第十話 先ず把握
前回のあらすじ。道端で大金を拾った。
「これ、どうしようか?」
紙袋に詰まったそれが、土間の片隅に並べられていた。林田が持ってきた紙袋は五枚あったが、入り切らなかった分は直接一輪車に載せられ、まだ外に置かれたままだった。
「私たちにしか見えないパターンらしいから、大人には相談できないよねぇ」
やれやれ、と肩をすくめた相川。発見時にはきちんと警察の人を、名嘉に頼んで連れてきてもらっていた。けれど駐在さんと呼ばれる彼から、それが見えないものであることは告げられたのだ。
この手の不思議が見えるのは、おそらく紅葉谷高等学校に通う生徒だけ。つまり、私たちが解決しなければならないことになる。
ここ、私の家に集まったのは、相川、名嘉、林田の四人。これで解決できるような事態なら、良いのだけれど。
「俺たちにしか見えないんじゃあ、スーパーで使うこともできないよな。なら一体、これの利用価値は何なんだよ」
「これで浴槽を満たして、憧れの現金風呂にしてみたらどうかしら」
「お、名嘉も冗談を言うんだな。ちょっと意外」
「そう? こう見えてジョークは嗜むのよ?」
「例えば?」
「お金の使い道なんて一つだけ。兵士を雇うの。私兵だものね」
「知的なジョークだことで」
一つ分かったことがある。ジョークを言ったところで解決はしない。
「悩んでいるようだな」
そんな私たちに、救いの声。開けたままだった玄関扉を背にして、ダンディな小さなおじさんが私たちを眺めていた。
「何か知っているの?」
「さぁね。だが、物事の本質を知るためには、往々にしてその物の数というものを知らなきゃならん」
「物の数?」
私たちのやりとりを、みんなは静かに聞いていた。こういう時は、上がり框は椅子になれるから便利だ。
「そう。例えば四人で焼き肉を食べに行ったとする。カルビを一人前頼む。提供されたそれは、何枚だ? 四枚あれば丁度いい。五枚だったら、誰が何枚食べるかを相談しなくてはならない。そう、話し合いってのはな、物事の数を正確に把握してから始まるもんだ」
なるほど、四人で行ったのに一人前しか頼まない、その意味が分からない。けどまぁ、言いたいことは分かるつもり。
確かに私たちは、大量の紙幣があることは把握しているのだけれど、それが何枚あるのかは分かっていない。それを調べることで、なにか手がかりが分かる可能性もあるのか……ということだよね?
「うへぇ、これを数えるって? 正気か?」
「他に考えうる術は今のところないのよ? やってみる価値はあると思うわ」
冷静そうな顔をしているけれど、この中で一番この状況を楽しんでいるのは、名嘉である。彼女は率先して紙袋を一つひっくり返して、銀行員顔負けのスピードで数え始めた。
――ピンポーン。
どこかでチャイムが鳴った。
「呼び鈴?」
相川の質問に、私は首を振った。
「この家、インターフォンはないから」
「ちょっと待った。おい、なんか、視界の隅に妙なマークがないか?」
林田が、妙な一点を見つめながら言った。
私もその妙なマークとやらを探してみる。どこかなぁ、視線を一回転。右下の方に、なんというか……。
「これ、何ていうマークだっけ? 何とか括弧?」
「あー、そういうのもあるねぇ。でも、数学とかにもなかったっけ?」
相川と一緒に首を傾げる。すると、名嘉がため息。
「山括弧。もしくは不等号」
「えー、お前らそんなことも知らねーのー?」
「尻馬に乗らないで」
「すんません。俺も知りませんでした」
圧倒的に知識人が足りない。名嘉の負担がでかすぎるパーティーだ。
「あら、これ、指で触ることができるみたいよ。感触はないけれど、なにか、パソコンのウィンドウみたいな……」
「カナってば凄い好奇心」
呆気にとられる相川を余所に、私もそれを押してみる。
「これ、ゲーム画面だ」
そのウィンドウには、真っ黒な背景に白い文字が浮かび上がっていた。『ロールプレイング殺人事件』。どこかで、見かけたことのある文字のような……。
「これ、図書室にある本のタイトルだ」
「図書室ぅ? なんでそこの本のタイトルが、こんなふうに表示されるんだよ」
「分かんないよ。林田も、訊く前に自分で考えてみなさい」
「分かりません。教えてください」
「私も分かりません」
生産性のない会話。
「それってどんな本?」
「ミステリー、だったかな?」
名嘉の質問に、思い出すように答える。
「でも、読んではないの。シエルが読んでいたみたい」
「彼女が?」
「じゃあ、あいつが仕組んでいるってことか?」
林田の疑問に、みんなが思ったことだろう。失礼ながら彼女の怪しさならあり得るかも……と。
「彼女が仕組んだ、というより、彼女が手に取ったから、と考えたほうがいいかもしれないけれど」名嘉は冷静に言う。
「あ、そっか。喋る猫とかも、アタシが言ったことが現実になっちゃった、みたいなところもあるかもだもんね。カナ、さっすが」
「あぁ、メアリーみたいなもんか」
「メアリー?」
相川の問い掛けに、林田は答えようとしない。
「恥ずかしい思いをしたもんねー」
「うるせぇよ」
駄目押しをする悪戯。ついでに、そのウィンドウをタップしてみる。画面が切り替わる。ドットの文字が表示される。
「新しい文字。〈職業を選択してください〉、か。ふへへ、面白くなってきた」
「おぉ、アユが水を得た魚のような顔を」
「アユだけに?」
「アユだけに」
やっぱり、生産性のない会話。




