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そのもの、陽のオーラを纏いてコフィ農園に降り立つべし~廃嫡王子に巻き込まれた辺境村の改革記~  作者: Mel


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24 循環する村

 商人レイバンとの取引が無事に終わり、広場には彼が持ち込んだ数々の物資が所狭しと並べられていた。

 王都で流行しているという布地や、裁縫用の糸、そしてずっしりと重い砂糖の袋。ゼイニークが目録と照らし合わせている傍らで、子どもたちが無邪気に中身を物色している。


「センセー、ちょっといい?」


 木陰で書き物をしていたトーマスの背後から気の抜けた声がかかる。振り向くと、シグリッドが片手に麻袋をぶら下げて立っていた。


「コフィのカスを取っといてたんだけどさ……これってなんかに使えないかな?」


 覗き込んだ麻袋の中には、筵に広げて乾かしておいたコフィのカスが大量に詰まっている。律儀に残していたことに驚きながら、トーマスは使い道に頭を巡らせてふむぅと唸った。


「……炭を作るには材が細かすぎますな。それに、コフィのカスだけでは十分な熱量も得られますまい」


 一度は首を横に振ったトーマスだったが、ふと手を止める。炭では無理でも、もう少し違う形であれば——。


「……ですが、そうですな。炭団——というものをご存知ですか?」

「たどん?」

「炭の粉や乾燥させた植物のかすを、糊や少量の粘土で固めた燃料でございます。コフィのかすだけでは燃えにくいでしょうが、竈に残った炭の粉と混ぜれば試す価値はありましょう。燃料としては薪ほど強くはありませんが、持続性と安定性に優れます」

「えっ、それ超便利じゃん! ホットコフィの保温にちょうど良さそうだし」


 シグリッドの目がきらりと光る。トーマスは静かに頷いた。


「試す価値はありましょうな。問題は固めるための粘土です」

「あ、それなら俺、あの小川のとこで見たよ。子どもたちが素手でこねて遊んでたとこ」

「それならば、早速材料を見繕いましょうか」


 にっこりと笑ったトーマスは手元の書き物を片付けると、コフィのカスの山へと歩みを進めた。


 あくる日。

 広場の片隅では早くも、乾燥させたコフィのカスと竈から集めた炭の粉、少量の水、そして小川のそばで採取された灰色の粘土が、子どもたちの手によってぐちゃぐちゃに混ぜられていた。


「うわ、べっちょべちょ!」

「これ粘土じゃなくて、泥団子じゃん!」

「違うってば! センセーが言ってたでしょ、乾かせば固くなるって!」


 子どもたちは手と服を泥だらけにしながらも面白がって夢中で黒い団子を量産していく。彼らにしてみればこれは作業ではなく遊びの延長なのだろう。

 キャッキャと楽しげな声が広がる中、子守りから解放された女たちはコフィの実から集めた果肉でジャム作りに精を出していた。


 ちなみに、その「ジャム作り」を提案したのは——意外にも、マチルダであった。


「……コフィの果肉を捨てちゃうの、勿体なくないですか?」


 広場でコフィづくりを眺めていた彼女が、ふとシグリッドにそう尋ねたのだ。


「すぐ腐っちゃうからおやつに食べたりしてるけど……なんか使い道あるかな?」

「ジャムにしちゃえばいいんじゃないですか? 私の領地では野ベリルがたくさん採れるので、ジャムが名産だったんですよ」

「へえ、ジャムかぁ。マチルダも作ったことあるの?」


 何気ないシグリッドの問いかけに、マチルダは一瞬だけバツが悪そうに目を逸らす。そしてややあってから小さく頷いた。


「……貴族の娘が台所に入るのは下品だって怒られて、ずっとこっそり作ってたんです。だって……他の人が作ると甘みが足りないんですもの」

「ふぅん、なんで下品なんだろ? 変なの。ま、ここだったら誰も気にしないからさ。そのジャム作り、任せてもいい?」

「い、いいんですか? その、私なんかに任せて……?」


 戸惑いながらも目が輝くのをシグリッドも見逃さなかったのか、「もちろんだよ」と白い歯を見せて笑うシグリッドにマチルダは嬉しそうに頬を赤らめた。


 こうして始まったジャム作りは最初こそ手探りだったものの、果肉を煮詰める甘い香りが立ちのぼり始めると、女たちの間に次第に熱が入っていった。マチルダが慣れた手つきで果肉を刻み、鍋に砂糖を加え、木べらで絶えず鍋底をさらっていく。


「焦げやすいから、鍋肌には絶対につけないでよね」

「甘い匂い……これ、あのコフィの果肉なの?」

「少し酸味があるからきっとパンにもぴったりよ。メリルの実はある? レモニーの代わりになるの」


 マチルダが小声で提案すると、隣にいた女が目を丸くしながらも頷いた。

 最初の鍋は水気が多く、パンに塗れば流れ落ちるほど緩かった。そこで炊き出しを担当する女たちが火加減を調整し、マチルダも砂糖の量を少しずつ変えていく。

 

「……うん、これなら美味しいじゃない!」

 

 やがて、マチルダの納得のいくジャムが完成し、煮沸消毒された壺に詰められ、広場へと運び出された。


「子どもたち、お待たせ~! パンに塗って食べてごらん」


 おどおどしていたマチルダに代わり、奥様衆の一人が誇らしげに声を張る。差し出されたパンの切れ端に赤褐色のジャムがたっぷりと塗られ、子どもたちの口へと次々に運ばれていく。


「……あまっ!」

「おいしい! なんか、ベリルっぽい!」

「パンがごちそうになったー!」


 歓声が弾けるや否や子どもたちは一斉に群がり、今度は大人たちが「味見」と称して列をなす。おやつどころか次の食事にどう使おうかと話は尽きることがなさそうだ。


 一方その頃シグリッドたちは、広場の一角で炭団の仕上げに取り掛かっていた。


「……これが燃えるんですか?」


 不安げに呟いたのは火の番をしていた長老の一人。日陰で火を見守りながら、成形されたばかりの炭団の山をじっと見下ろしている。


「乾けばちゃんと燃えるはずですよ」


 隣にいたトーマスが落ち着いた口調で断言する。それはかつて読んだ文献の知識と、実際の作業を経て得た確信に裏打ちされた自信から来る言葉だった。


「乾燥までどれくらいかかるんですかの?」

「日照にもよりますが……この時期なら二日ほどでいけるでしょう」


 トーマスの見立てに長老は腕を組んでしばし黙考した後、ぽつりと口を開いた。


「……ならば、わしの火鉢で試してみようかのう。夜中に湯をわかしておけば若いもんがホットコフィを直ぐに飲めるじゃろ」

「それ、最高じゃん!」


 笑顔で食いついたのはシグリッドだった。彼は手についた泥をぱんぱんとはたきながら思いきり親指を立てる。


「もうすっかり火の番の達人だね、じっちゃん!」


 その軽口に長老は思わず吹き出し、子どもたちと一緒に泥団子の天日干しを手伝い始めた。


 ——そして数日後の夕刻。見事に乾燥した炭団の試し焚きが始められた。


 火鉢の中に炭団を三つ並べ、火のついた炭を炭団の間へそっと差し入れる。数分後、炭団はほとんど煙を上げることなく芯からじんわりと熱を放ち続けていた。


「……これは、使えるな」


 ぽつりと呟いた長老の目線の先で、鉄瓶がぐつぐつと湯気を立てている。


「明朝まで火が持てば、正式採用でございますな」

 

 そして翌朝、火鉢の底にはまだほのかな赤い火が残っていた。それを確かめたシグリッドがひときわ大きく拍手をする。


「センセー、これってカフェでも使えるよね? コフィを入れたポットの保温とか、日が落ちたらテラス席の足元用に湯たんぽみたいにしたりとか、超よくない?」

「良案かと。使い道のなかったカスを再利用でき、長期保存も可能と利点は多い。特に肌寒さを覚える日には重宝するでしょうな」


 その話に興味を示したのが、意外にもゼイニークだった。


「ふむ……。この炭団、型へ押し込んで四角く固めれば積みやすいうえ、輸送中にも崩れにくくなりそうですな。余剰分は商品化してもよいかもしれません」

「新たな名産ってこと? いいね! ジャムにもなるし、燃料にもなるし、コフィって本当に無駄がないよね。……ゼイニークさんが、この村にコフィを持ち込んでくれたからできたことだね」

「そ、そのようなことは……。私ひとりでは、ここまで考えが及びませんでした。が、そう言っていただけると多少は報われるものがありますな」


 戸惑うように言葉を漏らしたゼイニークに、アルフレッドがわずかに目を細める。


「……死ぬほどこき使われたことは忘れねぇけどよ。あんたがコフィを持ち込まなきゃ、この村がとっくに潰れてたのも事実だ。その点だけは認めてやるよ」

「ふ、ふん。貴様に認められたところで、腹の足しにもならんわ!」

「この糞デブ……! ちょっとだけでも見直して損したぜ! おら、今度は狩りに連れてってやるよ! 猪が出るかもしんねぇからな、囮くらいにはなるだろ!」


 囃し立てる若者たちにゼイニークが連行されていく。

 その背中を見送りながら、トーマスはシグリッドと肩をすくめて笑った。


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