第七話 和風建築だから……
セーラー服を脱いで部屋着に着替え、おやつを食べながらゲームでもするかぁ、と寝室を出た時。玄関から私のことを呼ぶ声がした。
この家にはインターフォンはなくて、チャイムのようなものもない。小さなおじさんが呼んでいるのだろうか、とため息をついて玄関へ向かうと、曇りガラスから見える影は、私よりも遥かに大きかった。
「はーい、どなた?」
「俺、林田。ちょっといいか?」
家まで来て、ちょっといいかはないでしょう。なんて思いながら鍵を開けて、にこやかな彼の表情を視界に収めた。
「珍しいね、家まで来るなんて」
「まぁ、な。あの……、さ。武藤から聞いたんだけど、お前ってゲームのコレクションをしているんだろ?」
「うん。してる」
「野球のレトロゲームもあるのか? 俺さ、バントでホームランを打ったみたいだよ」
「へぇ、よく知ってるね、そんなこと」
「動画で見てさ、気になっていたんだよ。それで、ある?」
「あるけど……、ただではやらせてあげない」
「聞いてる。コーラとポテチは持ってきた」
「はーい、一名様、入りまーす」
望んでいたものが、向こうの方から転がり込んでくるなんてね。ちょっとしたラッキーに微笑みながら、林田を玄関に通す。
「お邪魔しま~す」
「お邪魔しま~す」
そこで沈黙。
「に……二回言った?」
「い、言ってねーよ」
そういう反応をするということは、私が聞いたものは幻聴ではなかったということか。確かに、今、もう一人の声が聞こえた。
でも、その声の正体は不明である。林田の後ろに人影はないし、彼をすり抜けて、私の目の前を通った人も居ない。
「ち、小さなおじさんかな?」
「いや、そいつなら鶏小屋にいたぞ? ほら、今も……」
玄関から鶏小屋の方を覗くと、野良猫と睨み合っている小さなおじさんが見えた。
「じゃあ、違うのか」
「はぁ、また新しい変な奴か? お前、本当に好かれているんだな」
「やめてよ、クラスでも噂になるし、本当に恥ずかしい」
上目遣いに睨みながら、早く入れと尻を叩く。玄関はしっかりと施錠しておこう。何が入り込んだのかは分からないけれど、杏仁先生曰く、この手のものは、気にしなくても良いのだから。
ダイニングルームで氷を入れたグラスを用意して、ゲーム部屋へ向かう。
「うっわ、ボードゲームも結構あるんだな」
「親のお下がりが殆どだけどねぇ。もう引っ越しも面倒だから、一生ここに住んでも良いくらい」
「ははっ、そういう客を呼び込むのが目的だろうしな」
コーラを注いでおいて、とグラスをテーブルに置くと、私はモニターの配線をレトロゲームのものに差し替える作業を行う。
こんな面倒なことをしなくても、楽に切り替えられる方法はあるだろう、と思う。けれど、こうやって作業をしている時間が私は好き。だから、どうしても楽な方へは進んでいけない。
押し入れから収納ボックスを引っ張り出して、目的のソフトを探し出す。
「操作方法とか、分かる?」
「いや、分からない」
「じゃあ、先ずはお手本を見せるね」
ゲームを起動して、モニターの前に座る。モニターは二種類あって、ゲーミングチェアに合わせた高さのものと、ラグの上に座って観る用のもの。今回はラグの上に身を寄せる。
「……ちょっと近いよ」
「あ、ごめん」
「謝るなよ、もっと押せよ」
そして沈黙。
「下世話な奴が紛れ込んだね」
「最悪だ……。二人っきりの雰囲気を作り出せれば、押し切れるかもって思ったのに」
「はぁ? じゃあ、ゲームは口実? サイテー」
「いや、違う。何言ってんだろ、ゲームは本当なんだ。それにかこつけただけなんだ。俺さ……、中学の時には野球部だったんだよ」
胡座をかいた膝の上に肘を乗せ、手に顎を置いて神妙な表情で語りだした。
「本当は、野球の強い高校を受験しようとしていてさぁ。実際に受験をした。でもさ、気が付いたらこの学校に入学していた。何でだと思う?」
「分からないけど……、なんとなく、理由は分かるよ」
「そっか。まぁ、俺はさ。多分死んだんだろうなぁ。なんとなく、それは分かる。あのクラスには、さ。多分二種類の人間が居るぜ」
「二種類?」
「死んだやつと、死んでいないやつ。家を内見したってやつが居てさ。俺はしていない。なんかおかしいと思ったけど、多分、そういうことだと思う」
私は、彼をじっと見つめている。なんでそんな話をするんだろう、って言うのが素直な疑問。
「男子はその手の奴が多かった。死んだ奴だなぁ、ってはっきり感じたのは、武藤かな。あいつ、多分、ファンタジーな世界の生まれだな。体育の前、着替えの時に胸にでっかい傷跡が見えたから」
「寂しくなった?」
「バブみかよ。甘えさせてほしくてきたわけじゃない。最初に言った通り、ここへはゲームをさせてもらいに来ただけだから。ほんと、なんでこんな話をしてんのかなぁ」
ここへ来て、何かを話したくなってしまった? 秘密を、話してみたく? まさか……この部屋が原因?
「そうか、『壁に耳あり障子に目あり』か、もしくは『闇夜に目あり』か」
私がそう言うと、どこからかガタリと、何かが揺れるような音がした。
「あははっ! 気付かれちゃったよ。気が付かれちゃったなぁ。やっぱり面白い。この世界は面白い!」
「な、なんだ? どっかから声がするぞ?」
「良いから。林田、こう言うのは気にしなくていいの」
「は?」
なんとなくだけど、察することができたかもしれない。
頭の中で、喋る動物や車、小さなおじさんが駆け巡っている。思えば、それに関わることを私は口にしたように思う。
そういったものが、形となって現れる。
出現するのは、どういったメカニズムなのだろう。発言なのか、想像なのか。自分以外の人のそれも、トリガーに?
分からないことだらけだけど、気にしてしまうのは、おそらく思う壺。だから、そういうものだと思っている方が、精神的には良いと思う。
どこまで実現するのか、気になるなぁ。安全は保証されているそうだけれど、踏み込めないのは小心者の表れか。これも、質問するべきことなのかも。
「もしかしたらだけど、日誌に書かれることは、忠告にもなるんじゃないかな。先生、『気にするな』って、言っていたもの。どうしても気になるんなら、来年の三学期の最後の授業の後、これがおかしいって指摘すればいい」
「ちょっと待てよ、じゃあ、これは、今のこれは、おかしくないことなのか? というか、ここでの生活は安心できるのか?」
そういう質問は、日誌にしてよ、と私は笑う。
「口は災いの元、ってことかな? 下手に怖がるほうが駄目のかも。分からないなぁ、誰かがコントロールしていても不思議じゃない。だから、気にしない。だから、多分、おかしくない。この世界では当たり前。当たり前のことだから、ここが異世界だという証拠にはならないの」
「なんかもう、難しいなぁ。結局のところ、どうすればいいんだ?」
「それが分かれば、苦労はしないだろうねぇ」
なにか、こう、決定的なものがあると思う。それがどうすれば導き出せるのかは、全く分からないけれど。
シエルは、何か気が付いているのだろうか。彼女の姿は、学校以外で見ることはない。彼女は一体、どこで暮らしているんだろう。
「それはともかく。メアリーとでも名付けようかな。こいつがいると秘密を喋りたくなってしまうのかな?」
「当たりー」
「気にしないでいれば、その影響を受けないのかな?」
「またまた当たりー」
「林田は、ほら。邪な感情でこいつを意識しちゃったから」
「はぁ……、悪かったな」
「女の子を意識するのも、程々にね?」
「最悪。俺、絶対にこの世界に良いように弄ばれるわ」
「そういう時は、コーラだよ」
グラスを押し付けると、彼は一気に飲み干した。
「うっし、ゲームをしようか。バントでホームランを出すのも、なかなか難しいからねぇ。集中していくよ」
「よっしゃ。嫌なことも、スカッと打ち出すかっ!」
「その意気!」
わざと違うことを教えてやろうかな? なんて悪戯心も湧きながら、私達は真摯にゲームに取り組んだ。
「かっ飛ばせー、はーやーしだ」
「あーっ! もう、こいつうるせぇっ!」
「林田。気にしない」
「そうだぞー」
「お前らは、なんでそんなに気が合ってんだよ……」
もはや、慣れた。




