第三話 新しいけど古い
校門前、自動車では登るのも降るのも少し面倒に思うだろう坂道を降りると、道は二手に分かれている。目の前には田んぼ。レンゲソウが綺麗に咲き誇っていて、この地域は他の地域に比べ、早めに季節を感じられるらしい。
私と相川はその分かれ道を右へと曲がる。
学校をぐるりと回るような格好になって、どんどんと山の方へ向かっていく。五分ほど歩けば再び分かれ道になって、上り坂の先に私の借りている家があった。
「じゃ、またね!」
元気よく手を振って、相川は下り坂を下っていく。秋になれば色付く木々が、アーチのように迎えてくれている。湾曲した道の先に、その姿は吸い込まれるように消えていった。
五分間で出来た会話は、それほど多くはない。
彼女の趣味は料理。私の趣味はゲームのコレクション。どんな料理が好きか。どんなゲームが好きか。互いの知識を披露する。
質問と回答のラリー。それは所謂、様子見だろうか。これから上手く付き合える相手かどうかの確認。
私は、彼女のお眼鏡に叶ったのだろうか。
私が疑いを持ったシエルは、私のことをどんな目で見ていたのだろうか。
少し、自分に対する評価を気にしてしまう。
中学の頃は、出来ない子って評価を下されてしまった。それが悔しくて、でもどうにも出来なくて。それでも、どうにか出来たんじゃないかなぁって、それがまた悔しくて。
私はただ、彼女が消えた道を眺めながら、軽く、両手で頬を叩いた。
「ポジティブだよ、私。これから何年一緒に過ごすか分からないんだから」
先ずは、良好な関係を築く。それだけを目標にしよう。
振り返って、上り坂。緩やかだけど、自転車だったら相当なスピードが出ることだろう。それは非常に怖い。鈍臭い私では、直ぐにコントロールを失ってしまう。
「安全な乗り物って、なんだろうなぁ」
自転車でも、自動車でも。早く空を飛ばないかなぁ、って思った。
そこから十分ほど歩く。自動車に配慮をしたのか、九十九折の道のりだった。ここから上は展望台しかなくて、相川が進んだ先のさらに先、橋を渡って川を越えるとキャンプ場がある。
慣れない道だからと、パンフレットを片手に歩いて、暇潰しに読み込んでしまった。まだ昼には時間があるし、着替えたらスーパーでも覗いてみようか。観光名所らしく、パンフレットにしっかりと載っていた。
木立の隙間を通ると、広い庭が見える。車一台がやっとの隙間だった。駐車場にしか役立たなそうな庭の隅に、使われなくなって久しい鶏小屋がある。
鶏、か。爪が鋭いし、嘴は鋭いし。ちょっと怖いけれど、羽根はもふもふとして気持ちよさそうで。
「小さくなって、跳び乗ったら面白そうだよねぇ」
なんて、ちょっとした妄想。
例えばそこに鶏を入れたとして、一年後にはどうなっているのだろうか。消えてなくなる? まだそこに居る? 一年生を繰り返す瞬間って、どんな感じなのだろう。
「ポジティブに、なってきたかな?」
なんだかワクワクしてきて、自然と笑顔になってくる。こんなことでワクワクできるのは、ごく普通の日常を望んで、それが何度でも体験できるかもしれないという期待感からだろうか。
「ただいまー」
誰もいない家だけど、きっと、愛着が持てるはず。引っ越し作業で忙しくて、まだあまり見て回っていなかったと思い出して、玄関に鞄を置き去りにして、そのまま踵を返してその全貌を眺める。
二階建ての日本建築。
縁側があって、鎖樋が重厚な感じ。
雨戸はシャッターになっていて、新旧チグハグな感じが面白い。
二階には残念ながら、ベランダは見当たらない。その代わりと言ってはなんだけど、庭の隅の木にハンモックが吊るされていた。
家の裏手には階段があって、五メートルほど下に川が見えた。もしも相川の家に伺う用事でもあったのなら、河原を進んだほうが早いのだろうか。いずれ、確かめてみるのも良いだろう。
総じて、面白そう。満足して中へ入ると、上がり框が迎えてくれる。土間はコンクリートになっていて、下駄箱の上には木彫りの熊。所々に、前の所有者の残り香がある。
左手に廊下。右手にはダイニングキッチン。昔は土間から地続きで竈があったらしいけれど、今ではリフォームされて近代的な装い。
玄関の正面にはトイレと洗面所、浴室があるのだけど、その入口が丸見えというのは、なんだか少し恥ずかしい気がして。棚とか、パーティションみたいなものを置いたほうがいいのだろうか。なんて考えていれば、上がり框に足を取られて転びそうになる。
「お邪魔――」
何というタイミングで玄関が開くのだろう。そして、なんていうタイミングを目撃されたのだろう。
恥ずかしさからか、身体が震える。私は四つん這いのまま振り返って、その人物を睨みつけた。
「み、見てない。うん、何も見てないよー」
「黒かった?」
「いや、白かった……。あ」
次からタイツかストッキングを履いておこう。そう心に決めて、正座をして向き直った。
「……いらっしゃいませ、相川様」
「うん、あはは、えっと、ちょっと自分の中で盛り上がっちゃってね。早く遊びに行きたいなぁ、と思って、家に鞄を置いて走り出しちゃった」
反省反省、と彼女は右手を頭の後ろにおいて笑った。真っ先にやってくるのが、自分の家。近いからってだけの理由だろうけれど、それでもなんだか嬉しくて。私も釣られて笑ってしまった。
「何のお構いもできないけど、上がってく?」
「いいの? いやー、私の家って元は別荘で、西洋風なんだよね。こんな和風なところも気になっていてさぁ。ちょっと楽しみです」
自分の靴を隅に寄せて、彼女を向かい入れる。
「あそこ、曲がって直ぐの家なの?」
「うん、割と近いよ。でも、ここまで来るのは大変そうだねぇ。曲がってばっかり。川から行ったほうが早いかも」
「あ、やっぱりアイちゃんの所からも下りられるんだ」
「うん。階段があってねぇ。河原もそこまで歩きにくくなさそうだし。昨日、下りてみたんだけどね。川、冷たくて気持ちがいいよ」
スイカがよく冷やせそう。そう笑う彼女の好きな季節は、きっと夏だ。
とりあえず、お茶を淹れようか。彼女を伴ってダイニングキッチンへ向かう。
「何飲む? コーラしかないけど」
「聞く意味ある? コーラ好きだけど」
ダイニングテーブルは四人がけ。私にとっては少し高いと感じる椅子も、彼女には適度なサイズに見えた。
氷をいっぱいに入れたグラスを差し出して、ペットボトルのそれを注ぐ。パチパチと弾ける炭酸。カランと響く氷。涼しげで、夏を先取りしたような雰囲気。セーラー服はまだ冬服だけど。
「ねね、一緒に遊びに行かない? スーパーに行って、名物のパンを食べたりさ。展望台にも行ってみたいよね」
「そうだね、河原を歩いてみて、スーパーへ行って、帰りに展望台かな?」
「良いルートじゃーん。パンフレットを見てもさぁ、ゲームセンターなんかもないんだよね。カラオケもないし、アパレルなんて持ってのほか。あるのはスーパーの片隅にある売り場だけ」
「あー、ゲームセンターなんてないよね、やっぱり。学校帰りにゲーセンとか、ちょっと憧れだったけど」
「ねー! でも、スーパーにはゲームコーナーがあるらしいよ。店主のコレクションで、無料!」
「どうせ、子供だましのものでしょ?」
「ふふーん、ところがどっこい。この集落に子供なんて居ないんだなぁ。私たち以外」
つまりは、ご老人の楽しみにつながるもの。昔懐かしい、歴史に取り残されたゲームが拝めるのだろうか。
それはそれで、ちょっとワクワク。
冷たいコーラは長くは留まれなくて、直ぐにグラスは空になってしまう。それは、長くここにいてはいけないという合図だろうか。つまりは、発馬機は開いたということで。
「うし、じゃあ遊びに行こうか! 色々と考えなきゃならないことはあるかもしれないけれど、それは追々。アタシたちには、まだまだ時間はあるのだもの。今は素直に、楽しもうよ!」
それはまるで、自分に言い聞かせるような台詞。みんなそれぞれ、思う所があるのは当然か。
「じゃあ、私、財布を取りに行ってくるね。学校の鞄には入れてなかったっけ」
「あ……、財布。そうだ、忘れてた。キャッシュレスに慣れすぎてたぁ」
結局、相川の家に寄るのは確定事項でした。




