第十九話 思い出
試験管の中に、蠢くなにかがあった。
室内にはスピーカー。常に様々な情報が流れている。天気予報、ニュース、バラエティ番組、更には人の会話をサンプリングしたであろうもの。
二畳ほどの室内で、まるで試験管の中に居る存在に聞かせるように、常にスピーカーは向けられていた。
気が付けば、猫が一匹座っていた。
『一人は、寂しいね』
どこからか、声が聞こえた。
「そうなの?」
猫が言った。
『だって、楽しかった』
どこからか、声が聞こえた。
「だとしたら、きっと、そうなんだろうね」
猫は言う。
「君が何を願ったのか、当ててあげようか?」
猫は笑う。
「人と居るのは嫌。でも人と居たい。愛されたいけど、関わりたくない。でも、やっぱり人が恋しいから、自分が気に入る人と一緒にいたい」
猫は、そっと試験管に触れた。
「八方美人は終わりにしたら? 僕はそういうの、望んでいないからね」
猫の視線が、こちらを向く。
「君、少し深く繋がりすぎ。とても気に入られているんだ。ちょっと羨ましいよ。そう言うの。まったく。あのチビはどうして、人の秘密を覗きたがるんだろうね」
――そこで、目が覚めた。
ゆっくりと上体を起こして、顔に掛かった髪を払う。
あれは、何の夢だったのだろうか。あの試験管は……。考えなくとも、なんとなく、あれが誰だったのかは気が付いたつもり。
気が付くと、枕元にヤマネがいた。
「君の名前、ピクだから」
「その不名誉、甘んじて受け入れます」
器用に頭を下げるヤマネ――ピクを見ながら、私は頭を切り替えることにした。
「とりあえず、人手不足は若干ではあるけど解消されそうだし、私は私で戦士と向き合ってみようか」
疑問点は一つ。戦士の三つあるステータスの内、防御力はどんな要素に作用しているのか、ということは。
戦闘の仕様としては、攻撃を食らったら体力――と仮称する黒丸が一つ減る。どのモンスターからも、それは変わらないようだった。
つまり、防御力を上げた所で、意味はないのではないか。
もしかしたら上げることで攻撃を無力化出来る、なんて要素があるかもしれないけれど、防御力を意識しすぎて、他の能力が下がってしまった場合、上手くモンスターを倒すことが出来るのか、という不安がある。
理想を言えば、相手よりも確実に早く行動をして、一撃で倒すこと。それが出来れば、探索はスムーズに行える。
でも、防御力を犠牲にするのは、ちょっと不安。
「全部ひっくるめて、上限まで上げられるようなイメージって、あるのかなぁ」
パジャマとして身に着けている、浴衣を脱いでいく。
これは子供の頃――というほど昔ではないかもしれないけれど、旅館に泊まった際に気に入ってしまって、帰宅してからも、欲しいと両親に我が儘を言って買ってもらってから、ずっと買い続けているものだ。
もちろん、その旅館のものではないけれど、淡い水色と紺のストライプが気に入っている。
あの時は、確か山梨へ観光へ行ったのだったか。縦断道が出来て地元からのアクセスが良くなって、出掛けてみよう、という話になったのだと思う。
ゲームが好きなお父さんは、常々歴史に関するゲームを遊びながら、私を胡座に載せてこう語っていた。
――父さんが一番好きな戦国武将はね、武田信玄なんだ。『風林火山』って言葉が、気に入ってね。
「お父さん、ありがとう」
それって、はっきり言って、最強のイメージじゃない?
学校へ向かうと、相川の様子が少し違っていた。
どこかツンとした表情を浮かべているけれど、私たちの下へ来ると、大輪の花を咲かせてくれる。けれど、私と名嘉の話が盛り上がってくると、少し不機嫌。
ちょこちょこと、私の髪の毛先を弄ってくる。
「アユって、髪の毛ずっと下ろしているよね?」
「うん、親からは勿体ないから切るなって言われるけど、正直、面倒なんだよねぇ。邪魔だし」
「縛らないの?」
「私、不器用だから」
「あはは、俳優みたーい。アタシが縛ってあげようか」
そうしてポニーテールに仕上げられて、毛先が弄ばれる。
この調子なら、上手く行きそうだ。彼女の内面を覗きてしまったことに、若干後ろめたさを感じながらも、私は、さらに一歩進めることを喜んだ。
そして放課後。
大金をピクが変化したスピードキングに詰め込んで、キャンプ場へ向かった。
「で、学校では攻略法を思い付いた、なんてことを言っていたけど、どうなんだよ」
攻略法と言うか、本格的にゲームが進められるかもしれない、と言うことで、それぞれが動きやすい格好をして集合した。私はTシャツとジーンズ。名嘉も似たようなもの。相川はツナギで、林田はジャージ。
名嘉のジーンズはピッタリと張り付くようなもので、ストレッチ性も良さそう。私のダボダボとしたらタイプとは違って、なんだかとても女性的で、お洒落な感じがして……。
「軽く敗北感」
「は?」
「あ、いや、何でもない。それより、攻略は進むと思うよ。ね、アイちゃん」
「え、もしかして、気が付いてた?」
そういうやり取りがあるかもしれないと思って、学校帰りにそのまま集まらなかったのだ。
「てことは、まさか?」
「どうりで様子が変だと思った」
林田が相川を見る。名嘉も変化に気が付いていたようだけど、おそらく、朝のうちに手懐けていたと感じていることだろう。
「超獣神忽、出来るようになりましたー」
「ついでに私も、最強の戦士のイメージが出来ると思うよ」
これで私は戦闘に集中できる。これで少なくとも、キノコの謎は分かるはず――だよね?




