第六話 無駄な回転数
学校帰り。
「おう、おかえり」
「ただいま」
鶏小屋に住むダンディな小さなおじさんに迎えられるのも慣れてきたけれど、少しだけ、気になることもあった。
それは、あの日、日誌に書いた彼や、喋る動物の存在を問い掛けたその答えが、『気にするな』という簡単なものだったことに対する不満ではない。
「ねぇ、朝は見かけないけれど、どこに居るの?」
「レディのバスローブに包まっているのさ」
それは、ダンディなのだろうか。更に増えた疑問を頭の片隅に追いやって、私は玄関をくぐった。
「折角の田舎暮らしで、ゲームばかりしているのも勿体ない気がするなぁ」
レベル上げに夢中になっていれば、気が付けば夜の八時。夕食はまだ食べていなかった。
モニターに映るロールプレイングゲーム、進行度で言えばまだまだ序盤。なのにも関わらず、プレイ時間は十五時間程は経っているだろうか。
慎重な私は、余裕を持ってボスに挑むのだ。この辺りに出現する敵では、レベル上げは効率が悪いのかなぁ、と思ってからが本番。焦れったく上がるレベルにカタルシスを覚えるようになる。
お菓子で誤魔化そうか。そう思ったのだけれど、先日、相川と武藤とで繰り広げたゲーム大会で、その殆どを失っていたことを思い出した。
手持ちのお菓子を賭けた勝負は、白熱して面白かった。そのツケが、今の私を襲っている。
セーブをして、スマートフォンを待って部屋を出る。縁側のある廊下を進んで一番奥の部屋が、ゲーム部屋。この家で一番広い場所で、コレクションルームも兼ねていた。
部屋を出ると言っても、襖を開ければ隣の居間に繋がっている。そこで財布とエコバッグを手に取ると、私は玄関へ向かう。
スーパーまでは、のんびり歩いても二十分ほど。学校とは近い距離にあって、昼休みにパンや弁当を買いに走る人もいる。営業時間は朝の七時から夜の九時まで。冷凍食品、ラーメンやハンバーガーの自動販売機あり。
まだまだ、充分間に合う時間帯。むしろ、売れ残りで割引されているものを狙うチャンスだ。
浮いたお金で中古ゲームでも買いに行こうか。バスに揺られて一時間で街へ着く。それもまた、ここでの生活の楽しみだった。
外に出ても、声は掛けられない。小さなおじさんの姿もなかった。
春の星座を全く知らなかったから、星空を見ても「綺麗だなぁ」と言う単純な感想しか出てこない。
敷地を出て、九十九折の道路を歩く。日中ならたまに車は通るけれど、この時間に走行音を聴いたことはなかった。
だからだろうか。いきなり背後で響いたクラクションに、私の体は、思わず跳ね上がった。そして前のめりに尻餅。逃げようとして四つん這いになったけど、失敗した図。
背後にいたのは、見覚えのない車だった。
「なに、この、え、これなに?」
車だと思ったのは、四つの車輪があったから。カピバラの鼻のように伸びたボンネット。丸い二つのライト。屋根のないオープンな車体。
これは、いつの時代の車? 私は唖然としながら、そのライトの光に包まれていた。
「女の子が、こんな夜に出歩いたら危ないぜ? 乗りな。送っていってやるよ」
「えっと、だれ?」
「スピードキング。そう呼びな」
えっと、車が喋ってる? またおかしな奴が出た。これを気にするなって、無茶な要求じゃない?
不審に思う私は動けなくて、それが苛つかせているのか、スピードキングはまた、クラクションを鳴らした。
「轢き殺されてーのか、馬鹿野郎め。早く乗れっ!」
「は、はいっ!」
脅されてしまえば、要求を飲むしかない小心者な私。無意識に助手席へ乗り込むと、運転席には誰も居ない。なのに、声が聞こえる。これを気にするなって、やっぱり難易度高くない?
例えば、ロールプレイングゲーム。洞窟のマップ。壁の向こうに宝箱が見えているのに、どこを見てもそこに辿り着く道はなくて。でも、そこにあるなら開けてみたい。でも、辿り着けない。そんなモヤモヤ。
「し、シートベルトは?」
「そんなもの、あるかよっ!」
「きゃぁぁぁっ!?」
ど、どこに掴まれば良いのだろう。さっぱり分からないけど、車は急発進をした。カーブが迫る。スピードはまったく落ちない。
「いやぁぁぁっ!?」
右に曲がる。右に傾く。左の車体は浮いているのに、まるでバイクのように走っている。え、明らかな外車なのに右ハンドルなの? そんな疑問は、風とともに置き去りに。
それよりも、耐えろ、耐えるんだ私。そして――。
「す、スーパーへ行って!」
「任せろっ!」
それまで、絶対にトイレは我慢するっ! 出かける前に済ませておけばよかったっ!
頭の中で叫んでいるつもりだった。声に出していたかどうかは、よく分からない。そんなことを考える余裕もなく、私はスーパーの自動ドアをくぐったら、直ぐにトイレへと駆け込んだ。
「歩――」
すれ違った誰かに声を掛けられた気がしたけれど、「ごめん!」と声をかけて個室の中へ。
はぁ、ここはきっと、天国だ。違いない。無事にスーパーへ辿り着いたのかどうかなんて、些細なことのように思えてしまう。それくらい、荒っぽい運転だった。
運転? あれは運転というの? 走り、かな。だって、運転手は居なかったのだし。
「あ、トイレットペーパーがない」
まさかの地獄行き。
「歩、上から紙を投げるわよ」
「え? あ、わっ」
突然掛けられた声と、振ってきたトイレットペーパーに慌てつつも、しっかりと受け取ってお礼を言う。
「え、っと、ありがとう」
「ゲームコーナーに居るから」
今の声は……、名嘉だろうか。そう言えば、すれ違った人が眼鏡を掛けていが気がする。もしも彼女が眼鏡を掛けていなかったら、私は気が付いたのかな? なんて、少し失礼なことを考える。
トイレを出てゲームコーナーへ向かう。入り口から一番遠い奥のスペースにあって、雑多なゲームが並んでいた。
エアホッケーだったり、メダルゲームだったり、こんな所にあっていいの? と思うパチンコだったり。六百回転でも無理、なんて噂されているものだった。
「カナちゃん、ありがとね」
「いえ、私が使ったときになくなってしまって、店員の方に補充を頼むつもりだったの。あなたが入ったから、代わりにね」
個室は三つあったけど、うち二つは故障中という罠。
名嘉はじーっと、吐き出される銀の球を眺めていた。
「パチンコ、好きなの?」
「そういうわけじゃないけど、大当たりを動画で撮ると、それがクーポン代わりになるそうなのよ。それがなんだか気になって。でも、そろそろ諦めようかしら」
噂の六百回転は過ぎていて、期待をするには時間が経ち過ぎていたらしい。
「なんだか魚介類が食べたくなってきたわね。フィッシュバーガーでも買って帰ろうかしら」
「もしかして、晩御飯まだだった? 私もまだなんだぁ」
「家に寄っていく? ここから近いのだけど」
「うーん、でも、帰りが遅くなっちゃうから。ただでさえ、変なのに絡まれた後だから」
変なの? と首を傾げる彼女に、「まだ居るかも」と行って駐車場の方を指さす。どうやら気になるらしく、私もついて外に出ることにした。
「おう、早かったじゃねーか。帰りも送っていくぜ」
「本当に、変なの、ね」
口の端を引きつらせながら、彼女は言う。スピードキングにはもう少し掛かると告げて、再び店内へ。
「あなたって、こう、何かフェロモンでも出しているんじゃない?」
「どんなフェロモン? どうせなら無機物じゃなくて、もっと可愛らしいものが良かった」
「例えば?」
「うーん……、ビキニ鎧の女騎士?」
「なにそれ」
キョトンとされてしまった。ちょっとしたジョークは通じなかったけれど、気分を変えられたのなら、それでよし。買い物をして、それぞれ袋を提げてスーパーを出た。
「折角だから、私も乗ってみたいのだけど。この子とは家が反対方向なのだけど」
「別にいいぜ。どっちの方が近いよ。そっちから先に寄る」
「私よ」
「あいよ」
そんなやりとりの後、彼女はごく自然に運転席へと乗り込んだ。荷物は後部座席に。振り落とさないよう、安全運転を頼む。
「ふむ……。良い尻の形だ。お前さんの方が好みだな」
変態だぁ、と僅かに腰を上げようとして、シートベルトがないことを思い出して怖くなった。スピードキングは発進をする。捕まる場所を探してあたふたする。
隣を見ると、名嘉はステアリングを掴んでいた。
「その手があったかっ!」
「良いわね、車。高校を卒業したら、免許を取ろうかしら」
「あ、代わって、場所を変わって……」
「私の方が近いから」
「す、スピードキング、次に会うときは最新モデルになっていてねっ!」
「無茶言うな」
家に帰って袋の中身を確認すると、割引弁当の中身は無残にも寄っていた。




