23 小話1
太陽が中天に差しかかろうとする頃、昼休憩を告げる鐘が鳴り響いた。作業を中断した若者たちはそれぞれ休憩場所へと移動を始める。
その中には農具を片付け終えたシグリッドの姿もあった。
彼は農園を見回し、周囲から村人がいなくなったのを確かめると、気が抜けたように大きなあくびを一つした。
「シグリッド様。お疲れでございますか」
「ん~? いや、ちょっと眠りが浅くてさ」
「おや、昨夜は早くに床に就いていたと思いましたが」
もともとシグリッドは寝るのが早い。湯浴みを終えたトーマスが部屋に戻ると、だいたいは眠りについている。
ふたりが館へ戻る道すがらそんな話をしていると、彼は周囲をきょろきょろと見渡した後にトーマスに身を寄せて声を潜めた。
「久しぶりに見たよ。……あいつのこと」
「あいつ? ……まさか、向こうにいる本来のシグリッド様のことでございますか?」
「そ。何度か話しかけたけど反応がなかったから俺の声は聞こえてないみたい。でも、様子は分かったよ」
本来のシグリッドが日本という国でどのような生活を送っているのか。もちろん気にならないわけがなく、トーマスも自然と耳を近付ける。
「それで、いかがお過ごしなのでしょうか。お元気にしていらっしゃいましたか?」
「……俺さ。教室ではいつも誰かしらに囲まれてたんだよね。今日はそんな気分じゃないなーって時でも、みんな寄ってきてくれるの」
「……はぁ」
シグリッドこと紫呉は、遠い目をしてみせて——。
「……教室のど真ん中で、遠巻きにされてた。究極のぼっち状態」
どうやら学院での話のようだ。そして周囲から遠巻きにされるその光景は、かつてシグリッドが通っていた学院でもよく見られたものだった。
トーマスにしてみれば驚きでもなんでもなかったが、紫呉には相当な衝撃だったようだ。すっかり脱力しきったように項垂れている。
「そりゃゼミの教授も驚くよね。喧嘩でもしたの? って、声もかけてくれるよね」
「馴染みのある方であれば……そう聞きたくもなるかもしれませんね」
「それなのにさ。『誰だ貴様は、用もないのに気安く話しかけるな』って。そりゃないよね」
「それは……」
トーマス自身がシグリッドから何度となく浴びせられた、実に覚えのある言葉だった。
「なんで律義に学校行っちゃうかなぁぁぁ。しかもさ、ちゃんとノート取ってたんだよ。字、何書いてるか全然分かんなかったけど。マジ意味わかんないアイツ……」
「も、もしかしたらシグリッド様なりに、日本という世界に馴染もうと努力されてるのかもしれません」
「そっかぁ。でも違うよね? やり方がまったく違うよね?? えええ、ほんとなんなの……いったいどんな教育を受けてき——」
そこまでぼやいた紫呉はハッとしたように口をつぐんだ。隣を歩く男こそがその教育係であることを思い出したのだろう。トーマスが思わず頭を垂れて「力及ばず……」と詫びると、失言だったと気づいた紫呉は取り繕うようにぶんぶんと両手を振った。
「違う。センセーのせいじゃない。これはそう、完全にアイツ個人の性格の問題だから」
「その性格の矯正もできず……誠に面目ございません」
「あああ、違うの、ほんと違うの! うん、いいじゃん孤高の人って。俺には絶対真似できないことだからさ。いいんじゃないかな、そういう神林紫呉がいたっていいじゃん!」
もはや最後の方は支離滅裂になっている。これ以上からかうのも悪いだろう。「冗談ですよ」と顔を上げると、紫呉はあからさまにホッとしたような表情を見せた。
「でもま、うん。これからうまくやってくれるといいんだけどね」
「本当に。こればかりはご本人に頑張っていただかなくてはなりませんが……」
「それかあれかな。早く元に戻れるように、俺がこっちでもっと頑張んないといけないのかな……?」
ぽつりと呟かれた言葉はトーマスの望まぬもので。今度はトーマスが慌てて「そうではございません!」と否定する羽目になってしまった。




