第八話 不思議は不可視
「体育って、苦手だなぁ」
普段授業を受ける教室とは違う教室。私たち女子グループは、そこで着替えを行っていた。
私は少し憂鬱になって、服を脱ぐペースもスロー。みんなはもう着替え終わっていて、時間潰しに花を咲かせている。
「でもさ、人数が少ないから団体スポーツはやりにくそうだよね?」
私の愚痴を相川が拾ってくれたけど、そうなってくると少人数でのチーム同士の戦いとなり、ミスが目立ってみんなのフラストレーションが……。
「み、ミスをしたらごめん……」
「この年にもなって、そんなことで怒る人なんていないでしょー」
そう言って笑ってくれるけれど、苦手なものは苦手なのだから仕方がない。出来ることなら、一人で黙々と取り組みたい。誰かの足を引っ張りたくない。あぁ、ネガティブはどんどんと加速する。
「そう言うのは、格好良いところを見せたいって言う裏返しの感情なんだろうな。それを果たせないから恥ずかしくなるんだよ。いいか、こういう時は、ミスした自分の愛嬌を讃えるんだ。ほらな、男子はきっと、絆されるぜ?」
えっと……。私、服を脱いだところだよ?
「いやぁぁぁっ!? おじさんが窓から覗いてるっ!?」
「小さなおじさん、だ」
「それに何の意味があるっていうのっ!?」
窓を空けて、デコピンをして追い払う。油断も隙もないとはこのことか。
「アユも大変だねぇ」
「あれって、警察に通報しても何とかなるものなのかな?」
「どうだろうねぇ。というか、観光客の人にも、ああ言うものって見えているのかな?」
「どうなんだろう? 桜のシーズンはそろそろ終わりらしいけれど、まだちらほら観光客はいるよね。訊いてみる?」
「よし。では、放課後にインタビューだ!」
「二人とも、そろそろチャイムが鳴るわよ」
時計を見れば、結構ギリギリ。私は急いで着替えを済ませて、相川と一緒に教室を飛び出した。
放課後を迎えるまで、私はなんだか、ぼーっとしたように過ごしていたように思う。信じられないことが起きた、というか、でも、それが当たり前でしょって、思うような。
「びっくりするほど、動けるようになっていた」
体育の授業で行われた五十メートル走。記録は、七秒と少し。平均より速い? この私が?
「私の、秘められた力が開花したっ!」
ふるふると震えながら、私は両手を見つめる。
「はぁ。何かをする度に、ここが異世界だって思うようなことが降りかかるのね」
その事実が不快だと言うように、名嘉は眉をひそめて言った。彼女もまた、中学の頃よりも速くなっていた。
「クラス全員、平均よりも速くなっているみたいだね」
相川も同じ。他のみんなはさすが異世界、って受け入れているようだけど、ここまで来ると、答えに直結しそうな質問しか思い浮かばなくなってくる。そうすると必然的に日誌の答えは『ノーコメント』となり、小さなおじさんのような、ああいったものがどうやって生まれるのかも分からない。
「やっぱり、先ずは最初の回答を経験したほうがいいのかもねぇ」
名嘉は顎に指を当てて「そうね……」と考える。
「今積み重なっている回答の候補がどうなるのか。それを確かめないことには、どうしょうもないのかもしれないわね。なんて格好をつけてみるけれど、正直なところ。この世界でどんなことができるのか、どんなことが起きるのか。少し興味が出てきてしまったわ」
それは、私も同じ。
「あーだこーだ考えながら過ごすのも、疲れちゃうもんね。シエルンが言っていたように、アタシたちにはデメリットはないんだからっ!」
「あ……、そう言えば本当にデメリットがないかを訊いていなかったね。伊藤先生は安全は保証されているって言っていたけど、それはよく分からない存在に対することだし」
「歩の言う通りね。今更だけど、その質問を書いておきましょうか」
教卓から日誌を取り出して、質問を書き出す。いつの間にか、これは私たちの仕事になりつつあるように思う。
「これからどんな質問をしようかなぁ。なんか、気が楽になった気がするし」
「好きなご飯とか訊いてみたら? ほら、アイちゃんは料理が得意だし、先生に好きなものを作ってあげたら、絆されるかも?」
「三不粘、とかって言われたら困るけど、チャレンジしてみる価値はあるの、かな?」
「サンプーチャン?」
「中国の――お菓子だったかしら?」
「カナはよく知っているね。材料はシンプルなんだけど、面倒なんだよねぇ」
「作れるの?」
「自信はないよ。お菓子系ってレシピがしっかりしているから苦手なんだよねぇ。アタシは、アタシの思うがままの道を行きたいっ!」
実際、彼女が作ってくれたオムライスはとても美味しかったから、その発言を聞いても笑うしかない。
「じゃあ、折角の放課後。観光客を探して突撃インタビューをしてみようか!」
「突撃インタビュー?」
「あ、カナちゃんには話していなかったよね。観光客の人は小さなおじさんが見えたり、喋る動物と出会ったりしたのかを訊いてみるの」
「へぇ、面白そう。それならスーパーの近くに民宿があるから、そちらの方へ行ってみる?」
「それもいいけどさ、どうせだったらキャンプ場を覗いてみない? アタシ、気になっていたんだよねぇ。どんな設備があるか」
それならそれで、おやつが欲しくない? パンとコーヒーを勝手、自然の中で味わおう。
そう話をつけて、私たちはスーパーへ向かった。そしてパンとコーヒーを買い、ついでにと民宿を訪ねてみる。
「この時間帯は、みんな観光に出掛けているわ」
話を聞いてくれた女将さんにお礼を言って、私たちはキャンプ場へ向かう。因みに、女将さんは小さなおじさんとか、喋る動物の類は見たことがないらしい。
「アタシたちみたいな、若い人にしか見えないとか?」
「むしろ、あの高校に通っている学生、ではないかしら」
学校を右手にまっすぐ進むと、分かれ道。そこで一台の車が私たちの前に停まった。
「良かったら、乗っていくかい?」
「安全運転を心掛けるなら」
警戒したように言うと、スピードキングはこう言った。
「俺が如何に安全かどうか、確かめさせてやるよ」
その言葉に目を輝かせたのは、相川だった。彼女はこの車と出会うのは初めてだったし、挑発的な物言いのそれに興味をそそられていた。
真っ先に運転席へ乗り込み、仕方がない、と言ったふうにため息を吐いた名嘉が助手席に座る。
ジェットコースターとか、苦手なのに……。と、不安に顔を歪めながら、後部座席にしぶしぶ乗り込んだ。
「俺に乗っていれば、絶対に安全なんだぜ? それを、望んだ奴がいるからなっ!」
そう言って、フルスロットル。下り坂を爆走。そして目の前に現れる乗用車。
キャンプ場からの帰りの車だろうか。なんて冷静になる自分と、終わったと諦める自分。あまりに突然の事態に、声も挙げられなかった。
そこからは、なんだかスローモーション。スピードキングの車体は乗用車にめり込み、私たちの身体も吸い込まれていく。ダッシュボードを抜けて、運転手の身体と重なった。
その時見えた彼の表情は、にこやかで。助手席の女性と会話をしているようだった。
荷台に積み込まれたキャンプ用品をすり抜ければ、私たちは変わらず、キャンプ場へと続く道を走っている。
「俺のスピードを、邪魔する奴はいねーのさっ!」
これで、理解できた。彼らの姿は他の人には見えないし、触れることもできない。私たちだけが特別。それらに触れられることで、私たちも、多分その影響を受ける。
キャンプ場に侵入し、乗り付けた私たちを、誰も咎めることはなかった。




