第九話 降りかかる不思議
帰り道。九十九折の坂を登っている時だった。
道路の両脇には紅葉の木がスクラムを組んでいるかのように並んでいて、カーブを曲がってくるまで対向車の姿は確認できない。そんな環境だからか、近年では観光客によるゴミのポイ捨てが横行していると、民宿の女将が愚痴をこぼしていたのを覚えている。
はらりと落ちてきた紙切れも、そんなゴミのひとつなんだろうなあ。そう思って、私はそれを拾い上げた。
「レシート……にしては大きいか」
その呟きは、その紙が何なのか分からない時の思考。手に持ってそれを眺めてしまえば、ちょっとした深刻かもしれない状況に上を向く。
木の根元に、塊があった。
手元に視線を向ける。
その紙は、今は私の財布の中には居なかった。
「ど、どうしよう。お金だよ、お金が落ちているよっ!?」
慌てたように声を出してみるけれど、当然それで解決できるわけもなくて。これは警察かな? 警察に電話をすればいいのかな? 慌ててスマートフォンを取り出して、ダイヤルをプッシュ。
「午後、四時をお知らせします」
あれ、時報? 時報ってこんな感じだったっけ? というか、時報ってまだサービスが継続をしていたんだっけ? そもそも、警察に繋がる電話って何番だっけ?
慌てふためいて、肝心の三桁の番号が出てこない。いや、でも、合っているはずだ。私は確かに、警察に繋がる番号を入力した。そのはずだった。
その記憶は確かなはず、ともう一度プッシュする。
「午前、一時をお知らせします」
「何時間経っているのさっ!」
そうやって、私のもとに不思議が振り注いだ。
十分後。どうしたもんかと立ちすくむ私の下に、名嘉が紺色の制服を身に纏った人物を連れてやってきた。
「あ、カナちゃん、こっち!」
「お待たせ。急に駐在さんを連れてこいって電話が来たときには、驚いたわ」
「何か事件ですか?」
帽子のつばを触りながら問い掛けるのは、この集落に駐在している警察官だ。名前は知らない。みんな駐在さん、って呼んでいるから。
年はまだ若くて、私たちに一番年齢が近い……、いや、伊藤教師も若そうだから、見た目ではまだ判断はできないか。
「あの、お金が落ちていたんです。ほら、あそこにも」
「あら」
名嘉は目を見開いて驚いた様子を表現していた。大して駐在さんは怪訝そうな表情を見せており。どこ? としきりに問い掛けている。
「ほら、あそこの木の根元です。ほら、指の先の」
「全く見えない……。ははぁ、さてはあれだね? 新太さんの案件だ」
新太さん……、というのは、あの怪しい担任教師のことだろうか。
「僕らの目に見えない事態は、あの人の案件らしくてね。だから、僕らはノータッチ。悪いね」
「そうなんですね。では、駐在さんは杏仁先生と親交があるのですか?」
名嘉の質問。その反応をチャンスと見たか。
「あんにん? あぁ、字が同じだものね。いや、親交はないよ。そういう話が来たってだけ。でも、なぜだか信じてしまうんだよねぇ。学校の人たちも彼に雇われているようなものだろう? 権力者かな? いやぁ、怖い怖い」
寒くもないのに腕をさすって、おちゃらけて。彼はそのまま手を振って去っていった。
「えっと、とりあえず、どうしよう?」
「そうね。念のため回収をしておいたほうがいいと思うわ。なんだか……、そう、面白そうだもの」
そうかなぁ? と思いながらも、興味、と言った面ではないとは言えなくない。何故、こんな所に紙幣が、それも塊のようになって落ちているのか。気になるってことは否定できない。
この世界は安全だって、杏仁教師のお墨付きだもの。このような不思議な事件には、首を突っ込んでいっても損はない――はず。
「じゃあ、制服が汚れると嫌だから、着替えてくるよ。カナちゃんは見張っておいて」
「ええ。ついでにアイにも連絡しておくわ」
「あ、それなら男の人もいたほうがいいかな? 体力がありそうなのは……」
「林田。連絡先分かる?」
「うん。よく一緒に野球ゲームをするから」
「へぇ、仲が良いのね」
「変な勘繰りはしないでよ?」
「はいはい」
本当にやめてよ? と念を押して、私は坂を登っていく。
着替えを済ませて戻ってみると、既に林田が作業を始めているところだった。
「よっ! 面白そうだから、チャリで飛ばしてきた」
「この坂を? 体力あるね」
「それだけが取り柄だから、な」
彼は準備が良くて、大きな紙袋をいくつも持参していた。私が持ってきたのは、私の借りている家、前の持ち主が残していった一輪車だ。ねこ、と言ったほうが伝わりやすいだろうか。人が乗るものではなく、ものを載せるあれ。
「お前だったら乗れそうなサイズだな」
「うっさい」
ぶすっと頬を膨らませながら、私も木の枝を掴みながら斜面を登って、紙幣の塊を道路に落とす作業を手伝う。落ちたものを、名嘉がせっせと紙袋に詰めていった。
「お待たせー。うっわ、想像していたよりも多いなぁ」
作業も粗方終わったタイミングで、相川が到着した。動きやすそうな、つなぎ姿で、私の寄れて伸び切ったTシャツとジャージではオシャレ強度が段違いだ。
「おろ? いや、アユ。それ首元緩すぎ。少し屈んだら見えちゃうよ?」
「え、そうかな? 林田、見えた?」
「俺に振ってくれるなよ……」
俺は純情です、と言ったようにそっぽを向く彼を笑いながら、中身が詰まった紙袋を、みんなで手分けをして一輪車に載せた。入り切らなかったものを下敷きにして。
「アイちゃんの家のほうがいいかな?」
「いや、この荷物を載せながら下るのは怖いな。お前の家の方がまだ良い」
「じゃあ、頑張ってね」
「はいよ」
そうして、一輪車を押して坂道を歩く林田を、私たちは精一杯応援して……。一番美味しそうにコーラを呷った。
「この一杯のために、応援を頑張った」
「それならせめて、太鼓くらいは持ってくれよ……」
「自転車は持ってあげたじゃない」
「それはどうも」




