全領域用再生戦車と呼ばれる物だ。
腕や脚を大破し、頭部や胴体のみになった機体が数多く破棄される中、当然まだ使用可能な部位も少なくない。そして何度か触れているが、機体各部位の接合部は共通規格で出来ている事が、ARRT誕生の大きな要因となる。欠損した部位に対して、接合パーツを利用する方法が編み出された。
脚部を失った機体には、同様の理由から破棄されて来た戦車のシャーシを取り付ける。腕の代わりは機銃や無反動砲などの武器を直接付けた。
当然操縦系や火器管制など多くのシステムは新規開発となったが、元が不用品や廃棄品を寄せ集めて作られる為に、費用対効果は非常に優れた兵器となった。
そして何より、その使い勝手の良さや実用範囲の広さが、容認された一番の理由であろう。
元がARPSと言う事も有り、流石に戦車の機動力では格闘装備は難しいが、銃器や盾からミサイルまで様々な装備が扱え、前線の一翼から後方の支援まで一機で必要な箇所を補う事が出来る。その便利さからARPSの随伴兵器として、あっという間に世界中に広まり、今や無くてはならない存在にまで至った。
迎撃の為とは言え、大森林地帯にはセンサーが遮断される区域が存在するなど、色々と不審な事が多い場所だけに、それ程深い所までは侵入してはいない。
それに、そもそも速度差があるのだから、移動距離は長くなる程分断されていく。
その事からも、襲撃地点は街道より約1km程内へと入った場所に設定された。
この位置は追走集団を襲撃しても、先行した機体が引き返す前に、エレノア達の視界に入るギリギリ距離である。
待ち伏せを仕掛ける場所は小さな茂みや林が疎らに混在する、大森林地帯の中に幾つか点在する開けた地形だ。
まだ浅い場所なせいか、それとも地形からか。事前に確認した所、センサーや通信などの状態にも問題は無かった。
グレンは大きな木の幹を背に、白い息を吐きながら寒さに耐え、じっと敵ARRTを待ち構えていた。
視界に映るすっかりと葉が落ち、枝だけとなった木が多く立ち並ぶ光景は、雪が降り続く灰色の空と合わせ、一段と孤独感を感じさせる。
物悲しい風景の一部となっているグレンは、今回の戦闘から全身が白く覆われ、今までとは違う冬季仕様の装いへと変わった。
用意した冬季用ギリースーツは、頭に被っているフードからズボンの先に至るまで、服には白い小さな鱗状の布が幾重にも貼り付いている。顔の部分には真白なバラクラバを被り、外からだと表情を伺う事は出来ない。手袋などもギリースーツと同仕様である事から、全身セットの物を購入した様だ。唯一開放されている目の部分にも、黒いレンズのゴーグルによって保護されている。脇に抱えるいつもの対ARPS砲にも抜かり無く、キッチリと白いテープが巻かれている。装備品で白で無いのはバックパック位で、こちらは都市迷彩系の薄いグレーの物を背負っている。
防寒を施しているとは言え、震えが生じる程の寒さだ。時折確認する身体ステータスからは、ゆっくりとだがHPが減っているのが分かる。
「まだ来ねーのか……」
――アデリナによると、先行の二機の通過が六分後。標的はそれから更に八分後だから、後十四分だね――
「まだそんなに待つのかよっ」
左耳に掛けているヘッドセットの骨伝導スピーカーから、咲耶の状況報告を聞くと、グレンは項垂れる様に膝に手を突いた。
この場で待機しているグレンとキースは、後方から追走する三台のARRT担当である。
つまり先行する二機に見つからず、やり過ごさなければならない。
そして今回はいつもの地雷は使用出来ない。
どちらも同じ進路を進んでいる為、事前の設置でARRTだけを狙うのは難しく、通過後に設置するにも視界に映る前に仕掛けるには、僅か八分と言う時間は余りにも短すぎた。
その為、グレンが今回使用出来るのは対ARPSロケット砲のみとなる。
グレンは寒さで一瞬震えると、硬直した身体を解すように少し動かした。
深々と雪が降る中に、もう三十分はいるだろうか。
ブーツの中の爪先は、すでに痺れと共に鈍い痛みを発している。
すると、ようやく遠くからARPSの歩行音が聞こえて来た。
――そこを三分後に通過するよ。位置を傍受されるといけないから、通過するまで一旦通信を切るからね――
「了解だ。また通過後にな」
左耳のプツンという音を最後に、辺りはARPSの駆動音しか聞こえなくなる。
徐々に大きくなる音共に、グレンの体にも振動が伝わって来た。
グレンは相手を確認する為に、ポケットからタクティカルミラーを取り出すと、そっと木から覗かせる。
「ちっ、一機ずれてやがる……」
予測進路からは大分離れた位置に待機をしている筈が、すぐ間近を通過しようとしている機体を見付ける。
一瞬息を呑むと、素早くミラーを戻し、身体を木に押し付ける。
ここまで来ると、もう逃げる事は叶わない。後はひたすら見つからない様に祈るだけだ。
歩行による振動で木が震え、枝に積もった雪があちこちでドサッと落ちていく。
ひたすら息を潜め、身動き一つせずに隠れていると、すぐ脇を通り過ぎようとしている機体が目に入って来た。
手を伸ばせば届きそうな程の距離を、敵ARPSが通って行く。
流石のグレンでも、戦闘中にこれ程まで敵に近づいた経験は無い。間近に実感すると、その大きさに改めて畏怖を感じる。
ARPSの7mと言う高さは丁度二階建ての家とほぼ同じであり、見つかればその大きさの敵から攻撃を受けるのだ。
ゆっくりと遠ざかる敵ARPSの背中を眺めていると、緊張が途切れたせいか、急にまた寒さを感じ始めた。
自分の正直な身体に苦笑をしていると、ヘッドセットから咲耶の声が聞こえる。
――何、笑っているんだい。すぐに次が来るよ。……と、キースから通信が来たよ――
「グレンさん、大丈夫でしたかっ」
焦った声から、余程慌てていたらしい。
「ああ、何とか回避出来たよ」
「そうですか……。それで標的なんですが、どうやら一台殿がいるみたいです。そいつの相手をお願い出来ますか」
「了解した」
グレンがあっさりと了承すると、「頼みます」と言い残してキースの通信は切れた。
――今度は本番なんだ。死なない様に気合を入れとくれよ――
「大丈夫だ。いつもと一緒さ」
咲耶の不安げな声に、グレンは自信を持って答えると準備を始める。
バックパックからロケット弾を取り出すと、外気に触れ、急速に冷えていく弾を寒さに悴む手で慎重に装填する。
グレンが最近特に痛感するのは、このゲームは待機などの待つという時間が非常に多い事だ。
今まで経験して来た多くのゲームに見られる様な、気軽に多くの回数をこなす戦闘はこの世界には存在しない。
そして遭遇した敵に対しては、慎重で丁寧な対処を要求される。
デスペナルティーがきついせいもあるが、殆どの敵が力押しだけでは損害が大きくなる様に設定されてる。
その為、プレイヤー達は否応無しに様々な戦略や戦術を用いらなければならない状況へと追いやられる。
策を弄する為には、仕掛けと共に待機がセットで付いてくるのも当然の流れと言える。
――グレン、そろそろ敵が来るよ――
今度は咲耶の報告の方が早かった様だ。
暫く待つと、小さな駆動音が聞こえて来た。
先行していたARPSの歩行音とは違い、キュルキュルと言う履帯を回す、その独特の音が聞こえる。
脚部となる戦車が旧式の為、それ程出力が出せず、更に強引に機体を上部に載せた影響でバランスが悪く、機動力は脅威とならない。
今度は予測進路をキチンと進んでいるらしく、10m程離れた位置を二台のARRTが並ぶ形で通り過ぎようとしている。
グレンは二台の通過を確認すると、タクティカルミラーで標的の位置を探る。
すると、30m程遅れた形で向かって来る一台のARRTを見付ける。
戦車のシャーシの上に、一世代前のARPSである82式の上半身が載せられている。頭部は付いているが、腕は左右共に無い。代わりに大型の二連装機銃が左右に一つずつ換装されている。
すぐにミラーを仕舞うと、ロケット砲を脇に抱え、敵の後方へ回るべく林の中をそっと駆け出す。
辺りを埋め尽くした雪は地面の状況を消し去り、脛の中程まで雪に埋まった脚が時折木の根に引っ掛かり、転倒しそうになるのを必死に立て直す。
転んだ衝撃で、万が一にもロケット弾が起爆でもしたら洒落にもならない。
途中何度か脚を滑らせながら、ようやく敵の後方へと回り込むと、ポツンと立った一本の木の根元にある雪の積もった茂みへと身体を潜ませる。
バラクラバで顔を覆った状態での運動は、著しく酸素不足を誘因して、ここまで走って来たグレンは盛大な呼吸を繰り返している。
「はあっ、はあっ、……くそっ、まるで分厚いフィルターでも通しているみたいだぜ」
しかしこのお陰で、極寒の冷気から顔の皮膚だけでなく、鼻や口と言った粘膜も守られているのだ。
暫く経つとようやく呼吸も落ち着きを見せる。
敵ARRTは殿らしく、時折後方を窺う様な仕草を見せるが、まだこちらの発見にまでは至っていない様だ。
グレンは茂みから顔を出すと、無防備な背中を晒す敵へとロケット弾を放った。
背後からの奇襲に、戦車のシャーシでは咄嗟に躱す事も出来ず、ロケット弾は敵ARRTの背中に直撃した。
しかし、一撃ではダメージは与えられたが破壊にまでは至らず、敵ARRTはすぐに信地旋回をすると、こちらに反撃をしてくる。
グレンは次弾を装填する時間を与えられず、咄嗟に脛まで雪で埋もれている地面へと身体を投げ出す。
潜伏場所である茂みでは銃弾を防ぐ事など出来ず、撃ち込まれた弾は簡単に吸い込まれる。
グレンは頭上を飛び交う銃弾に身動き一つ出来ず、また至近に着弾した衝撃で雪を被る度に冷や汗を掻く。
盛大に撃ち込まれていた銃撃が唐突に止んだ。
その隙を逃さず、グレンは起き上がると目の前に位置する林へと走り出した。
その姿を視界に入れた敵ARRTからも、すぐさま銃撃が再開される。
背後から響く銃撃音に追い立てられ、酸素が足りず息苦しさを耐えながら、グレンは必死に走る。
降り積もった雪で何度も足を縺れさせながら、常に射線から外れる様にスキルで強化された身体を左右へと揺り動かす。
林の境目には木々の間に、雪で覆われた大きな茂みが見える。
グレンは銃弾に追い立てられながら、そこに頭から突っ込むと受け身を取りつつ、その勢いのまま何度も転がり奥へと潜り込む。
時間にして十秒にも満たない。だが、その幾倍にも感じられる濃密な時間を体感した。
未だ止む事無く続く銃撃音を耳にしながら、全身を雪に塗れさせた身体を近くの木に寄せると、荒れた呼吸を整える。
「はあっ、はあっ、やっぱり移動の足を早急に探さないと、話にならんな……」
――そうして貰えると、あたしの退屈も少しは紛れるわね――
「分かったよ。街に戻ったら、早速探してみるわ」
今回サイドカーは拠点に置いて来ている。
もっとも持て来ていたとしても、この雪ではまともに乗り回す事など出来はしないだろう。
未だ銃撃は続いているが、幸い位置を見失ったらしく、銃弾は広範囲に散っている。
更に先程までの茂みとは違い、今身を寄せている木は遮蔽に使える位の太さはありそうだ。
グレンは一旦腰を落ち着けると、背負っていたバックパックからロケット弾を取り出して、すぐに装填をする。
敵ARRTは其処彼処に茂みが生い茂っている林へは入らずに、外側からの攻撃に終始しており、初弾が命中した背中からは、黒煙が立ち昇っているのが見える。
「何とか同じ所に撃ち込みたいな……」
――この位置からだと狙えないわよ――
とにかく持久戦は避けたい。敵ARRTは今は林の外に居るが、何かの拍子に入って来られたら、走力の無いこちらはジリ貧となる。しかもそれだけでなく、グレンの場合は外気に晒されているだけで、徐々にHPが減っているのだ。
「こっちから仕掛けるかっ」
そう呟くと、敵に気付かれない様に木から離れ、敵の右手方向へと静かに移動する。
50m程は離れた場所へと到着すると、一本の木の根元に背負っていたバックパックを降ろし、グレンは中を手探りで漁り始める。
――……何探してんだい?――
「確か、幾つか買っていたと思ったんだがな」
そう言うと、ようやく目当ての物を探り当てたのか、口元を緩ませる。
引き出された手には、スタングレネードとダクトテープが握られていた。
グレンは早速取り出したダクトテープを使い、枝にスタングレネードを固定する。
「出掛ける時は、忘れずにってね」
――なんだい、それ?――
「俺の憧れの人の言葉だ」
家に置いてあった父親のDVDを、子供の頃から繰り返し何度も見続けたものだ。
あの人は銃の代わりに、いつも真っ赤なアーミーナイフと芯を抜いて潰したダクトテープを携帯していた。
しっかりと枝に固定し終えると、安全ピンに紐を縛り、簡易の時限装置を作り上げる。
グレンは全ての準備を終えると、元の場所へと戻って行った。
戻って来たグレンは敵の様子を窺い、変化が無いのを確認すると、じっとその時を待つ。
暫くすると、遠くから閃光と爆発音が木霊する。
上手く引っ掛かってくれた様で、敵ARRTは警戒する様に音のした方へ機体を向けると、様子を窺うかの様にその方角へと進み出す。
ゆっくりと移動するARRTの姿は、グレンの位置からだと黒煙を上げ、装甲が破損した背面がはっきりと見て取れる。
外さぬ様、慎重に狙いを定めると引き金をゆっくりと絞り込む。
二発目を受けると、敵はこちらへと振り向こうとしたところで力尽き、機体が停止した。
「ようやく一機目か……」
グレンは周りを確認出来る余裕が生まれると、遥か遠くで撃ち合っている小さな銃撃音に気が付く。
――お疲れ。残りはここから南に620m程行った所に居るよ――
「そうか。ところで、戦況はどうだ?」
ポケットからコンパスを取り出し、方角を確認しながらグレンは問い掛ける。
――えーとね。アデリナの方は一機倒したみたい。GARP達の方は、もう終わったようね――
「じゃあ、俺達はさっさと担当分を倒すとするか」
コンパスを仕舞うと、グレンは一気に南へと駆け出した。
キースの待機場所は、グレンの位置から敵予測進路を挟んだ向かい側となる。
機体を隠す為に、進路からは50m以上離れた位置にある木で遮蔽を取っていた。
スヴァローグは膝立ちでしゃがむ様な姿勢を取り、探索を誤魔化すべくジャミングを掛けた状態で、じっと敵の到着を待っている。
モニターに映し出された、降り続く雪を眺めながら、キースは意味の無い罪悪感を感じていた。
スヴァローグの温度センサーによると外気温は-8℃との事だが、搭乗席内の設定温度は20℃と実に30℃近くも差が生じている。
今日はまだ殆ど風が吹いていないから良いが、これで強風などに晒されようものなら体感気温は更に下がる事となる。
とは言え、搭乗席内が冷暖房を完備しているのは、何も快適性だけが目的では無い。
ARPSの操縦は腕は手首から肘まで、足は足首から膝の間を金属の筒で固定し、操縦者の動きをトレースする事を基本としている。
その為、厚着など動きを阻害するものや、汗などの操縦に支障を来たす恐れのある要因に対処した結果なのだ。
決して苛酷な気象環境を用意した為の、制作側のフォローが理由では無い。
本人が好き好んでやっているとは言え、グレンと自身の待機環境の差を思うと、キースは得も言われぬ気分に陥る。
一人で悶々とした気持ちを抱えていると、アデリナからの報告が入る。
――マスター、先行の二機が五分後に通過します。標的はその八分後に到着予定です――
キースはモニターに小さく映り始めた敵の機体を拡大する。
こちらと同様に白い装甲と銀のカバーが混じった姿が見える。
これがこれからエレノア達が戦う事になる敵ARPSだ。
すると、突然アデリナが慌てた声を上げる。
――マスター、大変ですっ。敵の一機が予測進路を外れ、グレン様の潜伏場所を通過します――
「何っ!?」
急ぎセンサーで確認すると、何か障害物でも避けたのか、突如進路を変えたのちも戻らず、目的の方角へとそのまま進み続けている。
「ちっ、ここまで接近されると、下手に動いたらそれで居場所がばれるな……」
グレンの事だから、慌てて下手を打つ様な真似はしないだろう。ならば、後は運に任せ祈る位しかキースには打つ手が無い。
一番拙いのは、騒ぎ立ててグレンへと通信を入れ、相手に存在がばれる様な行動を取る事だ。
先行する機体はあっさりとやり過ごす気でいたが、思わぬ形で緊張する羽目になってしまった。
「アデリナ、グレンさんの存在がばれたらすぐに援護に動くから、射線軸に入らない位置を割り出しといてくれ」
――了解です。敵ARPS通過します――
モニターでは分からないが、センサー上ではグレンと敵ARPSの位置が重なり合った。
キースは息を呑む様にじっと反応を窺うが、敵のARPSの行動に変化は現れずに、ゆっくりと進んで行く。
徐々に重なっていた印が離れ始め、ようやく無事にやり過ごす事が出来たとキースは確信が持てた。
「……ふう、何とか上手くいった様だ」
――敵センサーなどにも特に変化は見られません。マスター、八分後に標的が到着します――
身体が疲労感に包まれるが、まだ一戦もしていない。これからが本番なのだ。
センサーに映る機影は、僅かに距離を開けて二台が並んで進み、30m程離れ殿と言う形で一台が遅れて付いて来る。
「こいつから倒すか……。アデリナ、グレンさんに通信を繋げてくれ」
――了解です。……繋がります――
「グレンさん、大丈夫でしたかっ」
センサーでしか窺う事が出来なかった為、心配したキースが念の為に確認を取る。
「ああ、何とか回避出来たよ」
グレンの平然とした様子に、キースはホッと安堵する。
「そうですか……。それで標的なんですが、どうやら一台殿がいるみたいです。そいつの相手をお願い出来ますか」
「了解した」
一瞬の躊躇も無く了承してくれたグレンに、
「頼みます」
と一言告げるとキースは通信を切った。
通信を終え、キースは操縦席に背を預けると、グレンのいるであろう位置へと視線を向ける。
「やっぱり、グレンさんは凄いな……」
今回グレンに提案した方法には、それなりの自信はある。
だが、その裏付けと言えるデータは全てスヴァローグで得たものだ。
そして当然その内容をグレンは全く知らない。
それなのに説明を求めず、迷い無く了承をしてくれたのだ。
知り合ってからのこの短い期間で、一体どれ程信頼を寄せて貰えているのだろうと痛感する。
キースの視線の先には、白く染まった木と地面しか見えない。
ギリースーツを着ているとは言え、居ると分かっているキースにもその居場所は知れない。
その事に対しても、キースは流石だと感心していると、アデリナの声で意識が戻る。
――マスター、敵が現れました――
モニターに今回の敵の外観が映し出された。
敵であるARRTにはその性格から、決まった姿や仕様は存在しない。この世に二台と同じ機体は存在しない、と言っても過言では無い。
その事からも、毎回視認作業は必須事項だ。
先頭を進む二台のARRTは、戦車のシャーシの上に、一世代前のARPSである82式の頭部が付いた上半身が載せられている。こちらに近い機体には、腕の代わりに大型の二連装機銃が左右に一つずつ換装されている。その奥には、左手だけが付いた機体が見える。残った左手にはシールドを装備し、右手の代わりには対ARPS砲の砲塔が直接付けられている。
――マスター、グレン様の移動を確認。こちらの射線軸からも外れます――
「分かった。アデリナ、攻撃と同時にジャミングを解除してくれ」
――了解です――
攻撃を開始すれば役目も終わる。それ以上に解除する事で、敵にこちらを意識させ、グレンから目を逸らさせる意味合いも含む。
十分に引き付け、攻撃地点に達した瞬間、キースはこちらに近い両腕が機銃の機体へと銃弾を放った。
三点バーストで三回程撃ち込んだところで、銃弾を受けた敵はようやくこちらに気が付き、反撃が開始される。
キースは地面に薄らと降り積もった雪で滑らぬ様、ゆっくりとスヴァローグを立ち上がらせると、左手の盾を翳して引き撃ちを試みる。
敵も盛んに銃撃を加えて来るが、機体構造だけでなく、雪も影響してあまり速度を出せない様だ。
キースとしても雪上では、ローラーダッシュでの後退は操縦技術が伴わない為に好都合である。
「まあ、そんな事を平然とやってのけるのはエレノア位だ……」
キースは友人と比較して、苦笑いを浮かべる。
実際キースの技量は平均レベルで、それ程悪くは無い。単に比較対象としたエレノアが規格外と言うだけの事だ。
慎重に後ろへと歩みながら、敵にダメージを与えていく。
頻りに反撃してくるが、その銃弾の殆どは盾で凌げている。
――マスター、対ARPS砲の照準を確認っ――
アデリナの警告と同時に、奥の機体から砲弾が飛んで来た。
咄嗟に突き出した盾のお陰で、初弾は何とか凌ぐ事が出来た。
「あれを混ぜられると厄介だな……」
盾を退かした所為で、何発もの銃弾を機体に浴びせられる。
――マスター、現在損傷率14%です――
流石に大型の二連装機銃だけあり、たった一度の攻撃でかなりの損傷を負わせられた。
「ちょっと拙いな……。アデリナ、ARPS砲の射線軸上に、機銃ARRTを挟める位置を出してくれ」
――了解です。……機体誘導開始します――
モニターに小さな画面が現れ、俯瞰図による三機の現在位置とアデリナによる誘導位置が表示される。
キースはすぐに誘導位置へとスヴァローグを移動させ始めた。
すると思惑通り、一向に次弾が発射される様子を見せない。
敵もすぐに気付いた様で盛んに進路を変えるが、その都度こちらもアデリナの誘導位置へと移動して砲撃を防ぐ。
そんな位置の奪い合いもすぐに終止符が打たれる。
間に挟む形となった敵ARRTが破壊に至ったのだ。
キースはスヴァローグを移動させながらも、小まめに銃撃を与えており、敵ARRTは盾などの銃弾を防ぐ物は持っておらず、雪の影響があるとは言え移動力が低く、進路もアデリナにコントロールされた結果、思いの外あっさりと破壊する事が出来た。
「これで残るはARPS砲だけか……」
一台を倒した事で、これから容赦無く砲撃に晒される事となる。
そんな事を思った矢先に、すぐに砲弾が放たれた。
敵は事前に盾を構えていたにも拘らず、砲弾を撃って来た。
盾を翳していた左腕から衝撃が伝わり、その反動で脚を雪で滑らせ、危うく転倒させられそうになる。
「ふう、危ない……」
――マスター、気を付けて下さい。直撃を受けますと、機体の損傷率が50%を超えます――
「そんなにか……、長引かせると拙いな」
キースも先程から何度か銃撃を加えているが盾で防がれ、互いに効果的な攻撃を仕掛ける事が出来ずにいる。
――マスター、残弾三発です。弾倉の交換を――
「解った」
キースは横手に木が密集した小さな林を見付けると、それを遮蔽に利用する事にした。
ローラーダッシュを掛け、素早く横に移動すると、そのまま木々の後ろへと機体を回す。
敵もすぐに旋回をするが、その頃には距離も離れ、木々の後ろへと機体が消えた事で、砲撃にまでは至らなかった様だ。
キースは弾倉を交換すると、暫し対策を考える。
「あの盾が邪魔だな」
すると、おずおずと言った感じでアデリナから提案がなされる。
――あ、あの、マスター。一つ気が付いた事があるのですが……――
「何?」
――はい。先程もそうだったのですが、敵はこちらの速い動きに対応が遅れる傾向にあります。そこで敵に対し、素早い動きを取れば……――
「成る程。さっきも砲弾が来なかったし……。アデリナ、サンキュ」
――い、いえ、お役に立てれば……――
アデリナは一日に二度もキースから褒められ、その言葉からは喜びを噛み締めている様子が窺える。
キースはローラーダッシュを掛けて林を飛び出すと、こちらへと向かい平原を進んでいた敵ARRTへと一気に駆け出す。
機体後方からは盛大な雪煙りを上げる様子は、まるで除雪車の様な有り様だ。
しかし外からは窺い知れないが、搭乗席ではキースが顔を青ざめていた。
雪上でのローラー走行は、歩行時とは比べものにならない程、シビアな操作を要求される。
速度調整も機体操作も少しでもラフに扱うと、挙動は乱れ、すぐ転倒しかけるほどに機体が暴れる。
しかも高い速度域を維持し続けないと、折角のアデリナの助言を無駄にしてしまう。
接近に気付いた敵から幾つか砲弾が飛んでくる。
キースは素早く機体を左右へと回避させる。
回避をする度に滑ったり、スピンしそうになったりと、キースはその都度冷や汗を掻く羽目になる。
そんなギリギリの状況に置かれながらも、キースは敵のARPS砲が据えられた右手側を、銃弾を撃ち込みながら擦り抜ける。
こちらの思惑通り、正面からの攻撃は盾で防がれるが、擦り抜け様の真横からの攻撃は有効の様で、ようやくまともなダメージを与える事が出来た。
キースは林の手前で大きく旋回をすると、再度同様の攻撃を仕掛ける。
そんな攻撃を四回も続けると、戦車のシャーシからは黒煙が噴き出し、盾を持つ手が力無く下ろされた。
その光景を確認して、キースはこの息詰まる操縦からやっと解放された。
「はあ、はあ、雪上での操作がこんなにも大変だとは……」
――お疲れ様です、マスター。冬はまだ始まったばかりですから、すぐに上達されますよ――
「そうだった。春まで先は長いな……」
キースはこの先を思うと、大きな溜息を吐いた。
初となる雪上戦は、それぞれが問題を抱えながらも無事に勝利を得る事が出来た。




