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5章_13

 江戸の陣へ帰り着いて、腰を据える間もなかった。


 今川勢五千、再び多摩から府中筋へ現れたという。


 今度は渡しや兵糧の集積だけではなかった。こちらに付いた国人の所領を、選んで焼いている。俵を出した家、人を出した家、触れに真っ先に応じた家。そういう順で回っているとしか思えぬ焼き方であった。


 三戸駿河守はこれを聞いて、自分の膝を強かに打った。美濃守は眉間の皺を一層深くした。

 肝心の修理大夫はただ、項垂れるしかなかった。


 二日のうちに、陣へ人が来はじめた。


 館を焼かれ、家の者を連れて逃げて来た者たちである。具足も着けず、袴の裾を泥だらけにして、幕の外に立っている。取り次ぎを頼む声が、朝から絶えなかった。中には女子供を連れた者もいて、その者たちを陣の隅へ入れるか入れぬかで、下役同士が揉めているのが聞こえた。


 三戸駿河守は気炎を上げた。すぐに取って返すべしと吼えたのだ。みすみす五郎の背を逃したという羞恥、自領を焼かれるという憤怒が全身に満ちており、それが言葉を強くしていた。

 実のところ修理大夫も、どちらかといえばそれに賛成であった。ただ、一度目のときのような、体の前へ出て行きたい気持ちにはならない。


 あの帰り道が、まだ足に残っている。


 誰もいない焼け跡を三万五千で通り抜けて、そのまま引き返した。行きは二日で着いた道が、帰りは三日かかった。急ぐ理由がなかったからである。あの三日を思うと、次を出せと言う口が重くなった。

 疲れているというより、どこか間違えたという思いが動き出すのを億劫にさせていた。


 ところが今度は、太田美濃守が首を縦に振った。


 怒り心頭と言った具合の駿河守もこれには一瞬、目を丸くした。

 ただ、美濃守の言葉自体は妥当であった。


 一度軍を発した以上、何も取らずに終わるのはまずい。

 それに、国人らが陣を離れる相談を、内々で始めている家がある。名は挙げなかったが、数までは言った。五家、と美濃守は言った。心底疲れたという具合である。


 やはり手ぶらで帰ったのが響いたか、と修理大夫は恥じた。

 顔を顰め両の手で顔を覆った。

 

 だが、美濃守はそこを責めなかった。

 流れで敵地へ踏み込むのはよくない、御屋形様の判断はさほど間違っておりませぬ、と穏やかに言ってのけた。

 ただ、こちらの顔を見ず、無作法も咎めず、書付の端を折りながら言った。


 明らかな慰めであった。常の美濃守であれば、一つ一つ修理大夫の振る舞いを正そうとしたはずだ。


 修理大夫が思うに、五郎の背を追うにあたり、前へ、北条領へ出てもよかったのかもしれない。たとえ五郎の首は取れなくとも、何かを取って帰るべきだった。取って帰りさえすれば、いま幕の外に立っている者たちも来なかった。

 きっとそれが唯一の正解であった。


 修理大夫は気を重くしながらも、再度の追撃を決めた。そして陣容の相談も兼ね、山内へ話を持っていくと、今度は渋られた。


 こちらの失敗をなじられたのではない。それはもう済んでいた。

 ただ房総勢と小弓勢から、別の報が上がっていたのだ。

 此方が背を追っている間、北条方が今川方と合流し、江戸城へ物資を入れようとした節があるという。そしてそれは徐々に強くなっているという。


 これを踏まえての山内方の読みはこうだ。

 甲斐での治部は、囲みの兵を城から切り離し、伏兵の待つ場所まで誘い込んで討った。

 今度は切り離したうえで、城を救う方を先にしている。


 修理大夫にしても、なるほどと思うことであった。こちらは追撃にのみ気を払っていたが、江戸城を起点に考えれば自然な考えにも思えた。

 であれば、いたずらに軍を割くのはまずい。


 かと言って、治部を放っておけば国人の心が離れる。放っておけないから、こちらは動かなければならない。動けば城の囲みが薄くなり、薄くなれば山内が渋る。どこから手を付けても、同じところへ戻って来た。


 腹を割っての話し合いにより、追撃自体は許可された。 

 ただ、二度目の追撃は二万と決まった。


 扇谷から一万三千、山内と武蔵の国衆から七千。前の半分である。そのかわり、騎馬と足の速い者を選んだ。今度は捕まえるための軍であった。

 江戸城を以前よりも厚くしつつ、追う兵の質も上げる。互いの落としどころである。


 追撃が認められた後、修理大夫は再び多摩の報せを頼りに向かった。


 二日後、目に入ったのは、焼け落ちている砦と村だけであった。


 今川勢は騎馬が多い。多いだけでなく、慣れている。物見の話をもとに近づき、囲もうと手を伸ばすと、そのたびに指の間から抜けた。抜けたと分かるのは、いつも半日遅れてからである。


 ただ一度だけ、間に合ったと思ったことがあった。


 夕方に煙の上がっている在所を見つけ、夜のうちに二方から人を回した。夜明けに寄せてみると、燃えているのは郷倉一つだけで、あとは何もない。馬の糞は乾きかけていた。前の日の昼には出ていったのである。囲みを組ませた騎馬が、そのまま空の畑の中に立っていた。


 修理大夫は全軍に号令をかけ、即座に五郎の後を追った。追って、追って、影すら踏めなかった。

 今川軍は気がつけば、また南の北条領へ入っていた。


 修理大夫はそこでも追えなかった。今度は自身の躊躇故にではなく、軍の腹事情がそれを許さなかった。

 数を減らしたぶん、兵糧には多少の余裕があるはずだったが、五郎は、軍の通れそうな道と、俵を出させられそうな家とを、念入りに潰して回っていた。


 不愉快なことに、多摩から南へ下るあたりは、半ば無人の原野になっていた。


 通り道になるはずの村が空である。人が逃げ散っている。街道沿いで俵を求めても、出す者がいない。焼かれた家は焼かれたなりに残っているが、残っている家に人がいなかった。戸の開いたままの家の中に、日が差し込んでいた。


 二万が、そこを黙って歩いた。これ以上進めば江戸城にすら戻れなくなる。


 陣へ引き返す道で、修理大夫はどっと疲れを覚えた。


 鞍の上で懊悩した。両の手で顔を隠し、皮の匂いをひたすらに吸い込んだ。


 まず一度目は過ちであった。

 一度目のとき、絶対に前へ出るべきだったのである。無理にでも北条の領へ踏み込み、治部と北条を相手に一戦を決めるべきだった。決戦さえ始まれば、山内も後ろから来たであろう。あのときの三万五千と十万を並べて数えれば、勝ち目は幾つもあった。


 思い切りが足りなかった。その一つで、事態がまた悪くなった。


 江戸の陣へすごすごと戻り、幕の内で美濃守と駿河守を相手に話していたところへ、また使番が入って来た。

 修理大夫は具足をゆるめてすらいなかった。


「今川勢五千、再度乱入いたしました」


 来たか、と思った。

 修理大夫が何か言う前に、美濃守が口を開いた。


「どこを狙っている。もはや多摩筋は焼けるところはなかろう」


「多摩筋に広く軍を広げ、村々を焼いて回っていると」


 使者の言葉に、美濃守が書付から顔を上げた。口角が上がり、江戸の陣について以来一番の獰猛さが見えた。


「焦れたな。小僧」


 声の調子が、この三日ばかりとは違っていた。明らかに若々しい。

 美濃守は勢いよく修理大夫へと振り返った。その勢いは消沈する修理大夫の肝をにわかに冷やした。


「御屋形様、好機にございます。軍を出すべきかと」


「まて、美濃守どういうことだ。今までと何が違う」


「今川勢の目的はおそらく二つ、甲斐でやったように国人らの心を離すこと。今一つは江戸城の軍を分けさせた後、攻囲を破ることにございましょう」


 その二つは散々話したことである。山内方においても同じ認識をしている。


「それは承知している。だがなぜ治部が焦れたと申せる。なぜ好機と言える」


「こちらが腰を据えて、少数を出したため軍を出してこぬと高をくくったのでござろう。それで国人衆の心を離すことに注力しだした。それで散り散りに軍を分けた」


 修理大夫は床几の上で背を起こした。


 広く軍を広げた、と使番は言った。広げたということは、まとまっていないということである。まとまっていない五千は、これまでのように、指の間から抜けられない。空の畑に立たされた騎馬のことを、修理大夫は思い出した。


「もはや軽快に逃れられぬか。命が届かぬゆえ、五郎は鈍るか」


 おお、と駿河守が唸った。


「これを討てば今少し士気も戻りましょう。それに北条の心も萎えるかと」


 美濃守の言葉に、修理大夫は幕の外へ目をやった。逃げて来た者たちは、まだそのあたりにいる。


「だが、どれくらい出す。三万か」


 美濃守が苦い顔をした。獰猛な様相が常のものに戻ってしまった。


「数だけならばそれくらいは欲しゅうございます。されど今欲しいのは足の速い兵、五千の精兵を確実に討てる軍にございましょう」


「となると前回と同じく二万にございますな」


 駿河守がぽんと言った。つい先日出したばかりで、痛んでもいない兵である。出せないわけがない、とでも言うようだった。

 修理大夫はそれに答えられなかった。口を閉じ、また両の手を顔に当てた。そのように答えられずにいると、美濃守が横目でこちらを見て、代わりに口を開いた。


「駿河守殿、それは無理というものにござろう」


「いや、美濃守殿、先ほど、貴殿が好機と申されたのだ。前回同様の精兵二万で参るのが筋ではないか」


「なるほど、こちらは出せる。されど山内方や武蔵衆が首を縦に振らぬ。二度の空振りでござるし、あちらは江戸城を窺う北条の軍を見ておる。もはや精兵を割けといって頷きはすまい」


 これである。

 山内の内情は、よくない。よくなくなりつつある、と言った方が正しい。


 五郎の焼き働きは、山内に付いた国人の所領にも及んでいた。帰りたいと言い出した家があるという。これだけならば扇谷と変わらないが、山内方には異なる事情もある。

 当主の左馬頭が養子に入って代替わりしてまだ日が浅いのだ。家中には、それを持ち出してせっつく者までいるらしかった。譜代の家臣を犬のように振り回す、さすがは高貴な御方よと陰口を叩かれることすらあるというのだ。


 二度目の空振りを報せに行ったとき、幕の内の空気で、これらは嫌というほど分かった。美濃守も同じものを吸って帰って来ている。あの場で、山内の年寄が一度も目を合わせなかったことを、修理大夫は覚えていた。話は最後まで丁寧であった。丁寧なぶん、こちらから頼みを口にする隙がなかった。


「扇谷勢の一万三千。これで参るほかないか」


 修理大夫は呟くように言った。だが美濃守が苦く付け加えた。


「今少し出しましょうぞ。武蔵国衆は二千は出させまする。一万五千。これで治部の背を掴みましょうぞ」


 ありがたい言葉である。だが、それでもいささか心もとない数であった。

 無論、一万五千は大軍には違いない。相手は五千で、しかもそれが散っている。数の上では、どこから見ても足りていた。足りていない気がするのは、こちらが二度続けて空を掴んだからにすぎない。


「今一つ尋ねるが、今川主力は今どこにおる」


 修理大夫がふと尋ねた。美濃守が訝しげな顔をした。


「山内方の話であると、甲斐でこちらとにらみ合っている大軍がいると聞いておりまする。ただ小田原に幾度か兵糧を積んだ軍が入っておるそうですが、こちらは数まではわかりませぬな」


 今川は所詮手伝い戦で大軍を突っ込むことはないと思われる。だが、あの五郎は何をしでかすか分からない。修理大夫が二の足を踏むところを平気の平左で飛び越えて、どんどん先へと進んでいく。そう思えば、今川軍の全容が見えないことが修理大夫を思いとどまらせた。

 だが、そこへ駿河守が首を突っ込んだ。


「御屋形様、御心配は無用にございますぞ。武蔵は我らが庭も同然にござる。兵を伏せておればわかり申す」


 軽い言葉である。だがあまりの軽さに、修理大夫は少しほっとした。

 確かに武蔵は庭である。俵の出る村も、水の在処も、こちらが知っている。二度抜けられたのは、追い方が悪かったからで、待ち方が悪かったからではない。

 それに何より、もう躊躇する愚は痛いほど思い知っていた。


「美濃守」


 呼ぶと、美濃守が顔を上げた。目の下のたるみが、この十日でさらに濃くなっている。その顔のまま、頷いた。


「次は前に出る。良いな」


 否定の言葉は出なかった。


---


 多摩へ入ったのは、陣を出て二日目の昼であった。前回、足の速い兵で固めて来た時と変わらない。このことに修理大夫は苛立ちを覚えない。むしろ感謝すらしていた。二度の空振りと焼かれた自領を見ての出陣である。嫌気が差していたとしても仕方がなかったが、兵らの足は疲れでわずかに鈍りながらも、動いてくれた。


 今回の軍は、話し合った通り一万五千。

 扇谷から一万三千、武蔵の国衆から二千を出させた。山内からは一人も出ていない。

 実のところ、今少し兵を出し、二万で行こうという話も山内方から出た。だがこれは修理大夫が断った。山内方に気を遣ったというのもある、ただここで出す出さないの問答をしていては、機を逃すと見ていた。

 

 もう後で後悔するのは御免であった。


 また違うのは軍の数だけではない。前の二度と違って、荷駄をほとんど連れていない。米は三日ぶんを兵に背負わせ、あとは通り道の在所から取ると決めた。歩兵も足で選んだ。槍を持たせて長く歩ける者だけを、家ごとに出させてある。年寄りと、足を病んでいる者は置いて来た。


 そのぶん、行軍の列がこれまでより短かった。列が短いというのは、修理大夫朝興にとって初めての心地であった。前を見ても後ろを見ても、以前より列の動きが分かる。一番最初、三万五千のときは、自分がどのあたりにいるのかも分からなかった。


 多摩に入った時、焼け跡がまた増えていることに気が付いた。


 前に通ったときには残っていた在所が、今度は黒くなっていた。ただ、灰の色が違う。二度目に見た灰は雨を吸って固まっていたが、こちらは軽い。踏むと下からまだ熱が来る場所があった。


 この地面の下に、俵を出した家があり、人を出した家がある。今はすべて灰である。そう思うとまた後悔の虫が腹の中でうごめいた。 

 顔を覆いたくなる気持ちを堪え、兵を急がせた。


 その日の夕方近くになって、南へ出していた物見が戻って来た。


「今川勢の一部を見申した。南へ退いております。まだ遠くはござらん」


 修理大夫は手綱を持ち替えた。美濃守の読みが当たった、と思った。

 それに応えることができたため、三度目にして初めて、こちらが遅れずに来れたのだ。


「治部は味を占めたのだな」


「小僧のやりそうなことにございます。たまたま上手くいったことを繰り返す」


 修理大夫の言葉に駿河守が追従した。

 確かに五郎の策は功を成している。武蔵の国衆は気もそぞろになっているし、不甲斐ない追撃軍の有様に山内方はわずかに揺れている。


 だが、この軍勢は堪えた。


 扇谷は山内の内情に寄り添いつつも、国人らを上杉の名でつなぎ留め、軍を維持することができている。これは甲斐を急速にまとめたゆえに脆かった、武田五郎信直とは大きく異なる点である。

 きっと五郎はここを見落としたのだ。修理大夫は今は確信をもって、そう考えていた。


 ゆえに追った。


 離間がうまくいかぬ、と焦れているであろう五郎の背をひたすらに追った。途中、馬を変えつつも夜を徹して進み続けた。


 そして翌朝、初めて旗が見えた。


 台地の縁から南を見下ろすと、街道の先の、林の切れたあたりに動いているものがある。旗である。

 数はさして多くない。色までは分からなかったが、こちらのものでないことは分かった。


 修理大夫は、鞍の上でしばらくそれを見ていた。手綱を握りしめると、ぎっと音がした。つばを飲み込もうとしたが、乾ききった喉が痛むだけである。

 

「御屋形様、これを。声が出ませぬぞ」


 側付きが瓢箪を差し出してきたので、それを口に運ぶ。

 先日はほとんど何も喉を通らなかったため、驚くほど水がうまかった。

 飲みつくさんばかりに瓢箪を傾け、一滴も出なくなってから、漸く口元から離せた。


「漸くだ。漸く捕まえたぞ」

 

 口元をぬぐいながら、修理大夫は呟いた。


 二度、ここまで来て、一度も見なかったものであった。焼け跡は見た。乾きかけた馬の糞も見た。渡しの舟が瀬の石に引っかかって黒くなっているのも見た。だが、敵の旗を目で見たのは、これが初めてである。


「御屋形様、御覧じられましたか」


 駿河守が馬を寄せて来た。声が高い。口元には笑みが浮かんでいる。

 

「まだ追えまする。いかがいたしますか」


 決まり切った問いである。


「無論、追う」


 修理大夫はそれだけ言って、馬の腹を蹴った。


 その日のうちに、旗はいくつも見えるようになった。


 あちこちから、南へ向かって動いていた。細い筋がいくつも街道へ寄り、寄りながら一つになっていくのが、高いところからは見て取れた。散っていた隊が集まっているのである。


 東の外れの一筋は、ずいぶん遅れていた。半日ばかり、それだけが取り残されたように動いている。修理大夫は、そこへ人を向けようかと言いかけて、やめた。街道を外れさせれば、こちらの足が乱れる。


 小勢を刈り取るのが目的ではない。五郎の首を取れるのであれば取るのだ。

 そう思い、彼らの後を追いつつ、今川の軍の根幹が現れるのを待った。


 そしてそれは、まもなく修理大夫の前に現れた。

 旗を捉えた翌日の午後には、それが一つの塊になったのだ。


 数はやはり五千ほどであった。


 修理大夫は物見を四方へ出させた。西からも東からも、同じ返事が戻って来た。ほかに兵はいない。北条の旗も見えない。合流した様子もない。


 目の前にいるのは、治部の五千だけであった。


「奴ら、泡を食って逃げておりますぞ」


 駿河守が言った。

 言葉の通り、今川勢はまとまってから、足を速めていた。


「逃がさぬ。逃がさぬが、まだ無理はさせるな」


「承知にございます」


 駿河守が頷き、前に出て行った。

 こちらも速めた。距離は、詰まりもしないが開きもしない。ここに来るまで少々無理をしすぎた。幸い、今川がもたつくのを見て少々休むことはできたが、まだ仕掛けることはできない。それにまだ完全に捕まえてもいない。


 ただ、修理大夫はさほど焦ってはいなかった。

 前の二度のように、半日遅れて抜けられたと知る、ということが完全になくなったからだ。

 実際、日のあるうちは、今川の旗が南にあるのを目視できている。


 夜になると見えなくなる。見えなくなるのは仕方がないが、朝、また同じあたりに見えた。

 修理大夫は、そのたびに肩の力が抜けた。

 二度の追撃で、朝いちばんに聞く言葉は決まっていた。影も形もございませぬ、である。それを三日続けて聞かずに済んでいる。


 きっとあれらも夜半に動くのを嫌っているのだろう。そう思った。


 旗を捉えて三日目の昼過ぎ、先手が後衛に追いついた。


 街道が細い流れを渡るところである。今川の後ろの一隊が向きを変えた。こちらの騎馬が突っかけ、槍を合わせた。矢が何本か飛び、飛び返した。


「ここか、ここで来るか治部」


 修理大夫はそう言って、手綱を握った。全身の気力を振るいたて、かかれの一言を喉元までのぼらせた。

 

 だが、その一言が出ることはなかった。

 今川の攻撃はそれだけであったのだ。


 今川方は長く踏みとどまらなかった。二度ばかり押し返し、あとは順に退いた。退き方に慌てたところがなく、渡ってから向き直り、こちらが追い足を伸ばそうとすると矢を寄越した。

 行けと、言おうとしたが、命を発するより前に先手の物頭が止めた。


「逸ってはいかぬ。前にさえ出ていればよい」


 修理大夫は自分に言い聞かせた。先手の物頭が止めたのは正しい。

 川ではこちらもうまく戦えない。大軍の利を生かしきれないのだ。そうなっては五郎を取り逃しかねない。


 そう思い、手綱を握りしめていると使いが帰ってきた。

 前線を見に行かせたものである。


 報せを持って戻って来た者は、鞍の上で息を弾ませていた。手負いは十に足りず、討ち取った首も三つだという。


「まずは良し」


 修理大夫は頷いた。確かに届いたのである。

 二度、影も掴めなかった相手の背へ、こちらの槍が届いた。あと少し押せば、五郎の本隊に手がかかる。


「今川治部の首さえとれば、関東は上杉で固まる。各々踏ん張りどころぞ」


 修理大夫はその知らせを聞いて、声を張り上げた。自分でも不思議なほど声が通っていた。

 実際、その声は遠くの兵らにまで届いたようだった。

 

 上杉方の歩き方が変わったのだ。

 それが鞍の上からでも分かった。四日近く、焼け跡ばかりを歩かされて来た兵が生き返ったように思えた。


 その日の暮れ方、修理大夫は見覚えのある川筋へ出た。


 一度目に、ここで止めた。

 二度目も、ほぼ同じあたりであった。南に低い丘が並び、その向こうから北条の領になる。


 軍が、自然に足を緩めた。誰かが止めよと言ったわけではない。前の方から順に、歩みが落ちていった。


 駿河守が馬を寄せて来た。


「如何いたしますか」


 修理大夫はふと南を見た。

 五郎の旗は、丘の間の道をさらに南へ動いている。日が落ちかけて、旗の色はもう分からない。分からないが、そこにあった。


 一度目は、ここで止めた。止めて帰り、三日かけて焼け跡を通り抜けた。

 二度目も、同じところで馬を返した。返した先には、館を焼かれた者たちが幕の外に立っていた。


 今度は、敵の姿を見ている。先手は後衛に届いた。五千を数えた。四方へ出した物見が、ほかに兵はいないと言って来ている。


 五郎の後ろに何かがあるとすれば、それは今度も見えていないだけかもしれない。だが、見えていないものを恐れて止まったのが一度目であった。止まった結果、村が焼かれ、館が焼かれ、国人が帰る相談を始めた。


 そこで今が三度目である。


「進む。決着ぞ」


 駿河守が笑みを深め、頷いた。

 駿河守は、馬首を返して伝令を呼んだ。丘の南へ物見を厚く出せ、と言っているのが背中越しに聞こえた。


 丘を越えたのは、翌朝である。


 その丘を越えると、空気が変わった。


 まず人がいない。


 武蔵にいる間は、村を通れば人が道の端に出て来た。何も言わずに見ているだけであったが、それでもいた。丘の南では、その人影がなかった。戸の外れた家が並び、畑の畝が崩れたまま残っている。井戸の縄が切られている家もあった。


 鶏も犬もいない。焼け跡から立つ煙もない。焼かれてから日が経っているのである。今度の焼き働きより前に、この一帯はもう片づいていた。


 物見の戻りも遅くなった。


 武蔵であれば、どの道が抜けられて、どこに水があるかは、こちらの誰かが知っている。ここでは誰も知らない。出した者が道に迷って戻り、聞いて来るはずの村に人がいなかったと言う。そういうことが二度あった。


 三日ぶんの米は、すでに半分まで減っていた。取れると思っていた在所から、何も出なかったからである。俵どころか、藁も薪も残っていない。焼いてあるのではなく、持ち去られていた。


 誰が持ち去ったのかは分からない。逃げた村の者が担いで行ったのかもしれず、そうでないのかもしれない。


 焼けた跡だけが、南へ続いていた。


 それでも、旗は見えていた。


 日が高いうちは、必ずどこかに見える。先手からは、もう少しで届くという報せが来る。

 距離が開かないのである。開かないから、止まれなかった。


 夜は火を焚かせずに休ませた。朝は暗いうちに出た。

 修理大夫は、鞍から下りている時が日に二度ほどしかなくなった。腰から下の感覚が鈍くなっている。


 旗を捕捉してから四日目に入って、今川勢の退き方が変わった。


「なんだ、あれは」


 それまでは、こちらが押せば押しただけ、するすると先へ行った。それが、離れなくなった。

 後衛がこちらへ向き直っている時が長くなり、治部の旗の位置も、前ほど遠ざからない。街道の脇の高みに人を残し、こちらの足を止めさせようとする動きも出た。


「悪あがきにござる。四日も追われて足が落ちた、それだけにござろう」


 馬を並べた駿河守が言った。


 確かにそのとおりにも思える。


 だがそれ以外に、もう一通り読める。


 もう一つは、どこかで戦うつもりになったのかもしれない。修理大夫が、五郎の戦歴を追う限りではこちらの方が妥当に思える。あの男は追い込まれた時大人しく城に籠る質ではない。前に出て活路を開く方だ。


 だが、この状況で同じことを選べるのだろうか。数が違い過ぎる。疲れもあるはずだ。

 

 そうなると、どちらとも決められなかった。決められぬまま、追う速さだけは落とさなかった。

 落とせば、また離れる。四日かけてここまで詰めたものが、半日で元へ戻る。


 そうこうしている間に、今川勢の足が止まりかけた。


「いよいよ、追い詰めましたな」


 駿河守が言った。駿河守は手綱を短く持ち、南の丘の並びを、東から西へ順に見ている。見終わると、また東から見直していた。どこから攻めるべきか考えているようだった。


 昼を回ったころ、南へ出していた物見の一人が、馬を倒しかねない勢いで戻って来た。


 鞍から下りるのももどかしい様子で、片膝をついた。


「前方に兵がございます」


 駿河守が鼻を鳴らした。


「知っておる。今川勢の五千。眼前よ」


 物見が首を勢い良く横に振った。


「いえ。治部の軍とは別にございます」


 数は、と修理大夫は訊いた。

 物見は答えなかった。答えられぬ、という顔であった。


「御屋形様、疑兵にございますぞ。気を強く持たれよ」


 そういう駿河守を置いて、修理大夫は馬を進め、街道を外れて丘へ、高みへ上がった。後ろから何か声がかかったが、振り返らなかった。

 

 丘から見下ろすと南に、なだらかな丘が幾つも重なっている。

 その一つの向こうに、ひときわ大きな旗が立っていた。


「なにが五千だと。話が違うぞ、治部太夫」


 修理大夫は声を漏らした。


 軍勢の数がおかしかった。明らかに五千以上いる。それどころか、今この時にどんどん数を増やしている。

 顕著なのは、丘の向こうから現れる大旗の数だ。最初は一本だけだったものが、見ているうちに、その両側に一本ずつ増えた。

 増えた大旗の下の兵を数えているうちに、大旗は増えて、また増えた。丘の稜線に沿って、下から押し上げられるように出て来る。


 五郎の五千は、その膨れ上がる軍勢の手前にいた。


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― 新着の感想 ―
どちらもあり得るところを、上杉は焦りと、今川の新人当主を舐めていて自分に都合のいいように考えてしまったということではないでしょうか。 昨今の小説では略奪はやめようね!というものが多いので、本作はかえっ…
率いる将が指示を出さないと動かない軍だとすると、指示が届かないので、動きが遅いと読んだとかかな。 間違えた推論で動いてるから、失敗したと思えば、間違ってると思うのも仕方ないかと。
広く軍を広げた、と使番は言った。広げたということは、まとまっていないということである。まとまっていない五千は、これまでのように、指の間から抜けられない。 ↑むしろ逆では?小勢の方が敵の動きを把握してか…
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