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そのもの、陽のオーラを纏いてコフィ農園に降り立つべし~廃嫡王子に巻き込まれた辺境村の改革記~  作者: Mel


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21 アラピカ貴族の交渉術

 そんなやり取りがあった数日後。

 ゼイニークが手紙を出していた噂の商人がついにアラピカ村に姿を現した。

 

 乾いた轍の音を響かせて数台の荷馬車を連ねてやってきたのは、顎髭をたくわえた三十代前半ほどの男。身なりこそ小綺麗に整えているが、仕立ての良さを台無しにする胡散臭い笑みが顔に貼り付いている。

 

「やあやあゼイニーク様! お得意様からの急なご指名とあっちゃあ、飛んでこないわけにはいきませんからねぇ。このレイバン、馬を駆けて参上しましたぞ!」

「嘘をつけ、嘘を! いつもよりも遅いくらいではないか! こちらは散々待たされたのだぞ!」

「あっははぁ、手厳しい! いやはや、お得意様は大陸各地にいらっしゃいますからねぇ。この辺境まで足を伸ばすのも一苦労なんですよ。……おや、そちらの御方は。もしや、噂に名高いシグリッド殿下で?」

 

 馬を降りた男——レイバンと名乗った商人の胡乱げな瞳がシグリッドに向けられた。

 王都を騒がせた廃嫡騒動は各地を渡り歩く商人の耳にも当然届いていたのだろう。ゼイニークが「いかにも。今はこの村の領主であられるシグリッド様だ」と紹介すると、レイバンは恭しく頭を下げた——が、その目は値踏みするように細められている。

 

 世間知らずで傲慢な、都を追われた馬鹿王子。おだてて王族のプライドをくすぐってやればどんなガラクタでも高値で売りつけられるに違いない。

 レイバンの顔にはそんな浅ましい計算が透けて見えるようだ。

 

「いやぁ、お噂はかねがね! 殿下のためとあらばこのレイバン、選りすぐりの品々をお持ちしましたよ! バナニーニバナーガの苗はもちろん、上質の砂糖に最高級の布地……ええ、ご要望通りすべて揃えてきましたとも。ただし、これほど急な手配でしたからねぇ……お値段の方は、少ぉしばかり張りますが」

「そこをなんとかするのがお主の仕事であろう! 私とて相場は大体分かっておるのだからな!」

 

 青空広場に敷かれた布の上に次々と商品が並べられ、ゼイニークが鼻息荒く交渉のテーブルについた。

 商人相手の金の計算となれば、かつての財政官としての血が騒ぐのだろう。レイバンが吹っかけてくる法外な値段をゼイニークが脂汗を流しながら一つひとつ叩き落としていく。だが、レイバンもさるもの。口八丁手八丁で、のらりくらりとかわしていく。

 

「いやいや、ゼイニーク様。相手は仮にも王族ですよ? そんな安物をあてがうわけにはいかないでしょう。特にこの布地なんかは今、王都でも人気の一品です! これ以上の値引きはうちも赤字で干上がっちまいますよ」

 

 レイバンが自信満々に広げたのは鮮やかな色彩の布。それを見た瞬間、後ろで控えていたマチルダがわざとらしく大きなため息をついた。

 

「ちょっとアンタ。それ、人気だったのは二年前じゃないの。質が悪いわけじゃないけど、最新の流行品としてその値段を取るのはおかしいわ。色使いも古臭いし、こんなの今の王都じゃメイド服の裏地にしか使われないわよ」

「なっ……! お、お嬢さん、適当なことを言うもんじゃあない。これは間違いなく最新の……」

「適当ですってぇ?! この私の目は誤魔化せないんだからね!」

 

 都落ちしたとはいえ王都の社交界で生きてきただけあって、それなりの審美眼は持ち合わせていたようだ。痛いところを突かれた様子のレイバンが、引きつった笑いを浮かべてたじろいだ。

 

「……じゃ、じゃあ、この銀の食器セットはどうです! 殿下が使われるのに相応しい、西方の由緒正しき工房の……」

「またまた~」

 

 今度は、シグリッドがひょいと小ぶりの食器の一つを持ち上げた。彼はスプーンの裏側を光にかざし、鼻で笑う。

 

「これ、銀メッキだよね? ほら、ここだけ銅っぽい色が見えてるし。別に銀メッキでもいいんだけどさ、値段はちゃんとそれ相応なんだよね?」

「ぐっ……! こ、これは、その……職人の手違いで……」

「ふん。流行遅れの布に、銀メッキの普及品。それ自体は用途があるゆえ買い取ってやらぬでもない。が、提示額の半分だ」

「そんな! ここまでの手間賃がまるで考えられてないじゃないですかぁ! それならこちらにだって考えが——」

「……ふむ。廃嫡された愚鈍な元王太子と見くびり、随分と阿漕な商売をされているようだ。……ところで貴方。レイバンと名乗られましたが、確か西のアルスター男爵家の三男坊ではありませんかな」

 

 それまで沈黙を保っていたトーマスがとどめとばかりに冷ややかな声を投げかけた。レイバンはまるで雷に打たれたように硬直する。

 

「な、なぜそれを……!」

「髭で印象は変えておられるようですが、その風貌、アルスター家当主に酷似しておられますから。そのマントの独特な巻き方はアルスターの領地特有のものですし、遠目ではありましたが夜会でお見かけしたこともございますからね。勘当されたと風の噂に聞いておりましたが……随分と逞しい商いをなさっているようだ。せっかくの機会です。ご当主様にその働きぶりをお知らせするために挨拶状をしたためましょうか」

「ま、待ってください! 分かりました、分かりましたから! 布と食器は相応の値まで下げましょう! ただし、苗と砂糖には運搬費を頂きますよ。それでなければ、次からこんなところまで足を延ばせませんからね!」

「よかろう。長く取引するつもりではあるからな。そちらにも正当な利益は必要だ」

 

 さすがは商売人、旗色が悪いと見るや即座に妥協へ切り替えたらしい。

 がっくりと肩を落とし魂が抜けたようになったレイバンに、シグリッドは一転してにこやかに笑いかけた。

 

「いやぁ、助かったよ。ありがとね、レイバンさん。買い取ってもらいたい物もあるんだけど……ちょっと休憩にしない?」

 

 シグリッドがすかさず差し出したのは、氷を浮かべたコフィを注いだグラスであった。本人がどこまで計算しているかは分からないが、商人の興味を引くことには成功したようだ。

 

「はあ……。何です、この不吉な色の水は……って、冷たっ!?」

 

 レイバンは怪訝な顔で口をつけ——そして、驚愕に目を見開いた。

 

「こ、これは……まさかコフィですか!? まさか、私が卸したあの苗から?」

「その通り。シグリッド様のご提案で、嗜好品として楽しめるように改良しておるのだ」

「美味いでしょ? でもさ、これにミルクを入れたらもっと美味しくなると思わない? まろやかになって、甘みも引き立つ最強の飲み物になるんじゃないかな〜って」

「ミルク……! 確かに、この深い味わいに乳の濃厚さ……上手く仕上がれば、王都でも嗜好品として売れる可能性がありますねぇ!」

 

 商人としての本能が刺激されたのか、レイバンの目に商機を嗅ぎつけた鋭い光が戻る。そのレイバンの反応に、シグリッドは待ってましたとばかりに身を乗り出した。

 

「でもさ、ミルクってすぐ腐っちゃうでしょ? レイバンさんが毎回運んでくるのも大変だし。……いっそ、この村で新鮮なミルクが採れる動物、育てたいなぁって思うんだけど。レイバンさんならいい伝手、持ってたりしないかな?」

「……なるほど。そういうことですか」

 

 レイバンはニヤリと笑うと、残りのコフィを一気に飲み干した。その顔には先ほどまでの卑屈な笑みではなく、対等な取引相手を見つけたような真剣な色が浮かんでいた。

 

「分かりました。良質な乳を出すヤギの手配……このレイバンめにお任せくださいませ! まずはこの気候に強い乳用の雌を二、三頭、探してみましょう。次に来るまでに飼育場所と餌の確保はお願いしますよ」

「マジ!? さっすがレイバンさん、話が早い! 村で飼えるかアルたちにも相談してみるね」

 

 シグリッドとレイバンは、ぱん、と小気味よい音を立てて互いの手を握った。


「……ところで、こちらは大量生産の見込みはいつくらいになりそうで? こちらとしてはぜひ、王都に卸していただきたいものなのですが……」

「分かんないけど、売る気はないよ? ここでしか楽しめないようにしたいからね」

「なるほど。品を王都へ運ぶのではなく、客の方をこの村へ呼び込むおつもりですか? 確かにその手段もありましょうが……この距離と閑古鳥が鳴く宿しかない村へ、王都の客を呼ぶのは容易ではありませんよ」

「うん。だから、来てもらえる村にこれからしていくんだよ。皆に協力してもらってね」


 目の前の青年が、噂に聞くほど愚かなだけの男ではないと判断したのだろう。なにやら含みのある笑みを浮かべるレイバンに、シグリッドもにやりと応じる。


「……ふむ、噂とはあてにならないものだ。正直に言えば面倒ではありましたが、わざわざ足を運んだ甲斐がありましたよ」

「それなら良かった。それでさ、他にもお願いがあるんだけど……これ、買い取ってくんない?」

 

 突如として買い取りを迫られた王家の刻印が入った希少な魔道具を前にレイバンは目を見開いて、お手上げだと言わんばかりに「あっははぁ!」と愉快そうに笑っていた。


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