第十四話 超獣神忽戯駕
戯駕とは、この集落周辺に暮らす動物が備える力。即ち、想像を力とする能力である。
例えば、狐が油揚げを食べたいと思えば、油揚げを出現させて食べることができる。想像をしている間は、腹が満たされる。そういう想像や、会話といったことも、戯駕によって成り立つのだ。
その力を人間でも扱えるようにするのが、超獣神忽という技。
動物と心を合わせ、一つとなることで戯駕を扱えるようになるものだが、その習得はなかなか難しいという。けれど、きっかけはとても簡単で。それは既に、私はクリアしていることだった。
「大事なのは、同じことを想うこと。だってさ。スピードキングとか、林田は知っているメアリー、小さなおじさんも、同じ動物が変化していたものなんだって」
見た目はとても小さな動物で、先程スマートフォンで調べてみたら、ヤマネというらしい。
「同じことを想うって、お前は何を想ったんだ?」
林田の問いに、私は簡単に、けれども少し恥ずかしそうにして答えた。
「鶏に――動物に、小さくなって跳び乗りたい。彼も、人間に跳び乗りたいって思った。似たような思考だったから、偶然、通じ合っちゃったんだろうね」
だから、私の思考が少し漏れてしまったらしく、私の願いを表現した小さなおじさんだったり、便利な車だったり、私と同じ境遇の人は居ないのか知りたい、という微かな願望を叶えたり。
そう、確かに通じ合ってしまったんだ。
そして、もうすぐホームルームが始まるとチャイムが告げる。
人目を避けるように美術実習室の陰に居た私たちは、渡り廊下に戻って上履きに履き替える。
持っていた上履きのかわりにローファーを持って、下駄箱に入れる。
再びチャイムが鳴る。けれど、今までこの時間に、担任教師が現れたことはなかった。
何食わぬ顔で教室へ入ると、相川は手を振って席へと向かった。
「猫ちゃんと仲良くなれるのかなぁ。アタシの前に現れたんだもの、楽しみ!」
廊下側のドア、一番近い席の吉田は、その呟きをキョトンとした顔で聞いていた。
「猫? 可愛い猫でも見たの?」
「あはは、アイちゃんの家に、一度出たんだって。また会いたいなぁ、って話していたんだよ」
そう言って、私はなんとなく、誤魔化してしまった。
席に戻って、名嘉と顔を合わせる。
――言ったほうが良かったかな?
――クラスの前で、注目を浴びて説明したいの?
小声で会話。それは少し恥ずかしいので、今回は内緒のお楽しみ、ということにしておこう。
このクラスのホームルームは、日誌の確認で終わる。当たり障りない質問に、当たり障りない回答。恋愛話は総じてスルー。好きな食べ物は日本酒。
いや、食べ物じゃないんかい。クラスみんなで突っ込んだ時は、思わず笑ってしまったものだ。
授業が終わり、放課後。
高校になって、一気に授業が難しくなっていない? 相川と慰め合いながらの帰り道。分かれ道で別れた私の前に、見慣れたレトロな車が停まった。
「おかえり」
「ただいまー。みんなは着換えてから来るって。私たちはその前に――」
「特訓、だな」
スピードキングに乗っている間は、クラスの人以外には見られることはないし、触れることもできない。
彼の中で私は、彼と心を一つにしようと目を閉じて集中をした。
「――で、心を一つにするって、どうするの?」
「知らん。やったことないし」
「ところで、メアリーの時と小さなおじさんの時、そんでスピードキングの時で、キャラが違いすぎてない?」
「格好をつけたい年頃なんだろ」
「なにそれ、テキトーじゃん」
そうやって笑い合えるのだから、気が合うのは確かなのだと思う。
「少し、ドライブしようよ」
クラスの人にはバレないように、キャンプ場の方へと進路を取った。
「ねぇ、君の望みはなんなの?」
それは、自然に出た言葉だった。
彼は私の望みを叶えてくれていたけれど、私は彼の願いを叶えられていたのだろうか。
「――人間と一緒にいられて満足、っていうのは、違うんだろうなぁ」
人間に跳び乗りたいって願いながらも、今までそれを成していない彼。その心は、一体どこにあるのだろう。
「俺達の中には、二つの考えがあるんだ」
「俺達って?」
「この辺に住む動物」
「考えって?」
「この状況をありのままを受け入れるのか、どうしてこうなったのかを、知りたいって思うのか」
それは……、後者の考えは、まるで私たちと同じ様な?
「お前と、同じような気がした。でも、それで一緒にいて、その願いは叶うのか? それが分からない。だから、力を貸せないんだと思う」
そんな彼に、私は何で答えればいいのだろう。
正解が出るのは一年後だ。それも、正解できるかどうかは分からないし、今のところ出来ない可能性の方が高い。
安請け合いなんて、とてもじゃないけど出来そうもない。だから、少しの間、黙ってしまう。
キャンプ場の駐車場に停まった。
「もしも、だよ?」
私は口を開いた。改めて考えてみて、思うことがある。
「答えが出た時に、もしも、この世界が急に終わってしまうとして。今のあなたは、満足できる?」
「――分からない。それって、みんなが居なくなるということ?」
少し、寂しそうな声色だった。
「何もかも、分からないからさ。みんな、せめて思い出を作りたいのかなぁ、って思う」
少なくとも、男子は話し合いをした。私の言葉の通りの結論だったのかは分からないけれど、なんとなく、女子はそう言った心の動きを見せているのだと思う。
正直なところ、私の中身は『僕』の部分が大きいから、そこの機微には少々疎い。話を合わせてくれている相川と名嘉には、感謝してもしきれないくらいだ。
中でも龍崎と、吉田。あの二人は顕著だと思う。まるでようやく巡り合えた二人かのように、常に一緒にいて語り合っている。
この時が長く続けばいいと、積極的に異世界のことを考えていないような……。そんな雰囲気が、僅かな時間しか経っていなくとも感じ取れた。
「分からないけど、折角、出会ったのに直ぐにお別れっていうのは、なんか、勿体ないと思う」
ゆっくりと、考えるように紡がれる言葉。
だから、私はこう応えられるのだ。
「私も、同じ。こんな楽しそうな出来事にあってさ、なんだか直ぐに答えを出すのが勿体なく思えちゃった。――もう少し、遊ぼうよ」
「――うん」
車体が溶けるように淡い光になっていく。その光が、私のなかに溶け込んでいく。
揺れ動く髪が視界に入る。白みがかった褐色。濃い褐色も見える。髪色が変化したのだろう。耳から伝わる感触も、なんだかいつもと違う。
触れてみると、頭の上に動物のような耳があった。
「あーあ、決め台詞でも言えばよかった」
揺れるフサフサとした尻尾を、私はただ、面白そうに眺めていた。




