5章_15
殿を潰したあと、五郎はそのまま軍を北へ進めた。
日が落ちる前に隊をまとめ直させ、討ち取った首は数えさせずに埋めさせた。
手負いは村の跡へ集めて置き、動ける者だけを連れた。あくまで小休止だけで、前へと踏み出した。
急ぎはしたが、無理に背を押しはしなかった。
伏せていた一万は二日動いておらず、兵部少輔の騎馬も、四日走り回った脚がそろそろ利かなくなっている。彦三郎らの援軍に替え馬は持ってこさせていたが、それでも伏兵が主な仕事であるためそう多くはない。騎馬隊の中で馬術達者な者、体力が残っている者をえりすぐり、これらにのせた。
おそらく次が騎馬隊を運用できる最後になるだろう。そうなれば一旦は今川領に戻らない限り、充足はできない。
ゆえにこれらの兵を養うため、半刻歩かせて四半刻休ませる形を繰り返した。訓練ではこれ以上を経験させているが、実戦とは勝手が違い、心身を強くすり減らされる。五郎が大枚をはたき、養育させた兵五千も動きの鈍りを見せた。
備中守からの伝令は、数刻後に来ていた。
道は塞いだ、深追いはせぬ、小野路にてお待ちすると書いてあった。十分なことであった。
当初話し合い、幾つか挙げた予定地の内、本命の一つである。
五郎はわずかに気を重くしながら馬を進めた。おそらくここから先は何もない、そう思うとただ気おくれだけが背に乗った。
そのような心情でも、上杉勢との距離はじりじり詰まった。
そもそもの話、上杉側は、こちらより先に二日歩いている。荷駄も食い物もない。潰れる者はあちらの方が多かった。
街道の脇に、捨てられた具足が点々と残っていた。胴を捨て、草摺を捨て、最後には槍まで捨ててある。捨てた場所の近くに、動けなくなった者が坐り込んでいた。通り過ぎるとき、こちらへ手を伸ばす者もあった。縛って後ろへ送れ、と言ってあるので、兵は黙って通り過ぎ、後ろの隊がそれを拾った。
さらに一刻を過ぎるころから、道の脇の数が増えた。増えるということは、向こうの列がそれだけ薄くなっているということである。
そして、小野路のあたりで追いついた。朝日が昇ろうとしている時だった。
小野路は多摩の丘陵の中である。
尾根と谷戸が細かく入り組んでいて、平らな場所がほとんどない。丘といっても高くはないが、一つ越えれば次があり、その次もある。
道は谷戸の底を這うか、尾根の背を伝うかのどちらかで、どちらも幅がない。谷戸の底は冬でも湿っていて、踏めば水が出た。
江戸へ、府中へ帰ろうという者は、ここを通るほかなかった。
だがそれだけの要所でありながら、極めて抑えやすい地形をしている。実際、北へ抜ける鎌倉街道と、その脇の通りやすい谷戸をいくつか押さえれば、それだけで道は塞がる。遠回りの道がないわけではないが、一万を超える兵を連れて回れる道は他にない。
大軍で北へ抜けるなら、ここが一番早い。早いから、皆ここへ来る。
備中守と五郎はそう睨んでいた。
ゆえに備中守をここに置いた。
五郎の軍略の全容はそう難しくない。
各国から呼び寄せた三万軍を、小田原へは入れず、相模の西から北へ抜けさせ、こちらが多摩で焼いている間に動かした。
一万は彦三郎と中務少輔に率いさせ、残りの二万を備中守に命じてこの丘陵の北側へ置いた。
ただ、全てを見通していたわけでもない。
仮にこの三万でつぶしきれない数を上杉が向かわせたのであれば、焼き働きを広げ、調略に重きを置いた。だが扇谷上杉が食らいついたので、急ぎ動かした。いわば流れに乗っただけであった。
五郎は尾根の途中で馬を止め、下を見た。
街道の出口を、荷車を利用した柵で塞いでいた。
横倒しにした荷車を組み、そのあいだへ切り出した木を渡し、縄で括ってある。
急ごしらえだが、駆け上がって越えられるものではない。これらの柵の前の地面には、掘り返した跡があった。溝を切って、掘った土を柵の下へ盛ってある。
そして柵の後ろに槍が並び、その上の斜面に弓が置かれていた。
谷戸の口は狭く、並べる人数はもともと知れている。狭いところに厚く置き、広いところは捨ててある。
その向こう側に見える旗は朝比奈備中守であった。
何時ぞやの言葉通り、二万を任せた結果、二万を率いてここに布陣し、上杉と矢を交えていた。
「もう始まっているな」
五郎が呟くと、側にいた宮内が相槌を打った。
「些末な柵ですが、あの足では超えられますまい」
明らかに急造な柵に、上杉の一万と少しが取りついていた。
いや、取りついている、というより、押しつけられて溜まっているように見えた。必死に柵に足をかける者もいるが、矢を射かけられ、長槍でたたかれて前に進めないでいる。
また地形も悪い。谷戸は北へ行くほど狭くなる。狭くなる先が塞がっていれば、後ろから来た者は前の者の背へ当たるほかない。上杉の一万余りの軍はほとんどが戦いに参加しきれていない。
備中守は、柵の内から槍を出し、斜面から矢を落とすだけであった。矢も続けて射かけず、寄って来たときだけ落としている。打って出る気はなく、ただ北へは一人も通さない。
「意地の悪いこともできるようになった」
「主君を鏡に研鑽を積んでおられる」
五郎は鼻で笑った。
だが、研鑽という言葉は笑わなかった。小笠原との戦で一万少しを任せた。その折も派手なぶつかり合いはさせず、じりじりとした削り合いだった。その長陣が万軍の扱いと、己の制し方を備中守に教えたようである。
この只管に削るような戦に、数刻も休みなしで付き合わされた上杉の兵に、明らかに勢いがない。
柵へ寄っては下がり、下がってはまた寄る。寄る人数が、一度ごとに減っていた。
前の方で誰かが何かを叫び、それが後ろまで届かずに消える。谷戸の底で、後ろの方の者は何もしていなかった。ただ立って、前が動くのを待っている。
「計八日、いやもう九日か。ほとんど休まずよく動いた」
二度の空振りも入れればもっとかもしれない。
だが、兎にも角にもこれらの兵は気力が尽きようとしているのが目に見えた。かろうじて動いているのは、おそらく名門扇谷上杉の当主がそこにいるからだろう。
五郎はそこで息を吐いた。
いつまでも感慨を覚えてもいられない。終わらせなければならない。
見れば、すでにこちらの一万が、上杉勢の背中に近寄っている。
「かかれ」
五郎が言ったのは、それだけである。
地形も、当たる場所も、昨日のうちに三人へ渡してある。ここで言うことは残っていなかった。
中務少輔と彦三郎の隊が、谷戸の口から流れ込んだ。
長い槍は、ここでは前の二列しか使えない。三列目から後ろは、柄が振れずに邪魔になるだけである。それでも、背中を向けている相手には十分であった。上げて、下ろす。前の二列がそれをやり、潰れたところを三列目が踏んで前へ出る。
谷戸の底の湿った土が、人の足で掻き回されて黒くなっていくのが、上からは見えた。
上杉が、こちらへ向き直ろうとした。
柵に向けていた槍を返し、後ろへ人を送ろうとする。谷戸の底で、隊が二つに割れかけた。
こちらへ人を送れば、柵の側が薄くなる。薄くしなければ、背中を叩かれ続ける。どちらを取っても損になる形であった。
その動きこそを、備中守は待っていたのであろう。
「かかれ」
対面の丘の陣から、同じ言葉が響いた。
柵の内から槍が出た。
今度は、寄って来た者を突くのではない。柵の一部を外して、そこから押して出た。
外した場所は、初めからそのつもりで組んであったらしく、崩すのに手間取っていない。斜面の弓も、矢を惜しまなくなった。
挟まれた側は、どちらへ向くこともできない。前へ向けば後ろから叩かれ、後ろへ向けば柵から出た槍が来る。
谷戸は狭く、逃げる横がなかった。
五郎は戦場を見ながら、側に立つ男に詫びた。
「兵部少輔。許せよ、ここでは馬は使えぬ。用意させたが無駄骨やもしれん」
「なんの、もう存分に手柄を挙げさせていただき申した。これ以上は過分にござる。それにこれは良き土産にございます」
兵部少輔は、五郎の周りに騎馬を置いて守りを固めている。
この地形では走らせようがない。尾根は狭く、谷戸は湿っていて、馬の脚が沈む。いまは全部下馬して槍を持っていた。
馬は少し下がった木立につないである。
兵部少輔の声に、大一番に参加できなかった不満はない。
駿河守という大物の首を取り、最後は万軍同士のぶつかり合いを高見で拝める。国もとへ持って帰るものとしては、これ以上のものはないだろう。
五郎は、ふとこの男の目を確かめてみたくなった。
「駿河守は軍勢の中核であったようだ。上杉方があまり動けてない」
「愚見を申しますが、殿の軍、相当に手練れが固まっておりました。気の利いた物頭もおそらくそちらにいたのではないでしょうか」
なるほど、と五郎は思った。
あの数千は、選んで残されていた。決死隊として必要なものを備えた者、あの状況でも時を稼げる者を選んで残したのだろう。
だが、それは裏目に出た。
いま下で二つに割れかけている隊が、割れたまま戻らないのは、そのためであるようだった。
旗はいくつも立っているのに、その旗の下へ人が寄らない。寄れと言う者がいないのである。
殿を選んだ者の目が確かであったぶん、残りが薄くなった。
「疲れ果てて居なければ、まず真っ向から当たるべきではなかったな。一先ず治部が臆病で良しか」
兵部少輔が、意外そうに息をのんだ。
反面、宮内が笑った。珍しく作り笑いではなかった。
「御料様。臆病者は自分を囮に軍勢を三度も釣りませぬ。まあ勇敢というには、聊か捨て身に過ぎまするが」
「宮内殿」
兵部少輔が声を出した。
三度にわたる生死を共にした焼き働きも、この二人の関係を改善するには足りなかったらしい。
五郎は息を吐いた。
「よい。事実だ。治部も落ち着かねばならない」
言い方は気になったが、一理がある話でもあった。
四日、五千で十万の脇を走り回った。それ以前に二回、上杉勢を分断して釣れないかと走り回った。足の速い兵、馬を選んできたが、偶然敵の哨戒にぶつかる可能性は大いにあった。
五郎が戦の全容を反省していると、宮内がぼそりと言った。
「では婚姻ですな」
「そうだな」
五郎は下から目を離さずに答えた。
脇で、二人が息を止めるような気配があった。
「どうした」
「いえいえ、御料様は御舎弟の芳菊丸様にお譲りになられるかと思うておりましたゆえ」
「宮内殿」
兵部少輔がまた止めた。先ほどよりも真剣味を帯びた声である。
五郎は喉を鳴らした。
「確かに、それでも良いかともどこかで思うていた。そちらの方が家が固まるとも思うていたが、少し考え直した」
嘘ではない。父の弔いの座で、上座に並んで坐っていた弟の背中を見て、そう思ったことがある。
あれに継がせて、こちらは外を回っていれば、自分の血などよりもずっと良いのではないかと思った。その考えは何度かき消しても、自分の言動に名残を残していた。
だが、今度はその名残ごと完全にかき消そうと努力している。
「ほう、それはまた何故でしょうかな」
「山内上杉」
宮内が、面白くなさそうな声を上げた。
「意中の女人の名でなくて悪かった。だが、左馬頭殿と先代の実子殿を見れば考えも変わる。実子の方がおさまりが良い」
こちらが四日走り回った先で山内が崩れかかっているのも、突き詰めればそこである。
左馬頭という男の器の話ではない。実子がいる家に養子が座った、というそれだけのことが、十万を割る火種に成長しつつある。
「何を当然なことを、と申すのはやめておきましょう。して、御料様のお相手はどなたと考えておられるのでしょうか」
それは、と言いかけた。
言いかけたところで、眼下の軍が動いた。
押し込まれていた上杉が、谷の奥で一か所に固まり始めていた。潰れかけた隊を、あとから寄せ集めている。何かをしでかそうという動きであった。集まっている場所の中ほどに、馬印が立っている。
「修理大夫殿を逃す腹か」
馬印の周りに、まだ形の残っている隊が寄っていた。谷戸の底で、そこだけが厚くなっていく。厚くなった先が、北東の斜面の方を向いた。備中守の柵が薄いのは、そちらである。地形の都合で、そこだけ人を並べきれていない。
「如何しますか。兵部少輔は動けまする」
言うより先に、兵部少輔が一歩前へ出ていた。
この男は、つくづく疲れを知らない。
扇谷上杉の当主の首を取れ。そう言えば、おそらく取って来る。
それをすることに利はあった。
修理大夫の首を槍の穂先につけ、上杉破れたり、今去れば追わぬと関東勢に吹き込めば、軍勢はすぐにでも瓦解する。
だが、
「逃せ。死兵を作るつもりはない」
五郎が言うと、兵部少輔が、少し怪訝な顔をした。それでも、一歩下がった。
そこを笑ったのは宮内である。
何か言い出しそうな気配がした。
「言うな。宮内」
「股肱の臣ができるかどうかにございますぞ。おっしゃった方がよろしい」
五郎はまた息を吐いた。
確かにこの兵部少輔を、盲目的に従わせるだけの男にするのは惜しい。朝比奈を信濃、三浦を三河に置いた以上、動ける男が必要だった。
ゆえに兵部少輔を手招きした。馬を寄せて来た男の耳へ、低く言った。
「北条を強くしすぎるつもりはない。扇谷にはまだ残ってもらう」
顔を離すと、兵部少輔の顔から色が引いていた。
「乱世である。家中以外は心を許せぬ」
兵部少輔が黙った。黙ったまま、馬上で深々と頭を下げた。
下げた背に、宮内が何か言いかけて、今度は言わなかった。
言わぬことであるが、家中ですら心は許せない。身内ですらである。
ただ、法度と軍と銭を握って、今川を据わらせねばならない。
扇谷が消えれば、武蔵は北条のものになる。武蔵が北条のものになれば、相模と合わせて、あの家は関東の半分を持つ。
そのあとで山内を平らげれば、残りも持つ。
そうなれば、五郎は十万の兵を保有する隣人と向き合うことになる。同じ盟の文を、そのときも同じ顔で交わせるかどうかは分からない。
ふと、新九郎のことを思った。
あの男も同じような計算をするのだろう。
ならば、これは血かもしれない。
そうこう言っている間に、下の軍勢が動いた。
固まっていた一団が、馬印を真ん中に置いたまま、一斉に北東へ向いた。
向いて、そのまま朝比奈勢の薄いところへぶつかった。
谷戸の口を出て、斜面の裾まで広がっていたところへ、まとまった塊がぶつかった。備中守の兵、その前の列が崩れ、僅かに割れた。
割れた口から、一団が抜けて行った。そう多くはない、二千もいないだろう。
そして抜ける間、後ろへ残った者たちが、こちらへ向き直って踏みとどまっている。踏みとどまった者は、そのまま谷戸へ押し戻された。
抜けきるまでに、さほど刻はかからなかった。
「追わせるな。備中守にも今一度伝令を出せ」
五郎の手元から伝令が飛んだ。
伝令たちは尾根を走り、谷戸を回って、今いる兵を潰せ、と触れ回った。
諸隊は、承知したとばかりに攻勢を強めた。
結果を先に言えば、残された者たちは、主将が抜けた穴を埋められなかった。
谷戸の底で、旗を持つ者が、誰の指図を待てばよいのか分からなくなっている。北東の斜面の方、修理大夫が抜けて行った方角を呆然とした顔で見つめるものが多くいた。
彼らが戦場に捨て置かれたと分かるまでに、そう刻はかからなかった。
それで抵抗が、じきに緩んだ。
槍を置いて谷の斜面を這い上がろうとする者が出た。地に臥せて、両手を頭の上へ置く者が出た。一人が置くと、その周りが置いた。
降る者は縄をかけた。縄が足りなくなり、荷駄の紐を解いて使わせた。逃げる者は追わせた。
丘陵の中である。散ったところで、行ける方角は知れている。
ただ、北東へ抜けた一団だけは追わせなかった。
日が落ちるころには、谷戸の底の声はもう聞こえなくなっていた。聞こえるのは、縄をかける者の掛け声と、荷を運ぶ音だけである。
空になった宿の家に、こちらの兵が火を入れていた。焼くのではない。飯を炊いている。
数刻のうちに、扇谷上杉の一万五千は、小野路で霧散した。
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山内上杉の当主、左馬頭憲寛の眼前に、上杉修理大夫朝興と太田美濃守が坐っている。
前に会ったのは半月ほど前である。江戸の陣で、追撃の兵をどれだけ割くかを話し合った。
あのときの修理大夫は、家宰の長尾但馬守が渋るのを見て取って、二度ばかり同じ数を口にした。声にはまだ張りがあった。
たった、半月しか経っていない。
それだけなのに、この男はひどく老いていた。
小野路で潰されてから、河越へは戻らず、そのまま江戸の陣へ入ったと聞いた。三日は誰にも会わなかったという。四日目に、こちらへ会いたいと言って来た。
頬が落ちて、目が奥へ引っ込んでいる。髪の生え際が後ろへ下がったようにも見えた。坐り方が、以前と違う。背を立てているつもりで、腰から上が前へ傾いている。十か二十年、年を取ったと言われても信じたかもしれない。
左馬頭は、それを見ながら茶碗へ手を伸ばし、伸ばしただけで戻した。
幕の内には炭を入れさせてある。冬の陣中で、火桶を出せるのは本陣くらいのものであった。その火桶を、修理大夫の前へも置かせたが、手を出す様子はない。籠手を外した指の先が、赤くなっていた。
「山内殿、この度の件申し訳ござらぬ」
修理大夫がそう言って、深々と頭を下げた。
意外であった。
こういう場では、当人が黙って坐り、脇の者が詫びるものである。詫びるのは家宰の役目で、当主は最後に一言添えればよい。今日も美濃守がそれを担うのだろうと思っていた。
その美濃守は、主が頭を下げてから、遅れて手をついた。手をついたときの動きが、この男にしては鈍い。江戸の囲みを預かって、この半月ろくに寝ていないのであろう。
左馬頭の脇で、但馬守が身を動かした。
「この度の敗北、大きいですぞ」
修理大夫の顔が渋くなった。今にも血を吐きそうな色になっている。
気にするな、まだ八万も兵はいる。左馬頭は、そう言ってやりたい気がした。
実際、甲斐口まで合わせれば、関東勢にはまだそれだけの兵がいる。城は落ちていないが、堀の外は押さえている。負けたのは追撃に出した一万五千で、囲みそのものが崩れたわけではない。
だが、言ってやれない理由があった。
それを但馬守が口にした。
「御承知とは思われるが、武蔵国衆、陣を離れることを止めることはもはや難しくなっております。これは治部の火を恐れてのことにございます」
ぐっと修理大夫が息を呑み、また頭を下げた。
「承知してござる」
頭を上げたとき、落ちくぼんだ目に、僅かだが力があった。
「ゆえにここで引くは悪手でござろう」
「ここまで負けてもまだ戦われるか」
但馬守の声が、それまでより低くなった。
そこで美濃守が間へ入った。
「上杉の当主に無礼ではござらんか。但馬守殿」
二人が睨み合った。
左馬頭は口を挟まなかった。挟めば、どちらかの顔を潰すことになる。但馬守を叱れば家中が承知しない。美濃守を退けさせれば、扇谷が二度とここへ来なくなる。
この半年、そうやって黙っていることが増えた。
しばらくの無言の後、先に引いたのは但馬守である。但馬守は頭を静かに下げた。
「確かに、上杉に仕えるものとして非礼であり申した。お許しくだされ」
「いえ、それだけの敗北にござる」
言葉をつないだのは修理大夫であった。
「ただ、負けたものとして言わねばなりませぬ。今川はいかぬ」
その修理大夫の言葉に、但馬守が頷いた。
「確かにあれは焼き働きをやり過ぎ申す。甲斐で味を占めたのやもしれませぬな」
但馬守の言い方は、他家の不作法を評する調子であった。
「さにあらず。あれは、止まらぬと言っておるのです」
「それはどういう」
そう左馬頭が口を挟んだ。挟んだところで、修理大夫の落ちくぼんだ目が、こちらを射抜いた。
ぞっとした。
人の目ではないと思ったのではない。あまりに人の目であった。四日追わされた男の目が、そのままこちらへ向いている。
左馬頭は、その火を一度も見ていない。武蔵の北で村が焼かれているという話も、書付で読んだだけである。読んだときには、扇谷の膝元の話だと思った。
「腑抜けの泣き言とお笑いください。されど、あれを野放しにするは関東が燃えまする。今、江戸を取り、北条を押し込めねばどうにもなり申さぬ」
声は大きくない。大きくないぶん、幕の内に残った。
但馬守が首を横に振った。
「それは昨年も聞き申した」
「その折はまだ某の覚悟が足りませなんだ。此度は家を傾ける覚悟ではなく、滅ぼすほどの覚悟で挑むべきでござった」
但馬守が、ちらりとこちらを見た。分かっているか、という確認であった。
左馬頭が頷くと、但馬守は膝の上で手を組み直し、それから訥々と語り出した。
「御言葉でござるが兵があり申さぬ」
「そんなことは」
「あり申さぬのです。武蔵衆が離れ、扇谷殿も動けぬ。これでは兵は半減も同じことにござろう」
実のところ、間違ってはいない。
扇谷は率いて来た二万余りのうち半数を失った。小野路から戻った兵は、四日走らされた末の敗残である。江戸に残った兵は無傷とはいえ、失った兵のほとんどが替えの利かない精兵である。しばらく戦にはならない。
そして、武蔵衆はもっと悪い。
えり抜きの者と、家々の子弟を、この一戦で多く失った。誰それの倅が討たれたという話が、陣の中を回っている。回るたびに、残った者の腰が引ける。そこへ、自領が焼かれるという知らせが重なった。
帰りたいと言い出さない家の方が少ない。中には、まだ言い出さぬまま、荷だけ先に送っている家があるとも聞いた。
武蔵は大国である。その大国の国衆を頼れないとなれば、残るのは山内と、小弓公方と、房総勢だけであった。
半年かけて触れを回し、両家が揃って並べた十万である。並べるまでに、こちらは幾つの家へ人を立てたか知れない。それが、大戦もせぬうちに三つに減った。
「山内殿は四万を超える兵がおられる。小弓公方様、房総勢も足せば五万、いやさ六万にはなろう」
但馬守がまた首を振った。呆れたという風に息を吐いた。
「山内は甲斐口の守りに二万を置いておりまする。これを除ければ焼き討ちが山内方にも及びましょう」
「その二万を除いたとしても、江戸の陣から動かせる兵は四万。まだ、まだ」
言い縋る修理大夫に、但馬守が眉間を揉んだ。それから語気を弱くした。
「駿河守殿のこと、御家中のこと無念でござる。されどこれ以上御身が前に出てはいかぬのです。これよりは、どうか此度の盟主である山内にお任せくださりませ」
左馬頭は、三戸駿河守のことを聞いていた。
扇谷家においては武断の男で、修理大夫がこの戦で頼りにしていたという。それが殿を引き受け、主を逃すために残って、首を取られた。そのほかにも、近習として使っていた者が幾人か討たれている。
左馬頭は、この男の胸の内を汲もうとした。
だができなかった。
人相まで変わるほどの負けというものが、どういうものなのか。まだ想像がつかない。
こちらは山内を継いでから、一度も大きな負けをしていない。していないというより、大きな戦をしていない。家の中を収めるのに手一杯で、外へは兵を出す暇がなかった。今度が初めてである。
修理大夫は、まだ何か言おうとしていた。目だけが輝き、唇を強く嚙んでいる。烏帽子がずれ、乱れた髪がのぞいた。
修理大夫は、膝の上で拳を握り、口を開きかけ、開いたまま音にならない。それが二度あって、三度目に、握っていた拳が解けた。
そこで美濃守が頭を下げた。
「山内様、本日はこれにて失礼させていただきたく」
「いえ、とんでもござらん。どうかご養生を」
但馬守も止めなかった。
修理大夫は、立ち上がるのに手をついた。ついてから、そのまま少し動かなかった。美濃守が脇へ回り、供の者がもう一方へついて、両脇から支えるようにして立たせた。
幕を出て行くまでに、こちらを一度も見なかった。
その足音が遠ざかるのを待って、但馬守が言った。
「人払いを」
左馬頭の側付きが動いた。
幕を出て、四方へ散る。近づく者を遠ざけているらしい足音が、しばらく続いた。誰かが何か言い、それを追い返す声がした。
但馬守は、その音がすっかり収まるまで待った。待っている間、火桶の炭を火箸で二度ばかり突いた。突いてから、懐へ手を入れた。
文を出した。出したが、まだこちらへは差し出さない。但馬守の顔には何も浮かんでいない。
「敗北は、惨めなものにござる。ようおわかりなされたか」
そのようなことを申すな。
言おうとして、言えなかった。
この男の声に、いつもと違うものが混じっている。ふだんは、こちらが何を言っても、まず一度は受ける男であった。受けたうえで、順を追って事の経緯を話すきめ細かさがある。だが今日はそれが見当たらない。
左馬頭の困惑など気に留めず、但馬守が口を開いた。
「では負けぬならばどうすればよいか、簡単にござるな。無用な戦からは早く手を引く、これに限りましょう」
そう言ってから、文を差し出した。
左馬頭は受け取り、差出人を見た。
北条新九郎とある。
反射的に顔を上げた。
「北条からか、まさか、内応か」
「まずはお読みくだされ」
但馬守の顔に、呆れた色が浮いた。それに反感を覚えながら、左馬頭は文を開いた。
書いてあることは、四つであった。
一つ、今川の三万五千が、甲斐口の山内勢を狙っている。
二つ、北条の一万も、葛山という今川家中の者に持って行かれた。その葛山は不肖の弟で、家中には新九郎を追い落とそうとする動きがある。
三つ、北条には山内と大きく争う気はないが、今川を止められない。
四つ、どうか今のうちに軍を下げていただきたい。北条はこれを追わない。
文の字は丁寧であった。書き損じの直しが一つもない。急いで書いた文ではなかった。
読み終えて、左馬頭はもう一度初めから目を通した。
二度目に読むと、書かれていないことの方が目についた。江戸城のことが一言も出て来ない。
「なんだ、これは」
但馬守は動かない。膝に手を置いたまま、こちらが読み終えるのを見ていた。読ませてから訊く気でいる。
「さてどう思いましょう」
「試している場合か。これは内応ではないか。扇谷が江戸城を失った時と同じぞ」
かつて扇谷上杉に仕えていた太田源六郎の兄弟がやったのがそれである。北条に内応し江戸城が落ちた。
「某はそうは思いませぬ」
「なにを」
言うより先に、但馬守が切り出した。
「関東勢が瓦解した原因は扇谷上杉の敗北にございます。それにより今川、北条軍に追われぬように軍を早期に引くは当然の判断にござろう。これは北条の文があろうが、なかろうが変わりませぬ」
「だが、扇谷殿はまだ戦うと言っておる。それに今川、北条を留めるにはここで討つ必要があるという理屈に納得したのは其方もであろう」
「ええ、納得いたしました。ですがここまで今川が強いとは思うておりませなんだ」
「それは」
それはあまりに卑怯ではないか。
そう思った。思ったが、この男がするりと言葉にしたので、二の句が出て来ない。
強いと分かったから引く。それは道理である。道理であるからこそ、たったいま出て行った男に向けては言えない。
「それに残って戦ったところで御身に利はございませぬ」
「北条と今川の伸長を防ぐのは上杉の利であろう」
「違いましょう。御身のです。御身が悪戯に兵を失えば、家中で居場所を無くすと申して居るのです」
また、何も言えなくなった。
事実だからである。
養子の身で家を継いで、まだ日が浅い。譜代の者を無駄に死なせれば、そのぶん背中の隙間が広がる。
先代には実子がいる。あの子を担ぎたい者は、家中に幾人もいた。今度の出兵に手間取ったのも、半分はそれである。兵を出すか出さぬかの談合が、いつのまにか誰の言い分を通すかの話にすり替わる。それを収めるのに、こちらは日を使った。
いま江戸で兵を失えば、河越へ帰るまでに話が決まっているかもしれない。
いま目の前にいる但馬守が、どちらの側に立つのかも、こちらは知らない。
「もはや不利になりつつある戦でござる。扇谷側に汚名を背負わせ、軍を引ければだれも責めは致しますまい」
但馬守は、子供に言い聞かせるように言った。
それでも、左馬頭は言葉を探した。
「武蔵勢は勝手に帰る。引き留められぬ理由を扇谷に置ける。だが、小弓公方や房総勢はどうする。勝手に呼び出し、勝手に解散などできようか」
小弓公方は、左馬頭の生家である古河公方と敵対している。この度の戦においては、兵を向けられるのを嫌がりこちらに付いた。だが、左馬頭に面白くない感情は抱いているはずだ。
勝手に解散などすれば、どう動くかわかったものではない。
但馬守がその懸念を鼻で笑った。
ああ、そんなことか、という風であった。
「御心配には及びませぬ。小弓殿については話がついておりますれば」
左馬頭は愕然とした。




